209話 秘密露呈
なかなか、秘密は隠しおおせませんよね。
「おつかれさま」
「いえ。ソリン先生、光学測定魔導具の操作ありがとうございました」
「なに、容易いことです」
うーむ。おっしゃることが格好良いよな。
3月も下旬となった。周りの学生は春休みだ。が、僕は返上だ。まあ大学院生のほとんどと、2年ともなると数割ぐらい、同じ境遇の人が居る。
魔導学部と工学部の先生方を招いて、魔導学会全国大会の検証会の予行演習を実施した。
「いやあ、なかなかのものだった。レオン君。(魔導理工学科)学科長がなかなか厳しいことをおっしゃったが」
ターレス先生が渋い表情を浮かべた。学科長はそこまでやる必要があるのか? そうおっしゃった。今回魔導光を取り上げなくてもよいのではという話だ。確かにその方が、粗が出て審査員に批判される可能性も低い。
「いいんじゃないですか。光学科の学科長は絶賛されていたし」
「ふふふ。ウチの学科長は、なかなか他人を褒めないんですよ」
「そうなんですか。ソリン先生」
「ご苦労だったな。皆さん」
「ジラー先生」
会場から一旦退出されたが、戻って来られた。
「うむ。まあ、私は学会については戦力にはならん。レオン君を支えてやってくれ」
「「「はい」」」
おぉぅ。これは、ちゃんとやらないと、先生方に顔向けできないな。
ともかく、実験器具も発表資料も準備完了だ。
†
「学会発表の方はよろしいんですか? 明後日ですよね」
トードウ商会へやって来て、代表と向かい合っている。
あまり、急がないように言っておいたが、もうウーゼルクランと秘密保持契約書を取り交わしたと連絡が来た。
「まあね。準備はできたよ」
「それはなにより。いかがですか、条件は?」
契約条件は代表に任せてあったが、一応見せてもらう。
「うん。基本は問題ないと思うけど……あるとすると、甲と乙は本契約締結後2年間、両者の同意なく前記秘密を公開しないかな」
見ていた契約書をテーブルに置く。
「期間が長いですか?」
「どうだろう。コンラート商会が、さらに大型の要求を出さなければ良いけど」
「そうですね。彼らは生産単位が縮小するのを嫌っていますから、問題ないと思いますが」
そう。前回コンラート商会が大型機種の量産を開始するとき、代表が言ったように結構慎重だった。生産するには、設備や鋳造元型など初期投資が必要だし、作業員も手配しないといけない。迂闊に機種数を増やすのは、固定費を増やすので、後々問題になりやすい。
「了解。んん。それは、ウーゼルクランのアイロンだよね」
「はい。いかように扱っても良いとのことです」
「わかった」
手を翳すと、見えていたものが消え失せた。魔導収納だ。
「あのう」
「何?」
「オーナーの魔導収納でしたっけ。どの程度の量が収納できるのでしょう」
「さあ」
「えっ。ご自身で分からないんですか?」
「分からないなあ。結構入りそうな気がするけど。今まで入れようと思った物は大体入ったよ」
「うぅむ」
「先に言っておくけど、これを使った運び屋はやらないからね」
「分かりました。儲かりそうなんですけど」
にらんでおく。
「そうだ。新しく雇い入れる人って、見つかった?」
「はい。声はかけたのですが。現職を辞める決心が付かないようです。第2候補へ広げるか勘案しています」
どこからか、人材を引き抜くのか。まあ、従業員2人で新人育成と言うのはきついよな。
「ふぅん」
任せてあるから、口は出さないけれど。別に1人に限定しなくてもいい気はする。
「近日決着を付けます」
それから、あれやこれや溜まっていた商売の話をしてから、下宿に戻った。
†
おや?
下宿の近くの路地に馬車が停まっている。流している辻馬車ではなく、高級な貸切馬車だ。馭者が降りて、馬を世話しているところを見ると、客を待っているらしい。
どの家に来たのだろうと思って、下宿に入る。
廊下の奧の方にリーアさんが居た。なんか不自然だ。まず、テレーゼ夫人の部屋の寸前に居るのが変だ。扉の前で中を窺っているようにすら見える。
声を掛けようとした刹那、リーアさんは振り返り、唇に指を当てた。意思を計りかねたが、ともかくしゃべるなということだろう。
あまりの不自然さに、魔が差して部屋の中を魔導感知してしまった。いかんいかん、女性の部屋を。
すぐ解除したが、部屋の中に3人居ることが分かってしまった。1人は夫人だ。
夫人に来客か。
そう思って、階段へ進み掛けた足が止まる。それなら、なぜリーアさんは窺っているんだ?
