閑話7 執事喫茶危うし(3)
男は負けるとわかっていても引けないことがある……そうすか?
くぅ。ああは言ったが、分が悪い。
菓子なんて作ったことがないしな。母様にはあきらめろと言われて頭にきたけれど、冷静になれば彼女なりの優しさだと思えてきた。
でも、コナン兄さんを助けなければ。
それに、カッショ芋の生産者さんたちの熱気を見たら、応援したくなるよなあ。
いずれにしても、明日までになんとかするならば、誰かの助けを得ることが必須だ。そもそも、何か思い付いたとしても実物が作れない。そんなことをつらつら考えながら、下宿に向かって戻って来たけれど、足がアデルの部屋に向いた。
彼女も、まだ休みのはずだが、それは公演や稽古がないだけで、新作の役作りをする大事な時期のはずだ。けどなあ……。
路地裏に入る。
≪魔導通話 v0.3≫
『あわわ……レオンちゃん』
呼び出すとすぐ出てくれた。
「アデル」
『夜じゃないから、掛かって来るって思ってなかったわ。それで、どうかした?』
「うん。ちょっと。困ったことになっちゃって」
『困ったこと? もしかして、家族のこと? 伯母様とか』
「えっ」
どうしてわかった?
『そうなの? レオンちゃんが、困ることって他になさそうだし』
うう。まあ、そんなこともないけれど。
「それで、アデルに……」
『いいわよ。今、どこにいるの?』
「……アデルのウチのすぐ近く」
『なんだ。じゃあ、すぐ来てよ』
「でも、アデルは忙しくない?」
『たった今、暇になったから大丈夫』
「えっ?」
『レオンちゃん以上に、大事な用件なんて私にはないの』
ううむ。
「わかった。じゃあ、すぐ行く」
『うん。お茶を淹れて待ってるからね』
─────通話終了
はぁぁぁ。
†
「新しいお菓子かあ。さすがにレオンちゃんでも、手には負えないわよねえ」
アデルの言葉に甘えて、部屋にやって来た。
彼女は、ソファーの隣に座って、なぜかうれしそうにしてる。
「そうなんだよね。カッショ芋の石焼きを使うのは決まりだけど。それ以外は」
「ふむ、執事喫茶に出すんだものね。芋を焼いてそのままって訳にはいかないわよね」
「うん。母様にもそう言われた」
話が早い。
「でも、まだ開店していなかったんだ。お店ができるのって、秋頃じゃなかった? お父さんが、そんなことを言っていたような気がするんだけど」
「あれこれ母様が注文を付けて、責任者のコナン兄さんが困っているんだ」
とはいえ、逆らえないしなあ。
「ふうん。でも目玉のお菓子がないのなら、伯母さまは間違っていないと思うけどな」
「えっ、なんで?」
「喫茶店は何種類かあるけれど、大きく分ければ……」
ふむ。
「基本を押さえて、居心地の良い場所を作ってくれるお店と、新機軸をつくったり流行りに乗るお店があるわ」
「へえ」
「執事喫茶って、後者よね」
「そうだよね。でも、よくそんなことがわかるね」
「まあね。研究生の頃までは喫茶店によく通ったからねえ」
それだけで、そこまで分かるものかなあ?
「それはともかく。後者は後者で大変なのよ」
ん? なんか実感がこもっている。
「いくら目新しくて持て囃されても、長続きさせるには、喫茶店本来の良さを兼ね備えていないと」
「あぁぁ」
「やっぱり喫茶店は、おいしいお茶とお菓子を出してくれないとね」
「うん」
「だから、伯母さまは、それを危惧されていると思うわ。それに後者は最初の印象が大事だからね」
「そう……か」
アデルの言う通りだ。母様は意地悪で開店時期を引き延ばしているわけじゃないよなあ。まあ、僕に対しては意地悪な成分もあると思うけど。
それにしても。アデルは、1度しか母様に会ったことがないのに、よく意図を察せられるなあ。
まてよ?!
