210話 策動
さくどうの第1変換候補が索道だった。ロープウェイは鉄道ではないので鉄分は濃くないです。
窓から薄く月明かりが差し込む深夜───
サロメア大学南キャンパスは65号棟。人気がない廊下を歩く人物が居た。
この時間帯にそこにいるのは、その者だけだったが、ゆっくりと辺りを警戒しつつ歩く。そして、目的の部屋に来たのか、扉の前で止まった。
扉のノブをひねる。金属が当たる音が鈍く響く。施錠されている。
「ふふっ」
その者は、懐に手を入れると細長い物を取り出した。その端には紫に滑光る魔石が付いていた。
それを数度振ると、カチャッと解錠された音が廊下に響いた。
ぶるっと震えると、長くつづく廊下の左右を何度か振り返る。誰も居ないことを悟ったのだろう。ようやく準備室と書かれた扉を開けると中に入った
「ふふふ。なかなか良い魔導具だったな。使い捨てなのが惜しい。それで、お目当てはどこにあるのかな?」
うってかわった陽気な声。
そのまま、数分間ほど捜し物をしていたが。
「見つけたぞ。ふはっはは。名門大学なぞと誇りながら危機意識がない。だから情報が漏れてくる」
棚の中から、月明かりで黄金色に照りかえす物を取り出した。
「これを売れば一財産だが……せっかくみつけた顧客だ」
黄銅の器を机に置くと、懐から何かを取り出した。それを両手に持ち、左手を器に突きつけると右手を振り上げた。
「終わりだ!」
勢いよく、右手を振り降ろした。
身の毛がよだつ金属音と共に、器の土手っ腹に大穴があいた。鏨と金槌だった。
「ふふふ。これで、ヤツもおしまいだ。明日の朝、これを見付けても明後日には間に合うまい。くくく。勝った、依頼を達成したぞ。あっははは」
侵入者は、得意満面のまま固まった。
そのまま十秒。凍り付いたかのようだ。
侵入者の背後。壁の前に人影がぼうと像を結ぶ。
「盛大に壊したものだ」
そのまま。侵入者に近付く。
「顧客……誰が、おまえに依頼したのだ?」
「…………」
蚊の鳴くような声。
「ちっ、知らないのか。しかたない」
塵が風で散るように消えていった。
そして、短い打撃音が部屋に響く。
「……はっはは。ふむう」
侵入者は、慌てて顔を振って、辺りを探った。
「なっ、なんだ。気のせいか」
†
───レオン視点
良い天気だ。
僕も魔導学会へ行けば良かったかな。今日は会期1日目。
純粋光の検証会は明日だ。
ターレス、リヒャルト先生は、通常の全国大会に出席されているはずだ。3時頃大学に戻ってくるとおっしゃっていた。そこで、最終打ち合わせだ。
ジラー研究室にいくと、ミドガンさんが居た。
「おはようございます」
「おっ、おう、レオン……」
なんだろう。彼の顔が引きつっている。
「ソリン先生が呼んでいる。1階の教務室へ行ってくれ」
「なにかあったんですか」
「ともかく。急いで」
「はっ、はい」
何だ。どうしたんだ?
あわてつつも、急がず階段を降りて教務室へ入る。
「おはようございます」
「あぁ……レオン君」
「はい」
「大変なことになりました。行きましょう」
どこへ?
何か、外聞が悪いことのようだ。黙ってついていく。
さっき降りた階段を再び昇り、廊下を進むと、準備室の扉の前で止まった。
「強く気を持って」
「はぁ、はい」
扉を開けると、何回か入ったことのある部屋だ。
「むぅ!」
中央の机の上。黄銅製の器が、拉げていた。
原形を留めてはいなかったが、一目でそれが何か分かる。近付いていくと、大穴があいていた。
「なんてことだ……」
「今朝、いつも施錠しているこの扉が開いているのを、職員が見付けました。不審に思って中に入ってみると、このような状態だったそうです。
両端に魔導反射鏡の枠がはまっている。
これは。リヒャルト先生が作ってくれた魔石固定器だ。
「職員に、先生方は魔導アカデミーに呼びに行ってもらっていますが。明日までに、修理もしくは新規に作れますか? レオン君」
「へっ?」
短い付き合いとはいえ、見たことがない悲壮な表情だ。
僕は、部屋の入口に行くと、扉を閉めた。
「ソリン先生、ご心配を掛けたようですが。問題はありません」
「どういうことです?」
≪ストレージ───出庫≫
「こっ、これは!」
「安心してください。こちらが使っている純粋光統合魔導器の2つです」
「なんですって?」
いつも落ち着き払った、ソリン先生も飲み込めないことがあるのだろう。僕の両手と机を交互に見比べている。
「じゃあ、これは?」
「その固定器は、たぶん予備の物です。明日の検証会には何の支障もありません」
「はぁぁぁ。そうなんですか。いやあ、寿命が縮まりました。固定器だけじゃなくて、鏡枠が付いていたから、てっきり本物だと思いましたよ」
確かにその通りだ。
「しかし、一体誰がこんなことを」
机の上を見直す。
ん。
ノックだ。ソリン先生が、扉を開けると、学部長がいらっしゃった。
「邪魔するよ」
学部長は、僕の手の上と机の上を交互に見遣った。
「職員から異変があったと聞いてきたが。何があったのかね?」
「私も職員さんの知らせで知りましたが。このように、発見された段階で壊されていました。ただレオン君によると、この黄銅の部品である固定器は、予備だそうです」
ソリン先生が説明してくれた。
「予備? つまり。私が受け取った物かね?」
ふむ。ルイーダ先生が言ったとおり、学部長に渡っていたのか。
「はい。リヒャルト先生は3つを作ってくださって、僕が2つを持っていますので。そのはずです」
どうしてこうなったか、学部長こそ知っているのではないか?
「とりあえず。純粋光発振には、何ら支障はありません」
「それはなによりだ。しかし、由々しき事態だな。ふむ。では、ここを封鎖する。そして、学部長権限で君たちに、本件に関して箝口令を敷く」
「箝口令」
「無論、ジラー研究室の教員には話して構わんが。それ以外の者に話すこと、もちろん他の方法で伝達することを禁止する。事は大学の存続に関わる」
「既に学生の何人か知っています。人の口に戸は立てられぬと言いますが」
「なに、そう長いことではない」
何を考えているんだ?
「はい」
「承りました」
「ふむ。では、レオン君は、今日は大学から出なさい。それで、なんだったかな……ああ、そうそう、トードウ商会だったかね」
知っているのか。
「そこに、ジラー研の教員が集まるように手配しよう。ソリン先生は、レオン君に付き添って、そこに行きたまえ。以上だ」
「承りました」
「ああ、レオン君。少し待っていてくれ、準備をしてくる」
ソリン先生が、準備室を出ていった。
「では、失礼します」
「待ちたまえ」
振り返って、学部長を見据える。
「なんでしょうか?」
「悪いが、この固定器を渡した人間のことを、誰にも明かさないでくれたまえ」
やはり学部長が黒幕か。
「はぁ。その誰にもというのは……」
「君以外の人物一切だ」
むう。ジラー研の先生方にもか。
「承りました」
その後、ソリン先生と一緒にトードウ商会に行き、駆け付けてきた先生方と会った。
しかし、箝口令については聞いていたようで、事件については言葉少なだった。そして、明日の手順を打ち合わせると、昼には解散した。
何だったんですかと、代表には問い詰められたが、言えないとしか告げることができなかった。
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訂正履歴
2025/06/08 誤字訂正 (是名 秋彦さん ありがとうございます)