188話 忍び旅(8) 奇想天外
奇想天外が当たり前になっていることは、けっこうあるんだろうなあ。
カッショ芋の調理方法に、試したいことがあると言ってしまった。
どのみち、王都に帰ったら試そうと思っていたことだ。
「戻りました」
おじいさん───バルドス・デュワ・ウーゼルさんが。別荘の玄関で待ち伏せていた。
「おお、欲しいものとやらは、谷に有ったのか?!」
「ええ。ありました」
ここに来る前に目は付けていたのだけど。
「じゃあ、厨房に行くとしよう」
建物を回り込んで勝手口から入ると、すぐ広い厨房があった。
「まあまあ、おかえりなさい」
おばあさん───ベネディクテさんが居た。アデルも一緒にいて僕に手を振っている。
「お待たせしました」
「いいのよ。アデルさんと、たくさんお話しできたし」
別に、年配の男性も居るが、執事さんのようだ。
「では早速」
≪ストレージ───出庫≫
作業台の上に、一抱えはある鉄鍋が現れた。
「まあ!」
「ふむ。魔術士だったのか」
「ええ」
「ずいぶん肉厚の鍋ね」
ベニーさんとアデルが、立ち上がって鍋を見ている。
「はい。冒険者が野外で使う武骨な厨具です。重いので、1人では使いませんが」
「へえぇ」
去年ギルドの売店で買ったときに、ダッチオーブンという用語が浮かんだ。地球にも似た物があったらしい。
「ほう。この鍋で煮るのか?」
「いいえ。焼きます」
「ふむ。焼くのか。しかし、焼くことは、ベニーもコック達も何度も試したが」
「そうですか。では、これは使いましたか?」
≪ストレージ───出庫≫
ガガガ、ザザッザァァァア。
「んんん。なんじゃ」
「まあ」
「えっ、石なの? レオンちゃん……」
アデルの言う通り、黒くて川石らしく丸く角が取れた物が、たくさん鍋の中に出庫された。これが目を付けていたものだ。
「ふうむ。石とは……奇想天外なことをやりだしたな」
「別にふざけているわけではありませんよ」
バルドスさんは、眉根を寄せた難しい表情で、アゴを触る試案顔だ。
「どうやら本気らしいな。説明してもらっていいか」
「もちろんです。この石は谷で採取しましたが、浄化魔術を何度も掛けて清潔にしてあります」
つかつかと、ベニーさんが進み出る。
鍋に手を突っ込み小石を触る。
「確かに綺麗だわ。んん。それに石の大きさがそろっているわね」
うなずいておく。
魔導収納に入った細かくて数多い物から、所望のものだけをより分けて出庫するために、編み出した魔術の成果だ。最初は、たくさんの硬貨をより分けるためだったのだが。
「はじめてよろしいですか」
「うむ。たのむ」
「まずは、この鍋に入れた小石が、均等な厚さになるように均します」
鍋を持ち上げて揺らした後、気になるところを手で移動させる。
鍋の高さの1/3ぐらいが、小石で満たされた状態になった。
「これぐらいでしょう。それでは、芋を……洗ってくださってありがとうございます。これを石の上に並べていきます」
「ほうほう」
「そして、蓋をすこし開けた程度に被せて、後は火に掛けていきます」
「ちょっと待ってくれ。これが、お主の言っていた焼くか?」
「はい。石焼きです」
「石焼き……んん。鍋を加熱すれば、やがて石が温まるのはわかるが。どのくらい時間を焼くのだ?」
「そうですねえ。たぶん1時間から長くても2時間は掛からないと思います」
怜央の記憶が蘇っていた。
工学部の先生にキャンプマニアが居て、連れて行ってもらった時のことだ。そこで作ったのがこのやり方だ。怜央は火の番をやらされた。そのおいしい───サツマイモの石焼きが脳裏に浮かぶ。
「むう。結構掛かるな。ふーむ。それで焼いた後は?」
「以上です。それで調理は終了です」
ふぅぅむと、バルドスさんは大きくうなった。
「わからん。さっぱりわからんが。そうだな。それだけ時間が掛かるなら、あっちの方が良いだろう」
あっち?
