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185話 忍び旅(5) なにげないひととき

なにげないひとときが、本当の幸せなんですよね。身体が復調すると思い出します。

 起きてみると、アデルは昨夜のことがうそのように落ち着いていた。


「ほら。レオンちゃん、起きて」

「うぅん」

「あっちの部屋に朝食が準備できてるよ」

「そうなんだ。アデル」

「ん?」


「しっかり眠れた?」

「うん。十分かと言われるとそうでもないけれど。久しぶりに眠ったぁって感じ」

「そっか」


「スープが冷めちゃうからね。なるべく早く来てね」

「うん」

 まあ、また魔術で温めれば良いだけだけど。


 身支度をして、居間に来た。

 既に皿が幾つも並んでいるから、ホテルの人が持ってきてくれたのだろう。


 白くこってりとしたスープが辛うじて湯気を上げている。

 アデルと逆側の椅子に掛ける。

「これ、おいしいね」

「うん。ジャー芋を野菜の出汁(ダシ)で煮て、裏漉(うらご)ししてあるわ」

 ここら辺りは、芋が名産のようだ。


「クリームも入ってる?」

「入ってるわね。気に入った?」

「うん」

「じゃあ、王都に帰ったら作って上げるわ」


「ふぅむ」

「あれ? 私に作れるの? そう思ったでしょ」

「いや」


「作れるわよ! 私は、おかあさんの子なんだからねえ。あっ、怒りがぶり返してきたわ」

「怒りって?」

「おとといよ。おかあさんの料理をほめちぎってたでしょ。確かにおかあさんが作ったのは、おいしいけどさ。あそこまでほめることはないでしょ」

 それは……怒りではなくて嫉妬なのでは?


「そうかなあ。ブランシュさんの子になるなら、点数を稼いでおかないとねえ」

「おかあさんの子? あっ、あらまあ」

 アデルの怒りの種は消えうせたのか、機嫌が好転した。


     †


 今日はどんよりと垂れ込めた曇天。標高が高いから、雲が王都より近く感じる。寒いので、宿でゆっくりすることにした。


「怜央のこと?」

「そう。レオンちゃんの……なんだっけ、えーと。そう、前世なわけでしょ」


 アデルも僕も同じ聖神教徒だが、信心はかなり薄い方だ。それでも文化的な下地となる聖神教には生まれ変わりというか、輪廻転生(りんねてんしょう)の概念はない。そこで前世という東方国の言葉を昨夜教えた。


「まあね。ただ、怜央の個人のことは、あまり覚えてないんだよね」

「えぇぇ、なんだかとっても知りたいんだけど」

「とにかく制御をやりたいという意志が強くてね」

 それ以外は割り引かれるというか。人間に前世があるとして、その記憶があると言っている者はほとんど居ない。いや僕が知らないだけという可能性はあるけど。ともかくその仮説に基づくと、記憶が継承されないのが通常なのだろう。僕が例外なのは、怜央の意志が強かったということなのかな。


「ふぅん。そうだ。名前が似ているけど、容姿はどう? 似ているの」

 怜央の容姿……

「さあぁ」


「いや、さあって」

「うーん。多分十人並みだと思うけど。でも、男は見た目はどうでも───」

「どうでもよくないわ」

「そうですか」


「じゃあ、言葉は?」

「日本語」

「ニホンゴ?」

「うん。日本って国の言葉。セシーリア語とは全然違うよ」

「そりゃあ、違う星なんだもんね。私はレオンですって言ってみて」

 別に良いけれど。

 こういう話をしたら、普通は信じないよなあ。少なくとも(まゆ)をひそめて(いぶか)しむ……はずなんだが、アデルにそんな素振(そぶ)りはない。まあ、それ以前にいろいろ驚かしているからか。


