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閑話10 執事喫茶危うし(6) 舞台裏

切りが良いので、日曜日ですが投稿します。

これで6章は終わりです(別途登場人物抜粋は投稿します)。


章の変わり目ですので、ご感想とご評価をお待ちしています。よろしくお願い致します。

 時間軸は、閑話7まで戻る。


───アデル目線


「父王よ、目を覚ますのです。民草を虐げて、国が……うーん。違うわね」

 腕を上げる角度かしら。こう。いや、こうかしら? おっと!

 台本を放り出して、左腕に填めているバングルを押す。

「あわわ……レオンちゃん」

『アデル』

 なんだろう。魔道具(マギフォン)を通すとすこし声が変わるけど。それにしても何か様子が変だ。


「夜じゃないから、掛かって来るって思ってなかったわ。それで、どうかした?」

『うん。ちょっと。困ったことになっちゃって』

 本当になんか落ち込んでいる。


「困ったこと? もしかして、家族のこと? 伯母様とか」

 おっと、つい。

『えっ』

 レオンちゃんの声が高くなった。当たったみたい。

「そうなの? レオンちゃんが、困ることって他になさそうだし」

 なんだろう。次々言葉が出てくる。


『それで、アデルに……』

 くぅぅ。かわいい。

「いいわよ。今、どこにいるの?』

『……アデルのウチのすぐ近く』

「なんだ。じゃあ、すぐ来てよ」

『でも、アデルは忙しくない?』


 もう!

「たった今、暇になったから大丈夫」

『えっ?』

「レオンちゃん以上に、大事な用件なんて私にはないの」

 ううん。前に言われてから、私も言いたかった。

『わかった。じゃあ、すぐ行く』

「うん。お茶を()れて待ってるからね」


 切れた。

 よし! 台本なんていつでも覚えられるわ。あっと、レオンちゃんの目の触れない場所に隠さなきゃ。


     †


 うーん。レオンちゃんは困っているけれど、すこしうれしい。どんなことでも解決してしまうのに、私を頼ってくれたのだ。なんだろう、久々にレオンちゃんの役に立てるわ。

 あんなにかわいいのに、いつも私中心で動いてくれるの。そして助けてくれる。なんてったって結婚しようって言ってくれたし。ああ、うれしさが、また背中からぶり返してきた。


 でも、私はレオンちゃんのために何ができただろう。もっと考えるべきだわ。

 そう思うと、芋を裏ごしするヘラに力がこもる。

 南市場から帰って来たら、レオンちゃんは魔術を使うと言って外に出ていった。調理道具店で買った物に何かをするのだろう。


 何本分かの芋を終えた頃、レオンちゃんが部屋に帰って来た。

「おかえりなさい、レオンちゃん。裏ごしはできたわよ」

「ありがとう」

 うんうんとうなずいて、うれしそうだ。


「それで、外でなにをしてたの?」

「絞り器の口金を改造してた」

「口金を改造?」

 意味がよく分からない。そう思っていると、黄銅の口金を取りだして見せてくれた。へっ? 色が(あお)っぽく変わっているところもあるし……。


「えっ! 穴が小さい……それに数がたくさんあいているけれど」

 こんな口金は見たことがないわ。

「こうしないと絞るのが大変だし、綺麗にできないと思う」

 ええと。これで絞るとどうなるんだろう。まずはクリームが細くなるわよね。それが何本もいっぺんに出てくる。んん? わかんない。まあ絞ってみればわかるかあ。


「あれ? この口金だけ穴の数が……んんん、よく見たら穴の大きさも違うわね……これも前世の記憶なの?」

「いやあ、怜央は相当物知りだけど、何でも知っているわけじゃないからさ。何種類もあるのは、決めきれなかったから、実物で確認しようかと」


 私の出番って訳ね。

「望む所だわ! 夜中までだって付き合うわよ。それでどれから、試す?」

「じゃあ、これから」

 穴が中ぐらいのを指差した。

「とりあえず、何も混ぜずに絞ってみて」

「うん」

 お試しだから、ちょっとでいいか。裏ごしした芋を絞り袋に詰める。そして、まな板の上に絞っていく。


「うーーん。固い……うまくいかないわねえ」

 ぶつぶつと千切れてしまう。

「やっぱり。こうなるかあ」

「えっ、わかっていたの? そっか、とりあえずって言ったものね」

「うーん。このペーストの粘度が高いんだよねえ?」

 ペーストというのは、この芋のことらしい。


「粘度……」

 あっ、粘っこさのことか。

「そうね。普通に絞るクリームは、もっとゆるいわね」

「何かを混ぜて、粘度を下げるしかないんだろうけど。あまり、芋の風味を損ないたくないんだよね」


 おっ、レオンちゃんはきちんと考えている。でも……。

「ひとつ()くけどさ」

「何?」

「芋のペーストだけで、山を盛り上げようと思っている?」

「ん? そうだけど、ダメ?」

 さすがにそこまでは、わかってないか。お菓子を作ったことがないものね。あまり大きく盛り上げたら、時間がたつと自分の重さでだらって広がっちゃうわよ。それにあのタルト生地の上に山ができるくらいの量だと。


