197話 魔導技師試験(4) 取り調べ
取り調べと言ったら、カツ丼。セシーリアにカツ丼はない(はず)。
魔道具製作試験の木工は、杖本体を30分足らずで削りきり、その後慎重に微調整をしたものの1時間は掛からず、やることがなくなった。
それにしても、直径が若干細い部分もあるが、そこにも15421の文字は残存している。どうやって材木を貫通させて着色したのかわからないが、予想通り番号の色が貫通している。
その文字がなんとも不格好で気に入らないが、偽造防止だろうから仕方ない。
手を上げて試験官を呼び、杖を箱に詰めて封印した。
瞬きすればまぶたの裏に16時と見えた。合否は別途書面にて通知だから、ここにはもう用はない。帰ろう。いい加減、擦過音で耳が痛くなっている。
人影まばらな廊下に出て、玄関に向けて歩き出す。
「待て!」
はっ?
廊下に漏れてくる騒音に負けぬ大声だ。
振り返ると壮年の男が、明らかに僕を睨んでいた。
「何か?」
「君だな。先程試験場で大量に煙を発生させていたのは」
ふむ。人違いではなさそうだ。
見ると、この人は腕章をしていない。試験官ではないが……見るからに上位存在に違いない。
「そうですが。あなたは?」
「魔導アカデミーの者だ」
「ならば、確認してもらえばわかります。試験官に問題のないことを宣言され……」
「話は別のところで聞く。ついてきなさい」
問答無用かよ。偉そうだなあ。まあ、このアカデミーでは本当に偉いのだろうけど。
僕がついてくることを確信しているようで、振り返りもせず、ずんずん歩いていく。まあ、ここで逆らって、逃亡したと決めつけられ、失格にされては目も当てられない。
致し方ない。
なにかあれば、異議申立できるように記録しよう。
一旦玄関に近いところまで来たが、手前の角を曲がる。薄暗い地下に向かう階段。そう思ったが、なぜか通り過ぎ、男は隣の階段を登り始めた。
なんとなく取り調べをするなら、地下かなあと思ったけど。被害妄想かな。
階段の途中に、職員および関係者以外の立ち入りを禁ずと看板が立っていた。僕は良いのかな。
2階に上がると、階段室を出て、廊下を歩き始めた。
さっきまでキーキー音が耳鳴りのように残っていたが、ようやく治まり、静寂に包まれる。人影がほぼなかったが、1人職員だろう若い男がこちらに歩いて来る。
それを、目の前の男が止め、何事か耳打ちすると、若い男は小走りで戻っていった。
男は一度僕を見たが、再び歩き出した。
どこまでいくのかと思ったら、右に寄っていき、そこの扉を開けた。
第3会議室?
そんな所で、僕を尋問する気か?
部屋に入ると中央に大きな机と、その周りに椅子が10脚ばかり並んでいた。普通の会議室だな。
「掛けたまえ」
言われたままに、椅子を引いて座ると、男は対面に座った。
「受験票を」
ローブの懐から出して、彼の方へ紙を押しやる。
「735番。サロメア大学魔導学部所属、レオン。彼の大学も落ちたものだ。ん?」
おい。僕はともかく。大学の悪口は許さんぞ。ただ、今は自重だ。
彼はなぜか眉根を寄せ、首を巡らせたが、黙り込んだ。
なんなんだ。そのまま5分あまり過ぎた。おいおい、なんだか知らないが、尋問するなら早くすれば良いだろう。
「あのう……」
話しかけた刹那、失礼しますとさっきの職員が入って来た。
えっ?
彼はトレーを持っており、うっすら湯気を上げている。カップを僕の目の前に置いた。ええと、魔導アカデミーでは尋問する対象に茶を出すのか?
そして命じたのであろう男の前にも、さらに1客をその横に置くと、若い職員は出ていった。もう1人誰か来るということか。なるほど、その人物が僕を尋問するらしい。
それから数分もたたぬ間に、異常な魔圧が近付いて来た。あふれる魔圧を抑えているのがわかる。もしかして、あの人か。
目の前の男が、椅子を引いて立ち上がった。
なぜか知らないが、僕もそれに倣ってしまった。
するとまもなく扉が開き、あの総白髪の男が風のように入って来た。
白い髭といい、額の深く刻まれた皺といい、結構な年齢だと思えるが、すばらしく姿勢が良い。
不意に、こういう人がエルフなのではと思えてしまった。耳は普通だが。
「掛けたまえ」
「はい」
この人に尋問されるのか、そう思ったが。
「引き留めて悪かったな。複数の刻印魔術を並行して行使する者を、久しぶりに見たのでな、話を聞きたかったのだ」
あれ?
