20話 力試し(2) 魔獣狩りの現実
何の仕事でも、手は汚れるもので。
うわっ。
一角山羊の屍を目の当たりにする。
全身焦げて真っ黒になっている。その上、ところどころからまだ湯気やら薄い煙を上げている。
「じゃあ、魔結晶は私たちがやろう」
そう。角はさっきもらったが、まだやることがある。
「いえ。僕が自分でやります」
「大丈夫か?」
「はっ、はい」
魔道具の材料となる魔結晶は、どういう仕組みかわからないが、魔獣の体内で作られる。だから取り出さねばならない。
「そうは言っても時間がない。岩の上のヤツは、ワーレン頼むぞ」
「了解」
言葉通りの意味か、情けない顔をさらしているであろう僕に同情したのか、わからない。
「レオン。魔結晶は、腹の中だ」
「はい」
でしょうね。
まれに頭部に埋まっている魔獣もあるらしいけれど。大体は腹だ。体積が大きいからね。
近付くと臭いがきつい。
自分でやった結果なのに、けっして気味は良くない。
だが、ここは心を無にするしかない。
ナイフを取り出し、焼け焦げた腹であったであろう部分を刺す。
10回ほどの探り刺しで、カチッと当たった。刃を寝かして裂いていくと、やがて透明でつややかな物が見えてきた。
「ほう、なかなかでかいな」
「たしかに」
まだ全体が見えて居るわけじゃないが、そのように見える。
≪水流v1.3≫
右手の先から結構な勢いで水が噴き出た。要らない物や液を流しさりながら、結晶を洗い出す。
「へえ、便利な魔術だな。魔術士は、魔力が減るのを嫌うが、大丈夫なのか」
「はい」
そういうものなのか?
モルガン先生以外に、職業として魔術士をやっている人の知り合いがいないから、わからない。魔術は反復した方が、成長が早い。そう言われたので、効率はともかく、出し惜しみを考えたことはない。
結晶がほぼあらわになったので、手で摘まみ上げる。握りこぶし大だ。ニールスさんが言った通りで大きい。魔灯に使うのは鶏の卵大だからな。
水量を落としつつ、汚れた手ごと結晶を洗う。これ位で良いか。
透明に見えたが、こうやってみるとうっすら緑がかっている。
「見せてもらって良いか」
「あっ、はい」
渡した。
日にかざして見ている。
「おお、傷もなく良い感じだ。なかなか良い物だ。一級品の下の方ってとこだろう。返すぞ」
受け取って、僕も同じようにしてみた。
「どの辺りで等級を見分けるんですか?」
「そうだな。結晶内部の気泡が多かったり、中央までヒビが入っているのは、大きさによらず3級だ。そうやって見ると中に薄い層があるだろう」
「はい」
ニールスさんの言葉通り、白い線というか、境界面がうっすら折り重なって見える。
怜央の知識によると粒界とか結晶粒界というものらしい。どのようにできるかわからないが、ある種の貝の中で作られる真珠みたいな物だろうか。不意に結石という言葉が思い浮かんだが、何のことだろう。
「それが目立たないかどうかが、2級と1級を分ける。見たことはないが、まったく層が見えない結晶があるらしい。それは特級とか上級とかいうらしいがな」
単結晶のことかな。
半導体ぽいな。そう思いながらも実感は浮かばなかった。
「ありがとうございます」
結晶をカバンにしまう。
その後、少し小振りな魔結晶をワーレンさんが持って来てくれたので、また水を出して、手を洗ってもらった。
†
「行ったぞ!」
ブゴウゥゥ。
雄たけびとともに、暗色の塊が茂みから飛び出した。
距離のせいで小さく見えるが、おそらく肩が僕の背丈程もある。
魔甲犀だ。
ワーレンさんが勢子となって、魔獣を茂みから追い出してくれた。
「ヤツの甲羅は、並の魔術では貫けないぞ、レオン」
僕のすぐ後に控えたニールスさんだ。この魔獣を見付けた時、万一の時は僕を抱えて逃げると言ってワーレンさんと配置を入れ替えたのだ。
確かに、ヤツの背中は強固な甲羅で守られている。
数秒間逡巡したのが災いしたのか、進路をこちらへ変えた。距離が───
それでも腕を構える。
≪衝撃 v0.41≫
≪衝撃 v0.41≫
≪衝撃 v0.41≫
発動の手応えとともに、魔獣の前後が白くなり、つづけざまに轟音が起こる。しかし、かすみを突き破って姿を現した。
「外したか!」
叫んだニールスさんが僕を脇に抱え、まさに駆け出さんとしたとき。彼も異常に気が付いた。魔獣が派手に血しぶいて右に逸れていった。そのまま、のめるように倒れ伏し、地響きと土煙が上がった。
「むう。ああ済まん、命中していたんだな」
ニールスさんは、ゆっくりと降ろしてくれると、僕の顔を見つめた。
「ええ、2発は無駄撃ちになりましたが」
「あの短い間に3発も撃ったのか。いやあ、それにしても、俺には魔術が飛んでいったのが見えなかったが」
そう言って首をひねる。
ニールスさんには、魔獣の下に発現した発動紋が見えなかったらしい。
「おおい。ワーレン。気を付けろよ」
目を転じると、ワーレンさんが魔甲犀へ近付いて行っている。
「分かってますって。うわぁ、腹が大きくえぐれてます。すげーな、こりゃあ即死だ」
「腹……だと? 本当に腹なのか? ワーレン」
沈着なニールスさんにしては大声だ。
「いやだな。俺だって背中と腹ぐらい区別できますよ。ああ、甲羅の方は無傷ですね。これもいい値段が付きそうだ」
ニールスさんは、僕を気にしつつも、ワーレンさんの方へ歩み寄った。そして、魔獣の屍を一瞥すると、突進して来た方へ歩いていく。
「こいつの甲羅の買取価格は高いんですか?」
「ああ、大きさによるが。こいつは中型だし、たぶん俺の半月分くらいの給金にはなる」
いや、ワーレンさんの給金は知らないし。戦利品は僕の物になるという契約。どうせ僕が換金することになるから、その時にわかるからここで追及するのは控えよう。
あっ。ニールスさんが戻ってきた。
何か、渋い顔つきだ。
「レオン」
「はい」
なんだろう?
「地面に魔術の痕跡がなかった」
ああ、あそこまで見に行っていたのか、わざわざ。
「つまり魔術が下から、魔獣に当たったことになる」
「ははっ、ニールスさん。冗談でしょう」
ワーレンさんが首を振った。
「俺は攻撃時を見ていなかったのだけど。魔獣を転ばさせておいて、腹を撃ったんじゃないんですか?」
「いや、転んではいない。ヤツが倒れたのはレオンの魔術が当たってからだ」
「えぇぇ。じゃあ、どうやって?」
2人が詰め寄ってきた。
「それは……」
ニールスさんが、何度か瞬いた。
「ああ、答えなくていい。済まなかった。レオン」
えっ。
彼はあわてて、打ち消すように手を振った。
「魔術の詳細は、術者に訊いて良いことじゃない。私としたことが、驚いて水を向けてしまった。済まない」
「俺もつい……ごめん。レオン」
「いえ。そんな」
「それとレオンも答えることは慎む方が良い。今は一時的にパーティーを組んでいると言ってもだ」
「わかりました。そうします」
ニールスさんは、やはりなかなかの人物のようだ。
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訂正履歴
2023/10/14 誤字訂正、表現変え
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)
2025/05/25 誤字訂正 (猫之蔵さん ありがとうございます)