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191話 忍び旅(11) 当事者たち

忍び旅のはずが、ほぼ忍んでいないという。

 翌日。

 ボランチェに来て4日目。


『わるいね。今日はアデルをひとりにさせて』

『ん? ひとりじゃないわよ』

『えっ?』

ベニー(ベネディクテ)さんの別荘にお呼ばれしているから』

『そうなんだ』

『だから、レオンちゃんはがんばってきて』

『うん。わかった』


「間もなくです」

 馭者(ぎょしゃ)台から、声が掛かった。

 車窓から見える景色は、山道からエルボランの町並に移っていた。


 10分も走ると、西地区に入り代官所の前を通り過ぎた。すぐあとに武骨で大きい建物が現れ、その敷地に乗って来た馬車が滑り込んだ。

 バルドスさんの後について降り、建物に入る。

 エルボラン産業振興会と傍らの碑文に刻まれていた。


「これは御大。お元気そうでなにより」

 前方から近付いて来た長身の壮年男性が歩み寄り、バルドスさんへあいさつした。

 バルドスさん、ホテル以外でも御大って呼ばれているんだ。僕もそう呼んだ方がいいかな。


「会頭自らお出迎えくださり、痛み入る」

 振興会の会頭か。エミリアにも振興会はあったが、会頭は珍しくウチの一族じゃなかった。彼はバルドスさんの後ろに付いてきた僕を、単に使用人だと思ったのだろう。特に関心を示すことはなく、廊下を歩き始めた。


「彼らは?」

「もう会議室に集まっています」

 廊下を20メトあまり進むと、職員らしき人が左の壁際の扉を開けてくれた。僕もつづいて部屋に入る。


「みなさん。わざわざ集まってもらい痛み入る」

 バルドスさんが胸に手を当てると、部屋の中で座っていた人たちが立ち上がり、それに倣った。無論僕にではなくて、バルドスさんへだ。


 右側は農家の人たちに違いない。フロック(上着)に足元はゲートル(脚絆)を巻いている人が3人。そこそこの身形だから自作農家だろう。バルドスさんが言っていた芋の生産者だな。しかし、なんだろう。なんだか、あまり生気がないように見えるけれど。

 左側には、別の服装の人たちがいる。こっちは商人だな。長いマントで身を包んだ男たちがやはり3人だ。微妙に不機嫌そうだ。怒りを抑えているようにも見える。


「今日は、新たなカッショ芋の料理ができたので、皆に試して貰いたいのだ」

 商人のうち、肥満の男が数歩前に出る。

「お久しぶりです。御大がお呼びとあらば、何度でも参上する所存ですが、そのう……」

 ふむ。こういうことが何回かあったのだな。そしてこれまで及第点に達してはいないわけだ。


「うーむ」

「いやあ、私どもだけでなく、こちらに集いました者は、商いではなかなかお気持ちに沿いかねることもありまして。そろそろ……できますれば、今回をもって、見切りを付ける段階にあるのではないかと考えております」

 言いにくそうだが、カッショ芋は早くあきらめろと言いたいらしい。


「もちろんだ。無理強いすることはない」

「そうですか」

 言質は取って安心したのか、商人の列に下がった。


「御大」

 会頭だ。

「なんでしょう?」

「本日はお連れでないようですが。ホテルのコック殿たち。彼らと、前回は……ケンカ別れのような格好になりましたが。その後、進展があったと考えてよろしいでしょうか?」

 へえ。ケンカ別れしたのか。


 肥満体形の商人がまた進み出る。

「御大には申し訳ありませんが。あのように凝りに凝った料理を出されても、われわれがあれを再現できるわけでもないし。いみじくもそちらにお並びの生産者の方が言ったように、たとえうまくとも、食べているものが、芋なのか何なのかわからないようでは」

