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189話 忍び旅(9) 試食

石焼き芋、おいしいですね。子供の頃はトラックで売りに来たんだけどなあ。

「レオン殿、できたのかな?」

「はい」

 バルドスさんに続き、アデルとベネディクテ(ベニー)さんも寄ってきた。


「ならば、試食しよう」

 戻ってきた若手のコックさんが、フォークを2本使って鍋から芋を取り上げた。

「赤紫だった皮が、褐色に変わっているわ」

 アデルだ。


 しげしげと見ている内に、巨漢のコック長ともう2人ばかり寄ってきた。

「切り分けてくれ」

「はい」


 いかにも切れそうなナイフだ。

「むう」

「なんだ。この柔らかさは!」

 焼いた芋はややつぶれながら、真っ二つに切れた。

「断面が……」

「鮮やかな黄色ですね」

「確かに。われわれが調理したときは、もっと白っぽかったよな」

 いくつかの輪切りを作って、それを4つに切り分けて、試食できる切片を作った。


「どうぞ」

 フォークを渡されたので、ひとつを刺して口元に運ぶ。

 まだ湯気を上げているので、ふうふうと吹いて、口に放り込んだ。

 うん。食べたことはないはずだが、味の記憶が(よみがえ)った。

 おっと、皆さんが僕の反応を待ってる。


「ちゃんとできています。皆さんもどうぞ」

 フォークが囲んだ人に回り、まずはバルドスさんが食べた。


「むう、これは」

 バルドスさんが一瞬目を見開いたが、険しい表情に戻った。気に入らなかったか?

 つづいて、ベニーさんと、アデル、そしてコック長が食べた。


「甘い。甘いわ」

「レオンちゃん、これ!」

「この甘さは……」

 他の囲んだコックたちも食べていると、もう1本の芋も切り分けてくれた。


「こっちもだ」

「断然甘くなっているぞ」

「ばかな。なぜこんなに甘くなるんだ。芋が違うのか?」


「いや、コック長。前のと同じ畑で収穫した物だ」

「そうなんですか、御大。しかし、この爽やかな甘さは良い。信じられん」

 ふーん。バルドスさんは、御大と呼ばれているのか。

 厨房に居て、調理をしてる人たちも、明らかにこっちをうかがっているようだ。


「どうですか? バルドスさん」

「うむ。コック長の言った通りだ。2本とも、今までが何だったのかと思えるほど、甘いし、うまい」

 よかった。甘くなった理由を考えていたのか。

「そうね。まるで、お菓子を食べているようよ。それにお砂糖のようにくどくはないわ」

 ベニーさんも、ご満悦だ。


「おめでとうございます。御大の執念が実りましたな。お役に立てず申し訳ありません」

 そういえば。なぜ、バルドスさん自ら、いろいろやっているんだろう


「いやいや。皆の、そしてレオン殿のおかげだ」

「お気に召してよかったです」


「それにしても。甘くなったのは、鍋に石を敷き詰めて焼いたせいなのだろうが。なぜなのだ? 何の迷いもなくやってのけたのだから、知っているのだろう、レオン殿」

 迫ってきた。


「いやあ。僕はコックではないので。うまく説明できませんが。このカッショ芋の主成分はデンプンです。そのままではさほど甘くはありません」

 コック長がうなずいている。


「しかし、65セルシー()ほどの温度を保つと酵素が働き、デンプンが糖の一種に変わります」

「糖」

「ええ、だから甘くなるのですが。普通に焼いてしまうと、その温度域にいる時間が短く、もっと高温になってしまいます。あとは、15分ごとぐらいで、芋を1/8周ぐらい回して石に当たる部分をずらします」

