179話 年末の点景
年末の話を書いていると、作者世界の暦に追い付かせたくなる。でも年初に差し掛かると、気にならなくなる不思議。
大学の講義が年内最終日になった。
講義がなくなるだけで、修士の先輩方は研究や実験をやりに大学にやってくる。この辺は怜央の記憶と一致している。工学系はどこでもそうなのかもしれない。まあ、僕は休日は休む主義だが。
しばらく学食もなしかと思いながら、テーブルに着くとディアたちもやって来た。
「やあ。ディア、ベル」
「やあ。レオン」
返事をしたベルは満面の笑顔だが、ディアは微妙にさえない面持ちだ。
「ん・・・レオン」
「どうした、ディア。体調が悪いのか?」
「もう。察しが悪いなレオンは」
「むっ」
心外だ。察しが良いとはよく言われるが。
「いや、身体はどこも悪くない」
「そうか、それなら良いが」
普段溌剌としているディアなんだが。ちなみに隣のベルは、始終元気だ。
「おい、レオン。なんか私をバカにしていないか?」
「はっ?」
「そういう目だった」
ベルは勘が良い。
「バカにはしていないけれど、いつも元気だなあって」
「それが、バカにしているっていうんだ。ディアみたいに……」
「声が大きいって」
周囲の視線が集まっている。
「ほら、ディア。レオンに言うことがあるんじゃないか」
パンを千切っていると、聞き捨てならないことを言う。
「ん?」
ディアを見たら、僕の視線を避けるように下を向いた。おお、彼女はまだ何も食べてない。深刻な話なのか?
「あっ、ああ……」
おっ、モジモジしていたが、意を決したようだ
「れ、連休の話なんだが。エミリアだったか、生家にレオンの部屋がなくなったって言っていたろ?」
ん?
「うむ。最近、甥と姪が生まれたからな。今は2人の部屋になっている」
この前、贈り物を送った。
「へえ、双子だったのか……おっと」
ベルが黙った。
「うっ、うぅぅん。それで、なんだが。連休に予定がなければ、レッソウに来ないか?」
「レッソウ?」
ディアの故郷で、北の港町だよな。
なぜ?
「あっ。や、やましいことはない。レオンはマキシアには行ったって言ってたろ。去年」
先週も行ったけれど。
「レッソウの名物はな、魚だ。レオンは食べると言ってたろ。ふ、冬の魚はおいしいぞ」
「ええと」
何か勢いに押される。
「勘違いするな。別に両親に会わせるとかそういうことはない。だっ、大丈夫だ。と、泊まるのも、ウチではなく、ちゃんと宿がある」
いや。そんなことは考えていないが。ディアの様子が尋常じゃない。
助けを求めてベルを見ると、彼女は食事の手を止めて頭を抱えている。
「ディア。悪いが、連休は先約が……」
「先約?」
「いやあ。親戚とな」
アデルも親戚だ。うそではない。
「おい。レオン! ディアが、勇気を振り絞って誘っているんだろが、親戚なんか断って……」
「べっ、べべ、ベル」
「むう。そうも行かないんだが」
「わっ、わかった。親戚は大事だ。まっ、また新年にな」
ガガっと椅子が鳴って、ディアが立ち上がる。
「おい。落ち着け。まだ何も食べてないだろう」
ベルが、腕を持って止める。
「そっ、そうだった」
その後、3人とも黙々と食べて学食を出た。
† † †
それから、5日余りが過ぎ、紀元490年も終わりが近付いた。
「おかえり、アデル」
「ただいま、レオンちゃん」
彼女の部屋に行くと、地方公演から帰って来ていた。
抱き付かれたけれど、前回のように玄関の外までは飛び出してこなかった。見た感じは落ちついたものだ。
「ふう。さびしかった」
「僕も」
彼女に会うと血が泡立つ思いだ。
「入って、入って」
「うん」
奥の居間へ。ローブを僕から脱がせると、コート掛けに掛けた。
蒸気暖房で暖かい。アデルも薄着で、脚など剥き出しだ。
「あっ!」
僕が贈った本が、部屋で一番目立つ棚に置いてある。
「ああ。これには、助けられたわ。毎日毎日。ありがとうね。ああ、座って。座って」
ソファーに座ると、テーブルには既にワインとグラスが置いてある。
ふむ。
確かに、おとといに読んだ演劇評論に、アデルの演技が安定したと書いてあった。
裏を読むと、その前は不安定だったのだろう。
「本当にありがとう」
「おおっ」
押し倒された。
「うぅぅん。レオンちゃんの匂い」
彼女が、僕のシャツのボタンをはずし始める。
「あれ? 汗臭いかな」
寒いから、そんなことはないと思うが。まあ、大汗をかいた時以外は、自分の匂いはよく分からない。
「そんなことはないよ。良い匂いだよ。スキ!」
「そう?」
アデルの甘い匂いの方が良いけどな。
†
「ハァ、ハァ……」
彼女の背中から降りる。
「アアン、レオンちゃん」
テーブルの上に置いてあったワインをグラスに注ぎ、一口あおる。そして、アデルの上体を起こして口移しに飲ませる。
「フゥゥ」
「そうだ。兄さんと義姉さんから。礼状が来たよ」
「ああ」
以前、王立美術館に行った日。アリエスさんと別れた後、西区へ向かった。アデルが勧めてくれた食器専門店だ。
そこで、初めてできた甥と姪への贈り物を一緒に選んだのだ。
「それで、義姉さんが、とてもかわいい匙をありがとう、だって。アデルが見立ててくれたおかげだね。僕だけお礼を言われて申し訳なかったけど」
「うふふ。いいのよ。レオンちゃんの選択だったし。でも、なんで銀製だったの?」
赤ん坊だったら、木の匙の方が良いかもしれないけれど。
「うん。銀の匙をくわえて生まれた児って、伝承があるんだ」
「伝承……」
「そう。元気で幸せになるんだって」
「へえぇぇ」
「あとは、一生食べ物に困らないってのもあったな」
怜央の記憶に有った。
「うふふ」
「ん?」
「レオンちゃんは、そういう伝承とか風習とか、信じない人かと思ってた」
「そんなこともないけどね」
「冗談よ。レオンちゃんは、思いやりがすごいからさ。なにかちゃんと理由があるんだろうなって……思ってた」
まあ。結構迷ったっていうか、悩んだ。
赤ん坊に何を贈るべきかなんて、わからない。着る物とかは、父様や母様が贈るだろう。どう考えても、母様の方が僕より趣味が良いだろうし。
そうだ。赤ん坊だけじゃない、兄さんや義姉さんにもよろこんでもらわないと。
たしかに、日々の物をもらってもうれしいけれど。ねがいは───
「明日さあ」
「ん?」
「いっしょに、家に行こう」
「えっ? いやあ」
それは……
「うん。ご近所さんだし。いっしょに行っても問題ないよ。それともいや?」
「アデルがいいなら、そうしようか」
そう。彼女の障りにならないように、ふたりの仲を隠して居るのだ。
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訂正履歴
2025/02/08 誤字訂正、くどくてわかりづらい表記を回避(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)
2025/04/07 誤字訂正 (よろづやさん ありがとうございます)
2025/04/11 誤字訂正 (anri6666さん ありがとうございます)