211話 魔導アカデミー検証会(1) レオンの舞台
やっぱり学会の大会は地方じゃないとねえ。
先月に来た魔導アカデミーというか、王立アカデミーにまたやって来た。
前者は後者の一部局に過ぎず、巨大な建屋群には他の複数アカデミーが含まれている。
玄関には、大きく魔導学会全国大会と横断幕が張られていた。出番は昼過ぎなので11時に待ち合わせでやって来たのだが、既にたくさんの人が会場に居る。半分以上がローブ姿だ。魔術士が多いらしい。
玄関の中の大ホールに入っていくと、壁際にソリン先生がいらっしゃった。
「おはようございます」
「おはよう、レオン君」
なんというか一風変わった前あわせを深く重ねた上着を着ていた。これも東洋風なのかな。
「今日は、よろしくお願いします」
「任せておきたまえ。おっ、リヒャルト氏だ」
こちらを見付けて、近寄ってきた。
あれ? 顔色が良くない。
「おはようございます」
「ああ。おはよう。おはようございます。ソリン先生」
「リヒャルト先生。体調大丈夫ですか?」
「ちょっとね。でも大丈夫、僕の出番はないし」
はぁ。確かに、ソリン先生には測定補助、ターレス先生には投影魔導具の原稿取り替えをお願いしてある。が、リヒャルト先生は、もしものときの予備だなとターレス先生が言っていた。
「いやあ、でも、自分の学位論文の審査会より緊張している」
おっ、ターレス先生だ。
軽く手を挙げると、寄ってこられた。
「おう。おはよう」
「おはようございます」
「よし。全員そろったから、会場へ行こうか」
ジラー先生は、魔導学会員ではないから、今日はいらっしゃらない。論文の著者登録も、ご辞退をされたので入っていない。
玄関から左に進んでいく。先日の試験会場とは逆方向だ。
廊下を突っ切ると回廊に出て、会場の第2講堂という建物が見えてきた。
「あの、講堂入口はあっちと看板が」
「あぁ、あっちは聴衆用の入口だ」
聴衆用か。
僕たち一行は、逆方向に進み入口に至った。あれ? その扉を塞ぐように職員だろう人が立っている。その人の顔に見覚えが。この前来たときに、お茶を出してくれた職員さんだ。
「サロメア大学ジラー研究室の皆さんですね」
「はい」
「お待ちしておりました」
職員さんは、振り返ると扉を解錠してくれた。
「どうぞ、お入りください」
入った先は普通の廊下だ、左側に扉が並ぶ。
「ここを、控え室としてお使いください。こちらは鍵です」
「はい」
ターレス先生が受け取った。
「そして、この先が講堂です」
扉を開けると、左の壁が斜面の様に降りてきている。
急に左側の視界が開けた。でかい。
円錐を逆さまにして、縦に半分に切ったような空間だ。
僕たちは、その窄まった底に居る。右は黒板と、投影魔道具の幕がある。そして作業台と黒い箱が配置されていた。しっかり準備してくれている。
左を見ると、円錐面が段々となっていて、椅子が並んでいる。まるで古代の屋外演劇場のようだ。もちろん、ここには屋根があるが。
どのぐらいだろう。1段30席が十数段並んでいる。結構入るなあ。
聴衆席の真ん中当たりに、予約席と書かれた紙が複数の椅子に貼られていた。座る人が決まっているのだろう。
「寒ぅ」
「すぐ蒸気(暖房)を入れて参ります。ご準備をお願い致します」
「すみません」
職員さんが、来た通路を戻っていった。
「意外と友好的ですね」
「そりゃあ、そうだよ。ここに居るのは全員、魔導学会員だし。注文はしてくるが、別にアカデミーは敵ではないさ」
「そうですな。せっかくですから、ここをレオン君の舞台にしましょう」
「ありがとうございます。ソリン先生」
「じゃあ、まずは控え室に荷物を置こう」
移動すると、結構広めの控え室だった。鏡も設置されている。
講堂に戻って少し待っていると、職員さんが2人来られた。
作業台へ寄っていき、載っていた箱を開けてくれた。そこへ、ソリン先生が近付くと、手で止めた。
「われわれは、計測器について、不正が起こらぬよう、不正の有無を第三者が懸念しないよう、検証会が終わるまで監視員として立ち会わせていただきます。ご承知置きください」
なるほど。ある程度、僕らが不正を犯す可能性を案じているわけだ。
「承知しています。ご懸念なく」
眉ひとつソリン先生は動かなかった。
「本日、検証を受けるサロメア大学魔導学部レオンと申します」
挨拶すると、眉根がぴくぴくと動いたあと、係官同士で互いを見合った。
「危険がないように十分留意をしますので、おふたりには間近で見て、楽しんでいただけたら幸いです。よろしくお願いします」
「おっ、おう。よろしく」
