213話 魔導アカデミー検証会(3) 学者の矜恃
高潔な学者は良いですね。
刻印したばかりの魔石を拡大鏡で見ると、ヨランド氏は肩を落として僕を睨んだ。
「ともかく、魔石の発動を。レオンさんは離れて」
「はい」
3メトは離れているが、さらに数歩下がって振り返ると、固定台の魔石が光っていた。刻印したばかりの魔石を、僕ではなく監視員が発動させたのだ。
「ご覧のように、魔石が純粋光で刻印されたことは、疑いのないことが実証されました」
また、ざわめきが大きくなる。
「では、どのように刻印されたかを、ご披露したいが……そうだ。審査員の方々。前に降りてきていただけますか」
「あのう。それには及びません」
「レオンさん、なんでしょうか?」
「よろしければ、監視員どの。投影魔導具へその魔石を」
「なるほど。ではそのように」
「はい」
監視員が、木製の鉗子で魔石を挟んで持ち上げ、僕の目の前を通り過ぎていく。ターレス先生に会釈すると、反応してうなずいてくれた。先生が手招くように魔導具の幕を開けると、聴衆者と反対側に強烈な光が漏れたが、一瞬にして幾分暗くなった。
その幕の中に鉗子を差し入れていく。すると暗くなった銀幕に光明が現れた。すっと中程まで動くと、そこで止まった。
幅4メト程の銀幕の内、魔石が1メトあまりに広がった。
やがて焦点が合うと、響めきが巻き起こった。
思ったより大きくならないな。
前列の席はよく見えるのだろうけど、後列の人は厳しいだろうなあ、あまりわかっていないようだ。
≪平透鏡≫
銀幕の映像が広がる。もう少し。フレネル魔術の焦点が近付いて、より映像が広がる。焦点を調整……よし。
その刹那、響めきが会場を満たす。
そう。僕が刻印した像が、銀幕の半分ほどに浮かび上がったのだ。
「なんだこれは? 本当に魔石なのか……」
「これは、絵?」
「まさか」
「いや、われわれでは?」
ガラハッド総裁が白くて目立っているからな。
「そうだ。確かにわれわれが映っている。われらの姿を刻印したのか」
その通り。発光魔術の他に何か、たった今、刻んだことを証明するために、聴衆者席の様子を、魔結晶に刻印したのだ。だから、少々時間が掛かったというわけだ。
「すばらしい。何という魔術だ!」
白いローブの男が立ち上がって、己が手を叩いた。それが切っ掛けとなって拍手が会場中に響き渡る。
僕は少し誇らしくなって、胸に手を当て聴衆に向けて会釈した。
†
「それでは、皆様。なかなかに信じがたい物を目の当たりにしたと思いますが、再度質疑を」
すっと手が上がった。
「レッソウ大学のミハイルです。ご説明と実証実験をありがとうございます。審査員として3点、質問します」
来た。
「まず。論文を読み、また説明を聞かせていただいたが、この研究には実質先研究が存在していないことになっている。サロメア大学の純粋光研究は、接合型魔石を使ったと記憶しているが、全くこの研究とは異なる、それはどういうことか? それが第1点」
「はい」
「次は、媒質となったアルミラージの角および魔結晶の探索が、あまりにも短期間で結果が得られている。それはなぜか? 論文には書かれていないが、何らかの手掛かりがあったのかなかったのか。もし、あったにもかかわらず、特に他者の功績を隠蔽しているのであれば、重大な背信である。これが第2点」
手厳しいな。
「最後は、魔導光の発振方法、多数屈曲発振について。当然ながら、電子線を多数回屈曲させるには、魔界を高密度かつ、向きを反転配置する必要がある。発動自体に魔力を消費しないのか。そして魔力消費を高効率と主張する点に矛盾するのかしないのか、見解を求める。これが第3です。術式の非公開原則と一部反するが少なくとも概念を理解できなければ、審査を致しかねるところです。以上」
「ご質問ありがとうございます。まず1点目」
そう。これは、僕が地球の純粋光、レーザー発振技術を知っていたからこそ、結果から導かれた技術と言える。無論そんなことは言えるはずもない。
「正直、固体純粋光に取り組んだのは偶然です」
「偶然……」
「はい。2点目のご質問の回答と関連するので、そちらをまず説明します。よろしいですか?」
「それは構いません」
「ありがとうございます。僕には6歳と同い年のいとこがいます。そのいとこに、贈り物をしました。アルミラージの角で作ったペンです。こちらが、ほぼ同じ物です。お渡ししても?」
聴衆席をすこし登り、クリスタルペンを渡す。
「こちらに光を当てておき、後で暗闇に入れると、ほのかに発光することを、いとこが見付けました。ご存じかと思いますが、蓄光効果です。この蓄光効果はどういうものか考えたところ、光の誘導放出をしているのではないかと発想が生まれました、先程申しました偶然です」
「むう」
「さらに、光軸の両端に反射鏡を配置して何度も反射させれば、やがて光の位相がそろい、純粋光になるのではないかと考えて、具現化したものが固体純粋光です。それが先研究の記載がない点の回答です。また、これは不勉強で、全く恥ずかしいのですが、サロメア大学で接合型研究が実施されていたことは、そちらで測定をしていただいた先生が研究に加わってから知りました。これが正直な回答です。いかがでしょうか」
「ふむ」
「異議あり!」
はっ?
