199話 種光源
昔、俺達の仕事は、(論文)報告書を書くことだ! そう言っていた先輩がいました。極端なことを言うなあと思いましたが、逆に言えば報告書を書くには研究が進まなければいけないわけで。逆説的なことかあと浅く理解していましたが、その先輩を観察した所、報告書の骨子を概ね書いてから、実験を進めていました。
以上のようにいまだ術式の構成は不確定ながら、本研究の第2関門と位置づけていた純粋光の発振については、前記の通り実現できた。以降、種光源の低消費魔力化および魔道具の冷却について研究を継続する予定である。
脳内システムに、文章が浮かんでいる。
書き作業だが、ペンは使わないので居間でやっている。
ふう。最後だ。
なお、本研究への多大な援助に対して、報告者より感謝を申し上げる。
できた。
伸びをして、椅子に深くもたれる。
ラケーシス財団からの奨学金は終了している。しかし、2年生次の研究報告の実施は約束したので、2月の進捗報告も実施する。アリエスさんも紹介してもらったし、義理は果たさないとな。
今回は書類提出のみだし、幸い進捗も問題ないので楽なものだ。
これをジラー先生経由で回付し、学科長の承認を得て財団に提出だ。
印刷───
これで、しばらく種光源の開発に専念できるだろう。
種光源。
僕が採用している固体励起型純粋光発振は、これまで作ってきた媒質や反射鏡だけでは成り立たない。それらに、光を増幅する機能はある。だが増幅するということは、逆に言えば何か元があるはずで、それこそが種光源だ。
今のところ種光源は僕が(純)魔術で代替しているが、魔術士が居なくとも純粋光を発振するには、魔石上で発光機能を実現しなければならない。
当然、種光源は強い光が好ましい。
この世界で純粋光以外の強い光と言えば、刻印魔術でも使っている魔導光だ。
魔導光とは、魔導によって高速の電子線を発振し、この電子線を魔界印加した空間に通すことで曲げ、電子線と光波を分離させたものだ。
その課題は、魔力効率の悪さだ。
どうしたものか。
んんん、眠い……。
†
翌日。ジラー研の部屋のひとつとなっている準備室に集まった。
「ソリンです。よろしくお願いします」
新たにジラー研にやってきた先生の自己紹介を促された結果が、それだけだった。まあ、ソリン先生の話は学科全体集会でも聞いたから良いけれど。
ただ……。
「先生、その作業服はどういった」
思わずリヒャルト先生が訊いたが、僕も同意見だ。これまではローブ姿だったのだが、今は濃紺の見たことがない服を着ている。すこし寒そうに見えるが、なかなかに質素で作業服に向いてそうな衣装だ。
「これですか。東洋の伝統衣装で、サムエという物です」
「サムエ」
「東洋の人は、そんな服を着ているんですか?」
「いやいや。これを着るのは修行僧のような人たちらしいです」
ほう。なんだか、見たような気がするのだが。
「さて、レオン君」
「はい。先生」
「僕は、実質君の助手をやりに来たようなものだ。魔術の知識は乏しいが、光学では何なりと使ってくれ」
「あっ、あの……」
リヒャルト、ターレス両先生に視線で助けを求めたが、顔を背けられてしまった。
「それから、光学科の設備も最優先で使えるようにすると、学科長が……こちらではなくて光学科のだが、ともかくおっしゃっていたから」
「光学の専門家の協力は助かります。ちょうど光源で悩んでいますから」
ソリン先生が身を乗り出した。
東洋と言われてみると、確かに顔形がなんとなくセシーリア人とは少し違う気がする。
「光源というと?」
「今のところ純粋光の種光源として、刻印魔術の光、魔導光が使えないか考えているのですが」
「魔導光ですか……種光源については、レオン君の論文を読んで理解しておりますが」
考え込んだ。
「ソリン先生」
「はい」
呼びかけたのはターレス先生だ。
「思う所はあると思いますが。この2人は、光学科というのをよく知らないと思うので、説明してあげてください」
「そうですね。では」
説明してくれたが、ざっくりまとめるとこうだ。
光学科も、ウチと同じように理学系と工学系に分かれている。
前者は、発光に関わる物理研究、屈折や回折に関わる物理研究、純粋光を含む魔導光研究だが、人数は2割程度。後者は光学測定(ソリン先生ご所属)、光学材料研究、レンズや鏡などの設計製造技術で、人数は8割ほど。
純粋光については10年ほど前に一時期盛り上がったが、現在は下火となったそうだ。
「光学科で当時取り組んだ純粋光発振ですが、レオン君が採用した固体励起型ではなく接合型でした」
「接合型といいますと」
リヒャルト先生が眉間にしわを寄せる。僕も聞きたい。
「物性は私の専門ではないので、大づかみにしか理解しておりませんが。大本は、古代エルフの技術とのことです。ともかく異種魔結晶を平面研磨して接合し、魔圧を印加して接合面から純粋光を発振するという物です。残念ながら、うまく行きませんでした。よって、レオン君の純粋光の発振成功が聞こえてきたときは、光学科に衝撃が走ったのですよ。特に古参の先生の方が驚いておいででした」
ターレス先生が、うれしそうにうなずいた。
ふむ。しくみを聞いてみると、怜央の記憶にあった半導体レーザーに似ているな。
たしか、出力は小さいし、光束が広がりがちのはずだけど。魔道具で作ることができれば、かなりの小型化が図れる。もちろん純粋光の発振の是非だけを比較基準とすればだが。
半導体レーザーのおかげで、地球では情報媒体への記録再生や、誰でも発振器を所有できたとのことだが、なかなかに信じがたい。
「ちなみに、接合型がなぜうまくいかなかったのか、判明しているのでしょうか?」
「そうですね。恥ずかしい話、伝承情報が不完全で、どのような魔結晶が良いのかわからなかったそうです」
えっ?
