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204話 ジラー研

研究室は、やっぱり主な先生のキャラが反映される気が(いや、知っているサンプル数が少ないか)。

「できました」

 魔石の刻印が終わった。純粋光の媒質、魔導鏡から魔力が消えていった。

 刻印実習室を振り返る。ターレス、リヒャルト、ソリン各先生に加えて、今日はジラー先生もいらっしゃる。


「見せてもらっても?」

「はい」

 固定具から外した魔石は小指の先程の大きさだ。受け取ったジラー先生は、少し離してまじまじと見てから、拡大鏡で観察し始めた。

 実は、最初に長辺40ミルメト(≒mm)大の魔石を作った。それから改善しつつ、5回目ぐらいで、この大きさにたどりついた。刻印だけならさらに小さくできるが、熱流体解析によれば、ここから先は温度上昇が厳しくなる。そのうえ、魔結晶の希少性というか入手性が改善しない。


「うむ。いいんじゃないか」

 ジラー先生がどの辺りを見ていたのか、どうしてよいと言ってくれたのか。()きたいなあ。

「では、(ターレス)が発光させますので、ソリン先生。測定をお願いします」

 そう。この魔石は、魔力を供給すれば、誰でも発動できるようになっている。魔導具は、僕だけが発動できるだけでは、価値がほぼなくなる。


「了解です」

 魔石を受け取ったソリン先生は、小さい魔石を似つかわしくない大きな黒い箱に収めてうなずいた。

 ターレス先生が手を(かざ)すと、魔石が発動した。

 ソリン先生が、箱の横に置かれた魔導具をのぞき込む。

「発光しました。初期値は……61ワッタ(≒W)です」

「はい」

 リヒャルト先生が記録している。

 その暗箱と魔導具は、ソリン先生が光学科から持参してくれた物だ。


「61ワッタ……」

 ターレス先生が大きくうなずき、目をぎゅっとつぶると頭を振った。

 60ワッタは、刻印に使われる魔石の出力としては、ごく標準的だ。

 そして。

「……3分経過、62ワッタ……6分経過、60ワッタ」

 今回は光束制御を入れていない。


「9分経過、61ワッタ。発光停止、開匣(かいこう)。魔石に異状は認められません」

「おおう」

 ターレス先生とリヒャルト先生が拍手してくれた。

 損失が熱に変わり、温度が上昇していく物だから、時間に対する耐久性が必要だ。それを短時間ではあるが、一応達成しているという評価だ。研究段階の次にくる開発段階では、もっと信頼性が必要だ。研究段階だとしても、耐久試験はどこかの時点で始めないといけない。準備でき次第だな。


 ジラー先生もうなずきながら、口を開いた。

「ソリン先生。専門家の目から見て、この魔石はどう見える」

「はあ……」

 10秒ほど考えたあと。

「この魔石の大きさで出力61ワッタは、自分で測定して間違いないとわかっていても、正直……うそだろうという気持ちしかありません。冷却機能を省いても、現代の自動刻印魔導具では3号規格、ああいや長辺150ミルメトの魔結晶を使うのが当たり前ですから」


 そう。

 魔導光発振魔石は、全体の大きさ、光軸の位置と角度、そして冷却用冷媒のソケットなどが何種類か存在するが、出力ごとに規格化されている。3号規格は最も小さい物だったはずだ。

 従前の魔導具は、発光用だけではなく、電子線発振部と魔界強度印加部の計7つの魔石をはじめとして、魔力供給用の魔石が多数必要とされている。なお魔力再充填のために、大型の魔力導波管が必要で、それを魔導器の下に張り巡らせる必要がある。したがって、かさばるのは致し方ないというか、当然の結果というのが魔導工学界隈(かいわい)では定説だ。


 それを、今回は小さくした。熱交換部は入っていないが、発光3機能を1つの魔石に集約した。

 目の前にある魔石は、長辺が15ミルメトだ。


「じゃあ、この魔石は一般の1/10……都合3乗だから、1/1000になったということですか?」

「いいや、熱交換部は別途必要だろ。魔石はこれでも、数倍にはなるんじゃないか?」

 リヒャルト先生の推定に、ターレス先生が突っ込みを入れる。

 それでも、ざっと数百分の1ぐらいか。

 ソリン先生は、黙して答えない。違って居れば、はっきりと異を唱える先生なので、おおむね同意なのだろう。


「レオン君」

「はい」

 ソリン先生に向き直る。

「私に、小型化を実現できた理由を教えてもらっても良いかな?」

「そうだな」

 ジラー先生もうなずいた。リヒャルト、ターレス両先生には伝えてある。


「小型化の要因は2点です。発光効率の向上と、魔石を純粋光で刻印したことによる密度向上です。詳しくは……」

 電子線の多数回屈曲による魔導光発振で、損失を大幅に抑制。これによって単位発光量当たりの魔束量が減少する。魔石の発熱量は魔束量の2乗で下がるので、熱容量ひいては魔結晶の体積を小さくできる。ただし、刻印自体も小さくしなければならない制約が残るが、純粋光を使うことで魔結晶に刻む発動紋の密度が上がるため、刻印面積が減って魔石体積減少の阻害要因とならず、やはり魔結晶体積を小さくできる。

「……この2つの条件を兼ね備えて、魔結晶小型化に貢献できます」


「うーん」

 えっ、ジラー先生?

