206話 続・無理難題
無理難題を浴びやすい体質ってあるんですかねえ。
「今、なんとおっしゃいました?」
最近、視線をよく感じる学食で昼食を取ったあと、研究室に戻ったらスニオ先生が呼びに来て、学科長の部屋に居る。
学科長が、白い顎髭をまさぐりながら、鋭い視線を向けてくる。
「聞こえなかったのかね、君の論文を回付した魔導アカデミーから、純粋光の発振について検証会をすべしと言ってきたのだよ。そして、受けることを、本日行われた臨時教授会で決定した」
「それは、やむなしと存じますが」
教授会が、魔導アカデミーに2次査読を依頼したのだ。その依頼先が必要だと言えば否やはないだろう。しかし、2年生になって、学会発表することもあると言われて、学生会員になったのが裏目に出たか。
「なぜ全国大会の場で実施する必要があるのでしょうか? このような場合、同様なことになるのでしょうか?」
横に居るターレス先生が、苦虫を噛み潰すような顔をしている。僕が、ここに来たときにはこの部屋に居たから、既に話が学科長からあったのだろう。
「さあ。前例は知らぬ、魔導アカデミーがより客観性を重んじた結果だろう。公開と言っても、同席できるのは学会の上級会員のみだ。変なことにはならん」
魔導アカデミーめ。僕に借りがある立場のくせに、腹が立つ。
検証が必要ならば、実施するのはやぶさかではないが、なぜそれを公開の場でやるのか? 良い見世物じゃないか。ちなみに、上級会員とは、学会に貢献があったと認められる正会員の内から選ばれる会員のことで、大半は大学の教員だ。
「君も学生会員とはいえ、魔導学会の一員だ。名誉だと思って実施したまえ。なお学会では、測定や発表資料交換の補助をして貰うのは良いが、発表や質疑応答は自身で進める必要がある。こころしなさい」
名前が拡散することになるが、今さらだ。
「なお、日程その他の詳細は、この資料に書かれている。また費用は、大学から支給される。以上だ」
くっ。
えっ! ターレス先生の口が開く。
「承りました」
僕が答えると、ターレス先生が何度か瞬いた。
「おお、そうかね」
学科長から資料を受け取る。
「では、失礼します」
廊下に出て歩いて居ると、後ろからターレス先生が追い付いてきた。
「レオン君、引き受けてよかったのか?」
「はい」
「くっそう。教授会め、ジラー先生の居ない日に。自らの責任を回避しやがって、腹が立つ」
言葉通り、怒りが顔面に浮かんでいる。
サロメア大学における教授会は、学部教授会ではなく全学教授会だ。通常論文審査は学部で実施されるが、重要度の高い、例えば外部発表をするような論文については、教授会に回されるそうだ。倫理性や安全性を判定するならば良いだろうが。魔導についてはどうだろう。魔導学部と工学部の一部教授をのぞいては、魔術については専門性が高くはないはずだ。研究結果について外部発表をするのは大学の名誉ではあるが、同時に危険をはらんでいる。妥当性を得ていない発表をしてしまうと、大いに批判を受け、教育省からも指導が入る。
段階的に進んできた研究内容なら安心度は高いのだろうが、突然出てきた成果は時間的な淘汰を経ていないから、そこに危機感を覚えたのだろう。だから、教授会は僕の論文についての判定を回避して魔導アカデミーに判定を仰いだんだとはミドガンさんの説だ。
しかし、ターレス先生のつぶやきは肯定している。その魔導アカデミーが。公開で検証会をやれと言ってくるとはな。
「いろいろすみません。ターレス先生」
「なっ、レオン君が謝ることは全くない。私こそ止められず、済まんな」
ターレス先生の様子を見て、僕の怒りは逆に収まってきた。
そもそも、教員が教授会と事を構えるのは、よろしくない。講師以上の人事を決めるのは学部長が推挙して学長が最終決定するのであるが、教授会には拒否権がある。例えば、ターレス先生が准教授に推挙されても、教授会が待ったを掛けることができる。
「もう僕は学科長にやると回答しましたので、そっちに備えましょう」
「おっ、おう。わかった」
その足で研究室に戻ると、リヒャルト先生とソリン先生が迎えてくれた。部屋の隅にミドガンさんも居る。
「あっ、戻って来た。学科長に呼ばれたんですよね。何かあったんですか? ターレス先生」
ターレス先生が呼び寄せて、大きいテーブルの周りに座る。
「うむ。魔導アカデミーから、魔導学会の全国大会で純粋光発振の検証会をレオン君自身がやれと言ってきたそうで、教授会がそれを認めたそうだ」
「教授会が!? なんで全国大会で?」
リヒャルト先生が、色めき立つ。
「知らんよ。聞きたいのはこっちの方だ。まあ落ち着け」
