178話 ループバック
年末に発症したアレルギー症状がやっと治まりました。
なつかしいな。
綺麗な夕焼けの時刻。僕はある都市の門の前に立った。
去年の8月。サロメア大学の受験に向かう時に立ち寄った町、マキシアだ。
あの時は、こことエミリアの間にあるラーリスの宿で誘拐に遭う所だった。特段被害は受けなかったが、外の世界で少し心細く思ったものだ。
門衛に冒険者ギルド員のカードを見せると、問題なく入市できた。
もう1週間もすれば年末となるからか、人通りが多いな。
じゃあ、早速、宿を取ろう。
もちろん、飛行魔術を使えば、30分と掛からず王都に戻れる。実際王都からマキシアまで、そうやって来たのだ。本来泊まる必要はない。
宿でやることがあるのだ。
今回は宿にこだわりはないので、前に泊まったところで良いだろう。中に入って受付に向かう。
「いらっしゃいませ」
中年の男に迎えられた。
「1人で1泊なんだが、空きはあるかな?」
「ございます。1泊素泊まりでよろしいですか?」
「ああ」
「前払いで、5セシル50ダルク(5500円相当)の部屋と、7セシルの部屋がありますが」
「前者にしてくれ」
懐から、銀貨5枚と大銅貨5枚を出す。
「はい。それでは312号室です。こちらに署名をお願いします」
出された紙に住所と名前を書く。鍵を受け取る。
「食事に行ってくる」
急ぎの旅だが、物を食べられない程でもない。辺りは夕闇に変わってしまっていたが、魔灯に浮かぶ町並は綺麗だ。
さて何を食べるべきか?
町の中央にマクス川が流れており、その両岸で豚の畜産が盛んとのことだ。食肉や加工品が名産となっているとベルに聞いた。
彼女の故郷だからな。
そんなに大きくはないわよと言っていた彼女の生家も、この町にあるはずだが、どこにあるかまでは知らない。知っていても准男爵家だし、王都に居るベル以外に知り合いは居ないから、どうするわけでもないのだが。
30分ほどそぞろ歩きをして、豚の薄肉を炒めた料理をおいしくいただいた。名物にうまい物なしと言うが、意外になかなかの味だった。食べている途中でショウガ焼きなる記憶がよみがえった。近い料理のようだが、味付けは違うらしい。
宿に戻り、部屋に入る。
鍵を掛けて、ベッドに横たわると、目を閉じた。
まぶたの裏にシムコネが浮かび上がった。下宿を出たときのままになっている。起動ボタンに意識すると、モニターが掃引を始めた。
「よしよし」
今まさに、下宿の上空から送信している魔導波を受信できた。
表示を周波数分析モードに切り替える。
「ふむ。周波数変調は、およそ15メガヘルツか。時間変動も想定内だ」
そのぐらいであれば、パイロット信号の自動変動追従で問題ない。
この無線魔導波通信では、数百メガヘルツ辺りの周波数帯を使う。魔導波としては、比較的低周波だが、地表でも反射するし、この惑星の上空にある一部の大気層でも反射する。これにより、地球の短波(電波)と同じように、当該大気層と地表の間で何度も反射して、魔導波を相当な遠距離まで到達させることができる。試したことはないが、理論上ではこの惑星の反対の地点まで到達することになっている。
地球では短波帯の電波を反射する大気層を電離層というそうだが、この惑星で魔離層とでも呼ぶと良いかもしれない。まあ、僕が知らないだけで、きっと他の呼び方があるとは思うが。
それはともかく。送信アンテナの大きさは、数十セルメトになる。魔石には入らない。まあ感度向上も兼ねて、上空数十メトの位置に発動紋を配置して対応することにしたので問題はないが。
さて、実際に魔導波通信をやってみよう。
≪魔導通話 v0.3≫
───プロトコル送信
特定パターンと、当方の公開鍵を送信。
相手の公開鍵を受信。通信確立。
王都の下宿にある僕の部屋に魔導通話用魔石試作品を設置して発動してある。そことつながったのだ。
『こちらはループバックルーチンです。現在の遅延設定は5秒です』
よしよし。複数の竜脈結界を貫いて通信できている。
「本日は、青天なり」
どうだ?
