193話 学問再開
7章の始まりです。
「やあ、ディア」
「うん。ひさしぶり、レオン」
1月も中旬となって、ようやく大学が再開した。
「元気そうだね。ディア」
学食で食べ始めていると、珍しく同級生がひとりでやって来た。
笑みを浮かべている。なんだか、すこし顔が紅いけれど。
「うん。レオンもな」
「ベルは?」
「もうすぐ来るわ」
数分後、ベルもやって来たのだが。
「やあ、レオン」
「ひさしぶり。ベル。なんだか元気がないけど」
表情が暗い。
「あっはは……」
ディア? 相方が元気がないのに笑うのか?
「見てやれよ、あのトレイ」
「ん? 皿が、野菜料理ばっかりだな」
トレイの上は、サラダと煮物だ。肉やパンが載ってない。
「ふん。どうせ、私は冬休みで太りましたよ」
「それで、ベルは痩せようとしているわけだ。まあ、寒いからどうしても屋内に居るし。実家が出してくれるおいしい物ばっかり食べてしまうからな」
なるほど。同情に値しないってことか。
「そうかなあ。太ったようには見えないけどなあ」
その辺に居る学生より、ベルの方がよほどすらっとしてる。
「おおっ、ありがとう。レオン」
「ふふっ、ローブは腹回りが目立たないからなあ」
「ディア、殺す!」
「ごめんごめん」
「でも、聞いてよ。凹んでいるのはそれだけじゃなくてさあぁ。実家で、見合いの申し込みを断ったら、もう19になったんだから、嫁ぎ先がなくなるぞっだって……見合いは嫌だけど。確かに、もうそういう年齢なのよねえ」
「そうねえ。貴族だとなあ」
「そうなんだ?」
「いやまあ。下級貴族はまだいいが。上級貴族は16歳までにはほぼ嫁ぐし、それ以前に婚約している」
「へえぇ」
「いや、へえぇって。レオンは、お気楽だなあ。商家でも、19歳だともう結婚している人が多いだろう?」
「どうだろう。エレノア義姉さんが、実家に来た時は、そうか17歳だったか」
「商家でもそうなのか……」
なんか、どんよりしはじめた。
でも、彼女の実家は準男爵家だ。そうだ。イレーネさんはどうだ? エイルの2歳上で、結婚したのは去年だから……言うのはやめておこう。
「ほらな。出てこないだろ。そんなものだよ」
はあと、ディアまで溜息をついた。
あれ? もしかして、アデルも婚期のことが念頭にあるのかなあ。それはともかく。何か他に話題があったような……
「そうだ! ディア」
「何?」
パタパタと瞬いて、彼女がスプーンを下ろした。
「つかぬ事を訊くけど。ディアの親戚にさあ。えぇと、なんだっけ……あっ、そうそう。ティーラ・ラーセルって人が居ない?」
「んん、なんだと! どうして伯母上のことを」
「えっ。伯母さんなんだ」
「ちょっと、待て。何で知っているか、ちゃんと教えてくれ!」
ディアの血相が変わって、急に圧が強くなる。
「いっ、いや。従弟の家庭教師が、そういう名前と聞いたんだ。家名が家名だから、訊いてみたんだけど」
ディアは、クラウディア・ラーセルだからな。
「えぇぇ……」
「その人って、ディアに魔術を教えてくれたっていう人だよね? 最近は会ってないって言っていたよな」
ベルも話に乗って来た。
ディアがうなずいている。なんか訳ありのようだ。
「で、その従弟というのは?」
「あぁ。リオネス商会の王都支店長の息子だよ」
「ということは、伯母上は王都にいらっしゃるのか」
「たぶん」
んんん? どこに住んでいるか。ディアは知らないのか。
その時は、それで話が終わったのだが。
†
2限は学科全体集会だ。6121教室に入って行くと、真ん中辺りで人集りしている。女子ばっかりだ。それを遠巻きに男子が眺めている。
なんだろうと思ってよく見ると、環の真ん中にいるのはバルバラさんだ。何か紙を配ってる?
