180話 紀元490年の年越し
節目に家族が集まるのは幻想なのかなあ。
「レオンお兄ちゃん。いらっしゃい」
ダンカン叔父さんの家に着いてしばらく待っていたら、ヨハン君がゆっくりと応接室にやって来た。これまでは、ぱたぱた走って入って来たのだけど。少し落ち着きが出たのか、それとも叔母さんに何か言われているのかな。
「おお、ヨハン君。大きくなったね」
前に会ったのは9月だったけれど、3カ月やそこらで数セルメトは背が伸びている、
「うん。明日になったら、6歳だもの」
そう。今日は年越しの祝祭、家族がそろって食事をするのが慣わしだ。6歳なら、もうヨハン君も幼児は卒業だな。
「それより見て」
おっ、手に持っているのは、僕が贈ったノートじゃないか。それを、開いた。
「おおぅ」
「僕ね、いっぱい練習したんだ」
びっしりと、字が書いてある。もう真ん中辺のページまで来ているけど、そこまでかいたのかな。
「本当だ。すごいねえ。それに上手に書けてるよ」
「うふふ」
彼は、身を揉んでよろこんでいる。
冗談ではなく、5歳にしてはしっかりとした筆致で、丁寧に書いてある。鉛筆とペンの両方で書いてあるが、なんとなくコナン兄さんの字に似てるな。
「レオン君、いらっしゃい」
「あっ。ロッテさん。久しぶり」
しばらく見ない内に、大人の女性っぽさが増してきた。そう見えたのは、足元まで裾が伸びたドレスを身に着けているからかもしれない。
「わぁぁ。ドレス、似合ってるね」
「そう? 娘役だから、こういうのに慣れようと思って」
ドレスの腿辺りを摘まむと軽く跪礼した。
「普段から意識してるなんて、さすがだね」
「そっ、そこまでじゃないけれど」
ヨハン君の向こうに腰掛けた。
「お姉ちゃん、顔が紅いよ」
「もう、ヨハンたら。あっ、そうだ。エイルちゃんは来ないわよ」
「はあ、はい」
あいかわらず仲が良いようだ。
そういえば歌劇団養成学校も、冬休みはそれなりに長いと以前アデルが言っていたから、エミリアに帰ったかもしれないな。
「気になる?」
「んんん、まあ少し」
「これは脈がないわねえ」
「はっ?」
「ああ、ヨハン、そのノートをレオン君に見せたの?」
「見せたよ。ねえ。お兄ちゃん」
「たくさん練習していておどろいたよ」
「えへへへ」
うれしそうだ。
「たしかにヨハンも、よくがんばったけれど。ティーラさんのおかげよね」
「ティーラさん?」
「ああ、僕の先生。ティーラ・ラーセル先生」
「ラーセル?」
「そう」
「そのティーラ先生が、レオン君にもらったペンにふさわしい文字を書きなさいって」
「うん。4行鉛筆で書いたら、1行ペンで書いて良いって」
「へえ」
筆記具が混ざっていたのは、そういうことか。
「だから、一生懸命練習するの。ティーラ先生は、怒ったらお母さんよりこわいし」
「そういう意味では。レオン君のおかげでもあるか」
「ロッテーーーー」
アデルの声だ。呼ばれた少女は顔をしかめた。
「はぁぁい」
扉が半開きだから、よく聞こえてくる。
「お母さんが手伝ってって」
「私、ドレスだから無理! うふふ」
「着替えれば良いでしょう」
「はぁーい」
「相変わらず、お姉ちゃんは怖いわ。ヨハン、おとなしくしているのよ」
「はぁぁい」
「返事は短くはっきりと」
は?