叫んだのは、質問者のミハイル教授ではない人だ。
「そんな、でたらめを信じられるか!」
誰だ? 席はだいぶ端の方。少なくとも、審査員ではなさそうだ
「不規則発言は、やめてください。ただいまは別の方の質問時間です。疑義があるならば、別に質問されるように。そうでなければ、退場していただきますよ」
憎々しげな表情で、ふんと顔を背けて腰を降ろした。
「とりあえず、第1、第2の質問に関する回答はわかりました」
「では第3の質問に関してですが。ターレス先生予備の原稿をお願いします」
銀幕に、魔導光発振の模式図が映った。
「先程も説明致しましたが、魔導光発振術式は、高速電子線供給術式、屈曲用魔界印加術式、魔力供給術式、全体制御術式の4術式から成ります」
聴衆者席を見ると、審査員たちはうなずいている。
「この中で、規模が大きくなりそうな術式は、2対計24か所の魔界印加術式と思われるかもしれません。しかし、ここには複製発動を使っていますので、それ程でもありません。次をお願いします」
複製発動? あちこちから、つぶやきが聞こえた。
「複製発動とは、術式の共通となるひな型を起動しておき、位置、印加方向といった、個別に異なる部分のみを、ひな型から複製時に書き換えた派生を発動することです。起動と発動の手順の多くを省略しますので、魔力消費量を低減できるうえ、発動に掛かる時間も短縮可能です。反射率を上げるため、多数層の魔導鏡を行使するときも同様に複製発動を使っています」
ん。
あれ。反応がないのだけど。
「回答になりましたでしょうか?」
ミハイル教授は、腕を組み、額に深い皺を刻んでいる。もう一押しするか。
「なんでしたら、純魔術でもこのように……」
≪蛇光 v0.5≫
突き出した腕の先に光条が生まれ、黒い仮の的に差した。
「……慣れれば簡単に発動できます」
「んんん。実証されてしまうと、一面の事実と認めざるを得ない。私からの質問は以上です」
「ありがとうございます」
さて。
さっき割り込んだ人の方を向くと、やはり挙手した。
「どうぞ」
「先程の説明は……」
「まずは名乗ってください」
「むぅ……**商会」
「聞こえません」
名乗るのが、嫌そうだ。ヨランド氏。思ったより、頼りになるな。
「レクスビー商会のヴァシリコです」
ああ、レクスビー商会か。
「従来の常識を全く無視されるご報告でしたな。魔導光発振の新方式? 複数屈曲など聞いたことがないですな。ここ百年の技術史を愚弄しており、デタラメに違いない。そもそも、12回も屈曲させる意味などありえない。このような報告は即刻却下すべきと考えますが」
感想?
