195話 魔導技師試験(2) 刻印魔導器操作試験
原稿見直し強化中です(結果が伴うと良いなあ)。
廊下の順路表示にしたがって進むと、刻印魔導器操作実技試験会場と横断幕が貼られていた。
ここか。部屋に入ると、ブーンという重低音が響いていた。理工学科の実習室と同じだ。人の背を超える大きな筐体がいくつも並んでいる。刻印魔導器だ。ミドガンさんやリーリン先生が言っていたように、ここに設置されているのはあまり新しい機種じゃない。いくつかの商会が販売している互換機ではなく、ラケン商会の標準器だ。
それはともかく、誰も姿が見えない。
むう。魔導器の筐体は特殊仕様で、魔導高周波の減衰が大きいので、魔導検知が厳しい。
「おおい。18号器の調整は終わっているんだろうな?」
「はい。あとは暖機運転をすればいけます」
姿は見えないが、試験官は居るようだ。
「あのう……」
4台くらい向こうの装置の隙間から、頭が出てきた。
「あぁ、受付は廊下を戻っていただいてですね」
「受付? いや、分析試験は通過したので、ここに来るように言われたんですが」
腕章をしている人が出てきた。
「えっ? こんなに早く?」
瞬きすると、システム時計は8時25分だ。早いのかな? 辺りには受験者の姿はないけれど。
「どうした?」
奥の方から声が掛かった。
「はい。受験者が来られました」
「そうか。1号器から入ってもらえ」
「了解です。受験票を拝見……はい。では、こちらへどうぞ」
出入口のすぐ横の刻印魔導器に案内された。
「少々お待ち下さい」
何だろう?
1分あまりで戻って来たが、手には冊子と箱を持っている。
装置の手前に作業台があるが、そこに箱を置いた。
「こちらの標準刻印器は、既に暖機運転が済んでいますので、そのまま使えます。取扱説明書は、これです。なお、起動紋はこの封筒の中です。魔結晶は、箱の中の物を使用してください。検査はしていますが魔結晶には欠陥がありえます。その場合は装置を起動する前に申し出てください。起動後は交換できませんので、そのつもりで。それで、3つ刻印が終わりましたら、魔石を箱に詰め直して提出を願います。試験時間は30分です。他に何か質問は?」
「いいえ、ありません」
「では、開始します」
試験官は、魔導器の目立つ赤い突起部分に、鍵を差し込んで回した。
よし。まず魔結晶の確認からだ。
ふたに数字が書いてある箱をあけて、1個取り出す。そのまま天井の明かりにかざす。
むっ!
何だ、錐のところ、傷のような? 乱反射してよく見えない。もう1個取り出してみる。こっちにもあるな。
まあ、端だから刻印の邪魔にはならないが。角度を回しつつ目を凝らすと見えた。
数字だ。
既に数字が刻印されている。あっ、箱の数字と同じじゃないか。識別用か。なるほど、すり替え防止だ。
それから、よくよく観察したが、欠陥は見つからず、作業を始めた。
なに、難しくはない。大学の試験器と同じラケン商会製だから、操作方法は互換性がある。目の前にある方がすこし古いようだが。装置のハンドルをつかんで右にずらし、保護扉を開いた。
真っ黒に塗られた内部の空間に、上下から一直線上に棒が生えている。上の棒の根元にあるつまみを左回りに回す。軽い。ちゃんと整備してくれている。
回していくと、上の棒が動いて、棒の間隙が広がる。そして魔結晶を下の棒の先端にある円錐穴にはめ、つまみを逆回しして棒を下げて挟み込んだ。魔結晶固定完了だ。
保護扉を閉ざし、焦点鏡の穴から中を見る、魔結晶表面がはっきり見えるように焦点を調整。さらに上下左右のダイヤルを回して、刻印の起点を魔結晶の平面中央に合わせ込んだ。刻印強度は、標準へ。調整完了だ。
次は、発動紋の入力開始だ。
封筒から、問題用紙を取り出し、描かれた起動紋を見る。
顔を上げて、装置左の暗箱を意識すると、内部に発動紋が浮かび上がった。言うまでもなく僕が発動したものだ。普段発動紋の位置を変えまくっている僕は容易だったが、慣れないと位置決めに苦労するらしい。
すると暗箱の上端が赤く光った。発動紋の読み取り開始だ。
集中。
行使に至らぬように魔力を供給せず、かといって起動に戻らぬように魔圧は掛けつつ、発動紋が極力動かないように保持。
