177話 合否
合否を掲示で発表するのは、日本以外ではやらないそうですね。
「なんだ、レオン。ここに居たのか」
「ミドガンせ……ミドガンさん」
居るのは、61号棟1階の刻印実習室だ。
「良いのか。そろそろ発表の時刻だが」
瞬きすると、システム時計は2時53分だった。
月頭に魔導技師学内検定の学科と実技を受験した。その結果が、間もなく発表される。
「そうですね」
「見に行かないのか?」
「まあ後で。行きますが」
通信魔術の開発が、ようやく軌道に乗ってきたので、それ以外のことをやるのはやや億劫だ。
「ふふふ。後で行っても、結果は変わらないでしょう? ミドガンさん。そう言いたいのか?」
図星だ。
「ははは。レオンの考えていることが、俺も少しは分かるようになってきたな。まあその通りだ。今、行かなくても、レオンの検定1次合格は変わらない」
「わかりました。行ってきます」
「俺も行こう」
建屋を出て100メトばかり歩くと、構内道幹線に面する広場に差し掛かった。既に人集りがある。大体覚えのある顔。理工学科の先輩かあるいは同級生だな。その人たちが見ている方向に、衝立のような掲示板が立って居るが、今のところ何も貼られては居ない。
おっ、鐘だ。
学科長だ。時間を見計らって建屋から出て来た。職員を2人引き連れて来た。その3人が近付くと、人集りが分かれて道を空けた。
「それでは、魔導技師国家試験の第1次検定結果を発表する」
学科長の宣言とともに、職員が大きめの紙を掲示板に貼りだした。
歓声と悲鳴が上げる。
並ぶ番号の飛び方を見ると。合格率は5割……を切ってるぐらいか。
「レオンの受験番号は?」
「43番です……ありました」
「ああ、あるな。わかっていたけど。おめでとう」
屈託のない良い笑顔だ。
「ありがとうございます」
「うん。いっしょに2次試験を受けに行こう」
「はい」
速攻でもらった願書用紙に記入して申請した。
†
「おめでとうございます」
「うん。ありがとう」
大学の帰りに、トードウ商会へやって来た。
検定1次を受験することは前々から言ってあったが、それに合格したと告げるとアリエスさんが、思ったよりよろこんでくれた。
「商会の方向性にも影響しますので、2次試験もがんばってくださいね」
「ん、んん?」
お互いによく分からないという顔になった。
「ええと。がんばるけど。それがトードウ商会となんか関係があるのかな?」
「何をおっしゃいますか。もちろんありますよ。杖やら、攻撃用や狩り用の魔道具を、オーナーご自身で作ることができるようになるので、その方面での商売が広がります」
「そう……だね」
なかなかに打算的な応援だ。まあそういう関係性だよな。
「ところで、前に言われていた件の回答をひとつ持ってきたよ」
「回答とおっしゃいますと?」
「いやだなあ。アリエスさんが、言ったじゃない。純粋光魔術ができたら何が良いことがあるかって」
「ああ、申しました」
アリエスさんは現実主義者で、焦点径が小さくなったらとかの抽象的な話では納得しないのだ。どんな利得があるかを実感させないと納得しない。
「おっ? くっ、くわしくおっしゃってください」
アリエスさんの食い付き方が違うな。
「これなんだけど」
「魔石ですか」
「そうそう。音が出るから聞いて」
「承りました」
魔石に、魔力を込める。
『えぇぇ。歌を歌え? 何の? 何でも良いって。ここに呼び出したのは、そういう用なの? ああ、はいはい。歌えば良いんでしょ』
「オーナー」
おっと。
「なんですか? これ。若い女性の声に聞こえますが」
「そうそう。大学の同級生だよ」
ベルだ。アリエスさんは、首を捻っている。
「続けるよ」
『白き霊峰 たなびく雲 麓出る……ああ愛おしきは 港町 まぶたに浮かぶ』
彼女の出身地の伝唱歌らしい。
アリエスさんは、最初真顔だったが、徐々に表情が引きつっていった。
「どうだった?」
「うっ、歌はどうでも良いの……いや、良くないかもしれませんが。ともかく、今の声はその魔石が歌ったんですか」
