182話 忍び旅(2) 贈り物
贈り物はむつかしいですね。装身具は特に。
馬車は順調に進んでいたが、5分も走ると上り勾配に差し掛かり頻繁に進路を振り始めた。車窓に映る山肌は右に行ったり左に行ったり、折り返しながら標高を上げる。
限られた視野に垣間見る道幅はそれほど広くはなく、この辺りが難所なのかもと知らされる。しかし、わずか数分で過ぎ去り平坦な進路に戻る。
「ふう」
後ろから聞こえた息遣いには、安堵が乗っていった。
いつの間にか渓流が、アデルの方の窓に見える。目を閉じると、上空から見下ろした光景がまぶたの裏に蘇る。
エルボランがここで、馬車の進路から……画像に映るこの長細い盆地が、ボランチェか。あと3キルメト余りだ。10分も進めば、町に入るだろう。
スンスン……
ん?
「ねえ。何か臭わない?」
「硫黄だね」
「イオウ?」
正確には硫化水素だが。
「その通りじゃ。お嬢さん」
振り返ると、後部座席のおじいさんがうなずいている。
乗り込む時はよく見ていなかったが、おじいさんもおばあさんも身形が良い。派手ではないが、上品な生地をしっかりとした縫製で仕上げた服を着ている。
お金持ちか? それとも下級の貴族なのだろうか?
「ボランチェには火山性の温泉が湧いておる」
「くわしいですね」
でも、この辺の火山活動は、わが国の建国以来記録されてない。宿泊地を決めるときに調べた。まあ数百年など地殻活動に比べれば瞬く間に過ぎないが。
「うぅむ……まあ、ここへはよく来るからなあ」
「そうなんですね」
「まあまあ、おじいさん。すみませんねえ。美しいお嬢さん方と同じ馬車に乗れて、よろこんでいるんですよ」
アデルが肩を揺らして、笑うのを堪えている。
その後、こぢんまりした集落に入った。山側の街道沿いにパラパラと店舗がある。所々から、蒸気が上がっている。実感として温泉街に来たんだなあという感慨が湧いてくる。夏に行ったアーログと比べて湧出量や湯温が高いと、財団がくれた資料に書いてはあったが。そうらしい。
その温泉街をずーと抜けて、川の流れで言えば一番上流の方まで来た。そんなことを思っていると、馬車は左折した。庭園の中を通り抜けると、大きな建物に横付けとなった。扉が開く。
「いらっしゃいませ。ラ・バルバロッテでございます」
開けてくれたのは馭者さんではなく、玄関番さんだ
降りて、アデルの手をとっていると、中から声が掛かった。
「わしらは、少し上の方じゃ、またな」
上の方?
隣でお婆さんも会釈されたので、ほほ笑んで手を振ると、玄関番さんが扉を閉め。手綱が鳴って、馬車が再び走り出した
「ふうぅ。寒いわね。しかし、上の方にも別棟があるんだね」
「うぅん」
そんな案内はあったかなあ?
「こちらでございます」
案内にしたがって建物に入ると広々としたロビーになっていて、そこを通り抜けて受付に来た。
「レオンです」
「レオン様…………お待ちしておりました。2名様。本日から4泊で承っております」
「はい」
「それでは、ご署名を」
ペンを取って書いていると、鍵は横に控えて居た案内係に渡された。
彼が部屋まで行ってくれるようだ。
「ありがとうございます」
「お部屋まで、少々距離がございます。ご案内します」
軽く会釈を返して付いていく。フロントからずっと右に歩く、本館を出て渡り廊下に出た。
「長い通路ねえ。寒くないからいいけれど」
アデルは微妙な顔だ。勾配がないのは良いが、かなり長い。ざっと200メトぐらいは見えている。内廊下で屋根と壁に囲まれ、10メトおきぐらいに窓がある。あと、30メトおきぐらいに、左に脇道というか分岐があって、それぞれに小さい建屋へつながっているようだ。
風は吹きこまないとはいえ、たしかに寒くない……いや、本来もっと寒いはずだが。
瞬きすると、視界の一部が虹色に彩られた。赤外線フィルターだ。あれ? 床が赤い。地熱か? カラーバーを意識すると、色域の温度上下限差が狭くなる。熱いのは床全体ではなく、中央から端に向かって温度勾配が平行に見える。なるほど、床の下に蒸気の管を通しているのか。
100メトばかり歩いて、左に曲がって、さらに15メト程歩くといよいよ泊まる部屋? 離れに入った。
案内係は、部屋のあらましを説明すると戻っていった。
