閑話8 執事喫茶危うし(4)
予想されると辛い(笑)
「いこっ」
アデルが変装したアルベイダに引かれて、タッカー果物店に入った。
入口からすぐの所に大振りな苺が、ガラスケースの中で並んでいる。
高級そうだ。
「おいしそうね」
「そうだねえ」
「レオンちゃん。普段果物とか食べてる?」
「いや、あんまり。下宿で出してくれる物ぐらい。自分では買って食べないかな」
「男の子はそんなものよね。この前の相手役の子の弟がそうだって言ってた」
確かに買い食いは、肉串とか多いな。
「アデ……アルベイダは?」
「私は、結構食べるかな。お肌に良いって言うし」
「へえ」
「そのまま食べたり、お菓子の材料にしたり」
答えつつも、アデルの視線は果物からはずれない。
「ユリアさんに買って来てもらうの?」
「うーん、忙しいときはね。でも買うこと自体が楽しいからねえ、大体自分で買いに来るわ」
どおりで変装が手慣れているわけだ。
「ひととおり見ていこう」
「うん」
平台にリンゴや大小さまざまな柑橘類が並んでいる。大きいのはアデルの頭くらいの大きさの物まである。
「どう?」
「うーーん。良く分からないけれど、今回のお菓子にはみずみずしい果物とは合わない気がする」
第一それではカッショ芋が脇役に回ってしまう。それだけなら良いが───
「そうねえ。じゃあ、奥の方へ行ってみる? 奥は乾燥果実とか砂糖漬けとか置いてあるよ」
「おお。行こう」
ふうん。こんなにたくさん果物の種類があるんだなあ。
一区画奥へ移動すると、景色が変わった。
まず色が違う。鮮やかさは失われ、褐色が取って代わった。乾物が多いな。縄にヘタを括られて吊されたもの、大きなガラス瓶に詰められたもの、何やら液に浸かったものや、白く粉を吹いているものもある。
「へえぇぇ。すごいね」
ん。あれは。
直径10セルメトばかりの小瓶が堆く積まれており、それぞれに何か入っている。目に付いたのは濃い褐色の瓶だ。
「これって?」
何かの木の実かな?
「さあぁ。あのう! こちらって」
アデルが訊いてくれた。
「やあ、アルベイダさん」
変名の方を知られているのか。
「そちらはですね。栗です。実を茹でてからシロップ漬けにした物です」
栗───
その時、一瞬鮮明な図が頭を掠めた。
「こちらを3つ、お願いします」
驚くアルベイダを横目に、僕は衝動買いしていた。
それから、彼女のなじみの店でいくつか買い物して、帰って来た。
†
「ふう、絞り袋とかぁ、これとかウチにあるんだけど」
買って来た物を、テーブルの上に載せる。
言われた物以外には、小皿に、裏ごし器とか木のへらとかだ。
「普通の家にはないよね」
「まあね。歌劇団に入れなかったら、菓子職人になりたかったなあ」
前にも言ってた気がする。
「でも、これとか高いのに」
回転台だ。
「まあ、いろいろ試すからねえ」
「ふーん。レオンちゃんが、お金を稼いでいるってのは知っているし、金銭感覚がしっかりしているところも好きだけど……」
魔灯用の魔石が相当売れているそうで、僕の収入は増加傾向だ。
「……なんだかなあ。私もそれなりなんだけどなあ」
アデルの人気も盛り上がっているため、彼女の粗い肖像絵や名前が入った小物などの関連商品が売れているそうだ。おかげで俳優になったばかりの時から比べると、2倍以上に収入が増えているそうだ。でも、集客力に比べるとまだまだ年俸は低いんじゃないかな。
「まあまあ」
「それにしても……嫉妬するわね」
「はっ?」
「魔術のことでもないのに、こんなに懸命になるのは、コナンさんのためでしょ?」
「まあ、そうなんだけど」
「でも、男に嫉妬するなんて、変な感じだわ、ふふふ。こっちはどうかな。うん、粗熱は取れているわね」
