196話 魔導技師試験(3) 魔道具製作試験
僕の前に道はない 僕の後ろに道はできる……かなあ。
13時からの刻印魔術実技試験は、可もなく不可もなし。いつも通りに刻んで終わった。まあ問題はないはずだ。
さあ、最後の試験科目だ。
残っている科目は、魔道具製作だ。2時間で魔道具を製作する。魔石を装備しないという意味では半完成状態と言える。なお例年、金工か木工のいずれかが出題される。前者なら板金物、後者ならおおよそ魔術用の杖の本体を出題されることが多いそうだ。
どっちを出題されるかで、受験者の得意分野と合う合わないが発生して、涙を飲むこともままあるらしい。これは運だ。
2群は、午前中に金工をやったと聞いた。だからと言って僕が割り当てられている3群が、どちらになるというのは決まらない。過去の例では、どちらも金工あるいは木工という年もあれば、別々という年もある。そもそも、決まるなら逆に午前中の情報なんか、簡単には漏れてこない。
どちらかわからないためか、待合室に集まっているざっと百人以上はピリピリしている。
僕自身は、まあどっちでも構わない。1年生の頃は木工ばっかりやっていたが、最近はアデルのバングルを金工で作ったことで結構好きになった。
それはともかく。さっきからなんだかちらちら視線が刺さる気がしているんだが。刻印魔術試験のときから見て、男8:女2ぐらいの比率にもかかわらず。視線が様々な方向から来ている。女子の辛さがすこしわかるねえ。
寝たふりして、ドキュメントでも読んでいようかな。
そのとき、扉が開いた。数人の腕章をした係員が入って来て、待合室が一瞬で静かになる。
「準備が整いました。3群の受験者の皆さんは、試験場所まで移動してください。なお部屋に入った時点から外に出ると、試験時間30分短縮の罰則が科されますので、用を足して置いて下さい」
ざわつきが戻り、座っていた者が一斉に立ち上がった。廊下に出て玄関を通り抜け、西側の建屋にぞろぞろと歩いていく。ミドガンさんに言われていた通りだから、僕の準備は万全だ。
「試験の部屋は20人ずつに分けられていますので、受験番号が書かれて居る部屋に入ってください」
廊下の両側に部屋がある。ええと、左側は600番台か、奥へ行くほど番号が増えている。右は800番台か、やっぱり奥の方だな。
721番から740番。ここだ。
開いている扉から中に入る。
「あっ」
木工だ。入ってすぐ分かった。
作業台が5×4で置かれていて、その上に万力と手回しのろくろが載っている。あれは、金工ではまず使わないからな。あと、木材用のノミやヤスリがその周りに整然と並んでいる。
「受験番号が作業台のカード立てに書かれて居ますので、まずはそちらに移動して、受験票をその横に置いて下さい」
あそこか。移動して、受験票を置く。
ふう。声の伝わり方に違和感を覚え、上を向くと天井が相当高かった。2階までぶち抜いたような部屋だ。天井には門形のクレーンが見える。普段は何に使っているんだろう、この部屋。廊下側の壁の上方には、窓があるから、その向こうは人が通れるようになっているのだろう。
おっと。試験官が前に立った。
「では説明します。皆さんには、魔術用の杖の一部分。型紙にしたがって木材の部分を作っていただきます。20人の皆さんが一斉に作業されますので、他の受験者への妨害が認められた場合、即座に失格とし、他の試験結果によらず、不合格としますので、認識してください」
うわっ、結構厳しいな。
「なお作業は立ってやっても、床に座ってやっても構いません。また道具、設備は、他の受験者に割り当てられている物以外、この部屋にあるものを全て使っていただいて構いません。ただし、木材の表面は削ったままで塗装をしないこと」
この部屋の全てか。とはいえ、特に設備は……あっ。
「何か質問は?」
「はい」
手を挙げる。
「どうぞ」
「そちらの刻印ブースを使っても良いですか?」
「構いません。要するに魔術を使っても問題ありません。ただし、先に述べた状態になった場合は失格となります。また不正防止のために、試験官が背後につきます」
「はい。ありがとうございます」
他の受験者に迷惑をかけるなってことだ。
「他に……では、材木と型紙を袋にいれて配布しますが、試験開始まで開けないように」
試験官が回ってきて紙袋を渡してもらった。735と書かれている。
「ありがとうございます」
「行き渡りましたね。では始めてください」
即座に袋を開封する音があちこちで鳴ったが、数秒後にうめき声が上がる。
僕もはじめよう。
袋の中を改める。
紙箱? そうか、提出用だ。
それから型紙だ。長手方向の一辺は直線で、逆の辺はウネウネとえぐれている。
回転体型魔術杖の型紙と書かれている。要するにえぐれている部分は、杖の半断面を示しており、この通りに木材を削れということだ。
うむ。細い所が少ないから、削る肉が少なくて良い。その代わり魔束の集束率はさほど上がらないが、まあ試験用の題材だし、2時間で作るからなこんなものか。そう思ったが。
