閑話5 執事喫茶危うし(1)
閑話にしたんですけど。本編でも良かったかなあ……。
「オーナー。お待ちしておりました」
トードウ商会にやって来た。年末以来だ。
「こんにちは、代表。今日から稼働していたんだ」
「ええ、6日ですから」
大学とは違うよな。まあ1年生は、僕たちより早く始まるようだけど。
応接に入って待っていると、お茶を持って入って来た。
「どうぞ」
「わるいね。サラさんは?」
「彼女は、明日からです」
「そう」
先延ばしにしても仕方ない、切り出すか。
「公開技報の件なんだけど」
今日、あわてて商会にやって来たのは、これが理由だ。おととい公開技報を出願した後、ここへファクシミリ魔術で公報を送ったのだけど。
お話を伺いたいのですが、そう書かれた代表からの返信を、さっき飛行中に受信した。
「はい。こちらは何でしょうか?」
複製魔道具から出力された紙を、僕に見せる。
「それは、カッショ芋の調理方法だよ」
「調理方法。へえ。オーナーは料理もされるんですね。存じ上げませんでした」
「まあね」
うう。遠回しに攻めてくるな。
「それはともかく、この件は承知していませんが」
「うぅむ。その技報を出した前日に思い付いたからね」
「はぁぁぁぁ」
露骨に落胆している。
「登録されるかどうかは、怪しい所かとは思いますが、少なくともこの内容なら特許出願できると思います」
「エルボランの知財ギルドの人にも、そう言われたよ」
「ならばなぜ? 魔術や魔道具ではないからですか? クリスタルペンの件もそうでしたが」
むう。執念深い。
「そうだね。それもあるが、それだけではない。特許として権利取得すべき案件と、すべきではない案件があると考えている」
「つまり、この石焼き芋は後者だとおっしゃるわけですか?」
「そういうことだ。ところで代表は、カッショ芋を食べたことは?」
「いっ、いえ。ありません」
「じゃあ、間食にちょうど良い時間だから、食べてみて」
「えっ?」
「言葉で説明しても伝わらないと思うから」
「はぁ」
≪ストレージ───出庫≫
ソファーセットのテーブルの上に、石焼きカッショ芋が乗った皿とナイフとフォークを出庫させる。
「どうぞ、召し上がれ」
「わかりました。ありがとうございます」
代表は、ナイフで芋を真っ二つに切った。
「へえ、意外と柔らかいんですね」
生の芋も出庫して、テーブルに乗せる。
「採れたては結構固いけどね」
代表がそちらにも手を伸ばす。
「本当ですね。じゃあ、こちらが柔らかいのは……焼いた結果ということですか」
代表は、輪切りにした部分の皮を器用に剥いて、切った芋をフォークで口に運ぶ。動きが洗練されていて、育ちの良さが見て取れる。
「甘っ! むぅぅぅ、はぁぁ。驚きました」
「これを食べる人から使用料を取ることが妥当だと思う?」
「いやまあ……生業としない場合は、料理から使用料は取られませんが。見方を変えれば、石を使って焼いただけと言えば、強弁できますね」
うなずく。
「ふむう」
「代表には悪いけれど、これからも特許出願するかしないかは、僕が決めさせてもらう。これは、譲る気はない。ただ……」
「できるだけ事前に、お知らせいただく。よろしくお願いします」
「うん、できるだけ」
「もうひとつ、伺いたいのですが」
「なにかな」
「どうして、これを突然思い付いたのですか?」
「エルボランの町で、カッショ芋を見掛けたのと。ある人に関わったからだ」
「ある人……とは」
まあ、いいか。
「バルドス・デュワ・ウーゼルさんとベネディクテご夫妻だ」
「ウーゼル? まさか、ウーゼル・クランのホテル王ですか?」
ホテル王って呼ばれているんだ。
「うん。そのバルドスさんが、このままだとカッショ芋が廃れるって言われてね」
「わかりました。オーナーが、財界人と関係を持たれるのは良い傾向です」
いや、そんな大袈裟な話じゃないけど。
「はぁぁ。しかし」
「ん?」
「これ、サラちゃんにも食べさせたかったですね」
†
「おかえりなさい」
アデルの部屋に帰って来た。
奥の居間まで通されたると、いそいそと寄ってきて、ローブを脱がしてくれたが、何となく逃さないぞという感じに見えるのは考えすぎかな。
「いい匂いがするね」
「まあ、レオンちゃん。鼻が利くわねえ。お昼ができてるわ。座って座って」
馬車でエルボランへ送ってもらった後、市場でたくさんの食べる物を買っていたが、それを使ったんだろう。
「はい。どうぞ」
深い皿が出された。
「うぁ、もう作ったんだ」
白いとろみのついたクリームシチューだ。
スプーンを入れると、根菜類と鶏肉が掬えた。湯気を吹いて口に運ぶ。
「おいしい。口当たりがいいけど、しっかりコクがあるよ」
「ふふぅん。よかった。私、シチューは得意なのよね」
そういえば。アデルが、僕の下宿で初めて作ってくれたのがやはりシチューだったな。
「チキュウってところの、シチューもこんな感じで合ってる?」
この世界にもシチューはあるが、アデルが知る限りでは、これはないらしい。
『レオンちゃん。ここにはないけど、その怜央って人が食べた料理があるでしょう。思い出して! 私が作って上げる。そして、おかあさんに勝つんだから』
そのひとつが、これだ。
「たぶん合ってると思う。合ってなくても、うまいし」
「あぁぁ。そういうことじゃないんだけど……まあいいか。うれしい。うふふ」
屈託のないアデルの笑顔に、満ち足りた思いが沸き上がった。
† † †
「おかえり、レオン」
翌日の昼過ぎ。下宿に帰ると、玄関でリーアさんと出くわした。
「遅かったな。帰って来る予定はおとといじゃなかったか?」
「いろいろありまして」
「まあ、元気ならいいけれど。洗濯物があれば出しておいてくれ」
「はい。ありがとうございます。ところで3時に夫人はお茶をされますよね」
「もちろん」
「じゃあ、そのときに、お茶請けを」
「おおお。そりゃ楽しみだ。あっそうだ」
「えっ」
「昨日、レオンの兄さんって人が、ここへ来たぞ」
「兄さん!」
へえ、王都に来たんだ。
「ええと……そうそう。コナンって人だ。あんまりレオンには似てなかったが、良い男だな」
「あははは。この前、子供が生まれましたから、無駄ですよ」
「ふん。無駄って何の話だ。そんなことを言うヤツには、預かっている手紙を渡さないぞ」
「すみません、すみません」
「ははは。ほい」
手紙を受け取って、部屋に戻る。
荷物を出庫し、洗濯物を袋に詰めて、出しておく。
落ちついたので、封書を開く。
親愛なるレオンへ。
昨日から王都に来ています。
ひとつお願いがあります。執事喫茶の店舗、ようやく1号店が近日開店することになっています。
へえ、いよいよ出すんだ。
ダンカンさんの予定では、もともと去年の9月にという話だったが、支障があって延びているとは聞いていた。
場所は……南区中央通り3番街か。たくさん喫茶店がある所だ。
それで、店の運営について、経験者のレオンに見てもらって意見をもらいたいかあ。日時は、今日はもう過ぎているから、明日の10時だな。
いやあ、僕なんか役に立たないと思うけれど。兄さんにも会えるし行こう。
3時のお茶請けに石焼き芋を出したら、夫人とリーアさんにとても好評だった。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)
2025/04/11 誤字訂正 (ドラドラさん ありがとうございます)