200話 蛇
祝!本編200話到達です。ご評価がまだの方は、よろしくお願いします。
喜んでいたら、NASのHDDがクラッシュしました(泣)。禍福はあざなえる縄のごとしとはこのこと。
(執筆には影響がありませんのでご安心ください)
「魔導光の発生効率を上げるには、どうしたものか。うぅ、寒っ」
震えが来た。
2月も後半となったが、朝はまだ冷え込む。思わず身体強化魔術を行使した。代謝が上がったのだろう、徐々に暖かくなってきた。下宿の部屋の蒸気暖房は効いているけれど、もう一枚着るか。寝室へ移動して、薄手のセーターに袖を通す。
「あっ」
しまった。ベッドの上に脱いだままの寝間着があった。さっき、出した洗濯袋に入れ忘れた。目を瞑ると、システム時計は9時少し前だ。微妙な時間だな。間に合うかな。
あわてて部屋を出て、急ぎ足で階段を降りる。そのまま地下室まで下った。
リーアさんが居た。アイロン掛けをしている。もう洗濯は終わってしまったか。まだ床が光っているから、さっきまで洗っていたらしい。洗濯は結構重労働なのだろう、彼女の背中からまだうっすら湯気が上がっている。
「リーアさん」
「おお、おはよう。レオン。どうした」
「すみません。寝間着を出し忘れまして」
持参した物を見せる。
「いつまでも寝ているからだろう。大学は良いのか?」
いや、起きては居たんですけどね。
「今日は、昼からです」
「ふん。寝間着の方は大丈夫だ、まだシーツを洗うからな。その桶に入れておけ」
よかった。
「ありがとうございます。どうですか? そのアイロン」
桶に入れて、彼女に寄っていく。
アイロンは、僕が試作した物ではなくて、コンラート商会が作った量産品だ。それも、一般家庭用ではなくて、少し大型だ。大型化に当たっては、魔石切り替え制御やゲインの調整が必要だったので、もうだいぶ前になるけれど僕も協力した。
「うん。具合が良い。前より大きくなってシワもよく伸びる。シーツは、仕上げがずいぶん楽になった。蒸気を使うから錆びるかと思ったが、問題ない」
「それはよかった」
錆びないのは、僕の手柄ではないけれど。
「なんか、使い勝手が悪いことはないですか?」
「悪いこと? そうだなあ。悪いわけじゃないけど。アイロン掛けをしている時間が短くなったのは良いが、蓄魔石の持ちが変わらないんだよな」
蒸気を生成するのは、結構魔力を消費するからなあ。まあ変わらないなら、優先度は高くないけど、なんか考えるか。
リーアさんがアイロンを掛けているのは、ハンカチらしい。結構古ぼけていて、端には継ぎが当たっている。
「結構使い込んでいますね。ハンカチと言えば、母様にもらっていましたよね。あれを使えば良いんじゃないですか」
「ふん。あれはしばらく取っておくんだ。これだって、まだ使える」
つつましい。
豪快に酒を飲む同一人物とは思えない。土曜の夜に何度か一緒に飲みに行った、彼女の希望で勘定は別でだ。まあ帰り道で乱れることはないから、それなりに控えてはいるのだろう。
「レオンは良いとこの子だからな。知らんのだろうが。物っていうのは、大事に使えば長持ちするんだ」
「ふふふ」
「なんだ?」
「ソリンっていう先生がおっしゃってましたが、物を大切に思うことを東洋ではもったいないって言うそうです」
「東洋? ふん。どこにあるか知らないが、良いことを言う。モッタイナイか」
†
部屋に戻ってきた。
リーアさんとの会話が、頭を巡る。
僕は彼女のように、金に困ったこともないし、食うに困ったこともない。商会に生まれて、何不自由なく育ったし、王都に出てくれば奨学金をもらったからなあ。まわりに感謝しないといけない。微妙に癪に障るけれど、彼女の言ったことは正しい。
いや。リーアさんって、ここに来る前は素行が悪かったって自分で言っていたよなあ。ならば、経済的な話の半分は、彼女自身のせいじゃないか。
まあそれは良いとして。そういう状態でテレーゼ夫人に拾ってもらったと、すごく感謝しているようだ。そうだなあ。リーアさんは、しっかり仕事をしていると思うけれど。もしも、エミリアの商会にメイドとして雇われていたら、言葉遣いが悪いから、メイド頭が黙っては居ないだろう。それ以前に、身元がしっかりしていないと雇わないか。
リーアさんのことはともかく。
確かに僕は物惜しみをしないし、さほどお金に執着があるとは言いづらい。でも、魔力は別だ。モルガン先生に……んん。直接聞いたのは母様からだっけ? ともかく。まだ幼いから魔力が多くないと言われたので、少しでも増やそうと反復訓練をしたし、高効率に魔力を使うことを心掛けてきた。
