208話 僕の味方
新田(君orさん)の味方だからと言われて、その通りだったかどうか、2勝2敗ぐらいかな。
臨時投稿です。
刻印ブースから出ると、リヒャルト先生がいらっしゃった。
なんだか機嫌が良さそうだ。
ええと。あっ。後ろに木箱が置かれている。
「やあ、レオン君」
「こんにちは、先生。もしかして」
「うん。できたよ。頼まれていたヤツ」
「おぉ……」
木箱を、こちらに回すと、中に黄銅でできた部品の端がのぞいている。
「見せてもらっても」
「はい」
先生が渡してくれた。僕も自然と頬が緩む。
幸い実験室に居るのは僕らだけだ、少しぐらい騒がしくしても問題ない。
受け取ったのは、手のひら大の板金部品だ。
「うわあ。すごい」
「いやあ、レオン君の指示通りに作っただけだよ」
照れていらっしゃる。なんだか子供みたいだ。
基本的な形と開く構造、そして魔石の保持部分は、僕が簡単な図を描いて指示はしたけれど。
大まかに言えば、概三角形の二枚貝のようでもあり、熊手を向かい合わせに固定したようでもある。蝶番の部分は円錐状にすぼまって小さな穴が開いている。反対の開く部分は、半球状ではなく半円筒状で合わせ目が直線になっているところが二枚貝とは違う。そして、その直線状の端は、両方ともアーチ状に溝となって、貝を合わせている状態では穴となる。あと、表面には平行に小さな板が垂直に立ち上がってろう付けされており、それが20枚ほど平行に並んでいる。
「開けますね」
留め金を外すと、やはり貝のように開いた。
「あぁ、内面を錫メッキしてある」
「ターレス先生が、その方が良いって助言してくれたんだ」
「うむ。それに、ちゃんと魔石が固定できそうですね。いやあ、僕が頼んだんですが、こうやって形になると感動しますね」
こんな異形状なのに部品のはめあいが良い、しっくりだ。
すごい板金仕事だ。
僕は脳内システムの機能で、3次元計測しながら加工するけど。先生にはそんなものはない。これだけでも、ミドガンさんがリヒャルト先生を尊敬している理由がわかる。
これは純粋光魔導具の一部、魔石固定器だ。
魔導光発振魔石と純粋光発振媒質、さらに2つの反射鏡を相対的に固定するとともに、魔導光を漏れなく媒質に導き、外に漏らさない役割を持つ。それでいて放熱しやすいように存在するのが、垂直に立った板、いわゆる放熱フィンだ。周囲雰囲気が自然対流して循環するようになっている。
「いやあ。僕もうれしいさ。初めてこの研究に貢献できた気がするよ」
「何をおっしゃっているんですか。そんなことはないですよ」
「でもさあ、ターレス先生みたいに魔術や論文で役に立てないし、さりとてソリン先生みたいに光学で役に立つわけじゃないし」
リヒャルト先生は随分気にされていたようで、この固定器を板金で作るとなったときに、自ら私が造ると申し出てくれたのだ。
「ははは。そんなふうに誰も思っていませんよ。じゃあ早速。やって見ましょう」
「おお、じゃあ。ターレス先生とソリン先生を」
「いや、ちょっとやるだけですから。2人でやりましょう」
「おお。そうか」
先生もまんざらでもないようだ。
蝶番の脇に魔導光発光魔石を、円筒状の中央部分に媒体を、そしてその両端に魔導鏡の2つを固定器に納める。
「ぴったりですね」
「そうか」
「閉めますよ」
固定器を閉じて留め金を掛ける。ゆっくりと振って見たが、異音は……ない。
「ちゃんと固定できているみたいです」
「よしよし」
「やりましょう」
再び、刻印ブースに入る。
ええと。目を閉じて、シムコネを開いて純粋光統合モデルを呼び出す。
更新する所は……魔導光の遮蔽機能を外せばいいな。純粋光制御術式が少し楽になる。
バージョンを1.5にして保存。
「じゃあ、起動します」
「えっ、もう術式を変えたのか?! って、いまさらか」
「じゃあ、リヒャルト先生。離れてください」
「おう」
始めよう。
≪統合───純粋光v1.5:全制御起動≫
≪魔導光:発振 v0.9≫
≪魔導鏡:角度調整 v0.3≫
そう。魔導鏡の平行度と媒体との垂直度は、この固定器の形状に依存せず、可変で調整するようにしている。光軸が一直線となると、モデルに追加されている光量監視用スコープ上の値がどんどん上昇していく。
≪純粋光:発振 v1.2≫
よし!
