217話 悪人
女性から悪い人ねと言われてみたい。
今年は人数が多いな。
広い6121教室に、理工学科生の1年生、2年生の全員が招集された。上級生は任意参加だが、ぱらぱら居る。壁際にミドガンさんが居た。来年度は修士課程に進むらしい。
しかし、この部屋に来るのも久しぶりだ。そもそも、受ける授業がなくなったので、60号棟(学科の主講義棟)に入ることが減っている。
学科長に呼び付けられることが、一番多い用件のような気がして滅入る。
おっと。僕も議題を考えないとなあ。
議題は5月に挙行される大学祭での、学科有志模擬店の出し物決めだ。
幸か不幸か、僕は別途学科の公式展示に注力せよと、学科長から要請というか指令が来ている。そのため、有志の方への参加は最低限でとの申し合わせになっている。
えっ?
考え事をしている間に、黒板に案が書いてあって、そこに執事喫茶が挙がっている。
いやいや。
「えーと。レオンさん」
気が付いたら反射的に挙手していた。
立ち上がると、わぁと声が上がった。なんだ?
「いや。案ではなくて、執事喫茶に対する意見というか条件の話です」
「はい」
「去年の学祭では、リオネス商会の支援を得られたが、今年は同じような支援を期待できないということです」
「無理なんですか?」
司会は、1年生の女学生だ。模擬店の責任者だそうだ。前方の端に、去年その役割だったオデットさんも座って居るが、彼女は後見役だそうだ。やはりきちんと伝わっていないか。現2年生でも、経緯を理解している人は少ないからな。
「去年は、執事喫茶という新たな業態を考えたことで、その商売を実験として資料を提供するのと引き換えに、支援を取りつけた。だが、みんなも知っていると思うが、執事喫茶は同商会の実店舗で営業している状況だ。つまり、私たちより知見も情報も彼らの方が多量に持って居る」
「そうねえ。もうお帰りになった……ご来店いただいたお嬢様が3万人を超えたって店長が言っていたわ」
バルバラさんの不規則発言で、教室がざわついた。もう3万も行ったのかよ。
「あのう。リオネス商会は、レオンさんのご実家と聞いています。それだけの来客があったのなら、もう少し見返りがあっても……」
「待って!」
オデットさんが立ち上がった。
「外部企業が大学で何かをするためには、産学連携事務所を通す必要があるわ。もちろんちゃんとした契約を結んでやることになる。産学連携で最もまずいことは、企業が学生と通じて大学に喰い込むことよ。模擬店の仕入れをするぐらいは問題ないけれど。レオン君に、情で縋って何かさせるというのは、確実に却下されるわ」
「だめですか?」
今度はリーリン先生が立ち上がった。
「後見人の言う通りだ。そもそも、特定の学生に大きな負担を強いるのは私としても容認できない。もちろん、リオネス商会の支援を前提とせず。それでも執事喫茶をやるというのであれば、話は別だ。この案には、そういう条件が付くと考えてくれ」
「わかりました」
司会も納得したようなので、僕も座る。
その後、いくつかの案が出たが、何か料理を作って販売するという、無難な方向にまとまった。だが、どんな料理をするかが決まらず、会議が長引いたので小休止することになった。
ん。バルバラさんが手を振りながら、ひとりで僕に近付いて来る。
「レオン君」
「何かな?」
「私。料理の案があるんだけどなあ」
案があるなら、提案すれば良いのでは?
「それで、レオン君に相談があるの」
「ちょっと待って」
いつの間にか、僕を挟んで反対側にオデットさんが居た。
「なあに、オーちゃん」
「分かって居ると思うけれど。レオン君は、学科の展示で手一杯なのよ」
気を使っていただいて恐縮です。
「ああ、ちがうちがう。たぶん、そんなに彼の負担にはならないと思うわ。少なくとも当日は」
でも、僕に頼み事はあるんだ。
それにしても、バルバラさんは随分積極的になったなあ。いい傾向なんだよなあ?