「ここ、ふたりで泊まるには、広いんじゃない」
「そうだね。多分4人ぐらいで泊まるんじゃないかな」
居間だけで、下宿の床面積くらいありそうだ。
「私。探検に行ってくる!」
「いってらしゃい。荷物、寝室に出しておくから」
「おねがい」
ふふっ。案外子供ぽいところがあるよなあ。
居間2部屋と寝室2部屋に浴室も付いている。
寝室に、魔導収納へ入れてきた荷物を出す。ああ、これ。買いすぎたかな。さっきエルボランの町を散策しているときに衝動買いした。ひとつ出庫して手に取る。赤味が強い紫の皮。カッショという芋だ。いずれにしても、王都に帰ってからだな。居間に戻る。
窓から外を見ると、隣の離れと20メトくらい離れているが、中間ぐらいに植生があり目隠しになっている。
「レオンちゃん」
戻って来た。
「いいわよ、ここのお風呂」
「そう」
「山も良いわねえ。王都より寒いかなあと思ったけれど、屋内はすごく暖かいし」
宿を選ぶとき、アーログにあった湖は良かった。もう1回行こうかと、アデルは結構迷っていた。
「そうだねえ。さっきの廊下もそうだけど、ここも床下に温泉の蒸気を通して居るみたいだし」
「えぇ。なんだぁ、レオンちゃんが魔術で温めてくれているのかと思った」
「いやあ」
「ははっ。でも、ありがとうね。連れてきてくれて」
「うん。良い所でよかったね」
「それもあるけど、飛んでくれるのがうれしい」
「すきだね、空を飛ぶの」
「レオンちゃんが一緒だから安心だし。こんなの世界で私だけだよね。感謝してる」
笑って返す。
「本当だからね。あの本と魔石も、ひとりで……いやまあ、ユリアさんもそばに居たけど。さびしいなあって時に勇気づけてくれたのよ」
「それはよかった」
「うん。でもね、思うの。私はレオンちゃんのために何ができるんだろって」
ん?
「いやあ。僕は、ときどきでいいからアデルと一緒に過ごせたら言うことはないよ」
「ときどきでいいの?」
「ははっ。そりゃあ、ずっと一緒が良いけれど」
「そうよね」
「じゃあ、アデルに贈り物を持って来たんだけど。出すのをやめた方が良い?」
「ええっ?」
にっこりと笑う。
「ちょ、ちょ、ちょっと」
あわてている姿もかわいい。
「うそだよ。ただ……」
「ただ?」
「一応説明はするけど。気持ち悪いとか、要らないと思ったら、言ってね」
「ええ……そういう物なの?」
「いやあ、見た目はそうでもないけれど。とにかく出してみるね」
「うん」
≪ストレージ───出庫≫
指2本の間に一部が途切れた環状の物体が、突如現れる。
やや歪な環の直径は、13セルメトばかり。
「ええ? 真鍮の腕輪?」
「着けてみる?」
「うん」
アデルの左手を取って、手首にバングルの途切れた部分から填め込む。
「わあ、大きさがぴったりだわ。かわいいわね。これは魔石?」
アデルが、腕を回していろいろな方向から見ている。
「うん」
バングルは僕が作ったものだ。そこへ魔石を留めた。魔石は平打ちのバングルに合うように、薄く削ってある。
「最初、ちょっと冷たかったけれど……良い感じ」
「じゃあ、パーソナライズをしよう」
「ぱっ、ぱーそな……?」
おっと。変な用語が出た。
「ごめん。うーんと、そう初期化しよう」
「初期化……ね」
「動かないでね」
「うん」
神妙な顔をしたアデルの手首に填まったバングルに手を当てる。
目を閉じて浮かび上がったシムコネに表示された、状態遷移図のトグルを動かす。
───マギフォン端末 パーソナライズ 起動
バイタル分析開始。
オーラ空間次数ごと固有値計測開始。
脳波測定開始。
:
:
次々と、アデルの固有データが計測されていく。
計測終了。着用者誤特定確率1.25E-10。
「終わったよ」
「初期化というと?」
「ああ、これは魔道具なんだけど。それをアデルにしか使えないようにしたんだ」
「へえ」
「じゃあ、使ってみようか」
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訂正履歴
2025/05/11 誤字訂正(金太魔太郎さん ありがとうございます)
2025/07/08 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)