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207話 商談

希に商談へ用心棒として招集される場合があります。行く度に営業職でなくて良かったって思います。

「では、行きましょう」

「うん」


 代表(アリエス)と、南区の正面公園沿いにあるモルタントホテルへやって来た。

 去年も来たけど、でかいホテルには気圧(けお)されるね。ただ今日は、正面玄関ではなく通用門の方だ。

 門に入り、守衛所に代表が寄っていく。

 へえ。こっちも車寄せ(ポーチ)がある。正面の物に比べれば小振りだが、立派なものだ。辻馬車でくれば良かったかな。いや、わが商会は弱小だ。見栄(みえ)を張る必要はない。

「10時から、お約束しております、トードウ商会の者です」

 すると、守衛室の横から、黒い執事服の人が出てきた。


 あれ。以前会ったことがある人だ。

「お待ちしておりました。ご案内いたします」

 胸に手を当てて挨拶してくれたので、僕も会釈する。

 付いていくと、建屋に入った。


「ホテルとは違う建屋なのですね」

「ええ。こちらは、私どもクランの本拠でして」

 ほう。

 2階に登ってしばらく歩くと、大きな窓がある部屋に通された。


「おお。レオン殿。待っておったぞ」

「バルドスさん。お久しぶりです」

 ボランチェのホテルで別れて以来だ。今日はベネディクテ(ベニー)さんは居ないようだ。商売だしな。

 一段と仕立ての良い上着(フロック)を着ている。あの時より威厳に満ちている。

 ただ、人懐っこい笑みは変わっていない。


「あぁ、こちらは、トードウ商会の代表です」

「アリエスともうします」

「ウーゼル・クランのバルドス・デュワ・ウーゼルだ。わざわざ来てもらって感謝する。どうぞ」

 豪奢(ごうしゃ)とまではいかないが、立派な革張りソファーに座った。


「うむ。先日は、わがホテルにエルボラーヌケーキの販売を許諾していただき、ありがたく存ずる」

「いえ。こちらこそ。ご利用に感謝します」

 さすがは代表、物怖(ものお)じしないな。


「どうぞ」

 すかさず茶を出してくれた。ふむ。水色(茶の色のこと)が良い。漂ってくる薫りも上品だ。


「うむ。今は王都とボランチェだけだが、ゆくゆくはすべての拠点で販売する予定となっている。それと、エルボランの農家や産業振興会が、レオン殿に大いに感謝しておった。レナード商会が、レオン殿の紹介でカッショ芋を大量に買い付けに来たとな。それと、エルボランの観光客も少しずつだが、伸びているそうだ」

「少しはお役に立てたようで、僕もうれしいです。でも、バルドスさんがあの土地を気に掛けてこられた、成果ではないでしょうか」


「あっははは。少しなものか。それにしても、レオン殿は育ちが良いとは……妻も言っておったが、話題のリオネス商会の一族だったとはな。驚いた」

 話題なんだ。

「ああ、いえ。僕は3男坊なので、家を出た人間です」

「それで独立して、商会を作ったのかね?」

「バルドスさんなので隠し立てはしません。そういうことです」


「うむ。気になって少し調べたが、改良魔灯、魔導投光器、魔導アイロン、魔導鏡。すべて、カッショ芋の石焼きと権利者が同じトードウ商会になっている。つまり、全ての発明者は、レオン殿、あなただ。そして、それとは別に、サロメア大学では純粋光の研究をされている。ラケーシス財団が後援するわけだ」

 むう。やはり調べる気になれば、もうそこまで分かるんだなあ。


「そして、エルボラーヌケーキを考案して、執事喫茶という新しい業態の店で王都の話題をかっさらうことができる。このホテルの菓子担当は何十人も居るが、感心しきりだ」

「いえ。買いかぶりです」

「いやいや、妻が最近入れあげている娘のことがなければ、一族の中の女子を(めあわ)せたいぐらいだ。おっと、レオン殿に会えたうれしさで、話が横道に()れすぎたな」

 バルドスさんが、手を挙げると壁際に居た年配の人が進み出た


「それでは、本日お呼びだてをしました趣旨について、私から説明いたします。まずこちらをご覧ください」

 別の従業員の人が、部屋の片隅においてあった木箱を、ソファーセットのテーブルに置いた。そして、留め金をはずすと、木箱の上半分がはずれた。


「魔導アイロンですか」

 代表が()く。

「はい。傘下のホテルで使っております、業務用です」

 たしかにコンラート商会が販売している2種の内、大型の物よりもさらに大きい。あと頻繁に取り換えるのだろうか、魔力供給用の魔石が5個ばかりむき出しになっている。


「このアイロンは見たことがないのですが、どちらの商会の製品でしょうか?」

「こちらは、クラン傘下の工房で作っております」

 一般用途の魔導アイロンは3社くらいの製造物が市販されており、コンラート商会とレグスビー商会が代表的だ。これは自社製か。


「魔導アイロンは、分かりましたが。どういったご用件でしょうか?」

「はい。ぜひ、私ども専用で蒸気が出る魔導アイロンを作っていただきたく、考えております」

「専用」

「市販する意向はないということですか?」

「はい。私どもホテルは、国内に直接傘下12拠点、提携拠点が7つほどございます。そこで使う物で、年間100台から200台ほど製造しています」

 ふむ。やはり用件の主体は、本当に特許使用権の許諾ではなくて、製品開発案件か。是非僕を同席させてくれと、依頼があったからな。単に使用許諾取引なら、事務方だけで打ち合わせをすればよいのに不自然だと思っていた。でも、いいな。制御がやれそうだ。


