表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
193/274

182話 忍び旅(2) 贈り物

贈り物はむつかしいですね。装身具は特に。

 馬車は順調に進んでいたが、5分も走ると上り勾配に差し掛かり頻繁に進路を振り始めた。車窓に映る山肌は右に行ったり左に行ったり、折り返しながら標高を上げる。


 限られた視野に垣間見る道幅はそれほど広くはなく、この辺りが難所なのかもと知らされる。しかし、わずか数分で過ぎ去り平坦な進路に戻る。


「ふう」

 後ろから聞こえた息遣いには、安堵(あんど)が乗っていった。

 いつの間にか渓流が、アデルの方の窓に見える。目を閉じると、上空から見下ろした光景がまぶたの裏に(よみがえ)る。

 エルボランがここで、馬車の進路から……画像に映るこの長細い盆地が、ボランチェか。あと3キルメト余りだ。10分も進めば、町に入るだろう。


 スンスン……

 ん?

「ねえ。何か臭わない?」

「硫黄だね」

「イオウ?」

 正確には硫化水素だが。


「その通りじゃ。お嬢さん」

 振り返ると、後部座席のおじいさんがうなずいている。

 乗り込む時はよく見ていなかったが、おじいさんもおばあさんも身形が良い。派手ではないが、上品な生地をしっかりとした縫製で仕上げた服を着ている。

 お金持ちか? それとも下級の貴族なのだろうか?


「ボランチェには火山性の温泉が湧いておる」

「くわしいですね」

 でも、この辺の火山活動は、わが国の建国以来記録されてない。宿泊地を決めるときに調べた。まあ数百年など地殻活動に比べれば瞬く間に過ぎないが。


「うぅむ……まあ、ここへはよく来るからなあ」

「そうなんですね」

「まあまあ、おじいさん。すみませんねえ。美しいお嬢さん方と同じ馬車に乗れて、よろこんでいるんですよ」

 アデルが肩を揺らして、笑うのを堪えている。


 その後、こぢんまりした集落に入った。山側の街道沿いにパラパラと店舗がある。所々から、蒸気が上がっている。実感として温泉街に来たんだなあという感慨が湧いてくる。夏に行ったアーログと比べて湧出量や湯温が高いと、財団がくれた資料に書いてはあったが。そうらしい。


 その温泉街をずーと抜けて、川の流れで言えば一番上流の方まで来た。そんなことを思っていると、馬車は左折した。庭園の中を通り抜けると、大きな建物に横付けとなった。扉が開く。

「いらっしゃいませ。ラ・バルバロッテでございます」

 開けてくれたのは馭者(ぎょしゃ)さんではなく、玄関番(アッシャー)さんだ


 降りて、アデルの手をとっていると、中から声が掛かった。

「わしらは、少し上の方じゃ、またな」

 上の方?

 隣でお婆さんも会釈されたので、ほほ笑んで手を振ると、玄関番さんが扉を閉め。手綱が鳴って、馬車が再び走り出した


「ふうぅ。寒いわね。しかし、上の方にも別棟があるんだね」

「うぅん」

 そんな案内はあったかなあ?


「こちらでございます」

 案内にしたがって建物に入ると広々としたロビーになっていて、そこを通り抜けて受付(フロント)に来た。


「レオンです」

「レオン様…………お待ちしておりました。2名様。本日から4泊で承っております」

「はい」

「それでは、ご署名を」

 ペンを取って書いていると、鍵は横に控えて居た案内係(ポーター)に渡された。

 彼が部屋まで行ってくれるようだ。


「ありがとうございます」

「お部屋まで、少々距離がございます。ご案内します」

 軽く会釈を返して付いていく。フロントからずっと右に歩く、本館を出て渡り廊下に出た。

「長い通路ねえ。寒くないからいいけれど」

 アデルは微妙な顔だ。勾配がないのは良いが、かなり長い。ざっと200メトぐらいは見えている。内廊下で屋根と壁に囲まれ、10メトおきぐらいに窓がある。あと、30メトおきぐらいに、左に脇道というか分岐があって、それぞれに小さい建屋へつながっているようだ。


 風は吹きこまないとはいえ、たしかに寒くない……いや、本来もっと寒いはずだが。

 瞬きすると、視界の一部が虹色に彩られた。赤外線フィルターだ。あれ? 床が赤い。地熱か? カラーバーを意識すると、色域の温度上下限差が狭くなる。熱いのは床全体ではなく、中央から端に向かって温度勾配が平行に見える。なるほど、床の下に蒸気の管を通しているのか。


