215話 知名度
知名度が上がると良いことと悪いことがありますよねえ。
(注:定規の試験は誤字ではありません)
やれやれ。
今日はいろいろあったなあ。下宿の扉を開けると廊下の向こうの方。食堂から、いまだ僕より背の高い人影が出てきた。
「ただいま帰りました。リーアさん」
反射的に言いながら、足は階段へ向く。
「レオン。おかえり、そこで待っていろ」
「はっ?」
いや、まだ夕食には時間が早いが? 何か用があるのだろう。命じた人は、最奥のドアを開けて入って行った。用があるのはテレーゼ夫人か。何だろう。すぐ扉が開き、リーアさんが出てくると手招きしたので、部屋に入る。
「レオンさん、おかえりなさい」
「ただいま戻りました、夫人。何かご用ですか?」
下宿代は、トードウ商会から振り込まれているはずだよな。僕が夕食を忘れても、代表がそれを忘れるはずはない。
「まあまあ、そこに掛けて」
「はい」
なんだか随分うれしそうだ。何かいいことでもあったかな?
勧められたソファーに座る。新聞? 夫人はテーブルに乗っていたものを開いた。
「あったわ。ここ、ここ」
釣り込まれて、夫人が指す見出しを見る。
「あぁ……」
思い出した。僕のことだった。
「この記事にある、レオンさんって、あなたのことよね?」
紙面にはこうあった。王立サロメア大学が発表! 夢の純粋光発振を実現。
ジラー先生がおっしゃっていた。昨日した報道発表に対する記事だ。
「そのようです」
「やはり」
「僕の名前が出ていましたか?」
「出ているわよ。研究の核心を進めるのは、なんと魔導学部魔導理工学科2年生。レオンさん。16歳」
「サロメア新報ですか」
年齢は必要か? まあ、いいけれど。
「すばらしいわ。レオンさん、大きく新聞に載る偉業を成し遂げるなんて。おめでとう」
「おお、おめでとう」
「ありがとうございます」
まあ、そうだよな。一般の人にとっては、新聞に取り上げられるのはすごいことなのだろう。ともあれ、ふたりによろこんでもらうのは、僕にとってもうれしいことだ。そうだ、新聞に載ったということは、2日遅れぐらいで、エミリアにも情報が行くなあ。なんとかしないと。
「お祝いをしましょう」
「お祝い?!」
「既にお料理もたくさん作ったわ」
「そうなんですか」
「にしてもだ、レオン。こういう時は事前に教えておけよ。今日は2回も買い出しに行ったんだぞ」
口調はあれだが、リーアさんは笑顔だ。
「いや、僕も朝は知らなかったんですよ。大学に行ってはじめてこうなっているって」
「うーむ。うそじゃないようだな。なら仕方ないな」
そうだ。何度もお祝いしてもらうわけにはいかない。
「それで本日。大学から、こちらをいただきました」
魔導収納に入れていた冊子を、カバンから取り出す。
「まあ、何でしょう」
夫人に手渡すと、冊子を開いた。
「学位記。まあ、博士! レオンさんは博士になったの?」
「博士だと?」
「はい」
「でも、レオンさん、学部2年よね。博士って、大学院で博士課程を卒業しないと……」
「それはですね。この文章にあるように、論文を出して認められると論文博士に成れるって制度がありまして」
「へえ。そうなのね」
「奥様、それはすごいのですか?」
「すごいわよ。博士になるのは、早くても二十歳になってからだわ」
「ほう。純粋光だかなんだか、小難しいことは分からないが。ふーん。見直した」
「……それは、どうも」
その夜、盛大に夫人とリーアさんにお祝いしてもらった。
部屋に戻って、アデルにマギフォンをかけると、報道発表の件は彼女も知っていた。
自分のことのように喜んでくれて、週末に会うことにした。
†
翌日、午後からトードウ商会へ行った。
事務所へ入ると、代表とサラさんの他、ユリアさんとふたりの見知らぬ女性が居た。一方は三十歳代後半、もう一方は二十歳中盤から後半ぐらいに見える。
「オーナー。会議室へお願いします」
言われた通り、移動する。
すると、事務所に居た全ての人たちが、会議室に入ってきた。
「それでは、トードウ商会の仲間が増えましたので、改めて顔合わせをします」
代表が司会のようだ。
「私は、当商会の経営と事業を統括するアリエスと申します。よろしく」
拍手をしようかなと思ったが、皆はしないらしい。
「そして……こちらの方は、当商会の実際には設立者のひとりであり、株式のほとんどを所持されているので、商会の持ち主です。商会では、オーナーとお呼びします。昨日新聞3紙に取り上げられた研究をされている他、これまで商会の商材となっている知財権は全てオーナーによるものです。後程、自己紹介をいただきます」
後程か。
「では、サラさん」