『本日は、青天なり』
おお、なんか少し甲高いような気がするけれど、一応僕の声に聞こえる。抑揚も同じだ。
音声は僕の公開鍵で暗号化されたデータがパケットで送られて、復号されるときに僕の音声に似たコーデックで合成されるので、しゃべった音声波形とはやや異なる。そもそも自分の声を他人が聞く時は、骨伝導分の差があるから違うしな。
それはともかく。ちゃんと僕がしゃべった声を受信して、そのまま送信できている。
「1、2、3、4、5、6、7、8、9……」
──────────『1、2、3、4、5、6、7、8、9……』
微妙にずれている気もするが、およそ5秒の遅延で返って来ている。
6以降も、しっかり帰って来ているから、送信と受信が同時に可能な全二重ができているということだ。
ふう。はぁぁぁ。
少し気が抜けた。じわじわよろこびが湧いてくる。
王都からここまで100キルメト以上離れているが、魔導通話できることを検証できた。
ここ十日余り、根を詰めてやってきた魔術と魔石開発が終わったことを意味する。まあ、調整は残っているが。
気を良くした僕は間を開けて何度か同じように試したが、支障なく通信ができた。
†
部屋を出て、宿の受付に行く。
「出掛けてくる」
受付してくれたのと同じ従業員に、鍵を差し出す。
「あのう。鍵は、お持ちいただいてかまいませんが」
「これから人に会うのだが。場合によっては、このまま帰って来ないこともありうる」
「そうなのですか」
「うむ。荷物は部屋に何も置いてないから、その時はこのまま引き払って問題ないか?」
「ええ、支払いは済んでおりますので」
「わかった。そうさせてもらう」
「承知しました。いってらっしゃいませ」
宿を出た。
人に会うというのはうそだ。もうこの町でやることはない。
人目に付かなければ、宿を取る必要はなかった。ただそう言えるのは、結果論であり、滞りなく検証が済んだからだ。うまく行かなければ、考えたり調整する必要があっただろうから。
人気の少ない路地裏に入ると光学迷彩魔術と、飛行魔術を発動して飛び立った。
王都に戻る途中で何度か降下したり、飛行中も検証をしてみたが、特段の不具合は起きなかった。
† † †
翌週。
今週の途中から講義がなくなり、年末の連休に入る。
僕は受けていないが中間考査が終わり、僕以外の学生もやや気が抜けた状況になっている。
「そうか。終わったかね」
61号棟1階の準備室で、3人の先生と向かい合っている。
ジラー先生が満足そうにうなずいた。
「はい。勝手を言って、研究を中断して済みませんでした」
「気にしないでいいさ。私も仕事がたまっていたからね、それをだいぶこなせたよ」
先生には論文作成で負担を掛けた、しわ寄せかなあ。
「ターレス先生。レオン君をダシに使って、嫌な仕事を後回しにしてたんでしょ」
「おい。人聞きの悪いことを言わないでくれよ。リヒャルト君」
「それで、たまった仕事は全部終わったんですか?」
「ううう。まあ半分くらいな」
このふたり、どんどん仲が良くなっているよなあ
「ともかくだ。年内はもう日もないからな」
ジラー先生が、話を引き戻す。
「再開は年明けからですか」
「そうしてもらうと私も助かるな。そう思って計画していたからな」
「ターレス先生ったら」
「はい。光源の開発を進めます」
「そうは言っても、2月には魔導技師の2次試験もあるだろう。受験するんだよな?」
「そのつもりです」
2次試験は学内検定ではなく、国から委託を受けて魔導アカデミーという組織が実施するものだ。
「じゃあ。そんなに根も詰めさせられないな」
「ですねぇ。私は、学部3年生のとき合格したけれど、2年生のときはひどいものでしたからねえ。初回の難度は高いですよ」
リヒャルト先生でもそうなのか。
「レオン君。まあ気にしないで。そっ、そうだ。教授、あの件は?」
ん? リヒャルト先生が何か促した。
「そうだな。レオン君に知らせておくことがある」
「はい」
「年明けからだが。光学科から1人、君たちの研究に合流することになった」
へえ。
「ソリン先生といって、主に光学実験をご指導いただくことになっている」
「承知しました」
あの先生かな? 検証会が終わった後、ターレス先生へ熱心に質問していた先生がいらっしゃったが。
「ふむ。光学科も必死……おっと、これは失言でした」
ターレス先生が、頭を下げた。
その時は、よく意味がわからなかった。
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2025/02/05 誤字、細々訂正
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訂正履歴
2025/04/04 誤字訂正 (みかん3号さん ありがとうございます)
2025/04/15 誤字訂正 (徒花さん ありがとうございます)
2025/04/27 誤字訂正 (十勝央さん ありがとうございます)