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218話 特許制度の常識・非常識

それはそれは魑魅魍魎がいるドロドロとした世界。

 トードウ商会に来て、法務担当となったナタリアさんと代表の3人で向かい合っている。

 今日は純粋光の特許の話だ。


「異議申立に対しましては、意見書を提出しました。魔導学会にて純粋光の検証会をやったことが大きいですね」

「これで、収まってくれるとうれしいが」


 早期審査手続きをしていた純粋光特許が、3月に登録された。そこで、予想通り異議申立申請があった。異議申立は、簡単に言えば特許ギルドの登録査定は間違っている、無効にしろ。そのように第三者が申し立てる制度で、特許登録公報が出てから6カ月以内は申立ができる。


「お茶どうぞ」

「ありがとう。サラさん」


「どうぞ、先輩。へえ。異議申立ですか。申し立てられた方は、何者なんでしょう?」

「所属が書いていないから、無関係な一般人でしょ」

 ナタリアさんは事もなげだ。カップを配り終わったサラさんは、何度か(まばた)いた。

「へっ? 一般の人が、異議申立をするんですか?」

「そうよ。常識でしょ」

「常識なんですか……」


 サラさんは僕と代表に視線を移したが、反応がないので困惑した顔だ。

 仕方ない。

「異議申立は、条約国の国民であれば誰でもできるんだ」

「はい。でも、なぜなんですか。何の利益もないじゃないですか」


「サラちゃん」

 僕がするまえに、代表が反応した。

「はい、代表」

「申立人は、依頼人から報酬を受け取るに決まっています。家族の場合はそうでもないかもしれませんが」

「えっ?」

「同業他社が、申立人にこの特許に異議を出してくれと頼むのよ。同業他社が直接申立をすると、特許権者と遺恨が残るでしょう。よくもウチの特許にケチを付けてくれたなってね」

「あぁ……」

「それに、既に係争中の別件や、その後の取引に影響を与えるわよね」


「つまり、申立人は名義を貸した(ダミー)人なんですね」

「そういうこと。異議申立人のおよそ半数が一般人らしいわよ」

「そうなんですね。いや勉強になりました。ああ、失礼します」

 サラさんが会議室を辞していった。


 そういうことだ。

 特許審査官にとって、先願(過去の特許出願)が存在したから駄目という判定はやりやすい。しかし、先願はないが、何かの論文に書いてある場合や、類似品が既に発売されていますよという場合まではなかなか手が回らない。

 よって、こんな特許が登録されました。問題ないですね、皆さん? 今から6カ月たったら手間暇とお金もかかる審判になりますよ。異議申立制度は、そのように一般大衆に問いかけるもので、特許ギルド側の責任逃れなのじゃないかという気がする。

 ともあれ、利害関係者、おおむね同業者は、あの企業がこんな特許を出した。まずいな、費用も手間も大変になる特許無効審判に至る手前でつぶせ! そういう活動をするのだ。


 話を戻すと、異議申立の純粋光が刻印魔術の手段として不適とする趣旨、つまり、魔結晶内の欠陥を回避するのが辛いという説は、定性的であり説得力が弱かった。実例のデータの掲載がなかったからだ。現状は申立人が純粋光の発振手段を持っていないであろうから、実験できないはずだ。データが取れるはずがない。

 意見書には、線幅10マクメト(≒μm)で刻印した魔石の実例を書いた。そうなると。できないはずだという申し立ては通らないというのが、弁理士の見立てだ。


「次に、商談の件ですが……」

 微妙な間がある。

「ラケン商会から申し入れがありました」

 ほう。

 なにやら代表と同商会は、何か過去にあったようだ。

「ラケン商会ですか。刻印魔導器では、国内最大手ですね」

 ナタリアさんも、微妙な反応だ。

 こういった場合、トードウ商会は有利だ。

 これが同業企業同士なら、大手が強いはずなのだが。


 有力で使いたい他社特許がある場合はどうするか?  

 第一は異議申し立てのような特許の無効化だ。しかし、一旦登録された特許は強い。文句が付けようがないという場合もある。

 では、どうするのか?

 使わせてくださいと、使用許諾料()を払って使わせてもらうしかないのか?


 実は、相互許諾(クロスライセンス)という手がある。

 いやあ。良い特許ですね。でも弊社も、違う特許を持っていますよ。これを使えないと、貴社も厳しい(特許侵害は避けられない)でしょう。じゃあ、お互いに痛み分けにして、お金を払ったりもらったりせずに特許を融通しあいましょうという手段だ。お金が動くと税金も掛かる。

 もちろん、こんな弱い特許で釣り合いが取れると思っているのか! という場合もあるが、いや、これも、これも……ウチにはたくさん特許がありますよ。そのような交渉もある。大手は、従業員が多く、特許出願数も多い(はずだ)。だから、大手企業は強いのだ。


 しかし、それが通用しない相手もいる。例えばトードウ商会(ウチ)だ。

 違う特許を持っている? 知ったこっちゃない。弊社は製品を作っていないから、他社特許を全く侵害しない、だから痛み分けにはならない。そういう企業だ。地球ではパテントトロールなどとも呼ばれる。トロールは魔獣みたいなものだから、なかなか人聞きが悪い名称だ。ちなみに、地球でもわがセシーリア王国を含む8か国条約国でも違法ではない。

