19話 力試し(1) 昂揚と教訓と
彼知り己を知りと言われますが、後者の方が難しかったりして。
いよいよ、この日が来た。
朝8時に、エミリアの冒険者ギルド支部へ行くと、コナン兄さんと一緒に依頼の相談をした受付の女性、ダリアさんが出迎えてくれた。
「レオンさん。この2人が、本日あなたを護衛頂く、クラン銀の矢の方々です」
ひとりは30歳代だろう背が高く厳つい男性。もう1人は20歳になったかどうか位の若い男性だ。
「レオンです。よろしくお願いします」
「クランリーダのニールスだ。彼は、ワーレンだ」
若い方の人は、無言で会釈を返した。
「レオンさんは、支部長のご親戚です。だから、というわけではありませんが、くれぐれも安全には気を付けて差し上げてください」
「言われるまでもない」
「では、よろしく」
去っていく受付の人を見送った。
「では、レオン殿。出発してよろしいかな」
「はい。ああ、僕のことは、レオンだけで結構です」
ニールスさんが笑った。
「では、レオン。行こうか」
支部を出て、街道を西へ歩く。ウチの私有地とは反対の方角だ。
「ギルマスの親戚というと?」
横に並んだニールスさんを見上げる。
「はい。祖父の弟、つまり大叔父の娘の旦那さんが、支部長さんです。親戚と言っても、だいぶ遠いですね」
祖父は8人兄弟姉妹だった。父方の親戚は多い。
あれ。
父方はそこそこ親等が離れた人も知っているが、母方はほぼ知らないなあ。直系である祖父も祖母も、母方は会った記憶はない。生きていると聞かされているが……。
まあ、父方の親類はエミリアの町周辺に多く住んで居るから、商会主催のパーティなどで顔を合わせる。が、母方はそうでない。もっともらしい理由だが、普通そういうものなのかな?
おっと、考え事をしている場合じゃなかった。
視界の端に、後から付いてくるワーレンさんの顔が見えた。大あくびをして、あからさまにやる気がなさそうだ。
†
10分も歩くと町のにぎわいは絶えて田園風景となり、さらに10分も歩くと街道脇に大きな石碑が見えてきた。
伯爵様の城からというより、竜穴から2.5キルメト離れたという印だ。
エミリアはいくつもの街道が交差する要衝だ。おおむね南北に延びる街道は竜脈が伸びていて、その上であればどこまでも安全だが、僕たちが進んで居る西向きの街道はそうではない。だから、この石碑が大きく目立つように造られているのだ。
「レオン」
「はい」
「この先は、魔獣がいつ出て来ても不思議はない。心するように」
「はい」
「では私は、少しばかり先行する。依頼書にあったように魔獣が居たら、手を挙げてレオンに知らせるから付いてくるように。あと、そうなったら、大きい声や物音は控えてくれ。魔獣が逃げるからな」
「了解です」
ニールスさんは肯くと、少し先に行った
街道を行く者……入る者は肩から力が抜け、出る者は思わず携えた剣を確かめるという。ここが西側の結界か。石碑を眺め、ニールスさんとの間合いを図った。
「大商家のガキらしく、石碑を見て怖じ気づいたか?」
すぐ後に、ワーレンさんが居た。悪意がこもった顔付き。
「そうですね。少々は」
「ふん。口が減らねえガキだ。親の金で、大人を雇うだけのことはある」
なるほど。
どうやら商家、もしくは僕の立場が気に入らないようだ。
「ええ、確かに親から金をもらいました。経理の仕事の報酬として」
冒険者は気が荒い。
舐められてはぞんざいな扱いを受ける。それは、良く聞く話だ。
ワーレンさんの蔑むような笑いが引きつった。
「どうした?!」
前から声が響いた。
「いえ、なんでもないです」
「ふん!」
前はともかく、後には警戒が必要のようだ。
†
さらに2キルメト(おおよそキルメト=km)進むと、辺りは荒れ地が広がるばかりの大地となった。
竜脈に沿う南北には、牧畜、穀倉地帯が続くというのに、東西はこの有り様……か。座学では習っていたが、実感が湧く光景だ。
もちろん、それはこの地方、エミリア周辺に限られた話だ。
セシーリア王国には、一般に知られているだけでも5系統の竜脈があり、それらは大きく見れば、東西南北へうねくって走っているそうだ。
痛てっ!
背中に何か小さい物がぶつけられた。石か!
