219話 一悶着
他人との距離感がわからない人って居ますよね(汗)
ゴンゴン。
振り返ると刻印ブースの半透明の窓に、女性の顔がぼんやり映っている。
扉を開けて外に出る。そこに居たのは、オデットさんだ。
「出てきて良かったの?」
「まだ刻印を始める前だったからね。それで何か用かな?」
オデットさんの眉が上がる。
「模擬店の用で来たの」
「ふぅん」
カッショ芋の石焼きを出すことになっている。
「レオン君は、授業に出ていないから、大学に出てきているのか、休みなのかもわからないから。困るわ」
「いやあ、困られてもな」
「そうね。学部の単位は全部取得済みだものね。私だったらさっさと卒業するけどね」
「バルバラさんを置いて?」
「うっ……最近、バルも、ひ、ひとり立ちしてきたから、大丈夫よ」
そうかもな。入学した頃の周りを過剰に気にした、おどおどした態度はなくなっている。
「話を戻すけど。模擬店の用って、何?」
「そっ、そうだったわ」
2回目。オデットさんをからかうのは、この辺にしておこう。
「レナード商会から、お試し用のカッショ芋が届いたから、石焼きを試作したの」
ふむ。
「それで、試食会をするからレオン君の意見を聞かせてもらいたいなと思って。ああ、学科長から言われているから、そんなに時間を取らせないようにするわ」
僕を含め何人かの学生が、学祭の正規展示の方に注力させるという意向が、有志展示委員に通達されているようだ。
「いや。別に良いけれど。じゃあ、ちょっと待って」
ブースにとって返す。
≪ストレージ───入庫≫
設置していた魔導具を、全て収納する。
「えっ、いちいち収納するんだ」
「あまり言いたくはないんだけど。物騒だからね」
魔導学会全国大会の日に、固定器を壊されたからな。結局空き巣が入り、一部備品が壊されたことになっているけど。
『いやあ、本物の方を守ったと考えるよ』
固定器を作ったリヒャルト先生は、そうおっしゃっていたが、かなりがっかりされていた。
よって、学内で人を疑うのは嫌だが、隙は見せられない。
61号の空き教室へ行くと、1年生であろう学生が10人ばかり集まっていた。女子が多いな。 魔導コンロと、大きい鍋を囲んで立っている。鍋は冒険者ギルドで売っている例のヤツで、なんだかんだ3つを持っているので、石込みで全部貸し出している。
「レオン君を呼んできたわよ」
わぁと変な歓声が上がった。結構待たせていたのかな。
その中で、見覚えのない長身の男子が1人、ギロッと僕をにらんできた。
「じゃあ、早速試食をしてみましょう」
鍋の蓋を開けると、むわっと陽炎が立ち上った。
ん?
長髪でおとなしそうな、女子学生が火挟みで、芋を取り出して皿に置いていく。
むぅ。思わず眉根が寄る。
「どうしたの、レオン君」
「いや。うん」
おかしい。皮の一部が大きく焦げている。なぜだ?