 ふむ。同行してこなかったのは、そういうことなんだな。


 バルドスさんは、こちらを向いた。

「承知している。今回の案は別の筋だ」

 僕は、白い布が被ったトレイを持って、真ん中に進み出る。


「この方は?」

 会頭が俺の方を見ている。

「わがクランの者ではない、とだけ言っておこう」

 今回、僕の素性は極力明かさない申し合わせになっている。

「では、披露してくれたまえ」

 うなずいて布を取り去る。


「「「おおっ」」」

 トレイの上には、3つの皿が載っており、そこに焼き上がったカッショ芋の輪切りが、盛り付けられている。皮がまだそのままだ。


「それぞれの皿は、別々の芋を切ったものです。どうぞお召し上がりください」


「ん? 芋が湯気を上げているが、どこで調理していたんだ」

 商人のひとりが言った通り、先程焼き上がったばかりのように見える。それが不思議なのだろう。まあ、魔導収納に入れていたからな。


「まあまあ、まずは試食頂いて」

 フォークを渡すと、あまり期待を示さずうなずいた。隣の商人、また隣とフォークを渡していく。


「では、ひとつ……んん? なんだか、黄色みが強い気がするが」

「んん、なんだ? こんなに柔らかかったか?」

「いや、こんなに持ち上げるのに、苦労をしなかったぞ」


「どうぞ」

 生産者のみなさんにもフォークを渡していく。


「あっ、熱ぅう。ううむ」

「甘い。甘いぞ」

 商人たちの驚きを見て、会頭を含め職員さん達があわてて食べ始めた。


「信じられん。あの味のうすい芋が」

「これは、わしらの畑で取れた芋ですかな、御大」

「もちろんじゃ」


「おおぉぉ……」

 えっ。

 響めいた生産者たちのひとりが涙を流している。


「どっ、どうやって、これを? 先程別の筋とおっしゃったが」

「そうだな。作り方について説明してもらおう」

 僕の方を見てうなずいた。


「調理方法は、風変わりですが単純です。石焼きと言います」

 皆は、ぽかんとした表情となった。


 それから、ホテルでコックの方々へ説明した内容を繰り返した。

「……以上です」


「くう。石で焼く。そんなやり方があったとは。今になって目が開いた思いです……」

「確かに、焼き方ひとつで、カッショ芋がここまで甘くなるとは。それにこの方法ならば、熟練のコックでなくても作れる。これは大きい」

「ただ、売るとなると、大衆にこのうまさは知られてないことをどうすれば」

 もう1人の商人もうなずいた。そうなんだよなあ。


「あははは」

 会頭?

「ふっ。何を弱気な! それこそ商人の才覚の見せ所でしょう。もちろん振興会としても、後押しは惜しみません。ただ、御大……」

 会頭がバルドスさんに向き直る。


「それには、この石焼きなる方法の使用料が鍵になるでしょう」

「会頭、これを」

「何ですかな?」

 会頭は眉根を寄せたが、差し出された紙を受け取る。そして、一瞬で目を見開いた。

「これは……」

 農民たちも、商人たちも、会頭の反応に明らかに釣り込まれた。


「まさしく、先ほど説明いただいた石焼きだが……公開技報とは」

 おっ。商人たちの1人が気が付いた。

「会頭。それは公開技報の公報なのですか?」

「うむ。自分の目で確かめられると良い」

 会頭が、その商人に紙を渡した。


 読み始めると残りの2人も、顔を寄せた。一様に驚いている。

 そう、あの紙は昨日知財ギルドに行って発行された公開技報の公報複写だ。昨日バルドスさんに、渡してあった。

 商人たちは沸いたが、生産者たちは怪訝(けげん)な面持ちだ。


「済まない。皆さんに分かるように説明しよう。公開技報とは、これこれこういう発明をしましたという届だ。ただし、特許と違って権利は請求しませんという宣言でもある」

「つまり、どういうことだ?」


「誰でも、使用料なしで石焼き芋を作って良い。売って良いという意味だ」

「えぇぇ」

そったら(そんな)ことが」

「どこの、だれが。そったらことを」


「おおっ。この公報の発行日は、昨日じゃないか!」

「昨日だと」

「本当だ、昨日だ。ちょっと待て、受付場所はエルボランって、すぐそこのギルド事務所じゃないか」

「出願人は? 出願人は誰だ?」

「匿名だ。コードは書いてあるが、これだけでは、誰なのか分からん」

 その声に皆が同じ方向に向く。


「御大。これは、あなたがやってくれたことですか」

「ははは。いやいや。私ではないよ。エルボラン近郷の取組を知って、知恵を授けてくれた篤志の方が現れたということだ」


「うううむ。にわかには信じられないが。ここらの者には、とんでもなくうれしいことだが」

 明らかに会頭も困惑していたが、はっとした顔で僕を見た。


「ウーゼル・クランにも、調査を命じてある。1月前にも何か良い方法はないかと探索したものの、なかったという結果が出ている。この1カ月で他に特許出願がなければ、この公報は有効だ。なあに、ここ数日で分かる」


 僕たちが入って来た時とは打って変わって、皆の目には期待があふれていた。

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

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訂正履歴

2025/03/23 誤字訂正(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)

2025/04/04 誤字訂正 (笑門来福さん ありがとうございます)

2025/04/24 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)

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― 新着の感想 ―
> なあに、ここ数日で分かる とはいえ、自分で再現するには滝が凍るほど寒い冬の川辺で、鍋に敷き詰められる量の丸い石を拾ってくる必要があるんですけどねぇ…
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