芋をある程度粗くつぶして、大皿に広げていた物だ。
「じゃあ、予定通り、つぶして裏ごししてくれる」
「かしこまりました、料理長」
いや、料理長じゃないんだけれど。
アデルは袖をまくり上げて、手を……いや肘まで洗っている。なんだか料理できる感が漂ってくる。
「じゃあ、僕は魔術を使うから、外で作業してくる」
「あ、うん」
1階に降りて、中庭に出る。
アデルによると、住人の憩いの場所らしい。人気のなさそうなところは……あそこが良いだろう。隅の方に移動し、ベンチに座る。
買ってきたものを取り出す。
黄銅製の円すい形。頂点はなく平面になっていて中央に直径5ミルメトぐらいの穴があいている。絞り器に使う口金だ。
ふふふ。やっと生かせるな。
もうひとつ、最近彫金で作った道具を取り出す。銀色の角棒の先に黒い鳥のくちばしのようなものが左右に生えている。怜央の記憶にあったノギスだ。
残念ながらステンレスは、この世界にはないので、錬鉄を加工して作った。工学部で角棒部分はスズメッキ、くちばし部分は黒染め加工してもらった。
目盛は刻印魔術で刻んだ。
バーニアをずらし、口金を挟む。肉厚は0.12、最外径は18.9、底径は11、高さは24.0か。穴の内径は……測りづらいな、ざっくり直径4か。(単位はミルメト)
うーん。この穴に別の板をろう付け……いや食品用だから溶接だな。練習のために、黄銅板を魔導収納に在庫してあると、こういう時に助かるよな。無駄遣いを自己正当化する。
刻印魔術を使って、彫金するのは慣れたものだ。さくさくとやや小さめ円を切り出し、あっという間に溶接して買ってきた口金の穴をふさいだ。
これで完成ではない。口金の穴をふさいだのは、もう一度穴をあけるためだ。無論穴径は変える。さて、いくつにするのが正解か?
僕は目を閉じると、脳内システムでシムコネを開いた。そして、連携解析から熱流体解析を開く。絞り袋の形……はモデリングが面倒なので、円錐の一部分でいいや。
荷重は、アデルの握力が25キルグラとして継続して全力は加えられないから、15ぐらいにしておこう。
次は流体の粘度?
知らない。知るわけがない。でもこれをはずすとデタラメな結果になるよなあ。えーと、何か参考資料は……あった。水が1。蜂蜜が1万五千、マヨネーズが4万、水あめが10万か(単位はmPas:ミリパスカル秒)。どれも地球のデータだ……マヨネーズ。あぁぁぁ、マヨネーズ!? 怜央の記憶ととも舌に味が甦る。黄色掛かった白い調味料だ。
卵と酢が主成分だ。僕は食べたことがないけど、この世界にあるかないか、アデルに訊いてみよう……むう、思考が思いっ切り横道にそれた。
たぶん、カッショ芋ペーストは、マヨネーズより粘度が高いはずだ。だから8万ぐらいにしておこう。最後は、穴径だ。2ミルメトぐらいから、小径に振ってみよう(以降単位なき量はミルメト)。
圧力印加開始から10秒間を解析開始。
あっさり終了した。軸対称解析とはいえ、速くないか。まあ速い分にはいいか。結果のアニメーションを表示。おお、なかなか良い感じで吐出されるが、数回途切れた。
それはいいとしても、口金からペーストが出た途端に太くなるなあ。むう、穴径2はだめだ。
次は穴径1.5を見る。これもやや太くなる上に、ボツボツと切れてしまう。これはだめだ。穴径1.0はもっとひどくなった。
穴径が細過ぎるのかな。穴周りを拡大表示して、速度を色づけしてゆっくり動かすと、そこで渦ができているのが見えた。圧損がでかいのか。
次に、粘度を下げてみた。
再解析の実施結果では、最初より膨らまず、ペーストが途切れなくなった。