「やはりこれは……」

「ですかねえ。やっぱり」

 ターレス先生とジラー先生が、うなずき合っている。

 ええと話が見えない。


「完成度がここまで来ているとなると、この間のように工学部も立ち会いの下、検証会をやることになるということですよ、レオン君」

 なるほど。そういうことか。準備に手間が掛かったが、論文作成では楽できたから、必ずしも悪いことではなかった。


「皆に訊きたい」

「はい。ジラー先生」

「うむ。レオン君が成し遂げたことは、特許として成立するものだろうか? 進歩性は?」

 進歩性は従来の技術から差があるかどうかだ。それは、同業者がすこし努力すれば実現できる程度では、審査請求をすると拒絶査定を喰らう。純粋光と違って魔導光については、これまでに発振用の魔石が存在するので審査は厳しくなる。

 リヒャルト先生が大きくうなずいた。

「進歩性としては、魔導光の発振魔石をここまで小さくできていますから、格段の差と言えます。進歩性が小さいという理由で、拒絶されることはありえないでしょう」


「では。有用性は?」

「有用性も、そうです。魔導光発振用の魔石は大きくて欠陥のごく少ない、かなり希少な物が必要でしたが。この大きさの魔石で発振できるのであれば、入手性が全然違います」

「リヒャルト君、それだけじゃないぞ。刻印魔導器があそこまででかいのは、発振効率がそれほど高くはなく、放熱が厳しいからだ。これを使えば、魔導器自体が……そうだな、多分抱えられるぐらいの大きさになる」

 そこまで小さくなるか。


「そうか。魔石だけではなく、魔導器自体が小さくなるのは大きいな。当然、価格が大幅に下がる。そう言われると、誰も逆らえない所だ。では新規性は、どうですか?」

「はい。公知例調査は必要ですが、電子線を何度も曲げるという発想は、少なくとも魔導学会などでは聞いたことがないです。光学学会では?」

「ないですな」

 ソリン先生も即時に首を振った。

 特許成立の3条件、有用性、進歩性、新規性がそろったと先生方が言ってくれている。


「どうだ? レオン君」

「ありがとうございます。わかりました。出願を進めます」

「よろしい。学内とはいえ、情報が広がるからな。できるだけ早く出願する方が良いだろう」

「はい。それで、発明者はどういたしましょう?」

 考えたのは僕だが、ご協力は頂いている。

「どうかな?」

 ジラー先生が、3人の先生方を見る。


「ああ、私は入れないでください」

「右に同じ」

「レオン君。遠慮なく、君単独で出願したまえ」

「実態がそうなら、その通り出すのがよいだろう」

「分かりました」

 申し訳ないな。


「さて、先の話になるが、ここまで小さくなると、その3号規格は使えなくなるが。それはどうかな?」

「そうですな……」

 ソリン先生だ。


「……規格なんてものは、規格を決めて守らせることによって利得が生まれるから存在するんです。現実に合わなくなれば捨てる。捨てて、別に新しい規格を作れば良い。それだけのことです。いやあ、愉快ですな、こういう場に立ち会えるというのは、あっははは」

 やはり、ソリン先生は一癖ありそうだな。


「まあ、いずれ刻印魔導器も、これに合わせた新型を開発するでしょうが。近々はラケン商会あたりが、今まで売った魔導器でも、この魔石を使えるよう、何かしら改造を施すのではないですかね」

 ジラー先生も、うなずいていらっしゃる。


「ところで」

 ソリン先生だ。ジラー先生に向いている。

「なんですかな?」

「この件ですが。光学科、いや工学部に報告してもよろしいですかな? ウチの学科長は、レオン君の純魔術による魔導光発振が成立することは承知していても、ここまで早く魔石にできるとは思っていないことでしょう。しかし、伝われば、こちらの研究室以外の魔導理工学科にも、大きな影響が出ると思いますが」

 そう。ここに居ない魔導理工学科の人たちも、刻印魔導器や放射光の研究を並行して実施されているのだ。


 皆がジラー先生を見た。

 彼は口を引き結ぶと、目を閉じた。そして、数秒後に刮目(かつもく)した。

「どのような影響が出ようとも、事実を隠蔽する罪が大きい。よって、報告をいただくより他にない。ソリン先生を派遣していただいているのは、それが理由であろうし」

 ふむ。ジラー先生は腹が据わっている。

 光学科に話が伝われば、学内ではもう止まることはないのだけど。


「ありがとうございます。ジラー先生」

 ソリン先生がニヤリと口角を上げた。


 2限後。大学を出た僕は、その足でヴィクトル弁理士事務所へ向った。ざっとまとめた特許明細書案を渡し、出願手続きと公知例調査を依頼した。


 そして数日後、学内で再び合同報告会が開かれ、今回は僕が1人で報告を実施した。その場で大きな賞賛を得て、可及的速やかに論文を書くことになった。

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


Twitterもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya


訂正履歴

2025/05/24 誤字訂正 (徒花さん n28lxa8さん ありがとうございます)

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― 新着の感想 ―
この技術のやばいところって、出力が小さくていいならありとあらゆる刻印を小さくできるってことですよね。 発展性しかない。
LED開発ってこうやって進んでいたのね。
他の作者様でも結構あるけど単位を現実のものから微妙に捻ってるのはなんだろう 偶然そっくりな名前がつきました、偶然同じ物理量になりましたって言うくらいなら 偶然完全一致しました でいい気がするし
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