戻ってくると、ターレス先生が口に手を当てて、笑いを噛み殺している。
「えっ、なんです?」
「いや、レオン君は肝が太いなと」
「そうですか」
「それにしても、監視員を楽しませるか」
「ええ、僕の舞台だそうですから」
「ふふっ、あはっはは」
「レオン君、予行演習を始めましょう」
「はい。ソリン先生」
†
滞りなく演習を終え、食堂で昼食を取って帰って来ると、まだ15分前だが客席に人が座り始めていた。
「あっ」
「なんです? ターレス先生」
「うぅん。あの後列のあごひげの男性。ああ指すなよ」
「指しませんよ。それが?」
白いひげと銀灰の髪で、結構年配そうな人だ。
「レッソウ大学の教授でな。なかなかに……うーん。あんまり気にするな」
いや、気になるって。でも、気にしても始まらない。僕がやれることをやるだけだ。
「げっ!」
「どうした?」
「何でもないです」
近付いてくる。通り過ぎろ! しかし、わずかな期待は消え去り、聴衆者席の上にある扉が開いた。そして、白いローブに、総髪、総白髪の人物が入って来た。
マーディン・ガラハッド。魔導アカデミー総裁だ。
歩く姿は立派だ。最初ここの回廊で見掛けたときと同じ、別格の存在感がある。
僕を認めたのか笑顔になった。
おいおい。僕を女子と間違えていないよな。それはそれで、気持ちが悪い。今日はお供のヨランド氏は居ないようだ。
それがいけなかったのかもしれない。今度は、講演者側の扉が開き、念頭にあった人物が入ってきた。何のつもりかよく分からないので、初対面という態で会釈する。
すぐ引っ込むかと思ったけれども、そのままヨランド氏は居座った。
もう始まるんじゃないかと、瞬きすると、1時3分前だ。
ええと。
にらみ付けると、彼が寄ってきた。
「ああ。これを」
拡声魔道具か。いや自力でできるけれど。
「最初は私が簡単に紹介するので、報告してください」
「はい」
間もなく、大聖堂の鐘が響き、数十秒で鳴りやむと、ヨランド氏が前に出た。
「定刻になりました。私、司会を務める魔導アカデミー上級理事のヨランドと申します。よろしくお願いいたします」
上級理事だったのか。結構偉そうだな。
「異例ながら、ちょうど魔導学会全国大会にて、有識者がこの王都に集まる機会を有効に利用すべく、本検証会を企画しました」
異例なのかよ!
「なお、本日の主題である純粋光発振については、お集まりいただいた方々に取っても興味深い内容だと確信しております。なお、検証の判断は、事前にお願いした方々に審査を委ねております」
予約席って書いてあった所に座っている人だな。
「その他の皆様方は傍聴者となっていただきます。それでは、本日の検証会にて、報告される方をご紹介いたします。サロメア大学魔導学部レオンさんです。それではお願いします」
出番だ。
胸に手を当てて、会釈する。
ふむ。
座席は空きが目立ち、聴衆は70、80人ぐらいかな。そう思ったら、それからもずらずらと聴衆が入って来た。
「ご紹介にあずかりました。サロメア大学のレオンです。本日は多くの皆様にお集まりいただきましてありがとうございます。このような報告の機会をいただきまして、感謝しております」
大学生になって心にもないことを笑顔で言えるようになった。これが大人になるってことかな。
「それでは、半分位の方には事前にお配りいただいたと聞いておりますが、おおむねその予稿にしたがって、報告をいたします。ただし、予稿を魔導アカデミーに提出してから、進みました内容についてもせっかくですので併せて報告します。予稿の差分については、出入口に置いてあります。資料を取られていない方は……」
ヨランド氏を見るとうなずいてくれた。
「挙手をいただきましたら、職員の方が配っていただけるそうです」
「それでは、報告を始めます。まず、概念を説明し、次に実証試験と機材の観覧、最後にしめを行います」
特に反応はない……大丈夫そうだ。
「まず、われわれは刻印魔術の高密度化を大目的とし、刻印に使う光の焦点径の縮小を目指しております。その意義については、異論のないところと存じます。なお、本研究の特徴は、焦点径縮小の手段として、純粋光を使うことです」
ふう。
「現状、その研究の途上ではありますが、純粋光の発振の実現に至りました。私どもサロメア大学にて検証されております。なお、本日は論文の是非について、検証をいただければ幸いです。次の原稿をお願いします」
さあ、本題だ。
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