まとめると、カッショ芋の粘度次第だが、穴径が小さい方向が厳しいということだな。
流体解析で結論が出るかと思ったが、物理定数が適当だと結論もぶれる。モデルベース設計の限界ではなく、僕の知識の問題だ。
†
「おかえりなさい、レオンちゃん。裏ごしはできたわよ」
アデルの元に戻ってきた。ボールの中にこんもりとたまっている。芋3本くらいはやってくれたようだ。
「ありがとう」
「それで、外でなにをしてたの?」
「絞り器の口金を改造してた」
「口金を改造?」
改造品を、取りだして見せる。
「えっ! 穴が小さい……それにたくさんあいているけれど」
「こうしないと絞るのが大変だし、綺麗にできないと思う」
アデルは、眉間にしわを寄せて、悩みはじめた。おそらくこれを使って絞ると、どうなるのか考えているのだろう。
「あれ? この口金だけ穴の数が……むう、これも前世の記憶なの?」
「いやあ、怜央は相当物知りだけど、何でも知っているわけじゃないからさ。何種類もあるのは、決めきれなかったからだよ。実物で確認しようかと」
「望む所だわ! 夜中までだって付き合うわよ。それでどれから試す?」
「じゃあ、これから」
穴径1.5ミルメトのを指す。
「ふむ。じゃあ、絞り袋を切って、口金を付けるわね」
アデルは綿の袋の隅をはさみで切って、あいた穴に口金を差し込んだ。さすがは慣れているな。
「とりあえず、何も混ぜずに絞ってみて」
「うん」
アデルはボールからスプーンで何回かすくって少量を袋に詰めて、まな板の上で絞り始めた。左手は口金に添えて、右手で袋を押している。
「うーーん。固い……」
圧力損失がでかいのか。
「……うまくいかないわねえ」
なんとか、ペーストが絞り出され始めたけれど、口金を動かしていくと、ぶつぶつと途切れてしまう。
ふむ。解析結果アニメーションで見たような状態だ。粘度はおおまかに合っていたらしい。
「やっぱり。こうなるかあ」
「えっ、わかっていたの? そっか、とりあえずって言ったものね」
「うーん。このペーストの粘度が高いんだよねえ?」
「粘度……そうね。普通に絞るクリームは、もっとゆるいわね」
「何かを混ぜて、粘度を下げるしかないんだろうけど。あまり、芋の風味を損ないたくないんだよね」
アデルは、小首をかしげた。
「もしかして……」
「何?」
「芋のペーストだけで、山を盛り上げようと思っている?」
「ん? そうだけど、ダメ?」
「うーん。中の芯にする部分は別にして、ある程度量を絞る必要があるわよね。それを芋だけにすると、飽きると思うのよね」
「飽きる……」
「いや、芋がまずいって訳じゃなくてね。舌の方が慣れるっていうか、味が同じだと厳しいと思うわ」
「ふむ」
菓子を食べ慣れている者の意見だ。真摯に聴くべきだな。
「よくあるけれど、中は生クリームにして、その外側に芋のペーストを絞ると良いと思うわ」
「おお。それは良いかも」
「だとすると」
「ん?」
「ある程度、ペーストにバターや生クリームを混ぜて、粘度を下げても問題ないわ」
「えっ、どうして?」
「考えてみて。食べる人が、芋だけ掬うと思う?」
「あっ、意識的に掬わないと内側の生クリームも混ざるか」
「そういうこと。だから粘度を優先すべきだわ。もちろん絞ることができる上限でね」
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訂正履歴
2025/04/09 誤字訂正 (森野健太さん、Paradisaea2さん、雨季道家さん ありがとうございます)
2025/04/15 誤字訂正 (徒花さん ありがとうございます)
2025/06/30 誤字訂正 (ta510さん ありがとうございます)