げっ。
封筒に残っていた角材を取り出したとき、見通しの甘さを後悔した。
うわぁ。ウバメガシだ。
さっき他の受験者があげた、うめき声はこいつのせいだ。堅い木材の樫の中でも一際硬い。柔らかい金属なら、そっちの方に傷がつく。
これはそう簡単に削れないぞ。
おっと、これは。リヒャルト先生がおっしゃっていたヤツだ。角材に番号が書いて……というか変色している。逆面は鏡文字になっているから、垂直に変色が貫通している。どうやってやったんだ。番号は、受験番号の735ではなく15421だが。おっと、そんなことを気にしている時間は無かった。
どうやって削るか。
もちろん工具鋼は、焼入れがされているから、ウバメガシよりは硬いが、少しずつしか削れない。力任せに削ろうとすれば折れるかもしれない。去年、ヤスリでやったけれど相当に苦労した。
思い出していると、あちこちからキーキーガーガーと耳障りな高音がし始めた。見ると、はじめからヤスリを掛け始めている。
削れねえ、硬すぎると愚痴やらつぶやきが周囲から聞こえてくる。
まいったなあ。
やっぱり、あれをやるか。
ろくろと工具を持って、刻印ブースへ向かう。
†
「ガラハッド卿! ガラハッド卿、お待ち下さい」
魔道具製作試験会場を見下ろす廊下。
総白髪の老人を、追いかける声。
多く並ぶ窓の外。階下の広い部屋では、受験者たちが試験に取り組んでいる。
老人は年齢を感じさせない姿勢で、無表情に窓から下方を眺めながら、声など意に介さず歩みを止めない。
「なぜ、直前になって勝手に3群の使用材木を変えられたのですか? 委員会で否決されたことお忘れではないですよね?」
問い詰める声の主が見えた。
彼も壮年だ。その衣服が高位の者とうかがえるが、先を歩く者と違って額に血管を浮かべ引き攣った面持ちだ。
「ウバメガシの杖を2時間なんて、歴代合格者の何割ができると言うんですか? このままでは、1群や2群との格差が無視できなくなりますぞ」
その言葉が効いたのかどうか、老人は急に止まった。
「ヨランド君」
「はい。総裁」
「格差など、評価で補正すれば良いだけのこと」
「しかし……ん?」
総裁と呼ばれた老人は腕を上げて、押し留める。が、その目は呼びかけた男を一顧だにせず、窓の外を見ている。
ようやく追い付いた男は、何を見ているのかと、隣の窓をのぞいた。
「なっ!」
階下の会場の壁際。
濛々と煙があがっているではないか。
「かっ、火事だ!」
男はさらに後方を振り返ると、間隔をあけて付いて来る者たちを呼び寄せる。
「この下の試験を即刻中止。消火に……」
「うろたえるな。上級理事。あれは火事ではない。気流を集束させる魔術が見えないのか」
もう一度窓にかじり付くと、煙が出ているのは刻印ブースの一角だ。その後ろに試験官がついている。あろうことか緊急事態と認識がないのか、何の対応も打とうとしていない。
「ん?」
煙のすぐそばに、人が立っている。そして魔導光が見えた。
「刻印魔術で材木を削るとは。しかも、並行行使……おもしろい」
老人は、かすかに口角を上げる。
「やはり、あの者か」
†
───レオン視点
よし。
目の前に展開していた、8つの発動紋が次々消滅した。
魔道排気口から見る間に煙がすべて排気されていった。振り返ると監視に来ていた試験官がうなずいていた。
魔術行使前に煙が出ると言うと、害を及ぼすようなら、排除すると宣言された。が、とりあえず止められていないから、許容範囲なのだろう。気を使ってくれた別の試験官が、排気魔道具を最強で動かしてくれたし。
刻印ブースに向き直る。
水平にろくろが把持している木材は、見た目にも型紙の形状に近付いて来た。気を良くして軽く回しながら、ヤスリをあてがう。すると、焦げていた面がみるみる削れていき、急に甲高い音に変わる。焦げを削りきった合図だ。
大学でウバメガシをリヒャルト先生に渡されて、まともに削れず苦労した。だから、課題以外でも何度か試し、魔導光切削モデルを作ったのが功を奏した。おかげで、投入できる出力を調整できた。大きくしすぎると燃え上がるからね。大学に戻ったら、先生に感謝しないと。
ろくろを止めて、型紙をあてがう。隙間が見えないくらいぴったりだ。型紙を外して、すこし回して、またあてがう。これを数度繰り返した。
どうやらうまくいったようだ。
おっ。背後からキーキーガーガーと、耳障りな音が戻って来た。今まで音がしていなかったはずはない。意識に上がってこなかったのだ。良い集中ができたのかな。
あとは、紙やすりを掛けるのと末端の仕上げを残すのみだ。
レオンは進捗に気を良くしていたが、このあとに起こることは知る由もなかった。
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訂正履歴
2025/04/26 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)