214話 青天の霹靂
霹靂は落雷のことですが。青天の霹靂……食べてみたい(お米の銘柄ね)。
魔導学会全国大会終会より1週間ほど後。
僕にとって意味のなかった春休みが終わり、暦は4月となった。
大学はもう下期だ。学内で受ける試験がなくなってしまったし、取るべき単位もほとんど取得したからか、なんとなく季節感が少し疎くなっている。
今日は、いつもより少し早く下宿を出た。昨日帰りがけに、9時45分に学科長室へ出頭せよとの連絡があったからだ。
大学構内に入ると、来る頻度が減った60号棟の学科長室に行く。
あれ? 中に誰の気配もない。
一応ノックして扉へ手を掛けると開いた。
「レオンですが……」
やっぱり居ない。呼び出しておいて、なんだ。
その時、廊下の端の方から、スニオ先生が手を振っているのが見え、待っているとやって来られた。
「おはようございます」
「おはよう。学科長から連絡で、少し中に入って待っていてくれ、とのことです」
「ありがとうございます。そうします」
戻っていく先生を見送って、中に入る。
ふむ。いつ来られるかわからないので、ソファーに座る。
ドキュメントでも読んでいよう。目を閉じて最近読み込んでいる、部分を開いた。
それから、15分もたった頃。
ノック?
訝しんでいると、扉が開いて入って来たのはルイーダ先生だった。
「おはよう。レオン君」
仕方ないので立ち上がる。
「おはようございます」
他の学生には人気があるのだが、この先生にはあまり関わり合いになりたくない。準備室での偽装魔導器破壊の一件も、盗難があったと、偽りの発表で、うやむやにされてしまった。僕としては好感を持つわけがない。
「伝言よ。ランスバッハ講堂に来るようにだそうよ。学科長はそこにいらっしゃいます」
ランスバッハ講堂?
去年、理工学科が大学祭で執事喫茶の模擬店を設営したところだ。あんなところで何の用だ? そもそもはじめからそっちに呼べよ。
僕の考えを読んだのか、先生は思わせぶりに口角を上げた。このあと何が起こるのか知っているようだ。訊いてはみたいが、癪に障るのでやめる。
「その中の大講堂へ行って下さい。ふーん」
なんだ?
ルイーダ先生が、僕を上から下まで眺めて、眉をひそめている。
「まあ、良いでしょう」
何がだ?
「ともかく、伝えましたからね」
「はい」
学科長室を離れ、60号棟から外に出る。
小走りで通路を走り、ランスバッハ講堂までやって来た。また居ないのじゃないかと怪しんで魔導感知してみた。すると中には、10人以上の反応がある。もうなんか始まっているようだ。何かわからないが、行かない選択肢はない。玄関扉は開いているのでそこから中に入り、大講堂の前まで来た。
重い扉をゆっくり静かに開けると、横一列に並んで座っていた人が一斉に立ち上がった。皆、そろいの青いマントを羽織って居る。なんだなんだ?
中央にいる学部長が手招きした。誰も座って居なかった椅子を指す。そこに座れということか。何が始まるんだ? わからんが。ともかく中に入って、指された椅子に向かう。
並んでいらっしゃる先生方の中に、ジラー先生がいらっしゃった。学科長、工学部長、光学科長。他にも先生方がいらっしゃるが……ああ、そうか。全員、教授だ。
「掛けたまえ」
会釈して言う通りにすると、先生方も席に着いた。
「それでは、臨時学位授与式を始める」
学位? えっ、僕?
声に出さなかった自分を褒めたい。
うわっ!
僕が着ている物は、普段のローブだ。
ウチの学部では準正装なので、だめって訳ではないが。ああ! ルイーダ先生のまあ良いでしょうと言ったのは、そういう意味か。
言ってくれれば、魔導収納に入れている、もっとマシな衣装に着替えたのに。とはいえ、衣装を持ち歩いている人間など居ないだろうし、責めるのは筋違いか。
「魔導学部魔導理工学科2年 レオン君。起立したまえ」
「はい」
演台に2回しか見たことのない学長が立った。
「学位記」
冗談ではないらしい。持っていた青い冊子を開いた。
「レオン。論文を提出して学位を請求し、大学院において定規の試験を経たる者と同等以上の学力ありと、サロメア大学教授会ならびに王立科学院魔導振興科学院が認めたり。よって、紀元398年勅令第344号学位令第2条により、ここに魔導理学博士および魔導工学博士の学位を授ける」
2つも?