 100メトばかり歩いて、左に曲がって、さらに15メト程歩くといよいよ泊まる部屋? 離れに入った。

 案内係は、部屋のあらましを説明すると戻っていった。


「ここ、ふたりで泊まるには、広いんじゃない」

「そうだね。多分4人ぐらいで泊まるんじゃないかな」

 居間だけで、下宿(ウチ)の床面積くらいありそうだ。


「私。探検に行ってくる!」

「いってらしゃい。荷物、寝室に出しておくから」

「おねがい」

 ふふっ。案外子供ぽいところがあるよなあ。


 居間2部屋と寝室2部屋に浴室も付いている。

 寝室に、魔導収納へ入れてきた荷物を出す。ああ、これ。買いすぎたかな。さっきエルボランの町を散策しているときに衝動買いした。ひとつ出庫して手に取る。赤味が強い紫の皮。カッショという芋だ。いずれにしても、王都に帰ってからだな。居間に戻る。


 窓から外を見ると、隣の離れと20メトくらい離れているが、中間ぐらいに植生があり目隠しになっている。


「レオンちゃん」

 戻って来た。

「いいわよ、ここのお風呂」

「そう」

「山も良いわねえ。王都より寒いかなあと思ったけれど、屋内はすごく暖かいし」

 宿を選ぶとき、アーログにあった湖は良かった。もう1回行こうかと、アデルは結構迷っていた。

「そうだねえ。さっきの廊下もそうだけど、ここも床下に温泉の蒸気を通して居るみたいだし」


「えぇ。なんだぁ、レオンちゃんが魔術で温めてくれているのかと思った」

「いやあ」

「ははっ。でも、ありがとうね。連れてきてくれて」

「うん。良い所でよかったね」


「それもあるけど、飛んでくれるのがうれしい」

「すきだね、空を飛ぶの」

「レオンちゃんが一緒だから安心だし。こんなの世界で私だけだよね。感謝してる」

 笑って返す。


「本当だからね。あの本と魔石も、ひとりで……いやまあ、ユリアさんもそばに居たけど。さびしいなあって時に勇気づけてくれたのよ」

「それはよかった」

「うん。でもね、思うの。私はレオンちゃんのために何ができるんだろって」

 ん?


「いやあ。僕は、ときどきでいいからアデルと一緒に過ごせたら言うことはないよ」

「ときどきでいいの?」

「ははっ。そりゃあ、ずっと一緒が良いけれど」

「そうよね」


「じゃあ、アデルに贈り物を持って来たんだけど。出すのをやめた方が良い?」

「ええっ?」

 にっこりと笑う。


「ちょ、ちょ、ちょっと」

 あわてている姿もかわいい。

「うそだよ。ただ……」

「ただ?」

「一応説明はするけど。気持ち悪いとか、要らないと思ったら、言ってね」

「ええ……そういう物なの?」

「いやあ、見た目はそうでもないけれど。とにかく出してみるね」

「うん」


ストレージ(収納)───出庫≫


 指2本の間に一部が途切れた環状の物体が、突如現れる。

 やや(いびつ)な環の直径は、13セルメトばかり。


「ええ? 真鍮(しんちゅう)腕輪(バングル)?」

「着けてみる?」

「うん」


 アデルの左手を取って、手首にバングルの途切れた部分から填め込む。

「わあ、大きさがぴったりだわ。かわいいわね。これは魔石?」

 アデルが、腕を回していろいろな方向から見ている。


「うん」

 バングルは僕が作ったものだ。そこへ魔石を留めた。魔石は平打ちのバングルに合うように、薄く削ってある。


「最初、ちょっと冷たかったけれど……良い感じ」

「じゃあ、パーソナライズをしよう」

「ぱっ、ぱーそな……?」


 おっと。変な用語が出た。

「ごめん。うーんと、そう初期化しよう」

「初期化……ね」


「動かないでね」

「うん」


 神妙な顔をしたアデルの手首に填まったバングルに手を当てる。

 目を閉じて浮かび上がったシムコネに表示された、状態遷移図のトグルを動かす。


───マギフォン端末 パーソナライズ 起動

 バイタル分析開始。

 オーラ空間次数ごと固有値計測開始。

 脳波測定開始。

    :

    :


 次々と、アデルの固有データが計測されていく。


 計測終了。着用者誤特定確率1.25E-10。


「終わったよ」

「初期化というと?」

「ああ、これは魔道具なんだけど。それをアデルにしか使えないようにしたんだ」

「へえ」


「じゃあ、使ってみようか」


お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


Twitterもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya


訂正履歴

2025/05/11 誤字訂正(金太魔太郎さん ありがとうございます)

2025/07/08 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
せっかく温泉旅館に来たんだから少しはおませな展開期待した
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