「いや、試験中に煙を発生したことを、反則とするという話では?」
「ん。どういう話をしたのかね? ヨランド君」
「えっ? いや。そういう話ではないのですか? 確かに丁重に引き留めろとおっしゃいましたが。それに、煙を出していたのは事実でして」
「君も見ていただろう。彼はしっかり排煙していた」
「確かに物理的な迷惑は掛けていないとは思いますが、他の受験者への心理的な影響が」
ひとつの刻印魔術では大したことはないが、並行行使したから結構煙が発生はして、目立ってはいたことは事実だ。
「それで? 現場の試験官は止めたのかね」
その通り。事前に申し出たし、煙が発生していたときも止められはしなかった。
「いっ、いえ」
「ならば、周囲に害を及ぼしていないと判断したのではないかね? われわれは調停する役割はあるが、現場から上がってこない以上、何もできないことは知っていよう」
「むう」
ヨランドと呼ばれた男は、黙り込んだ。
「ほう。レオン君という名前か」
僕の受験票を見ている。
「申し遅れた。私はマーディン・ガラハッドだ。魔導アカデミーを預かっている」
貴族か。
「失礼ながら、預かっているというのは?」
「こちらは、わがアカデミーの総裁であられる」
総裁か。一番偉い人らしい。
「レオンと申します」
座ったままだが、会釈する。
「ふむ。あの刻印魔術。サロメア大学というと、ジラーのところの学生かね」
「はい」
呼び捨て。ジラー先生の知り合いということか。
「ふむ。そうでなければ、ここまで学生に好きなようにはさせないだろうからな」
「サロメア大学、レオン、ジラー教授……」
ヨランド氏が、つぶやきながら首をひねっている。
あれ、この人も知っているのか。
「どこかで聞いた名だと思ったら、君はあの純粋光の論文を書いた学生か」
「えっ」
そういえば、学科長が、論文を外部に回付するとおっしゃっていたが、魔導アカデミーだったのか。リヒャルト先生がここだけの話と打ち明けてくれた。実は純粋光の件で、大学から報道発表をしようと学部長と学科長が準備していたところ、教授会から待ったが掛かったらしい。発表するのは外部機関の審査を経てからの方が良いと、慎重論が出たようだ。
その外部機関が、魔導アカデミーだったのか。考えてみれば妥当だな。
「ほう。他でも名を売っているのかね。ふふふ」
笑いながら、総裁は手で杖をいじっていた。さっきまで持っていたか? 魔石は付いていないな。んん、あの木目。
「総裁。それは?」
ヨランド氏に訊かれて、彼の手が止まり番号が見えた。
「それは、僕が削った杖の番号」
「なんだと。総裁、本当ですか!」
彼は煩わしそうに、目を細めた。
「まだ採点が終わっていない製作物を持ち出すとは、どういうおつもりですか?」
そういえば、箱に封印したよな。
「問題ない。もう採点は終わっている。満点だ。他の試験もね」
「はっ?」
「つまり、735番の合否は合格で確定した」
ヨランド氏は、頭を抱えた。どうも偉そうにしているこの男は、日常的に総裁の被害に遭っているようだ。同情はしないが。
「それはともかく、もう一度あの刻印魔術の並行行使が見たいのだが」
「お断りします」
†
翌日、昼食を取ってジラー研の部屋に行くと、ミドガンさんが居た。
「よう。レオン」
「こんにちは」
「昨日の試験、自信はあるんだろうな?」
笑いながら訊いてきた。
自信というか合否を知っています。他の受験者は知らされていないけれど。
でも口外はできない。
あのヨランド氏という偉そうな人に懇願されたのだ。この会議室で起こったことは口外しないでくれと。僕の発煙問題は不問に付すからだそうだ。いや問題になっていない。逆に総裁のやったことが外に漏れれば、問題になりそうだからな。ジラー先生の知人みたいだし。すこし貸しを作った気で居る。返してもらえるかどうか知らないが。
「自信ですか。まあ。はい」
「ふうん。自信満々だな」
なんだか。ミドガンさんの中で、僕の反応はかさ上げフィルタが掛かっているようだ。
「ミドガンさんこそ、どうなんですか?」
「いやあ、まあ。今年は大丈夫だと思う」
「ですよね、おっ」
扉が開いた。
「リヒャルト先生、ありがとうございます」
僕は立ち上がって、歩み寄る。
「えっ。何です?」
「昨日の木工の試験で、木材がウバメガシだったんです。先生が実習で使ってくれたおかげで、物性がわかっていて刻印魔術で削りやすかったです」
「うわぁ、あれをやったのか。それはともかく、3群はウバメガシだったのかよ。2時間だろ、レオン以外は地獄だな」
1時間でできたとは言わないでおこう。
「その件でしたか。レオン君は3群だったのですね。理工学科でももう1人、3群だった某研究室の学生がいたので。不合格だったら抗議すると騒いでいた先生がいらっしゃいました。いや、僕から聞いたとは言わないでください」
ふむ。ゼイルス先生に違いない。
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