「いくよ。我が名は、レオン!」

「うわぁ、なんか、格好良い! え、え、え、ワガナハ レオン! だっけ?」

「そうそう」

「なんで格好良いんだろう? 言い方かな」

 厨二趣味かな。


「それで、文字はあるのよね」

「もちろん。書いてみようか」

「そういうのは覚えているんだ」

 確かに。


 魔導収納から、ノートと鉛筆を出庫する。

「へえ。普段から持って歩いているんだ」

「まあね」


「じゃあ、ニホンゴでレオって書いて」

 藤堂怜央と。

「これで、レオ?」

「いや。藤堂怜央。こっちが怜央。名前ね。こっちは藤堂で家名」

「家名持ちってことは、貴族だったの?」

「いやいや。平民だよ。そもそも怜央が生きていた時代には、貴族制ではなかった」


「ふうん」

 アデルはノートに目を落とす。

「しかし、ずいぶん複雑な文字なんだね」

「これは、漢字だからね」

「カンジ?」

「うん。ああ。日本では、漢字と片仮名と平仮名の3種類の文字を使い分けていたんだ」


「3種類も?」

 トウドウレオ、とうどうれお。

「これが片仮名で、こっちが平仮名」

「全部、トードウ・レオ?」

「そうそう」

「うーん。ずいぶん面倒臭そうな言葉ね」

「あはは。まあ、そうだね」


「カタカナだっけ……の方は角張っていて、こっちは丸くてかわいいわね。ん?」

 アデレード。あでれーど。


「アデレードって書いたよ」

「へぇぇ。レオンのレとアデレードのレが一緒だ」

 確かに微妙に発音は違うけれど。


「わあ。いいわねえ。このページだけ破って、私にくれない?」

「いいけど。それなら、別の紙に書くよ」

「ああ、うん」


 羊皮紙とペンにインク(つぼ)を出す。

「あれ。なにそれ? ペンなの?」

「ペン先のこと?」

「うん。そんな形は見たことないわ」


 そう。ナイフの切っ先のような形だ。根元はえぐれているから、ククリナイフに近い。

 黄銅の薄い板を(とがった)った(かぶら)状に切って、対称軸で途中まで折りたたんだ形だ。根元の方は折りたたまず(アーチ)状となっていて、そちら側をペン軸に差している。


「書いてみて、書いてみて」

「うん」

 インク壺にペン先を浸すと、合わせ目の微かな隙間にインクが吸い上がる。毛細管現象だ。アデレード。縦4セルメトぐらいに大きく書く。


「うわあ。そうなるんだ。へえぇぇ」

 ペンを動かすと特有の引っ()くような音がする。僕は嫌いじゃないけれど、好き嫌いが分かれそうな音だ。それはともかく。独特なペン先のおかげで、紙となす角度と運筆の方向に応じて、描かれる線の太さが変えられる。今回は、垂直方向が太く、水平方向を細くなるように、操っている。


「おもしろぉい」

 片仮名で書いた上に、セシーリア語というかアルゲン文字で書き、下の方に平仮名とアルファベットでもAdelaideと飾り文字で書く。


「はぁぁ。これもアデレード?」

「そう。アルファベット」

 微妙に発音は違う気がするが、片仮名は許容範囲が広いからな。


「ア、アルファ……ともかく、かっこいい」

「あははは」

「私もそのペンで書いてみたい」

「いいよ」

 ペンを渡す。


「だけど、この羊皮紙は取っておきたいから、別の何か」

「うん……あっ、そうだ」

 新品のノートとインク壺。それに使っていないペン先とペン軸を出庫した。

「これ、一式あげる」

「ええぇぇ。そんな……悪いわ」

「そう。じゃあ」

 引っ込めようとすると。


「ああ、うそ、うそ、うそ。頂戴よ。ううん、ありがとう」

「ふふふ……」

「やっぱり、いじめっ子よね」

「なんか、アデルにはしてみたくなるんだよね」

「私にだけ?」

 うなずくとにへらっと笑った。

 昨夜のあれがあるからか、これだけでも幸せが背中を駆け上がってくる。


「でも。このペン先は見たことがないんだけど。もしかしてレオンちゃんが作ったの」

「うん。金工の練習としてね。ああ、怜央の記憶にあったんだ」

 カリグラフィーの道具で、ペン先はフォールディングペンだ。折り畳みペンとでもいうのかな。


「あっ、ニホンの?」

「いやあ、日本じゃなくて別の国のものだね。そういう意味では地球の技術だね。今だから言うけど、アデルにあげたクリスタルペンも、そうなんだ」

 よくわからないが。怜央は筆記具にも執着があったようだ。


「へえぇ、あれも。そうなんだ」

(つの)じゃなくて、ガラスの棒から作るんだけどね。ああ。ごめん。書いてみて」

「うん」

 ノートに、書き始めた。

 おっ。アデルじゃなくて、僕の名前だった。


お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

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また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


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2025/03/01 誤字訂正

2025/04/04 誤字訂正 (笑門来福さん ありがとうございます)

2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)

2025/04/11 誤字訂正 (ドラドラさん ありがとうございます)

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