表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
227/274

209話 秘密露呈

なかなか、秘密は隠しおおせませんよね。

「おつかれさま」

「いえ。ソリン先生、光学測定魔導具の操作ありがとうございました」

「なに、容易(たやす)いことです」

 うーむ。おっしゃることが格好良いよな。


 3月も下旬となった。周りの学生は春休みだ。が、僕は返上だ。まあ大学院生のほとんどと、2年ともなると数割ぐらい、同じ境遇の人が居る。


 魔導学部と工学部の先生方を招いて、魔導学会全国大会の検証会の予行演習を実施した。

「いやあ、なかなかのものだった。レオン君。(魔導理工学科)学科長がなかなか厳しいことをおっしゃったが」

 ターレス先生が渋い表情を浮かべた。学科長はそこまでやる必要があるのか? そうおっしゃった。今回魔導光を取り上げなくてもよいのではという話だ。確かにその方が、粗が出て審査員に批判される可能性も低い。


「いいんじゃないですか。光学科の学科長は絶賛されていたし」

「ふふふ。ウチの学科長は、なかなか他人を褒めないんですよ」

「そうなんですか。ソリン先生」


「ご苦労だったな。皆さん」

「ジラー先生」

 会場から一旦退出されたが、戻って来られた。

「うむ。まあ、私は学会については戦力にはならん。レオン君を支えてやってくれ」

「「「はい」」」

 おぉぅ。これは、ちゃんとやらないと、先生方に顔向けできないな。

 ともかく、実験器具も発表資料も準備完了だ。


     †


「学会発表の方はよろしいんですか? 明後日ですよね」

 トードウ商会へやって来て、代表と向かい合っている。

 あまり、急がないように言っておいたが、もうウーゼルクランと秘密保持契約書を取り交わしたと連絡が来た。


「まあね。準備はできたよ」

「それはなにより。いかがですか、条件は?」


 契約条件は代表に任せてあったが、一応見せてもらう。

「うん。基本は問題ないと思うけど……あるとすると、甲と乙は本契約締結後2年間、両者の同意なく前記秘密を公開しないかな」

 見ていた契約書をテーブルに置く。


「期間が長いですか?」

「どうだろう。コンラート商会が、さらに大型の要求を出さなければ良いけど」

「そうですね。彼らは生産単位(ロット)が縮小するのを嫌っていますから、問題ないと思いますが」

 そう。前回コンラート商会が大型機種の量産を開始するとき、代表が言ったように結構慎重だった。生産するには、設備や鋳造元型など初期投資が必要だし、作業員も手配しないといけない。迂闊(うかつ)に機種数を増やすのは、固定費を増やすので、後々問題になりやすい。


「了解。んん。それは、ウーゼルクランのアイロンだよね」

「はい。いかように扱っても良いとのことです」

「わかった」

 手を(かざ)すと、見えていたものが消え失せた。魔導収納だ。


「あのう」

「何?」

「オーナーの魔導収納でしたっけ。どの程度の量が収納できるのでしょう」

「さあ」

「えっ。ご自身で分からないんですか?」

「分からないなあ。結構入りそうな気がするけど。今まで入れようと思った物は大体入ったよ」

「うぅむ」

「先に言っておくけど、これを使った運び屋はやらないからね」

「分かりました。(もう)かりそうなんですけど」

 にらんでおく。


「そうだ。新しく雇い入れる人って、見つかった?」

「はい。声はかけたのですが。現職を辞める決心が付かないようです。第2候補へ広げるか勘案しています」

 どこからか、人材を引き抜くのか。まあ、従業員2人で新人育成と言うのはきついよな。

「ふぅん」

 任せてあるから、口は出さないけれど。別に1人に限定しなくてもいい気はする。

「近日決着を付けます」


 それから、あれやこれや溜まっていた商売の話をしてから、下宿に戻った。


     †


 おや?

 下宿の近くの路地に馬車が停まっている。流している辻馬車ではなく、高級な貸切馬車だ。馭者(ぎょしゃ)が降りて、馬を世話しているところを見ると、客を待っているらしい。

 どの家に来たのだろうと思って、下宿に入る。


 廊下の奧の方にリーアさんが居た。なんか不自然だ。まず、テレーゼ夫人の部屋の寸前に居るのが変だ。扉の前で中を(うかが)っているようにすら見える。

 声を掛けようとした刹那、リーアさんは振り返り、唇に指を当てた。意思を計りかねたが、ともかくしゃべるなということだろう。

 あまりの不自然さに、魔が差して部屋の中を魔導感知してしまった。いかんいかん、女性の部屋を。

 すぐ解除したが、部屋の中に3人居ることが分かってしまった。1人は夫人だ。


 夫人に来客か。

 そう思って、階段へ進み掛けた足が止まる。それなら、なぜリーアさんは窺っているんだ?