「はい。サラです。経理担当です。去年の9月から商会におります。よろしくお願いします」
いつもながら陽気な人だ。経理の人は神経質というのは思い込みかもしれない。
「では、ユリアさんですが。先月事業内容として、オーナー以外の代理人対象を増やしました。それに携わっていただきます」
「ユリアと申します。女優のアデレード嬢に貼り付いて生活支援を担当します。よろしくお願いします」
打って変わって不機嫌そうだ。
「お願いします。つづいては、代理人事業の間接担当をしてもらいます。ティーラさんです」
若い方だ。
「ティーラと申します。よろしくお願いします。代理人の対象がアデレード嬢というのは、驚きました。ただ、対象が2人というのは少ないので、良い方がいらっしゃいましたら、ご紹介ください」
ふーん。まだ余裕があるってことか。
「次に。ナタリアさんですが、対外交渉が増えてきましたので、そちらを担っていただきます」
「ナタリアです。代表を支えていきたいと思います。よろしく」
言葉少なだが、挨拶が重厚だな。体型は普通だけど。
ふむ。ユリアさんはともかく、一気に5人か。ちゃんと商材を仕込まないとなあ。
「では、お待たせしました。オーナー。お願いします」
来たか。
「これまで、トードウ商会では名前を明かしてきませんでしたが。意味がなくなったので。名乗りましょう。レオンです。よろしく」
サラさんが、うなずいている。
「以上ですか?」
「そうだな、基本は代表に任せています。逆に何か訊きたいことがあれば……」
サラさんが、ニィッと笑ったので早々に後悔した。
「あの。新聞に書いてありましたが、16歳というのは本当なんですか?」
「そうだが」
「むぅ。ずっと同い年くらいと思ってました」
なぜか、少ししょんぼりしている。
「サラさん。そんなことはどうでも良いでしょう」
「すみません」
あれ? 諭したのはナタリアさんだ。
「ああ、このふたりは、以前同じ組織で働いていまして」
「先輩には、よく叱られてました」
ふむ。じゃあ、ラケーシス財団絡みか。
「では、顔合わせは以上で終わります。ユリアさん以外は、仕事に戻ってください」
「失礼します」
「失礼します」
扉が閉まった。
「ユリアさんが、オーナーにも申し上げることがあるそうです。座りましょうか」
「早速ですが」
「どうぞ」
「私のような者を、こちらで雇っていただいて感謝します。ただ……」
苦情なのだろう。
「私は、アデルちゃん……アデレードさんに仕えるだけです。先に言っておきますが、彼女の意向と、こちらの商会の意向が異なる場合は、申し訳ないことになりますので」
代表を見たら目が合った。
「アデレードさんの意向に合わせるのが、ユリアさんの仕事だと信じます」
おお。同意見だけど。ここまで端的に、僕は言えただろうか。
「レオンさんも、同じですか?」
鋭い眼だな。ユリアさんは、ふわっとした穏やかな容姿だけど、アデルが関わる話の時は目の色が変わる。まだ信用されていないのだろう。
「事業のことは代表に任せている」
「ほう。意外と大人ですね」
「ユリアさん」
代表? 笑顔が消えている。
「はい」
「あなたがアデルさんを大切に思うように、オーナーを大切に思う者が居ます。それを忘れないように。失礼は私が許しません」
「はい。心します。では、私はアデルさんの元に戻ります」
「よろしくお願いします」
会議室から出ていった。
余程気に食わないのだろう。アデルが、雇用元を自分でなく商会に変えると言い出して、仕方なく従ったということだろうな。アデルはその方が良いと思ってやっているしな。
「オーナー。学位取得の件、おめでとうございます。商会としても助かります」
昨日、ファクシミリ魔術で、連絡を入れておいた。
「ありがとう……助かるとは?」
「それは、この間のウーゼル氏のように、オーナーのことをご存じの方であれば、商談がしやすいのですが」
「発明者がどこのどいつかわからないよりは、話を進めやすいということか」
「ええ。オーナーの知名度を上げないようにしてきた、反作用です」
なるほど。
「じゃあ、私が卒業して一般人になるのと、サロメア大学に残って職員か研究員になるのと、商会の都合はどちらがいいかな?」
うっと詰まって、代表が唇を引き結んだ。
「商会の都合などどうでもよいことでした。申し訳ありません」
別に気にはしないが、真剣に謝られてしまった。
「ですが。そのような話になっているのですか?」
「なりつつあるね。そこでひとつ、代表に頼みがある」
「何でしょう?」
「僕が住む所を探してほしいんだ」
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