考えて居る内に1年生の女子が芋をナイフで手早く切った。
やっぱりな。
「では食べてみましょう」
「いや、その前に」
「えっ、何?」
オデットさんが、こっちを見た。
「これの調理をした人は?」
「えっ」
1年生の人垣が別れた。
その間に芋を切った女学生と、僕をにらみ付けた男子が残った。
「ノーリ君とジェーンさんね」
「2人に聞きたいんだが、伝えた指示通りに調理してくれた?」
「なんですか! 僕らを疑うんですか? 指示書通りにやりましたよ。なあ」
男子は、ややふて腐れるように、隣に居る女子に同意を迫る。圧が掛かっているな。
「えっ、ええっ、はっ、はい」
「そうは思えないが」
「レオン君、どういうこと」
「見てくれ。カッショ芋の断面の色が白っぽい。これは指示書に反して急激に加熱した時に起きる現象なんだ。正規の手順で加熱した芋と比較しよう」
≪ストレージ───出庫≫
新聞紙に包まれた、カッショ芋を取り出す。
「なっ、なんだ、それは」
「これは、以前調理して取って置いたものだよ」
「あっ、芋の皮の色が違う」
「そうだね。ナイフを貸してくれる」
はいと差し出された物を受け取って、芋に切りつける。
「あれ? 潰れるわ」
「そう。カッショ芋をゆっくり加熱すると、こんな風に柔らかくなって、なかなかうまく切れない上に……」
それでも切っていくと断面が現れた。
「あっ、色が全然違う」
「黄色が強い」
「そういうことだよ。じゃあ、食べ比べてみて」
各自が用意されていたフォークで突いたり、掬ったりして口に運ぶ。
「んんん。甘い」
「レオン先輩が出してくれたもの方が断然甘いわ」
「えっ、これ、同じ芋なんですか? いや、同じってわかっていますけど」
「違う意見の人は、いるかな?」
誰も反応を返さなかった。
「しっ、指示書が間違っているんだ。俺たちに罪をなすり付けるつもりか?」
ノーリという男子学生だ。
「ああ、指示書を見せて」
バルバラさんが手を伸ばす。あれ? 彼女も委員だったかな。
「うーん。私が働いている執事喫茶の作り方とほぼ同じだから、これは間違っていないよ」
「ありがとう、バル。あくまで指示書の通りにやったと言うなら、別の人間がもう一度作ってみれば、簡単に白黒がつくわよ」
オデットさんが、詰めた。
「もっ、申し訳ありません」
えっ?
ジェーンという女学生が、その場に座り込んだ。
「ノッ、ノーリ君が、2時間も掛けてやってられるかと言って、魔導コンロだけでなく火炎魔術を使って、無理矢理加熱したんです」
答えが出たようだな。
「何だよ偉そうにしやがって。2年生だからって偉いのかよ」
「はぁあ?」
オデットさんの眉がつり上がっていく。彼女に逆らうとは怖い物知らずだな。
「おまえもだ!」
えっ。僕?
「2年で博士号を取ったからって、ちやほやされやがって。気に要らないんだよ。こんな物」
皿をつかむと、床に向けて投げた。
≪ストレージ───入庫≫
キャーと悲鳴が上がった。
「きっ、消えた」
皿も芋も空中に飛んだが、一切が消滅した。投げた方が、パクパクと口を動かしている。
指示通りにしなかったことを、行動で自供したな。
≪ストレージ───出庫≫
「食べ物を粗末にしちゃいけないな」
刻まれた芋と皿が、投げる前の状態で僕の手の上に現れた。
ノーリの顔が引きつる。
へたり込んだ女子を助け上げようとしていた、オデットさんが手を離して立ち上がった。
彼に詰め寄る。
「なっ、なんだ。料理なんか、男に任せる方が悪いんだ!」
「黙れ!」
オデットさんの声と形相に、ノーリが引いている
さらに詰め寄る。
「スニオ先生に、転科してきたばかりだから気に掛けてくれと言われたけれど。ろくでもない人間だったわね。ブランカさん」
「はっ、はい」
「この無礼者をどうする?」
レナード商会へ一緒に行った模擬店責任者だ。
「嫌々やるなら、誰にとっても不幸です。ノーリ君。委員からはずれてください」
「ふん。こっちこそ願い下げだ」
足を踏みならして、教室を出ていった。あれはわざとだな。委員からはずれるために騒ぎを起こしたのだろう。
「困ったものね。さて、やり直さないとね。ブランカさん、いつやる?」
「あっ、はい。オデットさん。2時間掛かるんですよね。でっ、では明日にします」
「そうね。もう3時だものね」
おやつ時か。鍋には10本ぐらい、調理不良品が入っているが、こんなにたくさん試食が必要ではないはずだ、ということは。
「ええと。まだちゃんとした芋があるんだけど。みんなは食べるかな?」
わぁと黄色い歓声が上がった。
期待されている。やっぱり試食と言いつつ、これをおやつにするつもりだったんだな。
≪ストレージ───出庫≫
10本ぐらい、まだ湯気が上がる作り置きを出すと、再び歓声が上がった。
まあ、また作れば良い。
「食べます」
「いいんですか?」
「レオン先輩、ありがとうございます」
少し怯えていた、委員たちに笑顔が戻った。
うん。やっぱり女子は芋が好きだなあ。
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