バルドスさんがふりかえると、執事さんが近寄ってきた。
「この後は、ラ・バルバロッテの厨房に移る。馬車に3人乗って……」
「あら、4人ですわよ。私を置いていこうなどと思っては居ませんよね」
ベニーさんが、顔が少し怖い。
「じゃあ。先にあちらにいって、馬車を寄こしてくれ。あと、コック長に話をしておくように」
「畏まりました」
†
なぜ、こうなったのか。
30分ばかりたって、バルドスさんの別荘から、泊まっている宿の本館と呼ばれる建物へ、馬車で連れて来られた。僕だけではなく、アデルとベニーさんも一緒だ。
見たこともない大きな厨房に入ると、白いコック服とコック帽に身を包んだ厳つい人たちに囲まれた。
先触れした執事さんは、この人たちにどういう風に伝えたのか。
慇懃というか。ある意味、目に敵意が浮かんでいるように見えるのは、気のせいだろうか?
「それで。その鍋が家令殿のおっしゃった」
へえ。あの人は家令だったのか。
「はい」
「開けても?」
「どうぞ」
さっきコック長と紹介を受けた人が、鍋の蓋をあけると、周りにいたコックさん達も、中をのぞき込んだ。
「本当だ」
石だ、石ですねというつぶやきが聞こえ、あからさまに訝しそうに僕を睨む。
「このあとは、火に掛けるだけと、聞いておりますが」
「ええ、その通りです」
「ふむ。もっと大きい、平たい石を焼いて、その上で肉を焼くやり方はありますが」
「ええと、そんなに火力は要りません」
「はっ?」
「魔導コンロであれば、中火程度で加熱。1時間から2時間弱。ときどき串を刺して確かめて、すっと刺さればできあがりです」
「わかりました。バルドス様の仰せならば是非もありません。コンロはこちらをお使いください。この者を残します。申し訳ありませんが、われわれは、お客様方のご夕食のご用意がありますので。失礼いたします」
コック長たち巨漢が、厨房の各所に散っていき、若手の人が1人残った。
ふう。なんか暑苦しかったが。やや涼しくなった。
んん。なんというか。馬鹿にするなって、怒っていた感じだなあ。
彼らの誇りを傷つけたのだろうか。
そりゃあ、そうか。
馬車で聞いたバルドスさんの話では、1年くらい掛けていろいろ試したものの、満足がいく調理方法は見つからなかったそうだ。それがコックでもない、こんな若造が出てきたわけだ。それも、経営者を伴って。
確かに逆の立場だったら、気に入らないか。こんなやつ。
「あのう。よろしくお願いします」
若いコックさんだ。
貧乏くじを引いたとでも思っているのかなあ。
「こちらこそ。じゃあ、はじめましょう」
そうは言ったものの。魔導コンロの加熱を開始すると、特にやることはない。
火加減は、中火。
炎が上がり、鍋の外面を伝う。
瞬きすると、世界が暗くなって、コンロの周りだけが虹色に変わる。赤外線のフィルターを掛けたので、温度が色へ変わる。色はさほど変わらないように見えるが。右脇に見える虹色のカラーバーに表示された数値が刻一刻と変わって、加熱されていることがわかる。
振り返ると、バルドスさんがぶすっとした顔で木の椅子に座り、すこし離れたところで、ベニーさんとアデルが和やかに何事か話している。そう思ったら、立ち上がった。何だろう。
そう思っていたら、茶器をもってきて、お茶を淹れ始めた。
ふむ。お茶の指導みたいだ。
それを、何度も練習するのを微笑ましく見ていたら、1時間が過ぎていた。
すこし空いている蓋をもう少し空けて、串を刺してみる。うーむ。生の芋よりは柔らかくなっていたが、まだまだだ。
さらに30分たって同じようにすると、すっと串が入った。隣の芋も……よし。
「どうです?」
「できました」
おおぅ。と、つぶやいて、走って行った。ああ、コック長を呼びに行ったのだろう。
鍋を見直すと、芋の刺した穴から透明な液が染み出してきていた。
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訂正履歴
2025/03/12 細々訂正
2025/03/26 誤字訂正 (ビヨーンさん ありがとうございます)
2025/07/19 誤字訂正 (maisさん ありがとうございます)