187話 忍び旅(7) カッショ芋
まあ、サツマイモ(類似)なわけですが。
宿の送迎馬車で同乗した老夫妻の別荘に招かれ、なかなか豪華な応接間に通された。僕もアデルも品のよい革のソファーセットに掛けている。
「この別荘。あのおじいさん、結構お金持ちみたいだね。何者なんだろう」
「そうだね。明らかにタダ者じゃないね」
魔導感知を強めると、建物内にはこの部屋以外に、4人の反応があった。
しばらく待っていると、おばあさんが入って来た。トレイを持っていてカップが乗っている。
「どうぞ」
「これはこれは」
「ありがとうございます」
僕たちのとは別に、カップ2客をテーブルに置くと、おばあさんは対面に腰掛けた。
「あらっ?」
おばあさんが目を細めて、まじまじと僕の顔を見てる。
「んんん。えぇぇ」
ばれたか。
「あのう、僕は男です」
「そうね。あの時はよく分からなかったけれど。向かい合ってしっかり見ると男の子だわ。とっても美男子」
「はあ。うそをついて、すみません」
「いいのよ。馬車で同乗しただけだけの相手に、まともに応対する方がすこし変わっているわ。そうね。しかし、あの人はしっかり見抜いていたわけねえ」
「ああ、お茶をどうぞ」
カップは白く薄肉で上品だ。なんか、実家の高級輸入茶器で見たような気がする。
「おいしい」
「本当だ」
アデルが淹れてくれる、お茶もおいしいが。何だろう、温まる味だ。
「おお」
もう一口喫していると、着替えたおじいさんが入って来た。
そのまま、おばあさんの隣にすわる。カップを持ち上げて飲んだ。
「ようこそ。わが別荘へ。レオン殿」
えっ。名乗った覚えは───
「名前が違ったかな?」
「いっ、いえ」
やっぱり名乗ってはいない。本当に何者だ?
いや、この場所で僕の名前を知っている人物像を突き詰めるんだ。
「ふむ。このじいさんは何者だ。そういう顔じゃな。あははっは、余興じゃ。何者か、当てて見なされ」
くっ。落ち着け。
「失礼ながら、あなた方の身なりは、普通の平民とは思えなかった。結構裕福な方々というのは誰でも分かる。かといって、宿の馬車に乗っていたところから考えて、男爵以上の貴族ということはない。ならば実業家といったところでしょう。客でもないのに、この場所にあの宿の馬車で送ってもらう立場、そして僕の名前を知りうる立場。両方を満たすのは、ラ・バルバロッテの経営者。そう推理しますが」
手をたたく音。斜め前の方向、おばあさんだ。
「まあ、すばらしいわ。よく分かったわねえ」
「簡単に答えを言うな、つまらんじゃろう」
ふうと溜息をついた。
推理は的中したものの、それは知りうる理由にしかならないな。
「仕方ない。わしはバルドス・デュワ・ウーゼルじゃ。なあに、爵位は士爵だから改まることはない。次はベニー」
「ベネディクテよ。この人と同じようにベニーと呼んでね」
士爵は、原則1代限りの爵位で、国家に功績のあった平民が叙される名誉職的爵位だ。とはいえ、名士として扱われる。
「ウーゼル……ウーゼル・クラン」
えっ、あっ。
アデルの言葉で気が付いた。
観光業と宿泊業を営む大企業だ。巨大なホテルもたくさん経営していて、たしか夏に行ったモルタントホテルも傘下だったはずだ。クランとは集団の意味で、冒険者の互助団体もそうだが、血族で支配する企業群だ。
「そうじゃ。ウーゼル・クランの共同経営者の1人でもある。さて、こちらのお嬢さんは……」
ぐっ。
「名乗りたくなくば、名乗らんでもええが」
「うっ」
「これでも若いときはホテルでも働いた。その誇りに掛けて顧客の身の上を他に明かしはしない」
ふう。
「でも……名乗らなくとも、私の正体はお見通しなのですね。いいでしょう。サロメア歌劇団所属、俳優のアデレードと申します」
えっ───
アデル?
