198話 王子
何とか王子って、結構微妙な状況になっていませんか(よく知らない)
「おめでとう! レオン。掲示板を見たぞ」
「よかったなあ」
「ありがとう。ディア、ベル」
学食で食べていると、2人がやって来た。満面の笑みだ。
正式に魔道技師試験に合格したと通知が来た。その合格者一覧が掲示板に出ていたのだ。
ちなみに、昨夜アデルにマギフォンで知らせると、とてもよろこんでくれた。その後で会いたいなあと言っていたが、彼女は王都には居るが公演中だ。10日後でいったん終了になるから、その後にお祝いをしてくれるそうだ。
代わりに、昨夜下宿で夫人とリーアさんにお祝いしてもらった。
「そうかそうか、レオンは技師様になったか」
ディアがなんだかしみじみと、目を閉じてうなずいている。
いや。卒業しないと、実務経験の条件で資格は発効しないけどね。
「そうだぞ、2年生で合格するのは、何年かで1人ぐらいと聞いたぞ」
「すごいな」
「うーん。そうかな」
「そうだぞ、もっとよろこべ!」
「それにしても、レオンは順風満帆だな。食いっぱぐれがない資格だし、将来は魔導匠になって、金持ちだ」
「下世話なことを言うな、ベル。まあでも、魔道具が、私たちの便利な生活を支えてくれているからなあ。大事な資格だとは思う」
その通りだが、なぜディアは赤くなっている?
「でも、ディア。良いことばかりじゃないぞ」
「ん?」
「周りもそうだしな」
「周り?」
首を巡らすと、なぜか周りに座って居る人たちの頭が不自然に連動した。
よくみると、女子ばかりだ。いつもこんな風だったっけ? それともこの辺りは女子のお気に入りの場所なのか?
「ええと」
「気にするな、レオン」
「それより問題は、レオンの卒業が早まるってことだ」
「うぅ……」
ディア、そんなに渋い顔をしなくても。
「いや。研究は、まだまだ始まったばかりだよ」
「そうか」
彼女が何とも言えない顔でうなずいた。
ベルが、にやっと笑う。
「さて、大きい試験も終わったんだよな?」
「終わったけど」
なんか企んでいるな。
「私たち、レオーネって店に行きたいんだよね」
ぐっ。
レオーネとは、例の執事喫茶だ。もう母様もコナン兄さんも、エミリアに戻っている。運営は、王都支店に新部署を作り、担当を駐在させているそうだ。
あれから、エレノア義姉さんから、大変丁寧な礼状をいただいた。兄さんが話したのだろう。甥と姪を見に来てくださいと書いてあった。それはよいとして。
「知っているよね。あそこは女性客向けなんだけど」
「女性客ありなら、男性同伴でも可なのだろう」
「そうだけど……」
「私、カッショ芋のエルボラーヌケーキが食べたいんだよね」
「そうだな。すごい評判になっているからな」
エルボラーヌケーキは、アデルと僕で考案した例のあれだ。名前が要るということで、母様に僕が何か考えろと言われた。そこで、山の名前が良いだろうということで、エルボランとボランチェの近くにある火山の名前にした。あと、母様に懇願されたので、代表に任せたら、意匠権を出願することになった。あと付帯として、絞り器の口金の意匠も図だけ描かせられた。代表は嬉々として商談を進めている。
「いや」
「私たちふたりで食べに行けば良いだろう……そう思ったよね」
読まれた。
「レオンは冷たいよな。3人で死線を越えたというのに」
大きな声で言うな。ベル。
「でも、あの時は私たちが動けなくなって、レオンが1人でなんとかしてくれたんだけどなあ」
「わかったよ、明日の10時頃はどうだ?」
明日は休みだ。
「やったあ」
「約束だからな、レオン!」
†
「合格したそうだな。おめでとう」
2限は授業がなかったので、ジラー先生の個室にやって来た。
「ありがとうございます。先生のおかげです」
胸に手を当てて、感謝を示す。
「ははっ、そんなことはないが。私もうれしいかぎりだ。君だけでなく、わが研究室から、6人もの合格者が出たからな」
先生は、僕の肩をバシバシと叩いた。
ジラー先生とリヒャルト先生の手腕があるということだ。
そう。もちろんミドガンさんは合格したし、親しい先輩ではホグニさんもディアンさんも合格だ。皆さん別資格合格の効果で、実技試験は免除となっていて、1群で受験された。
「あのう、先生……マーディンさんをご存じですよね」