そういう観点で魔導光の発振のしくみを見れば、魔導光の赤橙以外の波長成分を捨てているのは許しがたい。まさに、もったいないだ。なんとかしないと。
怜央の記憶によると、無駄を省くコツは3Rだ。
リデュース:むやみに作らない使わない、リユース:そのまま再利用、リサイクル:手を加えて再利用のことだ。
ん? 早口言葉ってなんだ。なんか変な語が浮かんだ。
魔導光発振の高効率化に、日本で言う3Rの精神を生かせないものか? 3つの概念の内、最も効果的なのはリデュースだ。再利用自体も無駄を生むからな。
そもそも、赤橙以外の波長成分を捨てなければならないのは、赤橙以外の波長成分が存在するからだ。そう言うとただ言い換えているだけで、愚かしく聞こえるが、最初から存在しなければ捨てる必要もない。
そもそも魔導光は、なぜ白いのか。そこから考えていくか。
手段が違うが、電子線を曲げて、光を発振させる現象は地球にも存在した。シンクロトロン放射だ。
これって、本当に怜央の記憶なのかな。いくら何でも物知りすぎないか? 制御が好きだから、その筋の技術に詳しいのはわかるが。物理も好きだったのかなあ。知識は流れ込んでくるが、彼のひととなりは、ほとんど思い出せない。
対象知らずして制御なし。
何か、いかにも金言ぽい言葉が浮かんできた。ふむ、制御対象のことをよく理解しなければ、良い制御ができるはずはないという戒めか。間違いないが、なかなかできることじゃない。もしかしたら、その言葉を重んじて、怜央は広く勉強したのかもしれない。そうならば、僕も見習わないとなあ。
そうだ。魔導光、魔導光。シンクロトロン放射は、電子が曲げられる間ずっと発光する。ただ電子1個ずつを考えると、光が届くのは接線方向に観測者がいるごくごく短い時間だ。その瞬間だけ強烈な光が観測できる。
灯台が意識に浮かんだ。
似ているよな。光条がこちらを向いている瞬間だけ、明るくなるわけだ。電子線と光は接線だから、位相は灯台と90度ずれているけど。
それはともかく。グラフでいえば、ずっと0だったのに、瞬時に大きくなり、また瞬時に値が0に戻るような、不連続な針のような波形だ。地球の制御用語では、インパルス波形と呼ばれる。これを周波数分解すると、明確なピークを持たず、全周波数域でぼやっと値が出る。
だからいろんな波長が混ざっていて、光の三原色の加法じゃないけれど、人間の目というか脳には白い光と感知される。
地球の技術、つまり電子線を電磁力で曲げる場合、X線から赤外線まで網羅する光というか電磁波が得られる。
この世界のやり方である魔界で曲げる場合は、もう少し範囲を狭く、紫外線から赤外線ぐらいに絞り込めている、それでもまだ範囲が広すぎる。光の色で言えば、相変わらず白くなる。
純粋光光源は、消費魔力の観点でも単色光に近付けるべきだ。
では、具体的にどうすれば良いか。
待てよ。
目を瞑ってシスラボを開く。
インパルス波形がだめなのか。一瞬しか観測者に届かないのは、電子線が曲がるのが1回だからだ。じゃあ、電子線を何回か曲げれば良いんじゃないか?
われながら単純な発想だ。
思考実験をしよう。
魔導光をまず左に曲げたなら、次は右。左右左右と曲げればどうなる。
電子の軌道変位の極値で、接線が何度も観測者の方へ向く。
おお、いいぞ。
あれ? 遠くで発光した放射光も、近くの光も、どちらも光速で飛んで来るから、観測者へ届く瞬間が合っている。結局光が届くのは一瞬か。
肩が落ちる。だめかぁ。良い思いつきだと思ったのだが。
がっくりきたら、眠気が来た。今日は早く目が覚めたからな。
まだ大学に行くには時間がある。ソファーでうたた寝しよう。寝室から毛布を持って来て、横たわる。寝過ぎないように、目覚ましを……
†
シムコネだ。
これって、さっきやっていた思考実験の図じゃないか。
あぁ、夢を見ているようだ。僕は、寝ても覚めても制御がしたいらしい。
寝る前に考えていた図が動き出す。電子線が左右に曲がり、ぱらぱらと魔導光が複数発生する。だから、それじゃあダメなんだって。
光と電子の速さは同じ……ん? 違う、違う。
目の前で、再度シミュレートが始まる。電子線は速いと言っても、光速よりは遅いから、異なる瞬間に発生した光は、観測者へ届く瞬間がずれるはずだ。先に光となったものより遅れる。
じゃあ、どうなる?