「えぇぇええ! そうなの? やっぱり飛び抜けて美しいものねえ」
「おい、ベニー」
「私の別荘に、来てもらえるなんて、なんて光栄なんでしょう!」
バルドスさんは、頭を押さえた。
僕も頭が痛い。正体を知られてしまった。どうするんだ。
「大丈夫よ、レオンちゃん。こんなにおいしいお茶を淹れられる人に、悪い人は居ないから。淹れ方を習いたいわ」
いや、ベニーさんはそうかもしれないが。
「まあまあ。ますます光栄だわ。イズンさんが退団されてから足が遠のいていたけれど、また通わないとね」
アデルが尊敬する男役か。歌劇団が好きなのか。そう思っていたらベニーさんがアデルと手を取り合っている。
「ああ。レオン殿」
「はい」
「心配することはない。さっきも言ったが。顧客の秘密は、儂もラ・バルバロッテの者も明かさぬ」
「そうよ。そんなことをしたら、私が許さないわ」
笑っているけれど。
「うぅん。まあ、ベニーのことはともかく。わがクランとて、ラケーシス財団と事を構えたくはないからな」
そうか、財団の伝手で予約したからな。それで、僕のことが念頭にあったのか。
「そうだわ! お茶だけで帰したら、もうしわけないわ。少し待っていてね」
おばあさんは、部屋を出て行った。
「ふうむ。ベニーはずいぶん気に入ったようだな。確かに……ああ、お嬢さんに対する褒め言葉かどうかわからぬが、豪胆なところは儂も感心した」
「恐縮です」
それもアデルの一面だな。
「そういえば」
「んん?」
「畑の方は、ご趣味なんですか?」
アデルは、この老人にも気を許したらしい。
「ああ、いやあ。畑弄りも嫌いじゃないが、そもそも儂の畑ではない。年中ここに居られるわけじゃないからの」
「じゃあ、あの袋は?」
「ああ、あれは。カッショ芋じゃ」
「ジャー芋じゃなくて?」
「ああ。カッショ芋と違って、エルボランで売っているジャー芋はよそから買ってきた物じゃ。あっちは人気がある」
ほう。
「ああ、カッショ芋の方は地物なんですね。でも、芋の収穫期は秋なのでは?」
「よく知っているな。アデルさん。11月に収穫したが、袋に入れて地中に埋めておくとな、腐らず長く持つのでな」
ああ、長期保存方法か。
「今日は、それを掘って出してきたのじゃ」
「そういうことですか」
「あのう……」
バルドスさんがこちらを向く。
「言葉尻をとって恐縮ですが。さっきジャー芋は人気があるとおっしゃいましたが、カッショ芋はそれほどでもないということですか? 確かに、エルボランに来るまでは見たことはなかったんですが」
ごくごく近い芋の怜央の記憶がある。だから衝動買いした。
「そうじゃな、カッショ芋が、わが国に入って来て、10年そこらじゃ。南方の国ではよく食べられているそうだが。この辺りの土地に多い、痩せた火山灰地に合うという触れ込みでな、種芋をもってきたのじゃがな。頼んだ農家には苦労掛けて、なんとか生育は順調にはなったのだが……」
なったのだが?
「あまり、うまくはなくてな」
「「へえぇ」」
アデルと同期した。
しかし、そうなのか?
怜央の記憶にあるよく似た芋は、うまいという印象が強いのだが。
「もらい物だけど、お菓子を持ってきたわ」
ベニーさんが焼き菓子を持ってきてくれた。
「どうぞ。召し上がれ」
「ありがとうございます」
「それで。何の話?」
「ああ、あれ……カッショ芋のことじゃ。余りうまくないってことをだな」
「そうね。ジャー芋はすぐおいしくなるのだけど。あれはねえ。焼いても、蒸かしても。もうひとつなのよねえ」
「ふむ。コックたちは、蒸かして、裏漉してからクリームを混ぜれば良いと言っておるが……このままだと、来年の作付けがなくなる可能性もあるな」
「えっ」
「芋の売れ行きが芳しくなくてな」
「はぁ」
「作っても売れないでは、農家の辛抱も長くは利かない」
「そうね、コックさん達が工夫したところまで手を加えれば、レストランへ出せるけれど。量が捌けないではねえ。この人は、エルボランやボランチェの町で手軽でおいしい物を出せないか考えているのだけど」
「手軽にですか?」
「そうなの。そうすれば、町にも貢献できるでしょ」
そういうことか。
「ふん。そんな大層なことじゃない。周りの村や町が潤えば、ウチにも回ってくるからな」
「焼くというと、どのように焼くのですか?」
「そうねえ。串に刺して直火で炙るか、後は鍋で火に掛けるか、オーブンに入れるかよね」
「まあ、そんなところじゃろ。なんじゃ、お主。興味があるのか」
「試してみたいことがあるのですが」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2025/03/08 誤字訂正
2025/04/07 誤字訂正 (よろづやさん ありがとうございます)
2025/06/25 誤字訂正 (笑門来福さん ありがとうございます)