202話 お祝い
お祝いしてもらうのか。うらやま……
活動報告に書きました通り、次回投稿より、火曜日、金曜日投稿にさせていただきます。よろしくお願いいたします。
「レオンちゃん。おめでとう」
「アデル、お疲れ」
彼女の部屋を訪れると、蕩けるような笑顔で迎えてくれた。
2月も下旬になったけれど、二の腕や太股まであらわな部屋着姿だ。日が暮れた外はまだまだ寒いが、ここはいつも暖かい。
靴を脱ぐと、僕の腕をがっちり取って、奥の居間に連れていかれる。いそいそとローブを脱がせて、上着掛けに掛けた。
「ああ、こっちこっち。座って」
「うん」
ラグが敷いてあるところではなくて、食卓の椅子を促された。
「すごいね」
たくさんの料理が並んでいる。
「ユリアさんと、半分ずつ作ったんだ」
「えっ。アデルも作ってくれたの?」
「うん。お祝いだから」
「アデルが作ってくれたのは、どれ?」
「この鶏の香草焼きとか、パスタとか」
僕が来る時間をマギフォンで打ち合わせてあったから、間際まで調理していたのだろう。まだすこし湯気が出ている。
「わあ、手が掛かる料理じゃない」
「うふふ。スープを持って来るね」
ワインを魔導収納から取り出す。なんだかんだ飲むかなと思って、買い溜めして入庫してある。
「ありがとう。あっ、コルク抜き」
「大丈夫だよ、アデル」
瓶に手をかざすと、じりじりとコルクが先端に向けて変位し始めた。
シュッと音がして、抜けきる前に中と空気が通じた。そのままスルッと栓が抜ける。
「魔術なの?」
「うん」
重力というか慣性制御魔術の亜流というか、その精密版というところだ。この場合は、瓶には作用させず、コルクにのみ作用させると相対的に引き向く力を印加したことと等価になる。いろいろ使えそうな魔術だけど、残念ながら今のところ小さい力は到達距離が短い。調整中だ。
2つのグラスに、薄い黄金色の酒を注ぐ。
「レオンちゃんの国家試験合格に!」
「アデルの公演成功に!」
「「乾杯」」
アデルは満面の笑みだ。
ナイフとフォークで、鶏を切り分けてくれている。
「どうぞ」
「うん」
フォークで刺して口に運ぶ。
旨い。南市場の鶏の丸焼きも旨いけれど。
これは香りが佳い。あっちはガンとくる味だけど。こっちは優しく繊細だ。なんか作った人の性格が反映されている気がする。
「おいしい」
「本当? この前、おかあさんに教えてもらったんだ」
「へえ」
ブランシュさんにね。
「子供の頃にも教えてって頼んだんだけれど。その時は、お嫁に行けるようになったらねって、教えてくれなかったのよ」
「そうなんだ」
「あぁ、ちょっと引いたでしょ」
「ふふふ。準備万端、ブランシュさん公認ってわけだ」
「いやいや。まだいっぱい教える料理があるって。ああ、スープも飲んで」
穏やかな味で、鶏の脂がすっと消えていく。
「こっちもおいしい」
アデルが幸せそうに笑う。
「でも、良かったわね。前から言っていたものね、魔導技師だっけ」
「そう。武器を含む魔道具を作って、販売できるんだ」
細かく言うと不特定の客に販売できる。
「そういう資格なんだ。じゃあ、レオンちゃんは大学を卒業したら、そういう仕事をするの? トードウ商会は?」
「うーん。正直、決め切れていない。とりあえず、新しい魔道具を考えたら、トードウ商会に委ねようとは思うけれど。前は、店を開いて、自分で作った魔道具を売れたらなと思っていたんだよねえ」
「へえ。いいわね。私、店番する」
「えっ」
「そうね。歌劇団を辞めたらできるかな」
「できるだろうけど。それまでは、俳優をがんばろうよ。誰かが、アデルの代わりをできるわけでもないし」
「うん」
アデルはグラスを見ていたけれど、焦点は遠くにあるようだった。
「そうだ。執事喫茶、すごく賑わっているようね」
「うん。何割かは、アデルが作ってくれたケーキのおかげだよ。ありがとうね。みんなに言えなくて、申し訳ないけれど」
「んん? いやいや。あのケーキは、レオンちゃんの発想が全てだから」
「そんなことはないよ。アデルがやろうと言ってくれなければ、できなかったよ」
「レオンちゃんがそう言ってくれるだけで十分。そうだ、歌劇団でもうわさになっているわ。ガリーさんが、何回か行ったって」
げっ。あの人。
「それで。サロメア大学にいた執事が、レオーネに居たって」
「うん。バルバラさんだね。彼女は、開店をどうやって知ったんだか、店に居たんだよね」
「ガリーさんもそう思って、付いてもらったときに訊いたそうよ」
「へえ」
パイを切っていたナイフが止まる。
「なんかね。中央通りを歩いて居たら、ちょうどコナンさんを見掛けて……」
おお!