振り返った彼女が、勢いよくこっちへ動く。
たたらを踏んで階段の方へ避けると、扉の開く音がして勢い良く人が出てきた。
男だ。しかも貴族。
服地が明らかに高級。外で停まっていた馬車……事象が次々つながる。
とっさに胸に手を当て、頭を下げる。
「ふん。下宿人か、いつまでも当て付けがましい」
えっ。
僕に言ったのか? 確認する間もなく、男は外に出ていった。
誰なんだ? もちろん面識はない。
「では、お義母様。また参ります」
もう1人の来客が出てきた。大きく階段の方へ避けて待っていたが、こちらへは一瞥も呉れることもなく、玄関を通り抜けていった。貴族の婦人だな。
お義母様か。
ならば、先に出ていった男の方がテレーゼ夫人の息子で、続いた婦人がその配偶者ということになるが。
リーアさんは、眉根を寄せて、玄関扉を施錠した。
「どなたです?」
「訊くな!」
ますます、不機嫌そうな顔になって僕の横を通り過ぎて止まった。
「もしかしたら、夕食は出せないかもしれない。もしもの時は6時までに言いに行くから」
「ああ、はい」
そのまま廊下を進んで、テレーゼ夫人の部屋へ入っていった。
†
6時の鐘が聞こえてもリーアさんが来なかったので、おっかなびっくり1階に降りていくと、夕食の準備ができていた。その後、厨房から夫人が出てこられて、皆が席に着いた。
「ごめんなさいね。来客があって時間が取れなかったから、簡単な物になってしまったわ」
「ああ。いいえ」
言葉通り、時間が掛かる煮物はなく炒め物が多かった。とはいえ夫人の料理はおいしいので、不満はない。
「では、いただきましょう」
スープを口に運びつつ、夫人を窺う。
ふむ。彼女も食べ始めたが、微妙な顔つきになった。さっきまでは努めて明るくしていたような様子だ。
夫人の息子らしき男は。部屋を出た時点で、怒りを表に出していたから、何か話がうまくいかなかったのだろう。
義娘の方は、また来ると言っていたから、何か交渉ごとでもあるのかもしれない。
夫人は、夕食時には和やかで、大学はどうでしたかと話題を振ってくるのだが、今日は口数が少ない。申し訳ないのであまり見ないようにして、炒めた肉をいただく。
「ごめんなさい」
えっ。夫人だ。
「今夜は食欲がないわ。先に休むわね」
ええと、スープは飲んでいたが、その他はあまり食べていなかったような。
「奥様」
「ああ。リーアさんは、食べていて」
夫人は席を立つと、それでもリーアさんが付き添って食堂を出ていってしまった。
うーん。結構深刻そうだな。
それから数分で、リーアさんが食堂に戻ってきた。
「あの。夫人は大丈夫ですか?」
「うーん。まあな」
いやいや、その顔は否定していますが。眉間にしわが寄っている。夫人が席を立つまで、リーアさんも真顔だったのだが。
「それはなにより」
「なによりなものか! あの野郎!」
「夫人の息子さんのことですか?」
「息子だと! ……ふぅぅ、レオンに当たることはなかったな」
息子じゃないのか?
言われてみれば、あの男と夫人は顔が似ていないな。もしかして、夫人のご主人である宮廷男爵様と妾の子なのか?
いや。
あの男はいかにも貴族だったが、ご主人の宮廷男爵の爵位を継承しているのであれば、恩給が夫人に支給されるのは矛盾する。以前、リオネス商会で経理を手伝った時に、貴族の負債が話題になって知ったが、こういう場合は爵位継承者に扶養する義務が生じて、夫人は恩給対象者にはならないはずだ。
「しかたない。あの男がまたここに来るかも知れないからな。教えておいてやる」
「はあ」
「あの男は男爵で、奥様のご養子だが……」
養子だったのか、似ていないのはその所為だな。
「……もはやメルフィス家の人間ではない。また別の貴族へ養子に入ったのだ」
結構深い事情があるようだ。
「あぁ、そうなんですか。じゃあ。2階に住まわれた方とは違うのですね」
「当たり前だ。セザール様とは似ても……」
リーアさんは口を閉じた。僕に鎌を掛けられたことに気付いたようだ。いままで、その人のことは一切口を噤んでいたからな。そして、ギロッと僕をにらみ付けたがフンと鼻をならすと、まだ食べていなかった夕食を食べ始めた。
セザール。
その人こそが、テレーゼ夫人の本当の息子なのだろう。そして、その人もメルフィス家の爵位を継承していない。おそらくは───
食堂には、食器が鳴る音だけが鈍く響いていた。
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