「したがって、かなり多くの魔結晶の組み合わせを検証したのですが、良いものは見つからなかったと聞いています」
ふむ。これはこれで面白い。当事者ではないからかもしれないけれど、包み隠さず話してくれる。学究肌だなあ、ソリン先生は。
僕が固体励起型を選んだのは、地球でのレーザーの歴史が、そこから始まっているからだ。当然難易度も低いことを期待している。残念ながら、セシーリアの技術では、半導体もキセノンやクリプトンなどのガスもまともには生成できていないことになっている。二酸化炭素ならいけるかもしれないが。
「まあ、当時はなぜか予算も潤沢だったそうですが、魔結晶をそのように雑に使って、全くモッタイナイです」
うん?
「えっ、最後はなんとおっしゃいました?」
ターレス先生は興味なさげだが、今日はリヒャルト先生とよく被る。僕もなんか引っ掛かるな、この言葉。
「モッタイナイですか?」
「そうです。どういう意味ですか?」
「東洋の国の言葉で、どう訳すか難しいですが……物をうまく使うことができず、無駄にしてしまって、惜しいとでも言いますか。残念だと嘆く気持ちのことです。わが国の言葉には置き換わるものがありませんなあ」
もったいないか。
概念がすっと入って来た。怜央が居た日本にも存在したようだ。
そうか。もったいないか。味わい深い言葉だ。
「ほう。良い言葉だ。ソリン先生は、風貌や衣服だけではなく、東洋の思想や言語にも通じていらっしゃるんですねえ。感心しました」
リヒャルト先生が、深くうなずいている。先生は、ジラー研で備品や魔結晶などの消耗品をきちんと管理されている。だから通じる所があるのかな。
「それでだ」
ターレス先生が割り込んできた。
「話を発光に戻すが」
強引だけど、確かに横道にそれすぎていた。
「さっきソリン先生は、魔導光を種光源に使うという案に微妙な反応だったが、私も懸念がある。刻印魔術を使う2人は実感していると思うが、魔導光発振は大食らいだ。魔力を多く消費する。なぜ効率が悪いか、レオン君は知っているよな?」
「ええ。本来の魔導光は白いからです」
「その通りだ」
「えっ? あのう刻印魔導器の魔導光は赤から黄色では?」
「リヒャルト先生。それは、波長範囲の広い光を発しているが、その部分だけ抽出して使っているからです。焦点径縮小のために」
ソリン先生。光学科だから当たり前に知っているか。
波長が違う光は屈折率が異なり、焦点位置が変わってしまうから刻印には都合が悪い。
「抽出というと?」
「一部は変調していますが、ざっくり言えば、その他の波長域は捨てています」
「だから、魔力を喰うのですか?」
「そういうことだ。ひるがえって、魔導光を純粋光の種光源とするのは良いとは思えないんだが」
ターレス先生のおっしゃるとおりだ。
地球ではレーザーの種光源には、半導体レーザーがよく使われる。
「わかってはいるんですが」
「おいおい、レオン君。君らしくもない。えらく弱気じゃないか。てっきり麗しい反論が来ると思っていたぞ」
麗しいって。
「ターレス先生。甘いですね。こう見えて、彼は対策を考えていますよ。間違いなく」
「そうなのか?」
ターレス先生が眉根を寄せて詰めてきた。
「まあ、考えていますけど」
「ほらね。光学は疎いですが、彼のことはわかります」
「あははは」
「なんです? ソリン先生」
「いやあ、皆さんを見ていると、レオン君を学生として扱っていないようで。おっとまた話をそらしてしまいました」
「そうですね。他の学生には悪いですが、同列には扱えません。長いこと心の金庫に放り込んで鍵をしていたのに、それを開け放ってくれましたからね」
ターレス先生。
「よって、去年までやっていた研究を中断して、ジラー研にやって来ました」
「やりますな、ターレス先生。今は楽しいですか?」
「もちろんです」
「おお。私もそう言えるように努力します」
ターレス先生とソリン先生が笑い合った。
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