201話 例え話
例え話が填まるときと填まらないときのムラが大きい、小生。
ターレス先生が部屋を飛び出してから数分後。リヒャルト、ソリン両先生も駆け付けてきた。
それから説明をして、もう一度蛇光を発振してみせた。ソリン先生が測定だと叫び、また部屋を出て行った。ふむ。物静かな先生だと思っていたのだが。
その後、いくつか測定器を光学科から持ってきてくれた。それはありがたいのだが、運んできた若い先生2人が帰らず、そのまま部屋に居着いてしまった。代わりに部屋にいた先輩方が散っていった。すみません。
「準備できました」
ソリン先生が大きくうなずく。
この前の純粋光検証会で使った、分光魔導器を用意してくれた。もう箱が開いて魔石があらわになっている。
「じゃあ、始めてくれ」
いいのかな? ターレス先生。
これって、光学科に実験結果が筒抜けになるよね。いや、筒抜けになるのは良いけれど。それを理工学科の学科長が知らないのは、まずくないか?
まあ、叱られるのは僕じゃなくて、ターレス先生か、リヒャルト先生だけど。
あとは、ジラー先生にもお知らせしたい。いらっしゃらないから、後日報告になるけれど。
「では……」
≪蛇光 v0.5≫
12対の発動紋が直線状に展開し、その間から赤橙の魔導光が迸った。
狙いたがわず、分光魔導器の魔石に魔導光が入射している。
視界にシムコネ表示がかぶり、電子線が蛇行していることが強調表示される。もちろん光速に近い速度だ。実際には目に見える幅では蛇行しない。
響めきが上がる。
「色が綺麗だ」
「波長の混じりが少ない」
背後から、初見である若い先生方のつぶやきが聞こえてくる。見る人が見るとそう見えるのかな。
20秒ほど行使していると、ソリン先生が手を挙げた。測定が終わったらしい。
≪リィリー≫
「結果は、中央値波長615ナルメト。成分帯域幅は半値全幅にて1.2ナルメトです」
ふむ。純粋光は0.15ナルメトだったから、その8倍弱だな。僕の脳内システムの結果とほぼ一致している。
「1.2ナルメトだと! 魔導光でそこまで狭くできるのか?!」
そう。この波長の幅は狭い方が好ましい。
「ソリン先生、どう思う?」
「そうですね。この前、ゼイルス研に要請されて測定した魔導光は、わずかだが10ナルメトを切ったって喜んでいらっしゃいましたけど」
なんだか、人が悪そうな笑みを浮かべている。
対照的にターレス先生は眉根が深く寄っている。
「いやあ。純粋光の時も驚いたが、これもだ。レオン君は種光源のつもりで進めてきたのだろうが、これはこれで、すごいぞ。いや将来はともかく、直近だけなら、こっちの影響が大きい。魔石にできれば、そのまま刻印魔導器に使える技術だ」
なるほど。
「そっ、そういう考えもあるんですね。でも魔石にするとなると、私も懸念があります」
リヒャルト先生?
「はい。伺います」
「今の術式。発動紋が相当多く顕現していたように見えたけど。いくつなのかな? レオン君」
「あっ、そういうことか?」
ターレス先生まで。
「発光には12対、都合24の発動紋を呼び出しています」
「うっ」
「24……見たままか」
ターレス、リヒャルト両先生は、同時に額に手を持っていった。
いや。多いように思えるかも知れないけれど。1つの発動紋に統合するより、増殖させるからそれほどつらくない。
「それは多いのですか?」
ソリン先生は真顔だ。
「いや、それほど……」
「ソリン先生。はっきり言って人間業じゃないですよ」
割り込まれた。ターレス先生が、こめかみを指でさすっている。
「そうなのですか。ふむ」
「僕は人間ですけど」
「いや、褒めているんだ」
そうかなあ。
「しかし、人間が発動できるのも驚異ですが。魔導具、魔石に24も刻むとなると、どれだけ大きな魔石が」
「リヒャルト先生。そのための純粋光です」
インスタンス化の話は、またにしよう。
「あっ、あぁ。そうか、そうだな」
「それと、大部分は刻印魔術の術式が流用できますし。規模は大きいですが、魔石の試作だけならさほど」
蛇行魔界の位置制御は難しいけれど、それぞれは直流魔界だからそこまででもない。
「そっ、そうなのか」
ターレス先生。圧が強いって。
あっ。後ろに居た光学科の先生が1人、部屋を出て行った。
「あのう。ターレス先生」
「ちょっと待ってくれ、まだ考えがまとめ切れていない」
「ですが、さっきそこに居た先生が、出ていかれました。まさかと思いますが、光学科長を呼びに行かれていませんよね?」
ターレス、リヒャルト両先生が、顔を見合わせた。
「可能性はありますな」
