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205話 潔癖

なんかキーボードが進んだので、日曜日ですが臨時で投稿します。


潔癖……一日ぐらい成ってみたい。


「これはなんですか? ゼイルス先生」

 封筒を受け取った、この部屋の主。エドワード・ハーシェル学部長の顔から、いつも浮かべている笑みが消えていた。


「ご安心ください。辞表ではありません。私に送られてきた物です」

「君が辞表を書く理由があるとは思っていないさ」

 言葉に反してゼイルス准教授には、数日前衝撃的なことが起こった。

 彼が進めてきた、新機軸の刻印魔導器の研究開発について、存在価値すら覆す技術検証会があったのだ。


「封は切っていないが、何が入っているのか、わかっているのかね?」

 表の面にはゼイルス先生と書かれているが、裏には署名がない。


「ええ、前回と同じように汚い筆跡ですから。中を検めてください」

「ほう。前回ね」

 学部長は、机の中からはさみを取り出すと、封筒の一辺を切り取った。


「なになに。ゼイルス先生。以前、警告したときより状況が悪化しましたね……以前の警告とは?」

「そうですな。レオンという理工学科の学生が純粋光について、合同報告会をしたすぐ後のことだと思いますが。そのときもそれに似た封筒が、今日と同じように教務室にある小職の机の上に置いてありました」

「ほう。それはそれは……大変お困りでしょう、本日19時に×××にてお待ちしております。今回は賢明なるご対応を望みますか。これだけでは単なる呼出状としか判断ができませんが、ゼイルス先生のお考えは?」


「先の学生を陥れる汚らわしい企みが、学内にあるのでしょう。それに小職が加わっているなど、後々疑われることになれば、耐えがたいことです。よって、学部長に委ねに参りました。もちろん、レオンという学生が何らかの害を被ることがないように。学部長、あなたならできると思っております」

「ふむ。ずいぶん買いかぶられたものだ。それはともかく、放っておけばレオン君に何か起こると言いたいのかね? そもそも、レオン君については何も書かれていないが」


「前の手紙には、名前こそなかったものの、理工学科の学生と書いてありました。それに得てしてこの種の常軌を逸した者こそ、疼痛(とうつう)を加える事象を()すこと、歴史を学べば散見されます」

「なるほど。たしかに、レオン君は純粋光や魔導光で本学歴代を見ても指折りの成果を上げている。加えて、あの容貌だ。嫉妬する者はさぞや多かろうからな」

 学部長は、ゼイルスを見据えた。


「ところで、前回の書状はどこにあるかね?」

「申し訳ありませんが、受け取った時に怒りにまかせて、燃やしてしまいました。われながら短慮だったと反省しています」

 ゼイルスは頭を()く。


「いや。私がゼイルス君の立場だったとして、同じようにしたかもしれない。わかりました。申し出てくれたことに感謝します。先生は、これまで通り職務を進めてください。なお、このことは口外をなさらぬように」

「承りました。失礼させていただいても?」

「うむ。ごくろうだった」

「失礼いたします」


 ゼイルスが、学部長室からさがっていった。

 扉が閉まると、学部長は便せんを戻した封筒を、机の上に投げ捨てた。投げた指先を擦り合わせているのは嫌悪の表れか。


「今度は物的証拠が残りましたね」

「そうだな」

 (たお)やかな手が、机の上から封筒を持ち上げた。

 数秒前まで、学部長が1人になった部屋に、別の人影が忽然(こつぜん)と現れた。


「レオン君の監視を強めねばな」

「ふふっ、必要でしょうか? おそらく、学内で彼にかなう者は居ないと思いますが」

「そうであってもだ。ゼイルス君が話に乗ってこないとなれば、手紙の送り主がもっと思い切った手段に訴える恐れがある」

「確かに」

「その書状の送り主に心当たりは?」

「あります。ただ、これだけでは厳しい処罰はできないですよね」


「そうだな。今のところ怪文書を送っただけだ。ゼイルス君が、(おとり)捜査に協力してくれると良いのだが、無理だな」

「ふふふ。学者というのは自尊心が強くて、正攻法では扱いづらいですね」

「君が言うかね。まあいい。しばらくは、その心当たりとやらを泳がせておくしかあるまい」

「承知しました」

 声が消えぬ内に、人影は消え去った。


   † † †


 3月に入り、寒かった王都にも春が近付いて来た。

 僕は、確定申告の最終確認のために、トードウ商会へやって来ている。


「では、これで行こう」

 僕は個人事業主なので、中旬までに紀元490年の確定申告をする必要がある。商会で作って貰った商業ギルド向けの申請書類を確認しおわったところだ。

 去年における僕の実質収入は、20万セシルにわずか届かずといったところだ。収入は、冒険者ギルドからの収入も含めて、全て商会に入れて、そこからほぼ半分を委託費として商会に支払っている。残り半分と、商会の利益から再び株主配当が還って来ている分を含めたのが、先の額だ。

 代表(アリエス)に、確認した申請書類を渡す。

「ありがとうございます」

「こちらこそ。ああ、サラさんもありがとう」


「いえ。わたしは代表のお申し付け通りやっているだけなので」

 なんだか赤くなっている。

「では、サラさん。早速、商業ギルドへ行ってきて」

「承りました」

 僕の確定申告とその先の納税について、商業ギルドを通すのは、僕が同ギルド員だからだ。なおセシーリア王国政府は、いわゆる小さな政府を標榜しており、徴税業務の多くを各種ギルドに委ねている。納税額は商業ギルドに入っていることもあって、それほどでもない。1年目というか、創業4カ月だが、商会を作った甲斐があった。