「言ってみなさいよ」
オデットさんは半分けんか腰だ。ただ、本人はそう思っていないらしい。
「あのね。石焼きカッショ芋がいいと思うの」
おお。
「石焼き?」
「うん。レオン君が考案したんだけど。鍋に石を入れてカッショ芋をその上で加熱するの。レオーネの看板お菓子、エルボラーヌケーキのクリームはそうやって作るのよ」
「へえ。って、あなた、本当に手広いわね」
僕を睨まないでくれるかな。
「ああ、話を戻すけど。もちろん、それでケーキまで行っちゃうと作るのは大変だし、食べてもらうなら座席を用意する必要があるからさ。だけど石焼き芋なら新聞紙に包んで渡せば良いでしょ。図書室に大量に古新聞紙があるし。それならキャンパス中に持っていって、好きな所で食べてくれるわ」
おお、しっかり考えているじゃないか。
「そうなると、ゴミの問題が出るような気がするけど、それは有志で定期的に回収すると良いかもね。でも、おいしいの? 石焼き芋って」
「すごく甘くておいしくなるんだから。まかないで、食べているけど、癖になるのよねえ」
「ふーん」
小休止の後、バルバラさんが石焼きカッショ芋を提案し、その多分に演技が混ざったおいしさの説明により、ほぼ満場一致で採択された。
†
───ブランカ視点
集会があった週末の昼過ぎ。
待ち合わせの馬車鉄の停留所で待っていると、意中の人が歩いてやって来た。
動悸が激しくなってきた。
「あっ、あの。レオン先輩。おはようございます」
「ああ、おはよう。ブランカさん。大変だね、模擬店責任者は。休みなのに」
名前を覚えていてくれた。うれしい。
「いえ、そんなことはないです。先輩こそ付き合ってもらって、ありがとうございます」
「うーん。今年は戦力にならないからねえ」
いやあ。格好いい。細身だし、かわいい顔なのに、なんか自信に満ちあふれているのよねえ。今日は、いつものローブではなく薄手のフロックだけれど、それがここ東区の町並に合っている。
以前はジラー研の奇才と言われていたけど、今ではジラー研の天才と呼ばれ出した。今日ご一緒するって言ったら、付いていきたいっていう女子が多くて、びっくりした。
「ん。何?」
「ああ、いえ」
おっと、凝視し過ぎた。
「それで、後見人はまだかあ」
「あれじゃないですかね?」
馬車が近付いて来た。そうは言ったけど、乗っていないでと願ってしまった。
残念ながら、降りて来られる。
「おはようございます。オデット先輩」
「おはよう」
「ああ、おはよう。悪いわね、レオン君」
「ははは。じゃあ、行こうか」
「はい」
レオン先輩は、あの技能科2人組、特にクラウディア・ラーセルさんと付き合っているのではないかと噂があったが、そうでもないらしいとわかってきた。
次に、このオデット先輩やバルバラ先輩、果てはルイーダ先生まで疑われたけれど、誰とも付き合っていないらしい。あまりにも女っ気がないので、4年生のミドガンさんという男子学生と疑うというか、どっちが攻めか、受けかなんて夢想している人たちがいる始末だ。
「ここの2階だよ」
「えっ。ここですか」
見上げるとレナード商会と看板が掛かっていた。
なかなかの構えの建物なのに、レオン先輩は物おじしないで入っていく。受付に行くと、そこに座っている女性ではなくて、横で立っていた年配男性に話しかけると、こっちに振り返った。
「すぐ会ってくれるって」
「はい」
えっと。この先導してくれている男性は、私たちを、いやレオン先輩を待っていたらしい。わざわざ? 2階に上がって、豪華な応接室に通された。ええと。私たちって学生よね。
「レオン君。ここも、あなたの親戚なの?」
「うん。一応はそう。説明するのが面倒なくらい遠縁だけど、田舎だからね」
レオン先輩はエミリアという地方の出身だ。
すぐお茶を出してくれて、10分ぐらい待っていると、若い男性が入って来た。
「レオンさん。お久しぶりです。すみません。前の会議が押しまして」
えっと、この人が先輩の親戚の人だろうか。結構親しそうだ。
