194話 魔導技師試験(1) 試験開始
国家試験。最後に受けたのいつだっけ……
明日から始まる2月にいくつかの国家試験を控え、1月にはその集中対策講義が増えた。ここに集まっているのは対象学生で、見渡すと20人弱だ。目付きが違うな。僕も刻印魔導器(機械刻印)の操作実技などを受講した。
「以上のように、法理としては年々魔導技師の責任を重くする傾向にあるため、受験生の皆さんは理解してください」
おっ、終了の鐘だ。
「では、魔導技師試験の全ての対策講義を終わりますが。筆記試験はあさって、実技試験まではあと1週間です。学内検定を合格していない人は先程配布しました、過去問集をやっておくように。以上」
リーリン先生が、演台を降りていった
ふう。終わった。
長い冬休みの後の1月は、体感的に短かった。
あと1週間かあ。
学内検定で不合格だった人も、筆記試験を魔導アカデミーで改めて受験できる。同試験と学内検定の合格資格は2年間有効なので、今年にそれだけでも合格しておけば、来年は実技に専念できる。
なお在学中に実技まで合格しておかないと、たとえ後年合格しても資格取得には別途3年間の実務経験が必要になる。通常は工房に就職して少ない報酬で修行する必要がある。魔導技師資格を持っている者は相当優遇されるから、真剣なのは当然と言えば当然だ。
† † †
「いよいよ明日だな」
ミドガンさんはしみじみとした表情だ。3限が終わり、いつものように研究室に戻ってきたのだが。
「そうですね」
「去年、俺は刻印魔導器の操作で手間取ったからなあ。今年は免除だが」
魔導技師国家試験の合格率は1割前後で、なかなかの難関だ。
僕とミドガンさんが通過している筆記試験の合格率は、学内検定では5割弱だが、一般には4割弱の合格率らしい。実技試験は慣れが必要で、初受験での合格率はもっと低いと言われている。
魔導技師の実技は、刻印魔導器操作、魔術による刻印、魔道具製作の3種だ。ミドガンさんが昨年不合格になったのは、自己評価によると魔導器操作のせいらしい。
ジラー研はどちらかというと旧来の技師養成の方向性なので、刻印魔導器志向のゼイルス研と比べるとどうしても、その辺りが弱いと言われている。
もっとも、刻印魔導器の業務使用だけであれば、下位互換の刻印魔導器取扱主任技術者という国家資格もある。主に中規模以上の魔道具工房に就職するには持っておくと有利になるそうで、2年以上の理工学科生の大半が受験する。
これを取得していれば、魔導技師の実技試験の当該科目は受験免除となる。毎年5月頃に試験があるそうで、ミドガンさんはそれに合格しているそうだ。魔導技師試験の主催者も試験の負担を軽減するために、そちらを先に取得することを推奨すると、願書にも書いてあった。
「さて。俺は、明日に備えて、今日は帰るよ」
「はい。健闘を祈ります」
受験も別々になった。
「おおぅ! レオンもな」
確かに僕の受付時間は早い。帰るか。
†
翌朝8時すこし前。僕は中央区にある王立アカデミー前に居た。
この時間に中央区に着くために、7時に起きたのだが。眠い。まあそんなことを言っていられるのも、ぬるま湯環境の大学生の間だけだ。
もっとも、2週間前に送られてきた受験票には9時までに要受付と書いてあるから、もっと遅く来ても良いのだけれど。受験番号735、3群か。
王宮はともかく、離宮ぐらいには見える石造りの巨大な建物。王立科学院という、元は国王の肝煎りで始まった組織の建屋だが。この規模とは。
玄関の横断幕に紀元491年魔導技師実技試験会場と書いてある。わが国の魔術士活用・育成を含め魔導および関連技術を取り仕切るのが、科学院の1部局である魔導振興科学院だ。ただその正式名称では呼ばれることはほとんどなく、魔導アカデミーの方が圧倒的に知名度が高い。
大きい玄関ホールに入ると、会場案内が掲げてあり、そこに受験者だろう多くの人たちが屯っている。
2群、3群。
群とは受験者を、複数の集団に分けて、別々の試験科目を順繰りに試験を受けさせる単位だ。
ミドガンさんによると、刻印魔導器操作試験が、台数の都合で時間が他科目の倍も掛かるそうだ。そうかなあ。実感はない。とはいえ、その対策だろう。
2群と3群は、刻印2種と魔道具の3試験を順繰りに受ける必要がある。
ええと……あった。やはり3群は魔導器操作試験からだ。受付時間に幅がある段階で推測できた。場所は東隣の建屋だな。順路表示にしたがって、移動する。
建屋に入ると、受付があった。既に10人ばかり並んでいる。待たされるかと思ったが窓口は3つあって、どんどん列が進んで行く。
「735番。レオンです」
「はい。レオンさん……サロメア大学で筆記試験を合格と」
「あと1人です!」
よくわからない声が、横から掛かった。すると、目の前の職員さんが手を挙げた。
「まずは、分析問題をそちらの部屋で受けてください」
「はい」
「では! 第1回締め切りです」