「レオン君」
おお、びっくりした。
オデットさんだ。すぐ横に居た。
「ひさしぶり」
「うん。最近、バルの機嫌がずいぶん良いと思ってたら、あれなんだよね」
「どういうこと?」
「バルが配ってるのなんだと思う?」
「さあ?」
「これよ」
彼女から小さい紙を受け取る。
執事喫茶レオーネ開店記念割引券。本券をお持ちのお客様は、代金を5分引に致しますかあ。有効期限は、あと6日だ。えっ、レオーネ!? 店名は知らなかった。
「ふーん、開店したんだ」
いや、知っているけど。
「えっ? バルバラさんが、なぜこれを配っているの?」
とぼけつつ、割引券を返す。
「なんだ、本当に知らないんだ、レオン君は」
「は?」
「その店で、バルが執事として働いて居るのよ」
「うわあ」
知ってるけどね。
「本当、うわぁよね。てっきり、レオン君が誘ったんだと思った」
「えっ。そんなわけないでしょう」
これは、うそじゃない。そういえば、彼女はどうやって開店を知ったのだろう?
「そうよね。まあバルの機嫌が良いのは悪くないけど、気に入りすぎて、学業がおろそかにならないかなあ」
すっかり親目線だ。
「えっ、オデットさんも?」
「はっ? 私がやるわけないじゃない」
「はあ」
いや、それも知っているけどね。
おっ。2限目開始の鐘だ。人集りが散って、バルバラさんがこっちに来た。
「やあ、レオン君。ひさしぶり」
「うん」
「これ。レオン君も来てね」
「ありがとう」
割引券を渡された。すれ違い様にウィンクしていった。明るくなったなあ。
「しかし。このレオーネって、あなたの名前よね」
「かなあ?」
オデットさんは含み笑いしながら、バルバラさんの方へ歩いて行った。
「よう! レオン」
「ミドガンさん。お元気そうで」
「隣、良いか」
「もちろん」
席に着いた。
魔導理工学科は、それほどの大所帯ではないが、学部生が全員集まると結構な人数だな。眺めていると、大勢の先生方が入ってこられた。
学科長が教壇に登る。
「あぁぁ。諸君。こんにちは。長い冬期休暇も終わりました。学生諸君は重要な時期になる。すぐに休み気分は捨てて学業に身を入れるように。特に卒業研究を抱えている諸君は、あっという間に夏が来ることを忘れないように」
いやあ、まだ寒いけれど。本学では卒業の時期は決まっていないが、夏休み前が多いからな。
「あと、魔導技師など国家試験も2月から始まるので心するように。以上」
うーん。忘れてはいないけれど、改めて言われると、迫ってきたなあという気がする。
学科長が教壇から降り、代わりにルイーダ先生が登った。
「皆さん、こんにちは。私からは事務連絡をします……」
施設の使用制限の話、催しの日程や動員募集、提出物の件などつぎつぎと手際よく説明した。あいかわらず、できる女感をかもしているなあ。
そのせいか、女子学生から人気があるし、露出度の高い服をよく着ていることもあって男子学生からも受けが良い。裏の貌を知っている(と誤解している可能性もあるが)からか、なんというか僕にはいちいち引っ掛かるのだけれど。
「……最後に、期限付で魔導理工学科にて、ご指導を戴くことになりました先生を紹介します。ソリン先生、自己紹介をよろしくお願いします」
ああ、やっぱりあの先生か。純粋光魔術の検証会の時に見覚えがある人だった。痩せ型で背が高い先生が登壇した。見た目は30歳代前半というところだ。
「ソリンです。工学部光学科から参りました。そう申し上げればお分かりかと思いますが、光の科学が専門で、魔術のことはさっぱりです。しばらく、ジラー教授の研究室にてお世話になります。理工学科の皆さん。よろしくお願いします」
僕が拍手すると、一拍遅れて教室がその音で満たされた。
「では、学科全体集会を終わりますが、研究室に所属している学生は、移動してください」
皆が立ち上がった。
「行こうか」
ミドガンさんに、つづいて教室を出る。
「ソリン先生も災難だな」
「えっ?」
含み笑いをした。
「責任は一切ないが、レオンのせいでもある」
「どういうことです?」
なんとなくわかるが、一応訊く。
「わかっているだろう。レオンが光学分野で大きな成果を挙げたからだ。それに光学科が関与していないでは困るんだよ。教育省の官僚相手にはな。そのためにソリン先生が来たって訳だ」
「いや、光学科にはご協力頂いていますが」
「ははは。レオンが書く論文の執筆者欄に、彼らの名前がないと意味がないんだよ」
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訂正履歴
2025/04/17 誤字訂正 (ほっしゃんさん ありがとうございます)
2025/04/18 誤字訂正 (1700awC73Yqnさん ありがとうございます)