「常識を無視という点で見解の相違がありますが、ちなみにご質問は何でしょう?」
訊き返す。
「報告が支離滅裂なら、質疑応答も破綻している」
「ヴァシリコさん。私もあなたの質問の主意が理解できませんが」
おお、ヨランド氏。
質問者の眉が上下した。
「ふん。では噛み砕いて申しましょう。積み重ねのない科学など有り得ない。思いつきで技術を語るなと、そう言いたいだけです。それに、魔導光がそのような小さい魔石で発光できるなど、笑止。百歩譲って、一瞬発動できたとしても、熱による性能低下、経時劣化を全く無視した素人の産物でしかない。賢明なるわが国の頭脳集団が、このようなことを認めれば、魔導アカデミーをはじめとして、魔導学会の権威は地に落ちますぞ」
ふむ。質問と言いつつ僕に何も問うてはいない、最初から結論ありきだ。扇動がしたいらしい。
会場が静まりかえった。
「魔導光発振魔石器の熱による劣化の件ですが、今のところ連続耐久試験ができていません。温度差20度、5時間ごとの試験で、延べ25時間経過しましたが、試料数3で異状は検出されていません」
「馬脚を現したな。試料数3? 25時間? 全く足らん。そのような状態で製品化などできはしない」
確かに。製品化に対しては、信頼性検証があと10倍はないとな。
「そもそも、それら課題がなんとかなったとしてどうする。そこまで細い線を刻んだら、逆に魔結晶上の欠陥や不純物の影響を無視できなくなるぞ。全くの無意味だ。はっは、はっはは」
ふむ。そこに気が付いたか。
彼の言った通りだ。線が細くなれば、相対的に魔結晶内の欠陥や不純物は大きくなり、魔結晶の刻印面積は狭くてもよいが、より魔結晶の品質の高さを要求される。もちろん刻印内容が同じであれば、魔結晶内での欠陥を回避しやすくはなる。
「あぁ……」
反論しようと思ったら、予約席の手が挙がった。
「はい」
「レッソウ大学のミハイルです。質問者は何か勘違いしているようですな」
「なんだと!」
「学会の目指す所は真理の追究、つまり研究であって、開発ではない。そもそも、質問者の常識がどのようなものかは存ぜぬが。昨日までの常識が、新たな発見で塗り変わることなど、ままあること。それに、道具がよくなれば、材料もよくしていかねばならないことは、今に始まったことではない」
「きっ、教授。あなたは、こんな詐欺師の味方をしてわが商会を敵に回す気か?」
「脅迫されて節を曲げる者など、学者ではない」
えっ。
予約席に座っていた方々が全員起立した。
「ミハイル教授に賛同します」
「私も賛同します」
「私もです」
「ヴァシリコさん」
「なっ、なんだ?」
「魔導学会を代表して申し上げる。公の場で、会員を詐欺師呼ばわりする言動は、学会倫理綱領2条に反しています。追って処分を通達しますが、まずはこの場からの退場を命じます」
「うぐっ。こっ、後悔しますぞ」
ヴァシリコと名乗った人物は、顔を真っ赤にして立ち上がると席を立って退出していった
†
その後、会場は沈静化し、何件か質問が出たが、なんとか無難に回答できた。
「では、審査員の方は、別室にて審査結果をまとめてください。暫時休憩といたします」
審査員が連れ立って、退出していった。
「ふう」
肩から力が抜ける。
「なんだ。あのレグスビー商会のヤツは」
ターレス先生が、怒っている。
「そうですね。名誉毀損で訴えましょう」
ソリン先生は、冷ややかな笑みを浮かべている。
「あのう」
「はい」
振り返ると聴衆者席にいた人達が、何人も降りてきていた。監視員がいらっしゃるので、手は出さず、遠巻きに魔導器を眺めている。
「ご発表ありがとうございます」
「すばらしかったです」
「ああ。恐縮です」
「できれば、この予稿にレオンさんの署名をいただきたい」
「おお、私もお願いしたい」
「えっ、署名?」
僕は大学生なのですが。
ターレス先生を振り返ると、さっきまでの怒りが飛んだのか、にこやかにうなずいた。
「はい。では」
10回ぐらい署名をした頃、ヨランド氏と審査員の一団が戻ってくると、降りてきた人達も席に戻った。
「それでは、検証会の締めくくりとして、ミハイル教授より審査結果とご講評をいただきます」
老教授が前に出た。
「レオンさん。そして、サロメア大学の皆さん。お疲れさまでした。結論から申し上げると、純粋光と魔導光の検証に関して、全般の審査結果は全員一致で了承いたしました」
よし!
リヒャルト先生が、立ち上がって拳を突き上げた。
「ただし、条件があります。論文について7点の加筆を求めます。ただそれらは誤りではなく、読者により理解を促すためです。当該箇所については別途書面で連絡いたします。なお、検証については、前例のない状況が多々あり、ここに来られた方々も大いに満足されたはずです。以上です」
会場は、盛大な拍手で満たされた。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
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訂正履歴
2025/06/13 誤字訂正( 座間味食堂さん ありがとうございます)