「紀元491年4月8日サロメア大学学長ボードウィン。なお、本日をもってサロメア大学魔導学部の全課程を修了し、卒業資格を得たことを証します」
えっ、卒業。あの論文が学士論文にもなるのか。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
冊子を差し出されたので、反射的に受け取る。
一斉に拍手が起こった。
ジラー先生も拍手しながら、うれしそうにうなずいていた。
†
「ああ、来た、来たぞ。ディア」
「おお」
学食でトレイをもっていつもの席に行くと、ディアとベルが待ち構えていた。
テーブルにトレイを置いて、席に着く。
「私たちに、何か言うことがあるだろう」
理工学科でも話が広まっていたが、技能学科でもそうらしい。
「ああ。さっき学位を授与された」
「聞いていないが! 学位って学士じゃなくて博士なんだよな」
なんかディアが少し怒っている
「僕だって、ランスバッハ講堂に行くまで、授与されるなんて知らなかったんだ」
ディアは不満そうで肩が落ちているし、ベルはもっとあからさまだ。
「はあ? そんなことが。本人も知らないなんてことが!」
「信じられないよな。学科長が知らない所で、請求をしていたんだ。そもそもこの衣装で、式に出たんだぞ」
「ベル。レオンを信じよう」
「理工学科長か、あのじじい」
ディアはあいかわらず元気がない。
いやまあ。勝手に請求されたのは、怒りを覚えるが。結果としては悪くはない。
しかし、ふたりにはだますような形になってしまった。
「おめでとう。レオン」
「うん。そうだな。おめでとう」
「ありがとう」
良い話のはずなのに、変な雰囲気になってしまった。
「学位って?」
「魔導理学と魔導工学の博士だ」
「理学と工学、ふたつもか」
「すごいな」
「それで、学位をもらったったてことは……そのう。卒業するのか?」
ディアがときどき上目遣いで探ってきた。
「うーむ。単位として残っていた論文は、この前に出したやつでみとめられたので、卒業資格は得られたけれど……」
「けれど?」
「うん。前も言ったように、区切りが付くまでは研究をやめる気はないよ」
「本当に?」
「もちろん」
ただ。
さっき、ジラー先生の私室に行った光景が蘇る。
『おめでとう。レオン君』
『ありがとうございます』
『そして、済まない。学位の件は、一昨日の教授会で決まったのだが、学部長から口止めされていたのだ』
『はあ。訊いてもよろしいでしょうか。なぜ、今日のことを秘密に』
『まあ、掛けたまえ』
言う通りにする。
『理由は、学位授与を君が断るんじゃないかと学科長が心配してのことだ』
『いや、断りはしませんが……』
ふむ。
『そうかな。学位を与えて、大学の職員として雇用できるように。そう聞いてもかね?』
『うっ』
確かにちょっと考えるかもしれない。
『それだけ、学科長もレオン君を買っているのだろう。私から説得してほしいと言われている』
『はあ……』
『私も、職員かどうかはともかく。大学には残ってほしいと思っている。学外には、ターレス君、リヒャルト君は居ないからね』
そうだな。先生たちと一緒に研究はできなくなる。
『わかりました。考えます』
ジラー先生は、うなずいた。
『それと、ひとつ』
『はい』
『光魔術の改良研究、純粋光の実現と、魔導光の改良について報道発表が昨日実施された』
『そうなんですか』
魔導アカデミーの論文査読が正式に通ったということだな。そのあとに発表すると、事前に聞いていた。
「オン……おい、レオン」
「ああ。ちょっと、考え事をしていた」
あわてて、スープを飲む。
ふと前を見ると、ディアが笑っていた。さっきまで元気がなさそうだったが。
研究を続けるには、学生を続ける以外の道もあるか。そうだな。
†
───ベル視点
学食を出て、最近は日差しが気持ちよい芝生の広場にやって来た。ディアと並んでベンチに座る。
「ディア」
「なんだ? ベル」
レオンが学位を取ったって聞いてからの落ち込みがうそのようだ。
この上機嫌を損ないたくはないが。
「私が思うに、レオンが卒業するのはそう遠くないことだぞ」
「むう」
ディアは真面目で賢いが、人が良い。レオンが否定したのを信じた、いや信じたいのかもしれない。
「でも。レオンが」
「ああ、あいつのことだ。私たちにうそは言わない」
「じゃあ、心変わりするってことか?」
あっ、怒った。
「レオン本人にその気がなくても、周りが許してくれないってこともある。私たちだって、実家と縁を切りでもしない限り、そうそう長いこと自由にはできないってことはディアも分かっているだろう?」
そう。准男爵とはいえ貴族だ。わたしたちは、その家の子だ。
2年生になってクランに入り、冒険者として少しずつ金を稼いではいるが自立とは程遠い。それに、大学に入る前に何不自由なく育ってきたのは、父母のおかげだ。ディアはどうか知らないが、私は、それを裏切ることはできない。
「わかっている。わかっているわよ」
ディアは心底嫌そうに、かぶりを振った。
「たぶん、レオンは3年生にはならない。そんな気がする」
「あと半年?」
「夏休みがあるから、7月までだと思う。ディア、くれぐれも悔いを残さないように」
「あっ、ああ」
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訂正履歴
2025/07/16 61号棟→60号棟