「どういった物を、アイロン掛けをされているのかを伺っても?」

「はい。量としてはシーツや枕の蔽いが大半で、加えてご宿泊のお客様からお預かりした衣料と、あとは従業員の制服です」

 ふむ。シーツとなると衣料より面積が広い。大量のアイロンが必要なのは分かるな。


「恐縮ながら……」

 代表が身を乗り出す。

「コンラート商会から、やや大型のスチームアイロンが販売されております。こちらの物よりは一回り小さいですが、そちらで(まかな)えないものでしょうか」

 ふむ。確認として訊くのは悪くないが、ざっと見ても無理だと思う。

 コンラート商会のやや大型製品は貴族の館などで使う程度の用途だ。それに比べて、この蓄魔力魔石の量だ、出力と使用時間が倍以上はあるだろう。


「はあ。申し上げにくいですが。まず大きさが違うのと、使用時間が短く、私どもの用途には耐えません」

 既に試したあとか。

「そうですか」

 代表はこちらを向いたのでうなずく。

「では、蒸気を出す機能に着目していただいたわけですか?」

「はい。こちらでも霧吹きを使っておりますが、その度にアイロン掛け作業が一旦中断するのが難点です。その点が改善できれば大きな利点と考えております」

 作業効率改善が目的か。


「他には?」

「はい。市販の魔導アイロンよりも熱源魔石の寿命が短いですね。もちろん1日当たりの使用時間を考慮した上ですが。以上です」

 ふむ。スチーム機能の有無はあれど、これは制御が生きる案件の気がするな。


「どうだろうか、レオン殿」

 バルドスさんが詰めてきた。

「そうですね。ご要望は理解しましたが、その解決に向けた原因追求と解決策を考えるために調査が必要と考えます」

「調査か」

「代表」

「はい。まずは、改善の取り組みの前に調査を実施させていただきたく、機密保持契約は……」

 こっちを見たのでうなずく。

「……必要とのことですので、まずはそちらから」

「ふむ。なかなか慎重だな。それで、調査費用は?」

 僕が答える。

「この案件は大量需要とは言いがたいので、有償にさせていただきます。ただし、バルドスさん向けですので、商会から格安の見積もりを出してもらいます」


「ふふふ。なかなか商人じゃないか」

「お褒めいただいたと受け取っておきます」

「もちろんだ。カッショ芋の石焼きでは、何と欲のない男だと思ったが、そうでなくては。商人が一番信用しないのは、欲のない人間だ」

 ふむ。そう思われていたのか。

 あれは、地球の技術の単なる横展開だからな。僕とトードウ商会が働いた分は、ちゃんと報酬をいただく。とはいえバルドスさんこそ、あの地方には対価抜きで肩入れしていた気がする。


「そうでしたか? ではなぜ、声を掛けていただいたのですか?」

「ははは。欲のない人間というのは大きく2通りだ」

「ほう」

「商人には理解できない清貧を尊ぶ人間と、大望を抱く人間だ。調べて分かった。レオン殿は明らかに後者だということだ。石焼き程度は意に介さない度量があるとね」

「これはまた、買いかぶられたものですね」

「いやいや。妻が言うにはあの子(アデル)()れる男だから当たり前だとね」

 うーむ。多分それが一番の買いかぶりの気がする。


「では、奥様によろしくお伝えください」

「はっはは」

「あと1つ」

「何かな?」

「よろしければ、アイロン掛けをされている作業場を、ぜひ見せていただきたく」

「ほう」

 うなりながら、バルドスさんは、説明してくれた人を振り返る。

「ご視察ですか。少々、お時間をいただければ、そのあと」

「だめだ。何の支障がある? 今すぐご案内するのだ」

「わっ、分かりました」

 すみませんねえ。そりゃあ、外部の人間が現場に入るとなれば、確認もしたいだろうし、取り繕いたくもなる。

 そうはさせない、バルドスさんは豪気だな。御大と呼ばれるだけのことはある。


「ただいま、お着替えを用意致します」


     †


 洗濯場とアイロン作業場につづくリネン室まで見せてもらった。長居をする気はなかったが、そのあと、引き留められて、昼食までいただいてしまった。見て来た物は脳内システムで記録してきたので、後で精査しよう。

 守衛室に会釈して、敷地外に出た。


「現場を見られて、いかがでしたか?」

 代表は遠慮したので、見せてもらったのは僕だけだ。

「いくつか改善に向けた手掛かりはあったよ」

「それはようございました」

「あと今月末まで、実質僕は動けないからね」

「はい。では、秘密保持契約の締結は、急がずに準備を進めます」


「うん。頼むよ」

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


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訂正履歴

2025/05/30 誤字訂正 (J-BOYさん ありがとうございます)

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― 新着の感想 ―
まあ謝りに行く時に呼ばれる役員よりマシw しかも、いきなり社長はアレだから、ほぼ俺一択な罠。 しかもやらかしを誤魔化そうとする社員w いや謝るのに内容知らんとか一番駄目なやつだからw ホント、直前に…
スタートはスチームアイロンだけど要求の着地点は業務用のプレス機案件だな、これ プレス機が出来ればランドリーとアパレル両方に巨大市場あるけどどうなるか
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