閑話9 執事喫茶危うし(5) 終幕
閑話も流れ的には終わりですが。が、次話は……。
翌日11時。僕はまた、中央通りの店に来た。
中に入って行こうとすると、昨日の店員さんが立っていて、中へ通してくれた。
僕の後ろでカシャと音がして振り返ると施錠している。ええと僕を待っていたとか? 申し訳ないですね。そう思いつつ客室へ行く。
広い客室の真ん中にテーブルを置き、その周りに座っている人たちがいる。
「レオン!」
その中のひとり、コナン兄さんが立ち上がった。
母様とレナード商会のオットーさん。そして、若い娘が混ざっている。エイルだ。
なぜ居るんだ? いやまあ、オットーさんが漏らしたに決まっているけど。
エイルは、こっちを見てニヤッと笑っている。
そのすぐ横で、母様が眉根を寄せた。来なくて良いのにって顔だ。それにしても僕を部外者扱いしたのに、エイルは同席させるのはどうなのよ、審査員?
「レオン。来てくれてありがとう」
「うん、兄さん」
しかし、どことなく心配そうだ。そうか、僕が何も持っていないからか。
「レオン」
「はい、母様」
「ここに来たということは、新しい菓子ができたのよね?」
「そのつもりです」
「わかったわ。副支配人、菓子担当を呼んで」
「はい」
示しあわせてあったのか、兄さんが手を振ると少し離れた壁際に並んでいた人の中から、白いコック服の男が進み出た。
ん? その横、執事姿の人って……やっぱりバルバラさんじゃないか。ここで働いて居るのか。にこやかに笑いながら手を振っている。大学祭の時に執事が気に入っていたようだからなあ。まあどこで何をやっていても、僕が文句を言える立場じゃないけれど。
「それで、レオン。今からここで調理する訳じゃないわよね?」
「もちろん、持って来ています」
†
───エイル視点
昨日の夕方、支店から使いの人が来て、姉さんの家で夕食を一緒にどうですかと呼ばれた。近いけれど、新婚家庭だからあまり行かないようにしていたのだけど。まあ呼ばれてはね。私は(サロメア歌劇団)養成学校の寮には入っていないし、気軽にボナを連れて行った。
『義兄さん、訊きたいこととは何でしょう』
客間に通されて、義兄となってそろそろ1年になりそうな人と向かい合った。
『うん。リオネス商会のレオンという人物のことを、以前に話していたよね。イレーネに訊いたんだけど、彼のことは、エイルさんの方がよく知っていると言われたのでね』
『べっ、別によく知っている訳じゃないし。ただ同い年だからってだけよ。変なことを言わないでください』
動揺が声に出る。
罪作りな姉さんは、台所に居て夕食を作ってくれているようだ。
『いや、ごめん。そんなつもりはないんだが。今日、例の執事喫茶で会ってね』
『えっ?』
『いや、まだ開店はしていないけれど。このところお菓子の件でリオネスの副会頭さんに、絞られていてね』
まだ開店していなかったんだ。あっ!
『おば様が、王都にみえているんですか?』
『いらっしゃるよ。それで。コナンさんも困っているようで、レオン君を呼んだんだけど、いよいよ副会頭さんのご機嫌を損ねてしまったんだ』
困ったは分かったけれど。なぜ、レオンちゃん? お菓子の話じゃないの?
『まあぁ……それで?』
『明日の昼までに、新しい菓子を持ってこい。できないなら、レオン君は関わるな! ってね』
まあ、その光景が目に見えるようだわ。おば様はお優しいのだけど、お子様たちには厳しいものねえ。それにしても、お菓子はさすがに。
『それでだ。レオン君の人物について詳しく教えてくれないかな』
『わかりました、義兄さん。私もお願いがあります。明日、学校は休みだし、その執事喫茶に連れて行ってください』
その後、義兄さんは渋ったけれど。私はおば様には気に入られているから大丈夫と言いくるめて、今日ここに来た。代わりにたくさんレオンちゃんのことについて訊かれたけれど。
義兄さんは、来ないんじゃないかと疑っていたけれど。私は、絶対に来ると言い切った。
果たせるかな。
「レオン。来てくれてありがとう」
「うん、兄さん」
意中の彼が、執事喫茶の客室に入ってきた。
ほらねと、義兄さんに笑いかけておく。
「ところで、レオン。今からここで調理する訳じゃないわよね?」
「もちろん、持って来ています」
いや、何も持って……えっ?
役者が身を躱すように回転すると、レオンちゃんの手にはトレイがあった。
えっと思ったが、皆の視線はトレイの方に吸い寄せられている。
皿と菓子が6個乗っている。それを私たちが囲むテーブルの上、今まで飲んでいたお茶のカップを避けて中央に置いた。
「まあ!」
なんなの、これは?