先輩方が立ち上がったので、私もあわててつづく。
「オットーさん。時間を取っていただいて、ありがとうございます」
「いいえ。レオンさんのことですから。それでこちらは」
えっと。相当気を使っている。
「サロメア大学の同じ学科の学生です」
オデットさんが、手で合図した。
「1年のブランカです。大学祭の模擬店の責任者です」
「ああ、去年執事喫茶をやられた」
「2年のオデットと申します。よろしくお願いします」
「私は、当商会の王都支店長のオットーです。よろしくお願いします。どうぞお掛けください」
えっ、支店長なんだ。お若いのに偉い人だった。
「それで、今日は商売の話と聞いておりますが、大学祭の模擬店なんですか?」
明らかに支店長さんは、レオンさんだけを見ている。
「じゃあ、ブランカさん説明をして」
出番だ。
「はい。5月の第2週に2日間にわたって、サロメア大学の南キャンパスで大学祭を実施する予定です。そこで、私たち、魔導学部魔導理工学科の有志で模擬店を出すことになりまして。その材料としてカッショ芋を仕入れたいと考えています。さっきおっしゃった執事喫茶ではありません」
あれ。支店長さんの表情が、曇った。
「そうですか。カッショ芋を使っていただくのは歓迎なのですが。うーん、執事喫茶ではないのですか」
「オットーさん」
レオン先輩だ。
「去年と同じことをやったって面白くはないし、母が協力してくれるわけはないし」
「そうか、副会頭さんはそうですよね」
うなずいた。
「オットーさん。ちなみに大学祭の来客は、何人だと思います?」
「えっ」
「ブランカさん。去年の実績と女性の割合は?」
あわてて、持って来た資料をめくる。
「去年は、延べ5825人で、その内、女性は3922人なので……」
「6割7分強ですね」
計算が速い。
「女性は、石焼き芋が好きですよ」
「あっ、石焼き芋を出すんですか。そっ、そうですよね」
「4千人の何割かが、大学の構内で芋を食べる。レオーネやモルタントホテルじゃないから、通りがかりで食べている所を見ることになります。執事喫茶じゃないけれど、結構な宣伝になると思いませんか? もちろん、ただで芋をよこせなんて言っていないですよ。適正な金額を払います」
支店長さんが、無言で上目遣いになっている。あれは、必死で効果を計算しているわね。なんていうか、レオン先輩は話がうまい。うまいだけじゃなくて、数字を絡めてくる。
「なるほど、面白いですね。宣伝ですか」
「そうそう。大学祭で食べられる量なんて、さほどでもないけれど。宣伝の方が大事とは思いませんか? 今のところ、店じゃないと食べられない状況ですからね。あと……」
「なっ、何です?」
「ああ、うん。毎年のことですが、芸術学部の取材にいくつかの新聞社が取材にくるって聞いているよね?」
「本当ですか?」
「確かに去年、おまけで執事喫茶も取り上げてくれましたね」
おお、オデット先輩。
「うっ。わかりました。ぜひ、私どもにカッショ芋を納入させてください。量も言っていただいた分を用意しますし、手付かずであれば、売れ残りは引き取ります。値段も勉強しますので」
†
ふう。レナード商会の支店を出て来た。おかげで、カッショ芋を仕入れられることになった。
「ふっ。あいかわらず悪人よね、レオン君は」
えっ、悪人?!
「いつも人聞きが悪いことを言うよなあ、オデットさんは」
「素直な感想よ。ねえ、あなたもそう思ったでしょう」
えっ、私?
「いっ、いえ。とても助かりました。ありがとうございます。レオン先輩」
「だまされているわよ、ブランカさん」
「まったく、オデットさんは」
仲が良いみたいだわ。
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訂正履歴
2025/06/22 来客数の現実味改善(HUNTERさん ありがとうございます)
2025/07/16 61号棟→60号棟