「はい」
「よろしい。じゃあ、レオン君。また後で」
「うん」
ロッテさんが、応接室から出ていった
「ふぅんだ。お姉ちゃんだって、はぁぁいって言ったよね」
「ははは。そうだね」
出ていってから言うのは成長の証拠だ。
「それに、お兄ちゃんが来るまで、ズボンを穿いてたのにぃ」
「ふうん。そうなんだ」
†
「では、乾杯」
「「「乾杯」」」
叔父さんの宣言とともに杯を掲げた。
おお、良いワインだ。
口当たりは甘いのだが、飲み込むと爽やかな渋味が残って、また飲みたくなる。
「おいしいわね、これ」
「アデルの口に合ったかあ、奮発した甲斐があったな」
「ありがとう。お父さん」
叔父さんが僕を見たので、大きくうなずく。よくわからないけれど、結構高そうだな。
挨拶も終わったので、食事に移った。
「しかし……」
なんだろう。叔父さんが僕の方を見てる。
「レオンが我が家の催しに来てくれて、うれしいぞ。兄さんや義姉さんに伝えないとな」
スープの匙を置く。
「いやあ、叔母さんの料理がおいしいですから。毎回押し掛けて済みません」
「あら、レオンさんたら。うれしいことを言ってくれるわ。お花もいただいたし」
アデルが、お母さんは花が好きと言っていたので、途中で買って持って来た。
「そうねえ。このままウチの子に成ってくれれば、毎日食べられるわよ。ねえ、あなた」
「おおぅ。あははは」
ウチの子かぁ
うれしそうに言ってくれた。
「えっ、ちょ、ちょ。お母さん、変なことを言わないでよ」
ヨハン君が、突然あわてたロッテさんをポカンと見ている。
「あら、ロッテ」
「へっ、姉さん?」
「レオンちゃんが、ウチの子になるからって、あなたにくっつくと勝手に決めるのはどうかしら」
「えぇ?」
「レオンちゃん。料理のひとつもできないロッテより、私の方が良いわよ。おっぱいも大きいし」
「おっぱ……」
真っ赤になったロッテさんは、頬を大きく膨らまして腕組みした。
「お姉ちゃんの歳になったら、抜くし」
まあ、3年の年齢差は大きいよな。
「お兄ちゃんは、どっちが好きななの?」
ヨハン君が、真顔で訊いてきた。
「ふたりとも美人だから迷うなあぁ」
「そうだね。うひひ」
「もう、ヨハンまで」
「アデル」
「なに、おかあさん?」
「最近はロッテも、料理が少しずつできるようになってきてるから、そんなにバカにしたものじゃないわよ」
「へえぇぇ」
うんうんと、ロッテさんがうなずく。
「でも。自分がやる気になった時だから、もうちょっと普段も手伝ってくれるとうれしいけれど」
「ううう。そうだ、お姉ちゃん。いろいろな町に行ってるから、おいしいものを食べてるんじゃないの?」
「まあねえ。でも、レオンちゃんじゃないけれど。私には、お母さんの料理が一番かなあ」
「あら、そうお?」
「うん。行った先でいろいろ名物料理は、出してもらうけれど。まあ、舌がそうなっちゃっているってのもあるわね。あははは」
「なによ、王都以外の話を聞きたかったのに。そうだ。エミリアだっけ。レオン君は? 伯母様はどんな料理を作られるの?」
叔父さんが、ロッテさんに手を伸ばし掛けて、止まった。
「そうだなあ。あまり料理を作ってもらったことはないかな」
「「「へえぇぇ」」」
あれ? なんか変な雰囲気になってる。
「いや、副会頭は仕事がなあ……それに家族が住む館にも専属のコックが居たし」
ダンカン叔父さんは、コナン兄さんが生まれた時分までエミリアの館に居たそうだから、状況を知っているんだろう。
「そういえば、風邪をひいて寝込んだときに、スープを作ってくれたなあ」
「スープ?」
「まあ、味はよく覚えてないんだけどね」
「えっ?」
「熱があったから、味覚が……それでも、なんかうれしかったな。普段は構ってくれないからかなあ」
「伯母様が、そんなに忙しいなら、伯父様は?」
ロッテさんは遠慮がないな。ダンカン叔父さんがこめかみを押さえている。
「父とは、夕食の時ぐらいしか顔を合わせなかったなあ」
「本当に? さびしかったでしょ」
「ロッテ!」
「ああ、いいですよ、叔母さん。その代わり、2人の兄さんがいっしょに居てくれたし、ウルスラというメイドが付いていてくれたから、それほどさびしくはなかったかな」
今になって思えば、兄達は僕を不憫だと思っていたのだろう。
「僕も!」
ヨハン君だ。
「お父さんだけじゃなくて、お母さんとお姉ちゃん2人も居るからさびしくないよ!」
「よく言ったわ、ヨハン。それでこそ私の弟よ」
アデルがヨハン君に抱き付いて、頭を手荒に撫でた。
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訂正履歴
2025/02/12 わずかに表記を訂正,誤字訂正(haruさん ありがとうございます)
2025/02/13 誤字脱字訂正(rararararaさん ありがとうございます)
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/14 誤字訂正 (高須こ~すけさん ありがとうございます)
2025/04/15 誤字訂正 (asisさん ありがとうございます)