「んん?」
「魔導アカデミー総裁の」
「うむ、知っているが。なぜ彼のことを?」
「はい。魔導技師試験で魔導アカデミーに行った時に、会いました」
「そうか。彼と会ったのか」
「それで、マーディンさんが、ジラー先生は元気かと訊かれました」
「むう」
「お元気ですと、答えておきました」
先生はゆっくりうなずいた。
「ふむ。彼は、元気だったかね」
「はい。お元気そうでした」
「そうか。彼、マーディンは私の出身地のご領主一族でね。私が魔導工に成れたのは、彼のお父上のおかげなのだ。もう亡くなったがね」
「あのう。とても、魔界強度が高い方だったんですが。どういう方なんですか?」
「うむ。魔術士であることはわかっているだろうが。長年、軍で魔術戦闘の第一人者と言われていたよ」
「はあ。そういう方なんですね」
「ふむ。すまんが。席を外してくれないか」
興味本位で、何か余計なことを言ってしまったらしい。
「はい。ありがとうございました。失礼します」
†
「おはよう。レオン」
「おはよう」
約束した翌日朝、中央通りの馬車鉄停車場の脇で待っていると、ディアとベルが降りてきた。
「じゃあ。いこうか」
「何だ、レオン。元気がないなあ」
そりゃあ、ないって。
「ところで、今から行って入れるのか? 人気店なんだろう?」
「大丈夫だと思う。一部は予約制になっているから頼んだ。伝言便で」
伝言便は、王都内と周辺地域のみで、速達で手紙を届けてくれる商売だ。
料金は結構高いけれど、自分で現地に行きたくなかったから頼んだ。
「ここだよ」
「ああ、2階なんだ」
レオーネと看板が出ている。階段を昇って入っていくと、人の行列ができていた。
うわぁ、本当に人気が出ているらしい。
「本当に大丈夫なのか?」
「うん」
列の脇を通り過ぎて精算所が見える所まで行くと、僕の顔を認めたのか執事姿の店員が寄ってきた。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
顔見知りなんだというベルの声は、聞こえないふりだ。彼(彼女?)にしたがって店内に入ると、大きな客室には行かず、右側につづく絨毯の通路を通って部屋に通された。
ふたりの執事が待っていた。
「おかえりなさいませ、お嬢様。レオン王子様」
「「王子様?」」
ディアとベルがこっちを向いたが、無表情を貫く。
椅子を引いてくれて2人が座ってから、テーブルを挟んで僕も座った。
「では、用意の物を」
「承りました。しばらくお待ちください」
パタンと扉が閉じると、ベルが早速口火を切った。
「プププ。王子だって」
「かわいそうだろう。レオンが呼ばせているわけはないし」
「おや、ディアさんは、庇うんですか?」
「私は……信頼している」
「それは私も一緒だけどさあ。なんで王子って呼ばれているの?」
「さあ?」
「まあ、いいけれど。ところで、個室って高くないのか?」
「ちょっとね」
飲食料の割増しと部屋料が入ってくるので、料金は2倍以上になる。ただ兄さんから来た手紙では、一段と特別感が増すらしく、客の入りが結構良いらしい。
ノックだ。あれ? いくら何でも、早くないか?
「ん?」
入って来たのは、他の執事とは違って色が濃い燕尾服を着ている、執事長だ。とは言っても男性で、王都支店から派遣されている人だ。
なぜ彼が来たんだ?
「レオン様。ご来店ありがとうございます」
「あぁ……いや」
「レオン様にご考案いただきました、エルボラーヌケーキが大好評でして。先週、新聞にも取り上げられまして、一同大変感謝しております」
「あっ、うん」
「それでは、ごゆっくりお過ごしください。失礼致します」
うーん。えらく迷惑なあいさつだったけど、彼の立場としては、そうせざるを得なかったのだろう。
「ちょっと待ってくれ」
「うん。さすがに頭が痛くなってきた」
「いま流行のエルボラーヌケーキは、レオンが考案したって聞こえたぞ。どういうことなんだ?」
「なんで言わなかったんだよう」
だから、ここに来るのがいやだったのだ。
その後、執事が控えているときは、持ち前の淑女ぷりを発揮していたが、帰り道では散々に彼女たちに責められたのだった。
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