そうか、あの挙手は、僕が最後の1人だと伝える他の職員さんへの合図だったのか。
部屋に入って行くと、教室のようになっていて、既にぎっしりと大勢が着席している。
「あなたは、あそこに座って」
「はい」
席がひとつだけ空いていた。もう机に紙が置いてある。指示のあった最後列の椅子の座面を倒して……キィィィ。
うわっ。嫌な音がする椅子だな。懐から筆記用具を出す。
前方の教壇に試験官が立った。
「人数がたまりましたので、5分後に本日第1回の分析試験を開始します」
おおぅ。いきなりか、まあ待たされないから幸運と考えよう。
目を瞑り、深く息を吐く。
「繰り返しですが、分析試験の結果が基準に満たない場合は、刻印魔導器操作試験には進めませんので、そのつもりで」
うわあ。いくら少ない台数の魔導器で試験を回す必要があるとはいえ、理不尽だなあ。
「それでは、制限時間は30分。はじめ!」
紙をめくる。こっちが答案用紙で、こっちが問題用紙か。
受験番号と名前を記入。
問1。下記の発動紋を分析し、解答用紙に起動紋を描きなさい。
ふむ。よし。過去問とそれほど程度は変わってない。脳内システムを使えば簡単だが、実力でやると決めている。
結構規模が小さい発動紋だ。基本は樹形図だが、中央部分が環状になっているのは典型的だ。最近は発動紋と起動紋の双方向変換以外に、脳内システムでブロック線図や状態遷移図に変換してもらわずとも、おおよその意味が分かるようになってきた。
ふむふむ。これは……熱を発生する魔道具用だな。
中央におおよそ共通である初期読込術式、亜空間からの魔力供給構造、左が起動時の術者と固有周波数の同調具合に合わせた発動段階遷移制御、右が発動紋の位置制御、定熱量制御と異常感知……。
おっと。この分析試験では、そこまで要求されていない。
単純に発動紋から逆変換される起動紋を描けば良いだけだ。もちろん一般には術式の規模や密度、隠蔽度によって逆変換できないこともあるが、出題される試験問題には、そのようなことはない。
発動紋は魔導の情報がほとんど全てが記述されているが、起動紋はそうではない。非常に少ない情報量で記述できる。よって魔術の深奥を全て知らなくても、機能は実現できる。よって、慣れれば手作業でも逆変換可能だと思うのだが。
次の問題。
問2。下記の起動紋は発動できない。どの部分が誤っているかを3カ所丸で囲みなさい。
むう。これなあ。過去問をやったときに最初は謎だったな。まずダメな起動紋をみると、全体的に気持ち悪いんだよな。ミドガンさんに言わせると、問1の発展系で、浮かんだ発動紋の不自然そうなところを、大きくえぐる。これを逆変換して起動紋の変わった部分を、変更していくやり方が常套手段らしい。
しかし、起動紋内の古代エルフ語を読んで、誤字や文法上で誤りを見付けた方が確率が高いし、なにより早い。3カ所と書いてあるから、限定できて簡単だ。
丸を起動紋の上に描く。
問3。形式は問2と同じだ。
ここと、ここと、ここだな。
できた。見直すか……。
「さて10分経過しました。もし解き終わった場合は、答案用紙を後列の係員に渡して、退出しても構いません。その場合は、魔導器操作試験の開始優先権が得られます」
おお。まあ2回見返したし、いいか。
キィィィ。
立ち上がったら、また椅子が鳴った。えっ、なんだ? 一瞬響めきが上がった。いや、うるさかったのはわるかった、椅子のせいだから。僕が答案を持っていくと、係員が眉根を寄せたが受け取ってくれた。そのまま、会場を出る。
そこに居た、腕章を着けた係員が寄ってきた。
「答案を提出した人は、右の待合室でお待ちください」
うなずいて部屋に入ると、たくさんの木のベンチが並べてあった。座って待ってろということだな。ここもちょっとした教室みたいだ。前の壁には黒板があるし。
ん? 黒板に分析試験通過者と書いてある。そうか、採点が終わったら受験番号を書いてくれるのだろう。
しかし、暑いな、この部屋。暖房が効きすぎている。ローブを脱ごう。
片腕を脱いだとき、別の係員が入って来て、チョークを取った。
735……僕だ。係員が振り返った。
「735番さんですか?」
「そうです」
その人は、書いたばかりの番号に線を引いた。
「では、廊下に出て順路表示に沿って、実習室まで行ってください。魔導器操作試験が受けられます」
「ありがとうございます」
採点が早いな。まあ、簡単な起動紋と、丸が書いてあるだけの答案だから、そうでもないか。僕は、脱ぎかけたローブを着直して、部屋を出た。
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誤字訂正
2025/04/19 誤字訂正 (英治さん 朝倉ネコさん ありがとうございます)
2025/04/21 誤字訂正 (布団圧縮袋さん 1700awC73Yqnさん ありがとうございます)