「うーん。中の芯にする部分は別にして、ある程度量を絞る必要があるわよね。それを芋だけにすると、飽きると思うのよね」

 一口目はおいしいけれど。何口も食べるとね。


「飽きる……」

「いや、芋がまずいって訳じゃなくてね。舌の方が慣れるっていうか、味が同じだと厳しいと思うわ」

「ふむ」

「よくあるけれど、中は生クリームにして、その外側に芋のペーストを絞ると良いと思うわ」

「おお。それは良いかも」

 ちゃんと聞いてくれる。


「だとすると」

「ん?」

「ある程度、ペーストにバターや生クリームを混ぜて、粘度を下げても問題ないわ」

「えっ、どうして?」


 ふっふふーん。

「考えてみて。食べる人が、芋だけ(すく)うと思う?」

「あっ、意識的に掬わないと内側の生クリームも混ざるか」

「そういうこと。だから粘度を優先すべきだわ。もちろん絞れる限りの最小限でね」

 それから。芋だけのペーストを別のボウルに取り分けて、生クリームを加えては絞ってを試し、繰り返そうとしたら、3回目に突如……。


「アデル。6対4にして」

 レオンちゃんが、決めつけた。

「えっと、芋6、生クリーム4ってこと?」

「そう」

「えっ、なんでわかるの?」

「カイセキ……いや計算した」

「計算?」


 そういうのって、計算で分かるものなの?

 そう思ったが、慎重に言われたとおりにやってみると、あまり力を入れなくても綺麗に噴き出て、うまくつながったままに絞ることができた。こんなに細いのに。


「ああ、良い感じだわ」

 ふーーん。こういう風になるんだ。まるで束ねた毛糸のようだ。

 レオンちゃんは、うなずいている。私がやる前にこうなることがわかっていたってこと? でも、そうよね。そうじゃなきゃ、あんな見たこともない口金は作らないわよね。

 改めてレオンちゃんを見ると、また何か考え始めた。


 それから、芯になる物は、カッショ芋を固めに()でた物を角切りにして積んだ。その周りに、固めの生クリームを普通に絞り、その外側にレオンちゃんが言った通り、下に敷いたタルト生地のカップすれすれから、生クリームの周りを螺旋(らせん)状に絞って盛り上げた。


「わあ。かわいい。それに見たことがないわ、こんなの」

 むむっ。褒め讃(ほめたた)えたのに、レオンちゃんは浮かぬ顔だ。そして、手にはレオンちゃんが買った栗のシロップ漬けの瓶を持っている。


「どうしたの?」

「うん。ここの頂上に、こいつを乗せようと思っていたんだけど」

「あぁぁ」

 形がしまって見えるわね。強調点(アクセント)にもなるし。

「やっぱり、だめだ」

「えっ、そうなの。見た目は悪くないと思うけど」

「うん。でもそうなると、栗の方が大威張りになると思うんだよね」

「ん、脇役が主役を食っちゃうってこと」

「うぅぅぅん」


 そっか。レオンちゃんは、みんなにカッショ芋を認めさせたいんだものね。

 どうしたら。これは結構難問だ。すぐに思い付かなさそうだ。

 レオンちゃんが考えている内に、私が何かできることは。あっ、そうだ。芋の裏ごしペーストは、足りるかしら。ボールを見る。まだ大丈夫ね。あれ?


「レオンちゃん。ちょっと待って」

 私は、小さいスプーンを2つ持って、ボールからペーストを掬う。そしてスプーンの間を行ったり来たりさせていると、ややつぶれた芋の玉ができた。


「これでどうかしら」

「あああ。乗せてみて、乗せてみて」

 レオンちゃんは、大きな眼を一層見開いている。こんな娘役がいたら、絶対共演したい。

「うん」

 慎重に、崩れないように、成形した純粋ペーストをケーキの頂上にそっと置いた。


「できた。できたよ、アデル」

「まだまだ、まだまだ。抱き付くの早いわよ。食べてみないとわかんないわ。はい、フォーク」

 私たちは、慎重にフォークを刺してケーキを半分ずつ食べた。


「どう? アデル」

「おいしい。いや、個別に味見はしていたけれど。全部を続けて味わうと、おいしさが何倍にもなる。協奏曲(コンチェルト)みたい」

「協奏曲かあ」


 えっ。抱き締められた。

「ありがとう。ありがとう。アデルのおかげだ」

「ああん。力が強すぎるわ」

 締め付けられたところから、とても暖かい何かが流れ込んでくるようだった。

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


Twitterもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya


訂正履歴

2025/04/15 誤字訂正 (高須こ~すけさん ありがとうございます)

2025/05/25 誤字訂正 (しげさん ありがとうございます)

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