新機軸ってアデルによく使われる褒め言葉じゃないか。
初公演では、今までになかった外連味が乗った身のこなし。そして最近ではまさに飛んでいるような宙乗りの復活。
誰もやっていなかった演技で、新たな客層を開拓したと持て囃された一方、歌劇の王道を外している。そう批判を受けたこともある。
「ねえ、レオンちゃん?」
「あっ、ああ、ごめん」
「話を戻すけど。レオンちゃんは、お菓子って何が大事だと思う?」
「それは……味じゃないの?」
「そうね。味は一番大事だわ。」
「1番目? 他にもあるってこと?」
「そう。甘くて、口当たりが良いだけじゃだめ。香りも味と同じぐらい大事よ。鼻を摘まんで食べると、おいしさが半減すると言うわ。香ばしい味なんて匂いがなければないも同然だしね」
「なるほど」
「でも、レオンちゃん話を聞いた分には、伯母さまはもっと別のことを狙っているのじゃないかしら」
「ええ? どういうこと」
「たぶん、味以外の……きっと見た目だわ。あとは手触りや噛みごたえかなぁ。柔らかさ、固さ、弾力。脆さも大事だけど、やはり見た目よ」
「見た目……」
「執事喫茶の主なお客様は、女性……お嬢様よね」
「うん」
「じゃあ、見た目に訴えなければ失格だわ。綺麗とか、かわいいとかね」
「なるほど。男とは違うね。味の次は、量が多ければ良いとかになる」
「いやいや、女だって計算高いところもあるから。それも無視できないわよ」
「いやあ、むつかしいね」
女子は複雑だあ。
「要は、味はおいしくて当然。それでいて見た目も良い必要があるわね」
「むう。そう言われると素人の僕には無理なんだけど」
母様があきらめろと言ったのも、今さらながらにうなずける。
「弱音を吐かない」
「うん。でも見た目って、なんだろう。粉砂糖を上から降らすとか?
「悪くはないけど、それはお化粧。あくまで最後の演出よ」
「はぁぁ」
「化粧っていうのは、肌の良さという土台があって、初めて映える! って、ガリーさんの口癖だわ」
「ふーむ」
また出てきたよ、あの人。
「でも、後輩には女優の肌荒れや疲労を救ってこそ、化粧士って言っているけどね。ふっふふ」
なんだかな。両面ということか。
「お菓子でいえば。土台って、なんだろう?」
「そうねえ。やはり形かな」
「形!」
「そう。粉砂糖を雪に見立てるなら、積もってる山の形とかね」
!
「えっ、なんて言った?」
「積もっている?」
「いや、その後!」
「山?!」
脳裏に、ピントが合っていない映像が浮かんだ。
「山かぁ」
「何か思い出した?」
「うーん。まだぼんやりとだねえ。山って、お菓子でどうやるの?」
「そうねえ。何か中心にある程度しっかりした物を置いて、その外に例えばクリームみたいなものを塗り付ける感じかなあ。中央通りにある喫茶店で食べられるわよ。行ってみる?」
「うーーん。いやあ、どうだろう。実物を見てしまうと、それに引っ張られる気がするんだよねえ」
似たような物を再生産してしまい、新規性が喪われる気がする。
「そうね。レオンちゃんが、あまりお菓子を知らない弱みを、逆に強みに変えないとねえ……」
良いことを言う。しかし、アデルは首をかしげた。
「……でもさあ、カッショ芋以外の材料とか、知る必要があるんじゃない?」
「それもそうだね」
確かに、カッショ芋だけでは作れそうにないよな。
「じゃあさ、喫茶店じゃなくて南市場に行ってみようよ」
†
「へえ。市場にはたまに来るけれど、こっちの方は初めてだ」
アデルの部屋を出て、歩いてきた。
生鮮品や料理を出す店がある区画とは離れた、西の方だ。
「そうねえ。製菓道具は西区の市場の方が良いけれど。材料ならここらへんも良いのよねえ」
「ふーん。ふっふふふ」
思わず笑う。
「何よ! その目付き」
「いやあ、メイド姿が似合っているなあと思って」
「もう!」
隣に居るアルベイダ(変名)の姿が、お仕着せだ。厚手の紺色のブラウスとスカートに白いエプロンをしている。髪は引っ詰めにして眼鏡をしているので、本来の彼女には見えない。そして、化粧で左の頬にたくさんのソバカスを描いている。
『わかりやすく、特徴を作ると、それ以外に視線が行かなくなるのよ』
たしかに。立派な変装だ。
「なんだかなあ。もう、帰ろうかな」
「ごめんごめん。それでどこに行くの?」
「すぐそこの角。タッカー果物店」
「果物……」
「そう。価格は高いんだけど。季節のおいしいものがそろうのよ」
主役はカッショ芋なんだけどなあ。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2025/04/05 誤字訂正 (1700awC73Yqnさん ありがとうございます)、くどい記述を訂正
2025/04/07 誤字訂正 (長尾 尾長さん ありがとうございます)