「うわっ!」
ソファーで毛布をかぶって寝ていた。やっぱり夢だったか。いやいやそれより。
目が覚めたが、もう一度目を瞑る。
光は観測者へ届く瞬間がずれる。先に光となったものより遅れるからインパルス波形ではなくなる。さっきのシミュレーションが再開する。
光が連続して増減する。周波数分解───正弦波には、さすがにならないか。3次、5次……減衰していく奇数次高調波が乗っているが、悪くない! 捨てたものじゃないぞ。
明らかに白色光ではない。それに狭い波長範囲に集中して段違いに光が強くなる。
捨てる波長成分もごく少なくなるし、電子線を何回も使う。おお、まさにリデュースにリユースじゃないか。
振動───
概念が流れ込んできた。
やっぱり地球にも存在した技術か。ふむ、直方体の永久磁石をN極S極と交互に並べて、それらを互いに異極になるように2列向かい合わせに配置して、その間に電子線を通すのか。ローレンツ力で電子線が蛇行する。なるほど賢いな。
これは軸線方向に磁界の向きが交番をすると交番をしないの差はあるが、前に概念が浮かんだガウス加速器に似ている。
ならば2列の間隔と、磁界強度によって、光の波長が調整可能だ。
ふぅ。電磁界と魔界、加振力の違いはあるものの原理は同じかぁ。
なんか悔しいな。
先を越されている。いや、そんなことを考えるのは、できてからで良い。地球でできたなら、原理自体は間違っていないってことだ。
よし、やるぞ。
さあて。どうやって、交互に魔界を配置するかなあ。あと制御も大変だぞ。
クククク……腹の底から笑いが込み上げてくる。地球が科学なら、僕は魔術で実現してみせる。
ピピピピと耳の中で目覚ましが鳴った。
†
「ターレス先生。こんにちは」
「レオン君。こんにちは。おはようとは言えない時間帯だな」
刻印ブースから出ると、先生が居た。確かに今日は、昼から来た。
「ちょっと見てください」
「ん、構わないが」
すこし怪訝な表情だ。
再び刻印ブースに入って座る。
「では始めます。まずは比較用の魔術を」
魔導光を発振───
「白いな」
ブースの壁は黒く、魔導光がよく見える。
「はい。成分は絞っていませんので。もうひとつ」
≪蛇光 v0.5≫
「むっ! いくつも発動紋が。まっ、待て! その魔導光は単色なのか?」
「これも発振したまま、波長は絞っていません。プリズムを当てますね」
後から発振した光を三角柱に通すと、わずかに広がって薄く分光された。よーくみると少し離散的に分布しているが。
「おぉ……純粋光程ではないが。とても狭い周波数成分ってことだな。いやいや、そんなばかな。これは本当に成分抽出していない魔導光……なのか?」
「おっしゃるとおりです」
「どっ、どうやった?」
「電子線を何度も曲げると、光の周波数帯を狭められることが分かりました」
「えっ、え? この何個も並んでいる発動紋で曲げているのか」
≪リィリー!≫
「あれ? 魔導光が消えた」
「消えたじゃないですよ! 危ないです。先生」
焦った。ターレス先生が光軸上に素手を伸ばしたのだ。自分でプリズムを当てるときも、革手袋を填めているのに。
「すまん。いやいや、そんなことはどうでも良い……」
いや、良くはない。出力は絞ってあるけど、やけどくらいはする。
「おおごとだ。ここで待っていたまえ。すぐリヒャルト君とソリン君を呼んでくる」
走って部屋を出て行った。先生を何事かと見送った先輩方が、僕の方を見た。
お騒がせしております。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
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訂正履歴
2025/05/10 リユースの説明から「別用途で」を削除(三原 やんさん ありがとうございます)
2025/05/11 誤字訂正 (たかぼんさん ありがとうございます)