「では純粋光を出します」
「おぉ」
≪純粋光:放出≫
二枚貝の底辺の一端から、赤橙の光束が迸った。
右手を上げると背後に気配が寄ってきた。
「出ている、出ている」
「成功です」
「やった」
声が弾んでいる
≪純粋光:停止≫
振り返って開いた手を差し出すと、すかさずリヒャルト先生がそこに手を打ち合わせてきた。
「よーし。研究も進んで来たけど、何も貢献できないかと思ったぞ。でも、これで、私も胸を張れる」
「あははは」
確かに、進んだのは間違いないが、研究はまだまだだ。それに、刻印魔術だけでは解決しにくい課題も見えてきている。だが、せっかく喜んでくれているから、告げるのはまたにしよう。
「それと。予備を2個作ってあるからな」
えっ。
刻印ブースを出て箱を検めると、たしかにあと2つ固定器が入っていた。
ええと。
「ん? 3日前にやっぱり予備が2つの計3つ必要って伝言をくれたよな」
「えっ。ああいや」
予備は1個で十分だ。余分に造るのは結構な労力だろう。伝言したのは誰だ、ターレス先生かな?
「はあ」
申し訳なさ過ぎて、僕は計2個で良かったんですが、とは言えなかった。
「よし。じゃあ、両先生を呼んでくるよ」
「はい。お願いします」
リヒャルト先生が、早足になって実験室を出ていった。扉が閉まった……と思ったら、そこに人が居た。
背筋に冷たいものが走る。
「ルイーダ先生」
やや露出多めなローブ姿の女教師が立っていた。
「やあ、レオン君。最近すごく活躍しているわね」
何をしに来たんだ?
彼女はここに用がないはずだ。それに、いつもながらの神出鬼没。
全く油断がならない人だ。
「何かご用ですか?」
わからない。
「まあ、教員を見る目付きではないわよ」
彼女の視点は、リヒャルト先生が置いていった木箱に向いて居る。
「まさか」
男子学生の結構な割合が憧れるであろう、美しい顔を歪ませて口角を上げた。
「なにかしら?」
「リヒャルト先生に伝言したというのは?」
「勘が良いわね。それとも推理かしら?」
箱に近付いていく。
「ああ、勘違いしないで。これは、あなたのためだから」
「僕の?」
「そうよ。どうも私のことを疑っているようだけれど。徹頭徹尾、私はあなたの味方なんだから。少しは信用してもらっても罰は当たらないと思うわよ」
「はぁ……」
「じゃあ。1個もらっていくわね」
「何に使うんですか?」
「うふふふふ……」
何がおかしいんのだろう。
「もちろん純粋光を発振するため……じゃないわ」
「そんなことは分かっています」
終始半笑いだ。
「じゃあ、訊かないで。知らない方が、気が楽よ」
美しいものには棘がある。
母様も近いような気がする。当たり前だが母様には悪意をあまり感じない。親子だしな。しかし、この人は。
信じても良いのだろうか、僕の味方だという言葉を。
さっきは、僕が見咎めたわけじゃない。明らかに、彼女の方から姿を現したのだ。それにもらっていくと、一応は僕に断っている。状況だけを考えれば、明らかな敵ではないと態度では示しているようだ。それに、思いっ切り怪しいが、彼女が直接僕に害は及ぼしたことはない。間接的な被害はあるが。
「分かりました」
「うん。ありがとう。まあ、これ本当に手が掛かっているわね」
箱の中から、固定器を取りだした。余分に作らせた人が言うなよ。
「あと、1つお願いがあるわ」
「なんですか?」
「簡単なことよ。リヒャルト先生には、私がこれを持っていったとは言わないでね」
「どう言えば良いんですか?」
「それは、レオン君が考えて。私より余程弁が立つもの。じゃあね」
どこに隠したのか。もう固定器を持っては居なかった。
「うそよ。皆さんには学部長に渡したと言っておいて」
音もなく扉を開け、実験室から出ていった。
それから数分も立たぬ間に勢いよく扉が開き、ターレス先生が入って来られた。
「リヒャルト先生が作った板金物を使って、純粋光を発振できたそうじゃないか」
明らかに少々お怒りだ。
「すみません、実験を進めてしまって」
「ううん。まあいいか。リヒャルト先生がご機嫌だったからなあ。彼も自信が付いたようだし、良い傾向だ」
あまり学生に、そういうことを言わない方がよろしいかと。
「おっつけ、2人も来るだろう。手間だがもう一回頼むぞ」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2025/06/02 誤字訂正(n28lxa8さん ありがとうございます)