 怜央が、キャンプで教えてもらった記憶を、そのまましゃべる。


「そのコウソとやらはよくわからんが……」

「酵素とは、酒を造るときのあれか」

 さすがコック長だ。


「はい。似たような物です。ともかく、適度な温度でゆっくり加熱するのが、焼き芋に適しているので、石を使いました。鍋の温まり方に比べてゆっくりと加熱されるので」

「それにしても。石を使うとはな。どうかな?」

 囲んでいた人は、一様に首を振った。


「ああ……」

「はい」

「もっと、大きい塊で食べたいのだが」

「そうですね」

 作業台を振り返ると、コックではない人が切り残った芋を、食べていた。

 黒いスーツを着た、細身の壮年男性だ。


「支配人」

「これは、なかなかうまいですな。御大」

 しかし、表情が険しい。


「ふぅむ」

「私に黙って、ホテル内でこんなことをされては困りますな」

「そうだな。わるかった」


「それにしても、鍋の中に石を敷き詰めて芋を加熱するですか……御大が以前調査されていた報告書には、類似のものはありませんでしたが、どうされたのですか?」


「こちらの、宿泊客であるレオン殿のご紹介だ」

「これはこれは」

 支配人が、僕に深く会釈した。


「レオン様に、お伺いしますが、この方法」

「石焼きだそうだ」


「石焼き───この石焼きについては、あなたのご考案ですか? 特許を出願されていますか?」

 そうだ。

 料理や調理方法も特許権で保護される。


「出願はしていません。公知例がないことは、バルドスさんに言われて知りました」

「そうですか。どうしたものですかな」


「わかりました。僕の方で、公開技報を出しておきます」

 公開技報は、特許権を主張せず、確実に当該案件を公知とするする方法だ。


「レオン殿。特許についてお詳しいようですな。感服しました」

「いや待て。レオン殿、それは、石焼きについて特許権を主張しないということだぞ。わかっているのかね」


「ええ。理解しています」

 魔術は使っていないし、怜央だって准教授に教えてもらったやり方だしね。


「エルボランに知財ギルドはありますか?」

「西街区にございます」

「では明日、出願してきます」


「そっ、そうなのか。うっ、うむ。感謝する」

 バルドスさんと支配人が微妙な面持ちだ。気づいたようだ。

「ああ、いえ」


「コック長」

「はい、支配人」

「あなたは、お客様にお出しする方法を考えてください」

「はい。盛り付けを工夫します」


「支配人さん」

「これは。ベネディクテ様」

「この芋、調理方法は菓子に使えますので、それも」

「畏まりました。担当に申し伝えます」

 支配人は、お辞儀をすると、厨房を出ていった


 そのあと、打って変わって丁重な態度となった、コック長たちに、石の種類や大きさ、加熱時間や完成の見極め方などを、事細かに()かれた。そして解放されたのは、夕食直前になった。


     †


「ふう。おいしかったねえ」

 僕も、アデルも夕食をとって、部屋のソファーで寝そべっている。


「なんか、料理の品目が多くなかった?」

「コック長さんのこころづくしだって」

「やっぱりねえ。ところで……」

「ん?」

「石焼きも前世の記憶ってヤツ?」

「そうだよ」


「むう」

 何だろう。アデルは、微妙にご機嫌斜めのようだ。

「レオンちゃん。いろいろ役に立つことを知っていて、黙っているでしょう」

「まあね」

「ううむ。いいなあ」

「いや、出し渋っているわけじゃなくって、不意に思い出すんだ。思うに任せないんだよ」

「えぇぇ、本当かな」

「本当、本当」


「まあでも、その方がいいかもね。他人に知られたら、ただ便利に使われちゃうものね」

「そうそう。だから、アデルも他の人に言わないでくれよ」

「もちろんよ。レオンちゃんの真実を私だけが知っているというのは」

「ん? というのは?」

「何だか、とってもうれしいわ」

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

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また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

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訂正履歴

2025/03/23 誤字訂正(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)

2025/04/05 誤字訂正 (森野健太さん ありがとうございます)

2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)

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― 新着の感想 ―
まぁ新商品を出しまくったらアデルとの平穏な未来もバシルーラされちゃいますしね…
石焼き芋が出てきたら定番の、御婦人淑女が恥ずかしがりながら放屁するシーンをお願いします。感極まってブブー!
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