216話 値踏み
人物を値踏みをするのは褒められたことではことではないものの.必要なときはあるもので。
「おめでとう。レオンちゃん」
「うん。ありがとう」
週末になった。まだ午前中だがアデルが指定してきた時間に彼女の部屋に来た。食事しないで来てねというので、そうしたのだが。
えっ。
アデルの部屋は東洋式なのだが、玄関に女物の靴が脱いである。
ユリアさん? にしては、高級な靴だ。居間の方を見ると、誰か居る反応だ。
「奥に誰がいるの?」
「うん。おかあさん」
うっ。一瞬胃が痛んだ。今さら帰るわけにはいかない。
「そうなんだ」
アデルは、いたずらっぽく笑っている。覚悟を決めよう。僕の腕を取って居間に連れていかれる。
「ブランシュさん。こんにちは」
「こんにちは。レオンさん」
とりあえず、表情に怒りは宿っていない。
アデルは叔母さんの前でも、一切態度を変えることなく、いつものように僕のローブを脱がせて、上着掛けに掛けた。すると、小さく嘆息が聞こえてくる。
会釈して、テーブルの反対側に座る。
「ここ最近のレオンさんのご活躍は、主人からも聞いております。直近では、博士に成られたそうですね?」
「ええ」
娘の婿候補の値踏みがはじまったか。
「忙しいでしょうけど、ウチに来てね。お祝いしますよ」
「はい」
「レオンちゃん。お茶どうぞ」
「ありがとう」
アデルが、見せつけるように隣に座って身体をくっつける。どういうことかな。
「アデル……」
「何? おかあさん」
「そんなに強調しなくても、別にレオンさんを責める気はありませんよ」
「なんだ。早く言ってよ」
そうか。ブランシュさんに、自分の責任だからねと、わざと示していたのか。
「わかっているわよ。自分の娘なんだから。あなたは、子供の頃から、自分が納得しなければ進まない強情な子だったからねえ」
「強情って……間違っていないけど」
「それより、レオンさんの方が心配だわ」
えっ?
「ほら。アデルって見た目は悪くないから、言い寄られてふらっと」
「ちょ、ちょっと。おかあさん。確かに私から言い寄ったけどさあ」
「はっははは……」
「レオンちゃん?」
ブランシュさんに向き直る。
「ご心配なく。僕は、アデルをちゃんと好きになって、今に至っているので」
「それはよかったわ。旦那様と、お義姉さんに対抗していく覚悟ができます」
えっ。
「ダンカンさんはともかく。母は僕をそれほど気に掛けては」
「レオンさん」
「はい」
「私にも最近息子ができたからわかるけど」
ヨハン君のことだ。
「母親にとっては、息子は特別よ」
「えっ」
「いやあ。かわいい。まっ、娘もかわいいけれど、違う方向性ね。世の中で、嫁姑問題が起こる理由がわかる気がしたもの」
「そっ、そうなんですか?」
思ったよりざっくばらんな人だ。
「個人差はあるけれど、お義姉さんはねえ。すごくレオンさんのことを大事に思っているわ。そうでなければ、アリエスさんの面接のために、わざわざ王都まで来ないもの」
むぅ、正論だ。
「うわぁ。じゃあ、私も覚悟しなきゃ」
「そうねえ。結婚するならねえ」
「あの。この期に及んで言うのは、憚られますが。僕はアデルさんと結婚したいです」
「別に止めないし、反対もしません。私もレオンさんは好きだし。そうでなくても、アデルが好きなら、それでいいわ」
おお。胃が癒やされていく。
「でも、レオンさん。この子は面倒よ。歌劇団の女優というのもあるし」
「ちょっと、おかあさん。反対しないって言ったじゃない!」
「反対じゃなくて、レオンさんへ忠告よ」
「むう」
「さて、レオンさんの気持ちも訊けたし、アデルが一方的に誑かしたわけでもなさそうだから安心しました。だから帰ることにするわ」
「たぶっ……実の娘に。えっ、帰るの? おかあさん」
「そうよ。ふたりの邪魔になりたくはないし」
うっ。
「じゃあ、お昼だけでも食べて行ってよ。3人分、材料を用意してあるから」
「ああ、そうね。安心したら、お腹が空いてきたわね」
「レオンちゃんは、そっちのソファーで、待っていて。すぐできるから」
「うん」
台所でおばさんと何か作り始めた。
エビの下拵えを手伝ってと聞こえてきた。エビ料理らしい。
15分後、ブランシュ叔母さんと一緒に食卓に着いた。既に3枚の皿が並んでいる
ボウルを食卓の中央に置いた。
ええと、橙色掛かった白い液が、ボウルの中にある。
なんだろう。ソースらしいけれど。なんだか少し甘い匂いがする。
「へえ。これは見たことはないわね」
「叔母さんもですか」
「新作を食べさせてくれるみたいだわ」
そこへ、まだ油の音がしているフライパンを、アデルが持って来た。大きなレードルで、フライパンから掬うと、ボウルへ落とした。
おお。殻と頭尾を取ったエビが数十匹ぐらい入った。へえ、衣が付いているんだ。
それを、白橙のソースに絡めていくと、上から刻んだパセリを散らした。