私以外、テーブルを囲んだ者達は一様に色めき立った。
見たこともない、奇妙な黄色い菓子だ。
その未知の姿は、カップ状のタルト生地の上に、何本もの細い毛糸のような形が螺旋を描いて渦巻き、小さい山を築いていた。頂上にはより黄色い半球状の塊が乗っている。
皆がテーブルへ乗り出すようにして見つめている。
義兄さんが私を見た。
思わず私は首を振る。もちろん知らないという意味だ。
さらに顔を近付けて見ると、黄色い毛糸のようなものは、何かクリームを絞り出したものだとわかった。でもどうやって? 細いわ。太さは2ミルメトばかりだろう。これは何でできているのかしら。もし色味が近いカスタードであれば、柔らかいから、見る間に形が崩れるはずだ。
もしかして───
「この黄色いのは?」
指差したおば様が眉根を寄せて、レオンちゃんを睨む。
「カッショ芋で作ったクリームです」
やっぱりそうか! 義兄さんから、カッショ芋の件は聞いていた。
「ふーむ」
おば様が背を伸ばして、座り直す。
「私は、このような形態の菓子は知らないし、見たことはないわ。オットー殿は?」
「あっ、はい。私も初見です。義妹も知らないそうです」
木偶のようにうなずく。
「あなたは? 職人から見てどうかしら?」
立って見て居た菓子職人も。
「恥ずかしながら存じません。なんとも愛らしくも、格調高い姿だと思います」
ふうと、レオンちゃんが肩を落とした。
「どうやら、認識は一致しているようね。それで、レオン。この菓子はいくつ作ってあるの?」
「12個です」
ということは、このトレイの上以外に6個あるのか。
「では、皆でひとつずつ、試食しましょう」
ふふっ。おば様はにこりともしないが、気に入ったようだ。少なくとも見た目は合格よね。私も今すぐ食べたいぐらいだし。
皿が、私の目の前にやって来た。フォークもレオンちゃんが出してくれた。
「それでは。レオン、ありがとう。用意してくれて、礼を言います」
「はい。お召し上がりください」
かつて見たことのないお菓子だけど、味はどうなのだろう。
それにどこから食べようかしら?
山に見立てたら、頂上付近か、中腹か。
迷った後、やっぱりこの部分よねと、中腹にフォークを……すっと入ったけれど、ある程度固さはある。毛糸のような黄色クリームの内側には、白い層があった。それが両方持ち上がり、口に運ぶ。
うぅぅーーーん。はぁぁあ。
甘い。甘いけれど軽い。これがカッショ芋なのかあ。内側は生クリームだけど、ほとんど甘くないわね。
おいしい。
そうか。毛糸のように細いから、口当たりが軽くなるのか。
お隣のおば様は、表情にこそ出していらっしゃらないけれど。口角がぴくぴく上下している。おいしいと思っていらっしゃるに違いないわ。
義兄さんは……なんだろう。とても幸せそうな顔をしている。姉さんにも食べさせたいとか思っているに違いない。
さて、じゃあ、この一番上のは。
そこだけ掬って口に入れる。これもカッショ芋だわ。
うわぁあ甘い。実があるというか、下の方に比べると重いけれど凝縮されたうまさがある。
これは、芋だけで、さっきのは生クリームが混ざっていたのか。それで違うのだわ、面白い対比だ。これだけの量じゃ足りないけど……でも、これでケーキを全部作ったら、甘すぎるかな。
フォークが止まることなく、どんどん食べる。うん。量もそこそこあるのに甘ったるくならない。芯となっていた、やや固い芋の角切りも食感が変わって面白い。
ふう。気が付いたらタルト生地を残して、あっという間になくなってしまった。
他の人は? テーブルを見渡すと、全部完食されていた。
それにしても、お菓子で味わったこんなに大きい愉悦は、いつ以来だろう。相当前、子供の頃まで遡るかもしれない。
それが伝わっているのだろう。壁に並んでいる人たちが物欲しそうに見てる。かわいそうに。
「いかがでしたか?」
レオンちゃんが、笑みを浮かべている。結果は皿に残ったものに、如実に現れているわよ。
何か言いたそうだけど、皆はおば様の方を見ていた。
「そうね。このカップ部分は出来合いのものを使っていて、改善の余地はあるけど。そんなことは気にならないわ。これは、真新しく、おいしい菓子だわ。エイルさんはどう思った?」
えっ、私?
「あっ、いや。おいしかったです。芋の状態が何種類もあって、材料の良さが引き出されていて、とても面白いと思いました。これって、レオンちゃんが作ったの?」
「いや、うーん」
「うふふふ」
おば様?
「協力者が居るのね」
協力者?
「レオンは、発案と指揮をしたというところかしら?」
「母様には敵いませんね」
えっ、協力者って誰?
「この細さに絞るのは、上の方のカッショ芋だけとは違って、生クリームを混ぜる必要があった。そうよね」
「はい」
「あっ、あのう……」
義兄さんが身を乗り出す。
「副会頭殿がおっしゃった、一番上にあった塊はカッショ芋だけというのは、本当ですか? 確かに砂糖は入ってなさそうでしたが。いや、以前食べたものとは違いすぎて……驚きました」
「本当だったら、どうされます?」
レオンちゃんが人の悪い顔をしてる。おば様の血を引いているわねえ。
「もっ、もちろん。供給元を教えていただければ、本店に話を上げて取引を進めます。あっ、菓子のご評価の如何に関わらずです」
「まあ、オットー殿。それはすこし下品ではなくて?」
「これは失礼致しました。ははは」
ふふふ。少し野暮ったいけれど。義兄さんは商売熱心だわ。
「ありがとうございます。生産者の人たちもよろこぶと思います」
へえ。レオンちゃんは、芋を栽培している人たちを知っているんだ。
「レオン。今回は、私の負けのようだわ。誰が作ったかはともかく。この菓子は評価せざるを得ない。作り方を教えてくれるかしら?」
そう言いながらも、おば様が笑っているように見えた。
その後、レオンちゃんは、すごくうれしそうにしていた。コナンさんが絶賛していたからだろう。
その日から1週間もたたぬ間に執事喫茶は開店し、王都では話題を呼んだ。
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訂正履歴
2025/04/12 誤字訂正 (森野健太さん、1700awC73Yqnさん ありがとうございます)
2025/04/21 誤字訂正 (1700awC73Yqnさん ありがとうございます)