閑話6 執事喫茶危うし(2)
徐々に母を理解し始めたレオン。
南区3番街西2番35号。
8日ともなると、世の中はすっかり普段どおりに戻った。
雨は降っては居ないが、鉛色の空は厳冬期に向かう寒気を町中に降ろしている。
この辺りは人出が多いので、馬車鉄に乗ってやって来た。
ええと。2番はここら辺りだが。31号、33号……あっ、ああぁぁぁ。
兄さんに会えるという浮き立った思いが、一転して落ち込んだ。
なるほど。そうだよな。居るのが兄さんだけとは限らないよな。手紙に書いてくれよ。まあ、書いてあったら、来たかどうかわからないけれど。
35号。
ここか。外階段があって、その上が店舗らしい。看板にまだ白い布が被せてある。ここまで来たんだ、仕方ない。登って入店する。
「すみません」
赤い絨毯を踏んで入って行くと、執事らしい黒い燕尾服を着込んだ、男装娘が腕を広げて僕を止めた。
ふうん。受付に精算所なのに、高級だなあ。この立地だし、開店に期間が掛かるのはある意味当然か。
「あのう、この店は開店準備中で、まだ営業は」
「僕は関係者です」
「えっ、関係者?」
「経営者の一族です。コナンという……」
「レオン」
「兄さん。久しぶり」
執事……店員さんが会釈して下がっていた。
「良く来てくれた」
「はい。ところで、居るんでしょ、母様」
「よく分かるね。客室にいらっしゃるよ。その顔、やっぱり手紙に書かなくて正解だね」
そう。リオネス商会の事業区分で考えれば、この手の新事業は母様の領分だ。
「じゃあ、いこう」
「はい」
重厚な扉が開くと、広いホールだ。
ここが客室らしい。ざっと、ランスバッハ講堂ぐらいの広さがある。ふむ。僕が見てもあそこと違って石造りの床で雰囲気もバッチリだ。
「金が掛かってますね」
「すこしね。2回ダメ出しを喰らった結果だよ」
「それはそれは」
あの窓際に立ってる人が出したのだろう。
「それで、あっちは厨房ですか?」
「いや。そっちは重要顧客向けの個室だ。5部屋ある」
「ふーん」
運営は大変になるが、確かに個室にした方が、貴族趣味の雰囲気により浸ることができるだろう。
「さすがは兄さん」
「うん。そこだけは褒められたよ、副会頭に」
「副支配人!」
「おっと、お呼びだ」
客室を横切って、窓際へ歩み寄る。あきらめて、僕も付いていく。
軽く会釈する。
そこには母様の他に2人が立っていた。見知らぬ20歳代中盤くらいと40歳代の男性だ。
「副支配人。なぜ、彼を呼んだのですか?」
母様は僕を見ている。まあ部外者だからねえ。
「レオンは、執事喫茶の発案者です」
「その契約は終わっています」
「はあ」
「あのう、副会頭殿」
若い方の男が男性が進み出た。
「こちらの方は? レオン殿と聞こえましたが」
「私の3番目の息子、レオンです」
母様は溜息交じりだ。
「おお、そうでしたか。私はレナード商会、王都支店長オットーと申します」
「初めまして。レオンです」
この若さで商会幹部とは。一族ということか?
レナード商会の経営者一族は、エミリア発祥でウチとは親類だ。しかし、面識がないということは。
「はい。レオン殿のことは、義妹のエイルから良く聞いておりますよ。サロメア大学に進まれた、とても優秀な魔術士だとか」
エイルの義兄ということは、やっぱりイレーネさんの夫か。
しかし、一族に何を吹きこんでいるんだ、エイルは。
「それは、恐縮です」
「そうですか。レオンさんが、この執事喫茶の発案者とは。どうやら、ご慧眼のようだ。どうです? あの件も訊いてみられては」
あの件?
「発案はともかく、承諾しかねるわ」
むうう。確かに怜央の記憶のおかげだけど。なんだかなあ。母様の反応が不自然だな。まあ普段から僕のことはあまり褒めないけれど。
「お言葉ながら。レオンの発想力は、卑下したものではないと思いますが」
「ほう。それはそれは」
「では、オットー殿。あまり期待なさらぬように」
母様は、眉根を寄せて横を向いてしまった。
「では、レオン殿」
「はい」
「今回レナード商会は、こちらの店の食材や茶葉などの供給を一手に任されています」
うなずく。
そういえば、レナード商会の主要な取扱商品は食料品だった。
「私は去年の秋から、王都に参りまして。こちらの案件を担当しております。ただ真新しい菓子を、お母様……いや副会頭殿からご用命をいただいているものの、なかなかお眼鏡に適うものをご用意できず、お叱りを受けております」
菓子?