 まあ、法外な許諾料や、賠償金をせしめるから嫌われやすいけれども。


「ラケン商会からは、使用許諾交渉と並行して、研究費提供、わが商会の買収、提携など、お望みの選択肢でお話をさせていただく用意があるとの書簡をいただいております」

「ほう。買収はともかく、結構評価してくれているということだな」

「そのように捉えてよいかと」


「あのオーナー」

「なんですか、ナタリアさん」

「これは確認ですが。特許権を含めて、わが商会をどこかの企業に譲渡するという選択肢は、オーナーの中に存在するのでしょうか?」

「そうだね……」

 僕が考え始めたからか、代表が身を乗り出してきた。


「……うん。基本的にはないね」

 ほうと(うな)って、代表は椅子に腰を下ろした。

「トードウ商会に集まってきている人たちと、同じように活動できなくなるかもしれないし。第一自由に研究したいからね。譲渡したら、面倒臭そうなことが増える気がするし」

 まあ、大学が多分にそうなんだけど。


「面倒ですか……あの代表」

「何? ナタリア」

「オーナーは、商売っ気がないように思われるのですが」

 本人の目の前でよく()くなあ。


「そうねえ。この前もマヨネーズを公開技報で出されてしまうしね」

「代表、マヨネーズとは?」

「調味料の一種よ。ありふれた材料で、とんでもないうまさがあってね」

 うん。地球の人は偉大だよな。


「へえ。調味料なんですか。カッショ芋の石焼きやエルボラーヌケーキもありましたね。お料理も、オーナーの研究分野なんですか?」

「いや、まあ。ちょっとした趣味かな」

 そうでもないけれど。


「私には、どういう分別をされているかわからないけれど。料理系については特許を取ろうとなさらないの」

「はあ」

「だからね。ナタリア」

「はい」

「私たちが、しっかりとお仕えをしていかないとダメってわかるでしょ」

 ダメな夫から別れられない妻みたいな言い方はやめてほしいのだけど。

「わかりました」


「それで、ラケン商会とはどういう方針にしましょうか」

「悪い話ではないと思うから、まずは代表に話を聞いてもらおうか。ただし、純粋光特許の譲渡と、包括的な使用許諾をする意向は今のところはない。こちらの意向としては、刻印魔術に限っての使用許諾は条件次第で認めるだ」

「包括的な使用許諾の方が、許諾料は大きく要求できると思いますが?」

「いや、純粋光の用途は刻印魔術以外もかなり広い」

「そうなのですか?」


 カバンから書類を取り出して、2人に見せる。

「これが、刻印魔術以外の用途に対する特許明細書だ」

「拝見します。ん。2部ありますが?」

「別々の用途だ」

「はあ」

 代表とナタリアさんが、一部ずつを渡し合って読み始めた。


「こんな用途が」

「こちらは、基本特許の補強ですね」

 理解が早いな。

「こちらは、どのようにいたしましょう?」

「昨日書いただけだから、出願手続きを進めてほしい」

「承りました。早急に」

「他に特許関係で議題は?」

「予定していた用件は以上です。ああ、そうだ。ウーゼル・クランから、例の件の回答がきております。後程お渡しします」

「そう」

「目を通しましたが、あの質問の回答が何か役に立つのですか?」

「どうだろう。分析してみないとな。用件が終わりなら……ティーラさんの手が空いているようなら、ここに呼んでくれるかな?」

「承りました」


 5分ぐらい待っていると、もう1人の新顔(ティーラ)が入って来た。代表は不要なのだが、まあいいか。

「なんでしょう?」

 警戒しているようだ。

「アデレードさんに会って、要望を聞いたそうだけど」

「ああ、あの件ですか」

「ティーラさん。私、その報告を聞いていないけど」

「いえ。なかなかにアデレードさんの個人的な話だったので、報告すべきか迷っておりました。ひとつ訊きたいことがあるんですが。オーナーと彼女はどういう関係なのですか?」

 単刀直入だなあ。


「代表とユリアさん以外に、話さないと(ちか)えるならば答えるけれど」

 一瞬代表の方を見た。

「そうですか。もうわかりましたので、結構です。もちろん顧客の情報ですから、どなたにも話しません、ご安心を。それから、代表。アデレードさんのご要望は、探しているオーナーの新居に彼女が同居できるようにしてくれとのことです」

「同居?」

 代表が、ギロッと僕を(にら)んだ。

 確かに一緒に住もうという彼女のお願いに、僕は言を左右にして答えなかったから、危機感を覚えたのだろう。


「その様子だとご存じだったんですね。今のところ、南区と西区を中心として、何件か物件に目星を付けています。しかし、同居されるとすればやり直しです。オーナーはどうお考えなんですか?」

 詰められた。

「いやあ、彼女の希望は(かな)えてやりたいが。同居するというのは、どうかと思う。それに他人に漏れる可能性が高くなる。難題だと思っているから、彼女にも約束はしていない」

「意外と世間体を気にされるんですね」

 むう。

「ティーラさん。口を慎みなさい」

「世間体を気にされるなら、初めから顧客に手を出さな……失礼いたしました」

 代表の眉がつり上がっている。


「ティーラさんが言うことはもっともだが、順序がね。顧客になる前から始まっている」

 一応言い訳をしておく。

「そうでしたか。冷静に考えると。アデレードさんがウチの顧客になったのは2月でしたねえ。確かに、少し時間が短く、不自然ですね」

 論理的な思考だ。

「それにしても難題ですね。同居しても世間から秘密を守るというのは。玄関が2つある家でも探せば良いんですかねえ」

「そんな単純じゃないわ。たとえ玄関がふたつでも……あっ!」

「えっ、どうかしました?」

「ああ……」

 代表があごに手を当てて、何事か考え始めた。

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


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https://twitter.com/NittaUya


訂正履歴

2025/06/25 誤字訂正 (健腎モトムさん ありがとうございます)

2025/07/13 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)

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