むっとして振り返ると、ワーレンさんが前方を指した。
あっ、ニールスさんが手を挙げている。
合図だ。周囲を気にし過ぎて、見落としていた。
足音を忍ばせつつも早足でニールスさんに追い付くと、彼は街道の左前方を示した。
居た! 大きな礫が目立つ、痩せた大地の岩の上に褐色の姿。
頭頂から突き出た長い角。一角山羊だ。図鑑で見たことがある。
山羊という名にもかかわらず家畜を襲い、群れを成せば隊商すら襲う。そこそこの大物のはずだ。
うくぅ。身体が震えている。
僕は初めて魔獣に向き合い、初めて魔術を撃つんだ。
鼓動が高鳴る。集中しろ───
あいつは速い。それに警戒感が強い。
100メトは離れているにもかかわらず、こちらを曖昧にでも感じ取っているのか、しきりに辺りをうかがっている。
腕を肩まで上げて構える。
はぁ、はぁ。
呼吸が荒い。いつもより魔圧の上がりも遅い。
だが。
≪衝撃 v0.41≫
岩の斜め上が白く煙ると、ダンっと打撃音が響いた。
モノケロースの体躯がたわみ、ゆっくりと崩れ落ちた。
「おおっ!」
「まだ!」
もう1体居る。
仲間が倒れるのを目の当たりにし、ジグザグと走り出した。
ちぃ。この距離では照準が!
とっさに魔術を変えた。後から考えれば、それが良くなかった。
≪炎球 v0.3≫
あっ!
発動紋から火球が撃ち出された刹那、軸線上に人影が被った。
「ワーレン!」
なっ、なんで。あそこに。
彼が倒れた。
その先で火球はモノケロースに命中し、大きく燃え上がった。
「ワーレン」
横に居た、ニールスさんが駆けだした。
僕の目が正しければ、間一髪だったはず。そう思っても、脚がまともに動かない。
なんとか追い付くと、ワーレンさんが立ち上がった。
「あぁ。失敗、失敗」
「おい。気を付けろ! 魔術士と獲物の間に飛び出すなと、何度も言っているだろう!」
無事だったか。
僕の呼吸が再開した。それでもまだ、手が強張り顔が引きつる。
「もっ、申し訳ありません。ぼっ、僕。とんでもないことを」
「そうだな。あの威力だ。機敏なワーレンでなければ避けられなかった。当たっていればタダでは済まなかった。ふたりとも気をつけないと死人が出るぞ」
「はい。ごめんなさい」
「いいや、今のは俺が悪かった」
へっ?
「そういうことだ。割合で言えばワーレンの方が悪い。だが死んだら、そんなことも言ってはいられないんだぞ」
「へーい。2度と構えたレオンの前には飛び出しませんよ。俺もまだ死にたくはないですからね」
そう言い放つと、ワーレンさんは駆けだした
「彼があそこに居たことに、気付いていませんでした。気を付けます」
魔術種を変えるのに意識が向きすぎた。
「俺もだ。だが、魔術は味方にも脅威になることを忘れないように」
「はい」
「それにしても……」
怖い顔が緩んだ。
「はっ?」
「本当にレオンは、14歳なんだよな」
なんか前にも言われたな。
「はい。紀元475年生まれですが」
「そうだよな。その見た目だ。エルフでもなければ……まあ俺はエルフを見掛けたことはないんだが」
「……」
「それはともかく、発動が早い。すぐに2撃目を撃てることもな。驚いた」
「そうですか?」
「ワーレンもレオンが、すぐもう一発撃てるとは思わなかったはずだ。だからヤツなりに良かれと思って、けん制のために飛び出したわけだ」
うぅむ。
「互いの実力を認識していないから、こういうことが起こる。俺も反省だ」
ワーレンさんが、こちらに小走りで戻って来る。
目の前で止まり、僕の方へ何かの棒を投げた。2本。
「肉は、片方がグズグズ、もう片方は黒焦げ。ただ、そいつが残ってました。1本はそれなりに高く売れますね」
角だ。
一角山羊の物だ。片方は、半分くらい焦げて黒くなってしまっている。
僕が斃したんだ。ふつふつと、腹の底が熱くなった。
「レオンも屍を見ておけ。魔獣といえども、生ある物を屠る者の礼儀だからな」
「はい」
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訂正履歴
2023/10/12 誤字訂正、少々表現変え
2023/10/14 サブタイトル変更
2024/09/09 誤字訂正(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)
2025/04/02 誤字訂正 (長尾 尾長さん cdさん ありがとうございます)
2025/04/18 誤字訂正 (1700awC73Yqnさん ありがとうございます)