「そう、菓子よ。執事喫茶の発想は悪くない。以前、私も認めたし、サロメア大学内でも証明されました。接客術も良いでしょう。ですが、それだけでは、本当の商売としては長続きしない。お出しするもので引き付けなければ」
「それで新しい菓子ですか?」
「そうよ。魔術や魔道具はともかく。菓子のことは、あなたに思い付くとは思えないわねえ」
僕を見て、オットーさんを見た。
そういうことか。
口では僕をくさしているけれど、その実、オットーさんも試しているという訳だ。いつもながら母様もなかなかに人が悪い。
まあ、オットーさんも、僕を巻き込んで責任の何割かを回避したいぐらいに考えているのだろうし、どっちもどっちだけどね。
ならば、僕は深入りしない方がいいのかもしれない。
とはいえ、コナン兄さんが、困っているのは事実だ。
母様の理想は高いからなあ。エミリアに帰った時、ベガートさんが9月に先行開業と言っていたのに、もう年が明けてしまっている。訊かなくてもわかる、母様が開店を承認しないのだろう。
ん? 待てよ。レナード商会───
「おっしゃる通り、僕は真新しい菓子に興味はありません」
「そうでしょう」
「ですが、菓子の素材には、心当たりはあります」
「なんですって?」
母様の視線が怖いんだけど。
「その素材とは?」
「ははは」
「そう簡単には言わないということね?」
いや、くさされたから、少し反発しただけだけど。
「そこでオットーさんに、いやレナード商会に商談があります。それをご一考願えるなら」
「ほう。わが商会に商談ですか?」
「もちろん、僕との商談ではありません。とある産地から、その素材となるものを仕入れて、販路を拡大してもらいたいのです」
オットーさんは、アゴを摘まんだ。
「無論、売れる期待があれば、吝かではありません」
「オットーさん、弟はうそはつきませんよ」
「はあ」
反応が微妙だ。あと一押しするか。
「その素材とは、カッショ芋です」
「カッショ芋!?」
兄さんは知らないか。母様も微動だにしないから知らなさそうだ。
「あの芋は、近年わが国に入ってきておりますが。そのう、お世辞にもうまくはないのですが」
オットーさんは知っているか。さすがは食料品を扱っているだけはあるな。
「いいでしょう」
母様?
「あなたが言う商談に乗ってレナード商会を通じて、カッショ芋を仕入れましょう。ただし、明日の昼までに、新しい菓子ができたらです」
「明日の昼!」
「副会頭、明日までなんて無茶です」
「副支配人」
「はっ、はい」
「私はね。これ以上、レオンをこの件に関わらせたくないの。それが呑めないのなら、話は終わりよ。それはそれとして、オットー殿。こちらの依頼内容は、全てを伝えました」
「あっ、はい。ありがとうございました。失礼いたします」
オットーさんと紹介されてない人は、そそくさと客間を後にして行った。
「副支配人。明日の昼までという話は、あくまでレオンを待つ期限よ。あなたは、こころゆくまで考えれば良い。ただし、それまで開店は認めない。そして、明日以降はレオンを頼らないこと」
「はあ……」
「コナン。あなたには周りの人間に自然と協力をさせる器量がある。それは商人として得がたい資質だわ。しかし、覚えておきなさい。頼るべき時と相手を見誤ってはならないわ」
自分でなんとかしろとコナン兄さんに言っているのか。
「それからレオン」
「はい」
「あきらめていないようね。もう一度言っておくわ。お菓子よ。カッショ芋? それを単に茹でたとか、焼いたとかではダメよ。ここは、王都の華と言える土地柄。そして、執事を持つ立場のお客様が寛ぐ場所で、お出しすることが前提」
母様の言うことはわかるが。
「それから。真新しい菓子については、できなくても何ら恥ではないの。それこそ、われわれにだってできてないことですからね。いい? 私はあえて無理を言っているの。だから、レオンは付き合う必要なんてないの。兄を助けるつもりなのだろうけど、それより学生の本分を果たしてもらいたいわ」
むう。
「あきらめるかどうかは、明日決めます」
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2025/04/02 細々訂正, 誤字訂正 (n28lxa8さん ありがとうございます)
2025/04/12 誤字訂正 (1700awC73Yqnさん ありがとうございます)
2025/04/14 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)