「尾行したら、店に入って行ったから。ピンと来て直談判したんだって」
「バルバラさん、尾行したのか」
なかなかの話だ。
「あと、ちょっと変わったエルボラーヌケーキを食べたわよ。差し入れで」
「えっ。もしかして、モルタント・ホテルの?」
「そうそう」
リオネス商会とアリエスさんの談合で、レオーネより高級店だったら、出しても良いという合意になったそうだ。あの細いカッショ芋クリームを使ったケーキの意匠をモルタントホテルに使用許諾したって聞いている。
「私たちが作った、タルト生地のカップじゃなく、カップケーキの上に、クリームが絞ってあった。おいしかったよ」
さすがに高級ホテルの意地があるから、そのままは作らないよな。
「でね。そのケーキを差し入れてくれた人って、誰だと思う?」
「えっ? さあ」
誰だろう。ガリーさんぐらいしか、歌劇団の人は知らないし。
「わかんないわよね。実はベニーさんなの」
「えぇ、ベニーさんなのか。そうか。モルタント・ホテルが手掛かりだったんだ。王都に帰って来ても、仲良くしてもらっているんだね」
「うん。でも、それだけじゃなくって」
「ん?」
「ベニーさんが、私の後援会を作ってくれるんだって」
「えっ?」
「すごくない?」
「いや、すごいよ」
歌劇団の後援会は、贔屓の俳優を応援するだけではなく、公演ともなると大口の顧客として前売り券をまとめて購入するなどの後援活動をするそうだ。
「そうなのよ、初公演から1年位で後援会ができるのは異例なんだって、興業部の次長さんが言ってた」
「そうか、やったねえ」
「うん。レオンちゃんのおかげだよ」
「そんなことはないよ。ベニーさんと仲良くなったのも、舞台をがんばっているのも、アデルだし」
「だけど、レオンちゃんが巡り合わせてくれた気がする。あのホテルに連れて行ってくれたのも、レオンちゃんだし、あの滝を見に行こうって言ってくれたのも、レオンちゃんだし。だから、私の守護天使様なんだ」
守護天使かぁ。
†
「おはよう」
「うん、おはよ」
窓から、朝日が薄く差し込んでいる。
アデルは、僕の横に寝そべって、腕を絡めている。
「えっ、起きる?」
「どうしょうかな」
「えぇ、このまま、今日も泊まって行ってほしい……って、ごめん」
「ん」
「いつも、一緒に居られるわけじゃないし。私って悪い女だわ」
「そうは思わないけれど」
「うふふ。そうだ、ひとつ相談したいことがあったんだ」
「相談?」
「昨夜、興業部の次長さんの話をしたじゃない」
「うん」
「それでね、税金の話が出て」
税金。
「税理士さんと契約した方が良いって。出演料だけじゃなくて、私の名前が入った商品とか、肖像とか結構売れているんだって」
そういうことか。
「去年の分はまだしも、今年は私が自分でやるのは厳しいって言われた。それでね、アリエスさんにレオンちゃんの税務を管理してもらっているって言ってたじゃない」
「うん」
「アリエスさんは情報を持っていそうだから、誰か良い税理士さんを紹介してくれないかなと思って」
それなら、ダンカンさんに相談したら、そう喉まで出かけた。
「わかった。訊いてみるよ」
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訂正履歴
2025/05/20 人名間違い アリシア→アリエス(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)
2025/05/25 誤字訂正 (しげさん ありがとうございます)