「そうだ。アデルの(申告)は?」

「はい。そちらは昨日終わっています」

「急な話なのに悪かったね」

 彼女の税務を引き受けたのは、つい先月の話だ。


「ふふふ」

「ん?」

 すっかり配偶者気取りだなと言いたいのかな。

「ああいえ。記帳がしっかりされていましたし、領収書などよく整理されていましたので」

「それはよかった」

「確定申告は終わりましたので、どうでしょう。オーナーを当商会の名実ともに社主にするというのは」

「そうだなあ……」


 代表が言っているのは、僕が商会の役員となり、役員報酬を受け取る形にしないかということだ。以前聞いた話では、株主と役員では、後者の方が経費として広く認められるようになるので、それなりに節税になるそうだ。

 では、なぜ最初から、つまり去年の9月からそうしなかったかというと、役員となれば名前が外部に出てしまうからだ。僕が少なくとも学生のうちは、あまり目立ちたくないという意向に反する。


「オーナーの論文が魔導アカデミーに渡っているので。既にオーナーの匿名性については、失われたと言わざるを得ませんが」

 そういうことだ。僕が株主という間接的な形にした理由の何割かがなくなっている。


 新型魔導光の論文についても、おそらく魔導アカデミーに2次査読を回付することになるだろう。ちなみに先の純粋光論文の内容が半分以上流用できたので、なんなく書き上げることができた。中でも、2章の背景と従来技術については、まるっと流用できたので、ほぼターレス先生のお手を患わせないで済んだのは大きい。もちろん、共同研究者には、ジラー、リヒャルト、ターレスの3先生に加えてソリン先生の名前を入れた。光学系の測定を監修していただいたからね。


「そうだね。じゃあ、定期株主総会にでも、僕を役員に入れるかな」

「それでは11月か12月頃になりますが」

 節税効果が薄いですよと言っているわけだ。臨時株主総会を開けば、いつでも変えることができるのは分かっている。


「構わない」

「……承りました。では別件について、お話しさせて戴きます」

「うむ」

「まず、魔導光の特許は滞りなく出願されました。併せて早期審査手続きを申し込んであります」

「ありがとう」


 ヴィクトル弁理士事務所に依頼した出願手続きは、途中から商会に引き継いだ。電子線複数回屈曲による発光効率向上についての公知例は見つからなかったと事前に聞いている。ただ、刻印魔導器が絡む特許案だから、大きな商会から異議申立が出てくる可能性は高い。特許登録されるまでは予断を許さないだろう。


「ところで、魔導光新技術の転用については、オーナーはどうお考えですか?」

「転用……か」

「せっかく魔石が小さくなったのですから、これまで通りの刻印魔道具だけにしておくのは惜しいです。それこそ先日オーナーがおっしゃっていた、モッタイナイです」

「もったいない」

 確かに。


「一応考えてはいる」

「伺ってもよろしいでしょうか?」

 代表がこちらに身を乗り出した。何か、目力が強いのだけど。

「例えば魔灯だ」

「魔灯! 魔導光を照明にですか。これはまた。うふふふ……」

「おかしいかな? 代表が言うように、魔石を安価にできるのであれば、魔灯という日用品にも使える」


「……ふふふ。お教えを請いながら、大変失礼いたしました。しかし、そこまで、お考えだったとは感服しました。お仕えする甲斐があるというもの」

 いや、仲間になったと言ってほしいんだけど。代表はいつも、怜悧(れいり)なのだけど、ときどき変な感じになるよな。僕を買いかぶる感じだ。


「とはいえ多数回屈曲発振は、照明には向いてはいないんだ」

「そうなのですか?」

 代表が眉根を寄せる。

多数回屈曲(アンジュレート)する段階で、発光した波形は正弦波に近付く。つまり単色性の高い光となってしまう」

「あのう、申し訳ありませんが、難しくて分かりかねます」

 そうか、そうだよな。

 通常のシンクロトロン放射、つまり従前の魔導光は白い。それは、インパルス波形だからだ。周波数分解すると、(あまね)く成分が検出されて、目には白く見える。しかし、新型においては、波長域を絞って、焦点径を小さくかつ収差をなくす工夫が、照明色では裏目に出てしまう。


「まあ、原因はともかくも、照明の光が単色……例えば橙色だけというのはつらいよね。それに光の広がりが狭いというのも、なかなかにきついんだ」

 そう。怜央の記憶にあった、LED照明の難しさと同じだ。

「なんとなくわかります。たとえ、魔石が小さく安価になったとしても、それが新しい魔導光は魔灯には向いていないということなのですね?」

「そうだね。ただ魔力効率が高いという利点がある。だから挑戦したいんだ」

「やはり。オーナーは志が高くていらっしゃる」

「志が高くても、問題解決には役立たないけれど」


「そうでしょうか? 技術面ではおっしゃる通りでしょうが。志の高さというのは、周りの人間を引き付けます」

「むう」

「以前ここにいらっしゃった先生方も、オーナーの志に()かれていると思いますが?」

「わかった、撤回するよ」

 代表はうれしそうにうなずいた。

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


Twitterもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya


訂正履歴

2025/05/25 誤字訂正(秋茜さん 笑門来福さん n28lxa8さん ありがとうございます)

2025/05/26 誤字訂正(ferouさん 鰹出汁さん ありがとうございます)

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― 新着の感想 ―
ゼイルス先生のこの性格好きですね。ちゃんとした(?)それでも実際どこかにいそうな感じの研究者兼教育者で。
レーザーといえば、この世界でホログラムなんてやったら本当に技術か魔法か見分けが付かなくなりそうですね
これは、一足飛びに液晶モニターが来る予感
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