「できあがり。じゃあ、まず、レオンちゃんから」
ボウルから、掬われた料理が僕の皿に盛られていく。そして、料理が行き渡った。
「じゃあ、乾杯」
「はい、乾杯」
白ワインを飲みながらも、叔母さんの目は皿に向いている。
甘い匂いで、僕もお腹が鳴るほど食欲が出て来た。
「じゃあ、いただくわ」
叔母さんが、匙で掬って口に運んだ。
「おいしい」
じゃあ、僕も。匂いにたがわず、甘い。ソースは……。
「ふーん。卵とお酢と油を混ぜたものに、トーメイトの実を湯むきして潰して、後は牛乳と蜂蜜かしら」
「くぅ……あいかわらずね。おかあさん」
そうだ。叔母さんは、一度食べた料理をどうやって作ったかわかるってのは本当だったんだ。
ああ、マヨネーズを使ったのか。それだけじゃなくてちゃんと手を加えて。
「でも、いい味だわ。よく作ったわね。レオンさんはどうなの」
「おいしいです」
「でしょう。マヨネーズ料理を10種類くらい作ったけど、一番の自信作なのよね」
「マヨ……ネーズ。へえ? 聞いたことがないわね。どこの料理かしら?」
和やかに食事を終えた。
マヨネーズの件は、アデルが叔母さんを口止めしていたが、ヨハン君に食べさせるって言っていたからな。やっぱり公開技報を出しておくべきだな。
†
叔母さんが帰って、ふたりで洗い物をする。
「この前、トードウ商会にユリアさんが来て、会ったんだけど」
「うん。私もユリアさんに聞いたわ」
「何か言っていた?」
「あ、うん。レオンちゃんが偉そうだったって」
「はぁ」
偉そう……か。代表にはもっと威厳を持ってと言われるが、差が分からない。
「でも、すこし安心したって」
「えっ?」
「学生のノリでいい加減にしていたら、差し違えてでも私の財務を任せるのをやめさせようと思ってたんだって」
ふむ。
『ほう。意外と大人ですね』
ユリアさんの顔が浮かぶ。
「レオンちゃん、お皿」
「ああ、悪い」
拭いていた皿を渡す。
「そうか。最悪な結果には至らなかったってわけだ」
「ユリアさんは心配性なのよ。私が壁になるって言っていたし」
そうか。壁ねえ。
「ああ、笑っている。なんかあったんでしょう?」
「いや別に」
じとっとした目で見られた。
「じゃあ、良いけれど。そうだ。レオンちゃんは博士になったのよね。大学はどうするの?」
話題を変えてきた。
「研究でやることはまだ残っているのだけど、全部単位は取れたんだよね」
「じゃあ、教えてもらうことはもうないんだ」
「普通だったら大学院に行くんだけどね」
「そうなんだ」
「それで、卒業して、教員になるか研究員になるか。どっちかにしてほしいって、学科長に言われた」
「はっ?」
そりゃあそうだよな。かなり話が一足飛び過ぎる。
「学科長って……ジラーって先生?」
普段から、ジラー先生の話はしている。
「いや、ジラー先生じゃなくて、僕が所属している魔導理工学科で、一番偉い先生だね」
学部長も認めているとは、おっしゃっていたけれど。
「そうかぁ。えっ、どっちかを選ぶの」
「そうだね、まだ返事はしていないけれど。学位をもらったし、学生である必要はないんだよね。どちらかと言えば、研究員かな。教員は立前上、学生に授業をする必要があるし」
しばらく悩んだが、研究が継続できるなら、学生の身分に固執する必要はない。
「研究員って何?」
そりゃあ知らないよな。
「研究員というのもいくつか種類があるらしいけど、僕が成れそうなのは受託研究員かな。大学にお金を払って研究をさせてもらうって立場だね」
「ん? それって、学生と何が違うの?」
アデルが眉根を寄せた。
「そう言われると、あまり変わらないね。身分が学生じゃなくなるぐらいかな。ともかく企業で働いている人が、大学に来て研究するのがほとんどかな。だからお金は、企業が負担することが多い。その線に進むとすると、トードウ商会所属の僕がって立場かな」
「そういうことか」
うなずいている。
「ただ、大きな問題があるんだよねえ」
「ん?」
「テレーゼ夫人とは、大学を卒業したら下宿を出るって約束なんだ」
「えっ。じゃあ、下宿を出るの?」
「たぶん、7月には」
「ちょ、ちょっと。もうすぐじゃない。下宿を出てどうするの?」
なんか、アデルが身を乗り出してきた
「そりゃあ、家を買うか借りるかして、住むよ」
「おっ、王都よね」
「もちろん」
「ふぅ、よかった」
「そりゃあ、アデルと離れることは考えていないよ。トードウ商会だって」
「でもさ、食事は? 洗濯は? 掃除は?」
「うーむ。考えてはいるけどね」
突きつけてくるなあ。
「あっ!」
なんだ?
「私と一緒に住もうよ。うん。それがいい」
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2025/06/21 文章の乱れ訂正(水上 風月さん tlyさん 布団圧縮袋さん ありがとうございます)
2025/09/22 誤字訂正