183話 忍び旅(3) マギフォン
テクノロジーが進むと、人々の考え方も変わる。小説も影響を受けますね。
───アデル視点
「じゃあ、使ってみようか」
えっと。
「使うって、これを?」
さっきレオンちゃんが填めてくれた、腕輪のことだ。
「うん」
「どうやって使うの?」
「バングルが震えるから、触ればいい」
「はっ。触ればって……あれ。どこか行くの?」
レオンちゃんが立ち上がった。
「うん。ここに僕が居たら意味がないからね」
「ん? いや、でも」
「実際に使ってみた方がわかるから」
「わかった」
何が何だか。
立ち上がった彼は、そのまま掃き出し窓から屋外へ出ていく。
「えっ。ちょ、ちょっと」
「アデルは、ここにいて」
彼は窓の戸を閉めた。大きな板ガラスが填まった贅沢な窓は、レオンちゃんの後ろ姿を透かして見せる。
「これって、なんなんだろう?」
魔石が填まっている以上、ただの装身具ではないはずだ。
ん?
庭の芝生の中程までさしかかったレオンちゃんが振り返った。
「おおっ!」
腕が。
レオンちゃんが、手首を指している。
「そうか!」
震えたら触るんだった。
「アデル。聞こえる?」
「えっ?」
確かにレオンちゃんの声。なんか、くぐもった感じだけれど。
「レオンちゃん?」
あそこに見えているが。思わず辺りを見回してみた。当然だけど、彼の姿はない。
声はバングルから聞こえてるのは、聞き違いではないようだ。
「アデル。聞こえるようだね」
「うん。聞こえる」
「手を振ってみて」
「手?」
ブンブンと振ってみる。
「あぁ。もう良いよ。ありがとう」
「私の声も、そこで聞こえているのね?!」
「もちろん」
「はあ。ええと、これは、離れた所にいる人と、お話できる魔導具ってこと?」
「そうだよ。アデル」
なんてことだろう。夢じゃないらしい。
「レオンちゃん。そっ、それってどのくらいまで……」
「使える距離?」
「そっ、そう」
「理論上は、どこまでも……」
どこまでも?
「とりあえず、王都とマキシアの間は使えたよ」
「マキシアって、駅馬車で2日くらいかかるよね」
「100キルメト以上あるね」
100キルメトって。
「アデルがどこに居ても、王都に居る僕と話ができるはずだよ」
「えっ……」
そういうことか。
「信じられないよね。ちょっと待ってね」
「えっ、いや」
庭に居たレオンちゃんの姿が消えた。
なんだっけ。迷彩魔術だったかな。それを使ったんだろう。
「アデル。聞こえる?」
「きっ、聞こえるよ。どこに居るの?」
「そちらからだと、右の方に崖が見えるよね」
「崖……」
庭を越えて、木立の向こうに白い岩が見える。あれかな……あっ!
「岩の上に居るのは、レオンちゃんなの?」
ここから数百メトは離れているだろう。
その上に、豆粒ほどに見える人影。こちらに向かって手を振っている。
「見えたようだね。これぐらいの距離だと、証明にはならないけれど」
「いや。そんなことは」
「じゃあ、そっちに戻るね」
「あっ、うん」
魔術や魔道具のことをよく知らない私もわかる。
これはすごい。
背筋に冷たい物が奔る。
レオンちゃんは、本当に私と同じ人間なのだろうか?
空だって飛べるのだ。
そして、こんな魔導具まで作ることができる。
違うかもしれない。
ガリーさんが言ったように───
あの絵に描かれていたように───
†
───レオン視点
「ただいま」
崖の上から、宿の部屋に戻って来た。
「おっ、おかえり」
なんだろう。アデルの顔がこわばっている。
アデルは、小さく頭を振ると、抱き付いてきた。
「すごいわ、これ」
「うん。がんばって作ったよ」
「私のためだよね?」
うなずく。
「これは、僕とアデルの間でしか使えない。秘密の魔道具なんだ。どうかな、気持ち悪くない?」
「ん? なんで?」
「だって、他の人には話せないんだよ?」
腕の中のアデルが、僕を見上げた。
「レオンちゃんを、気持ち悪いなんて思うわけないでしょ」
「ああ、そう」
怜央の記憶によれば、地球では誰とでも電話がつながった。だが、これは僕にしかつながらない。それが念頭にあったから……考えすぎか。
「じゃあ、このマギフォン付のバングルを使ってくれる?」
「えっ、私にくれるの?」
「もちろん。あれっ、贈り物って言わなかったけ?」
「言ったけど。こんなすごい物を……」
「アデルと話したいから作ったんだよ」
「わあ、ありがとう。レオンちゃん、大好き。大、大、大好き」
「うん」
「あっ! これって、震えないと使えないの?」
「アデルから掛けるってことね」
「掛ける?」
「そう。アデルが僕に呼びかけるってことだよ。もちろんできるよ。ここを、こうやって……」
手動でマギフォンを起動する方法、音声で、そして、バイタルが異常になった時、僕につながることを伝えた。
†
「ん?」
窓から薄く、月光が漏れてきている。
そうだ。
豪華な夕食をいただいて……入浴して……寝たんだった。
あれ。アデル?
となりに寝ているはずの彼女は、上体を起こしていた。
月光の玉がアデルの頬で、流れるように照り返した。
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訂正履歴
2025/02/24 誤字訂正(群雲さん。ありがとうございます)