 振り返った彼女が、勢いよくこっちへ動く。

 たたらを踏んで階段の方へ避けると、扉の開く音がして勢い良く人が出てきた。

 男だ。しかも貴族。

 服地が明らかに高級。外で停まっていた馬車……事象が次々つながる。

 とっさに胸に手を当て、頭を下げる。


「ふん。下宿人か、いつまでも当て付けがましい」

 えっ。

 僕に言ったのか? 確認する間もなく、男は外に出ていった。

 誰なんだ? もちろん面識はない。


「では、お義母様。また参ります」

 もう1人の来客が出てきた。大きく階段の方へ避けて待っていたが、こちらへは一瞥(いちべつ)()れることもなく、玄関を通り抜けていった。貴族の婦人だな。

 お義母様か。

 ならば、先に出ていった男の方がテレーゼ夫人の息子で、続いた婦人がその配偶者ということになるが。


 リーアさんは、眉根を寄せて、玄関扉を施錠した。

「どなたです?」

「訊くな!」

 ますます、不機嫌そうな顔になって僕の横を通り過ぎて止まった。

「もしかしたら、夕食は出せないかもしれない。もしもの時は6時までに言いに行くから」

「ああ、はい」

 そのまま廊下を進んで、テレーゼ夫人の部屋へ入っていった。


     †


 6時の鐘が聞こえてもリーアさんが来なかったので、おっかなびっくり1階に降りていくと、夕食の準備ができていた。その後、厨房から夫人が出てこられて、皆が席に着いた。

「ごめんなさいね。来客があって時間が取れなかったから、簡単な物になってしまったわ」

「ああ。いいえ」

 言葉通り、時間が掛かる煮物はなく炒め物が多かった。とはいえ夫人の料理はおいしいので、不満はない。


「では、いただきましょう」

 スープを口に運びつつ、夫人を窺う。

 ふむ。彼女も食べ始めたが、微妙な顔つきになった。さっきまでは努めて明るくしていたような様子だ。

 夫人の息子らしき男は。部屋を出た時点で、怒りを表に出していたから、何か話がうまくいかなかったのだろう。

 義娘の方は、また来ると言っていたから、何か交渉ごとでもあるのかもしれない。


 夫人は、夕食時には和やかで、大学はどうでしたかと話題を振ってくるのだが、今日は口数が少ない。申し訳ないのであまり見ないようにして、炒めた肉をいただく。

「ごめんなさい」

 えっ。夫人だ。

「今夜は食欲がないわ。先に休むわね」

 ええと、スープは飲んでいたが、その他はあまり食べていなかったような。


「奥様」

「ああ。リーアさんは、食べていて」

 夫人は席を立つと、それでもリーアさんが付き添って食堂を出ていってしまった。

 うーん。結構深刻そうだな。

 それから数分で、リーアさんが食堂に戻ってきた。


「あの。夫人は大丈夫ですか?」

「うーん。まあな」

 いやいや、その顔は否定していますが。眉間にしわが寄っている。夫人が席を立つまで、リーアさんも真顔だったのだが。


「それはなにより」

「なによりなものか! あの野郎!」

「夫人の息子さんのことですか?」

「息子だと! ……ふぅぅ、レオンに当たることはなかったな」


 息子じゃないのか?

 言われてみれば、あの男と夫人は顔が似ていないな。もしかして、夫人のご主人である宮廷男爵様と(めかけ)の子なのか?

 いや。

 あの男はいかにも貴族だったが、ご主人の宮廷男爵の爵位を継承しているのであれば、恩給が夫人に支給されるのは矛盾する。以前、リオネス商会で経理を手伝った時に、貴族の負債が話題になって知ったが、こういう場合は爵位継承者に扶養する義務が生じて、夫人は恩給対象者にはならないはずだ。


「しかたない。あの男がまたここに来るかも知れないからな。教えておいてやる」

「はあ」

「あの男は男爵で、奥様のご養子だが……」

 養子だったのか、似ていないのはその所為(せい)だな。

「……もはやメルフィス家の人間ではない。また別の貴族へ養子に入ったのだ」

 結構深い事情があるようだ。

「あぁ、そうなんですか。じゃあ。2階に住まわれた方とは違うのですね」

「当たり前だ。セザール様とは似ても……」

 リーアさんは口を閉じた。僕に鎌を掛けられたことに気付いたようだ。いままで、その人のことは一切口を(つぐ)んでいたからな。そして、ギロッと僕をにらみ付けたがフンと鼻をならすと、まだ食べていなかった夕食を食べ始めた。


 セザール。

 その人こそが、テレーゼ夫人の本当の息子なのだろう。そして、その人もメルフィス家の爵位を継承していない。おそらくは───

 食堂には、食器が鳴る音だけが鈍く響いていた。

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


Twitterもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
秘密ってテレーゼ夫人のものかぁ…。どちらかというと、主人公の母親(アンリエッタ)の家系図とかの方がよっぽど気になりますねぇ~
まだ引っ張るんだというのが正直な感想。 下宿始めの頃からの伏線だから150話ぐらい前の話だし、 リーアはともかく大家さんとはそんな関わりある描写はあんまないしなぁ
2025/06/03 09:37 通りすがり
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