10秒あまりで、暗箱上方の光が緑に変わった。
ふう。入力完了だ。刻印開始の魔石に触ると、装置の右側でうなりが増した。地下に通じている魔導導波管から聞こえている。
1つ目の刻印が開始されたのだ。
すこし緊張したが。このところ何度か経験した作業の繰り返しだ。
一応焦点鏡をのぞいたが、問題なく魔導光の掃引が始まっている。
規模の小さい発動紋だったからか、3分ほどで刻印が終わった。保護扉を開けて、魔石となった物を取り出す。
まだ仄暖かい。一旦作業台において、2個目の魔結晶を取り出して、装置に装着した。
なんなく2個目の刻印を開始した。
1個目の魔石を見ながら、刻印具合を確認。今さら見ても取り返しが利かないが、まあ見るよね。
†
えーと、試験官は……居た居た。
手を振るとやって来た。なぜか眉根が寄っている。
「刻印が終わりました」
「ええと、試験終了で良いですか?」
それ以外に聞こえるのかな。
「はい」
箱を渡す。彼は中をのぞいた後、蓋を閉じて何か箱に貼った。
「では、封印紙を貼りましたので、こちらの紙をまたぐように署名を」
差し出されたペンで名前を書く。
「お疲れさまでした。3群の次の試験科目は、刻印魔術です。開始は13時です」
「ありがとうございました」
試験会場から廊下に出る。
13時? うわあ、4時間あまりも空き時間ができてしまった。
受付に行って順番取りの整理券をもらうとやることがなくなった。
玄関にほど近い部屋が待合室になっていたので、そこのベンチに座り、目を閉じて脳内システムのドキュメントを読み始めた。
「……オン……レオン」
肩が揺れた。
「あっ、え?」
「試験会場で居眠りするとは、大したヤツだな」
「ミドガンさん」
読んでいたら寝てしまったようだ。あいたぁ。木のベンチだったから、太ももの裏が痛い。
中腰になってさすっていると、ミドガンさんが笑っている。
以前一緒に行こうと言っていたのだが、刻印魔導器の操作試験免除だったため、今年の試験では時間帯が合わず、別行動になったのだ。
彼は僕の横に座った。
「どうだった? 魔導器の試験は」
「まあ、なんとか」
「そうか。良かった。レオンのまあなんとかは、完璧ですという意味だからな」
「いっ、いや、そんなことはないですよ。ミドガンさんは……って愚問ですね」
「そう言ってくれるのはうれしいよ」
1群の彼は、10時から刻印魔術の試験だったはずだ。
「すこし早いが昼食にしないか?」
システム時計は11時半だった。
†
学食に似た食堂で、ミドガンさんといっしょに昼食を取った。うーん。サロメア大学生は恵まれていることが分かった。
さて、まだ13時までには30分ある。待合室は、人でいっぱいだったので、回廊に囲まれた中庭に出て来た。
周りが建物で囲まれているからか暖かい。今日は日差しもあるし。僕の腰高ぐらいの植栽が、壁のように刈り込まれて石畳の迷路のようになっている。すこし奥まったところに置かれたベンチに座った。
暖かいな。
また寝ないように、13時10分前に警告音を設定しておこう。
むっ。
向こう側の回廊に人が数人出て来た。
驚いたのは先頭を歩く人物だ。白いローブを着ていて、胸に届く長い総白髪が後ろにたなびいている。その佇まいだけでも特異だが、それより圧倒されるのは、魔界強度の強さだ。
たぶん技能学科の誰よりも、いや生まれてから目にした中でこの人が一番だ。おそらく段違いに魔力が強いのだろう。
なんだかすごいな。さすがは、魔導アカデミー。こういう人が居るんだ。
ふむ。横顔は結構年配だ。
えっ。その人の歩みが突然止まった。後ろに付いてきた人が驚いている。
ギギギと音がしそうな風情で首が回り、こっちを見た。
僕と目が合っている気がする。
5秒ほど視線が絡んだ気がしたが、ふいと前を向くと再び歩き始めた。付いてきた人たちが、何を見て居たんだと探していた。
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訂正履歴
2025/04/23 中庭の記述変更 (ムーさん ありがとうございます)
2025/04/24 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)