ソリン先生は無表情で煽る。
「わっ、私が、学科長に知らせてきます」
リヒャルト先生が、あわてて部屋を飛び出していった。
そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。この建屋からだと、ウチの学科教務室の方が圧倒的に近い。それから先は、知らないけど。
予感は当たり、2人の学科長の前で再度実験させられた。
†
数日後、トードウ商会へやって来た。
「オーナー。いらっしゃいませ」
「サラさん。久しぶり」
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
代表が出迎えてくれたが、なぜか表情が硬い。
新型魔導光発振魔術については事前にファクシミリ魔術で彼女に伝えたので、喜んで迎えてくれると思っていたのだが。
ソファーに向かい合って座る。
「今回は、魔導光と伺いましたが」
「うん。代表は、魔導光を知っている?」
「ええ。それなりに」
「そうなんだ。じゃあ、話が早い。今まで1回しか屈曲させていなかった電子線を、複数回屈曲させて、発光される周波数を絞り込むというのが骨子だよ」
あれ? 代表がギュッとシワが寄るほど、目を瞑った。
「失礼致しました。それなりにというのは撤回します」
「あぁ……そう」
「あの電子線というのは?」
そこからか。
「原子仮説というのがあって、物体というのは中心に何か(原子核)があって、その周囲に電子という、負に帯電した粒子が……」
「あの、原子と電子の仮説があることは知っています」
「そう……」
どの辺りに説明の水準を合わせるのかが難しいな。
「ともかく、物体に熱や魔導波を加えると、そこから電子が飛び出してくるんだ。それが、電子線」
「はい」
「その電子線を魔界に通すと、電子線が曲がるのだけど、そのときに光が出る。それが魔導光なんだ」
「なるほど。そこまで明確な説明は初めて聞きました。ありがとうございます」
「うん」
よしよし。さっきまでの微妙だった表情がうせて、聞いてくれている。
「それを、複数回曲げたというのは?」
「うん。それで、周波数……の話は、やめておこう」
「はい」
「何か、例え話の方が良いかな?」
「助かります」
うぅぅん。
「そうだ。灯台って知っている?」
「それぐらい。知っています」
「そう。あれって光が回っているよね」
僕は実物を見たことがないけれど。あれは、どうやって回しているのかな。そもそも回っているのは光源? それともレンズ? まあ今は、いいか。
「それで、自分の方に光が回ってきた時は明るいけど、それ以外は暗い」
「そうですね」
「ちょうど、これまでの魔導光がそんな感じなんだ」
接線だから、位相が90度ずれてはいるけれど。
「へぇ」
「それで、平均的に明るくするにはどうしたら良いと思う?」
「光がこちらを向いた時に止めてもらうのはいかがでしょう」
!
「あっ、うん。そうね。灯台だと、その手もあるね」
その発想はなかった。設定説明が足りなかったな。
「いやあ。でも動いていないと光らないんだけどね」
「あっ、そうか。電子線を曲げたら光が出るのでしたね」
「そうそう」
「ううむ。あっ。回転速度を逆に上げるというのはどうでしょう」
「いやあ。それだと、こちらに向いている1回当たりの時間が短くなるから、平均的には明るくならないかな」
「だめですか……わかりません」
「実は、さっきの光を止めるというのは、惜しくて」
「おぉ?」
「光が、こちらを通り過ぎたら逆回転させて、再度通り過ぎたらまた逆回転、それを繰り返せば良い。動いてはいる」
「あぁ、なるほど。なんかずるい気もしますが」
ずるいって。
「まあ、例えだからね。実際は逆回転できないかもしれないし、灯台が壊れるかもしれないけれど」
「はい。了解です。そうか、それが電子線を複数回屈曲させるという話につながるわけですね」
さすがは察しが良い。
「それで、一応調べてきたけれど、公知例はなさそうだったよ」
「当然出願しますよね、特許を」
「そうだね。今回は出すよ」
「お茶をお持ちしました」
サラさんが見計らったように、会議室に入って来た。
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訂正履歴
2025/05/14 誤字訂正 (笑門来福さん ありがとうございます)
2025/05/20 人名間違い アリシア→アリエス(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)