ふふふ。さっきまでターレス先生が怒っていたのに。
あれを言っておくべきだな。
「そういえば、この前の魔導技師試験の時にアカデミーの偉い人に目を付けられたんですよねえ」
「ん?」
「なんだと」
「木工の試験の時に、刻印魔術を使って材木を削ったので」
「ふむぅ」
「それは、多分違うな。そもそも、レオン君は合格したじゃないか」
「そうです。魔術を使っても可の試験です」
「目は付けられているかもしれないが、今回のことのようにはならない」
「そうですか」
「原因をこの場で当て推量をしても意味がないと思いますが」
ソリン先生は冷静だな。
「それに、物は考え様です」
「ん?」
「魔導学会の、それも全国大会でやれば、それ以降は誰にもうだうだ言われないでしょう」
確かに。
「レオン君に華麗に検証してもらって、教授会の面々に自らの無能さを自覚してもらいましょう」
人が悪そうに口角を上げた。
なかなかに歪んでいる。
「華麗かどうかは分かりませんが。僕はやるつもりです」
「そうか、レオン君がそう言うなら。私たち教員は協力するだけだ。ともかく明日ジラー先生にもご指示を仰ごう」
皆がうなずいた。
「ところで、全国大会はどこで開催されるのですか?」
封筒を開けて中から書類を取り出す。
「例年、王都と地方都市の順繰りだが。去年は……」
開催場所、開催場所。あった。
「王都の魔導アカデミーだそうです」
「そうか、近くて良かったな。実験装置類を運ぶのも楽だ」
「そうですね」
「でも、王都じゃ観光もできませんね」
「ははは」
開催日は3月23日から25日で、検証会は中日とある。
「検証会は24日です」
「あと2週間か」
「あのう」
「ん?」
「僕に考えがあるんですけど」
†
先生方は3限に授業があるとのことで、その場は解散になった。
部屋の隅に居たミドガンさんが寄ってきた。
「レオン、なんかひどいことに巻き込まれたようだな」
「ははっ。聞いてましたよね?」
彼は情報通だが、こうやって情報を入手しているのかな。
「全国大会で何かやるとは聞こえたが。どういう話なんだ?」
別に隠すことでもないし、あることないことを吹聴するミドガンさんじゃない。
「純粋光の検証会をやることになったんですよ。今回は僕がやらないといけないんですが」
「また、検証会かよ。えっ、全国大会でか?」
「ええ」
「いやいや、基調講演並みじゃないか」
基調講演というのは、さっき斜め読みした全国大会の要項によると、特定のテーマについての偉い先生の講演や調査専門委員会の報告など、一般会員の口頭発表とは分けて実施される講演だ。
「そこまで大袈裟なものではないと思いますが。上級会員しか聞けないようです」
「上級会員かぁ、地方の先生方の中にはうるさ方も居るからな、気を付けた方がいいぞ」
うーん。なるほど。
でも、僕の方では気を付けようがない気がする。
「あとは商売敵に成りうる、でかい商会の人も居るからな。質問されたからといって、なんでも素直に答える必要はない。機密ならば機密と言っていいぞ」
「そうなんですね」
「そうか、俺も見たかったなあ……そうだなあ、レオンに接していると楽しそうだしな。修士課程に進むかなあ」
「えっ」
ミドガンさんは、魔導技師資格も取ったし、ほとんどの単位は取得済みで、あとは卒業研究だけだと言っていた。その研究もほぼ終わっていて、論文も仕上げを残すのみらしい。知らなかったが、ミドガンさんにはいくつかの大手工房から声が掛かっていると、ホグニ先輩が言っていた。だから、てっきり7月にでも卒業されて、就職されるのかと思っていたが。
「そりゃあ、研究室に残っていただいた方が、僕はうれしいですけど」
ジラー研究室にも、修士課程の先輩は居るが少ない。学科の中では技能系寄りだからな。残られても、研究室が同じとは限らないけれど。
「まだ時間はあるから、考えるさ。レオンも考えた方が良いぞ。とは言っても、もう踏み出しているようなものか」
僕から話しては居ないし、彼からも訊かれはしないが、トードウ商会のことはおぼろ気ながらにつかんでいるようだ。
「進路のことは、気長に考えますよ」
「そうか。おっと、用があるんだった。じゃあな」
「はい」
さて。進路はともかく、研究はゆっくり進めようと思っていたけど。そうもいかなくなってきた。
「うぅん」
腕を、頭の後ろで組んで伸びをする。
さあ、忙しくなるぞ。
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誤字訂正
2025/05/27 魔導光→純粋光 (笑門来福さん ありがとうございます)
2025/05/28 発言者顕在化