「あははは。歌いはしないけれど、音源はこの魔石さ」
「はぁ、つまり音が出る魔石……ちがうわ。誰かがしゃべったあるいは歌った声を、あとあとになって、再現出来るという。えぇぇ」
眉根を寄せて、真剣に考え込んだ。
「概ねその通りだね。まだ、音声の記録には、僕自身の魔術が必要だから、不完全だけどね」
無論、その技術自体は存在している。この用途で使われていないだけだ。
「音声の記録というのは、その同級生でしたか、その人が歌ったと判別できますね」
「うん。聞いてもらった通りだよ」
「それはどういう形で記録されているんですか?」
「おお」
そういう形の質問が来るとは思わなかった。
「ちょっとむつかしいかもしれないけれど」
「ぐっ、よろしくお願いします」
「音には耳が痛くなるほどやかましい音と、聞き取れるかどうか小さい音があるよね?」
「はい」
「それらを、段階的にわけるんだ。16ビット……」
「ビット?」
「いや6万5千段階とかに分ける。これを量子化という。」
「りょ、量子化。初めて聞く言葉です。それはともかく、また区切りが悪い段階数ですね」
「まあ、これからも区切りが悪い数字が出てくるけどそれは無視してよ」
「はあ、はい。ところで、歌には音階がありますよね。それはどうするのですか」
「そうだね。音階つまり音の高さはある。音の高さとは単位時間あたりの繰り返す回数。それを周波数といって。それで決まるのだけど、これを表現するために、1秒間に4万4千回程で収集する、これを標本化という」
眉根を寄せたものの、聞いている。
「1秒間にそんなにたくさん」
「ああ、人間の耳は、1秒間に2万回の周波数の音まで聞こえるからね」
「へえぇぇ。勉強になります。その組み合わせは膨大なものでは?」
「確かに、組み合わせは膨大だけど、情報量では、そんなに大きくないよ」
無圧縮で172キロバイトだし、圧縮も掛けているから、1秒で大体40キロバイトだし。
「ごめん。僕の感覚だ。記録しようとすると結構大きいけどね」
大きくないというのは、大容量記憶媒体が普通に存在していた、怜央が生きた時代の記憶を基準にしているからだ。彼が亡くなる50年前だと話は変わる。日本の文字なら1秒で2万文字分だからな。紙で印刷したら結構な量だ。
「そうですか。しかし、サロメア大学は、魔術だけではなくてそういうことまで、教えてくれるものなのですね。感服しました」
「あっ、んん。まあ」
そういうことにしておこう。
「魔術の内容はわかりませんが、ともかく音楽や歌が魔石に記録できるのですね。どれほど高度のことか想像がつきかねますが。すばらしいことだけはわかります」
「そうそう。この技術が完成すれば、名演奏家達が奏でた音楽を何年もたった未来に聴くことができるからね」
「まぁ、それはそれは」
「よろこばせておいて悪いけれど、このくらいの魔石だと、記録できるのはせいぜい3分位だけどね」
「そうですか、長さに限りがあるのですね」
残念そうだ。でも先に言っておかないと、代表は商売のことを考え始めるからな。
「そりゃあ、限界はあるよ。まあ、それは一般的な刻印魔術を使った場合で、純粋光を使った場合は、少なくとも100倍以上に跳ね上がるけどね。ただ今すぐじゃない。何年も先のことだよ」
「承知しました。純粋光魔術の応用が完成した場合に活かせることなのですね」
「そうそう」
代表は魔導工学の知識はないけれど、賢いし、察しが良くて助かる。最初は驚くやら呆れるやらで大変だったけど。最近は割り切れるようになったようだ。
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2025/02/01 誤字脱字訂正(rararararaさん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)
2025/04/14 データ量の記述訂正(tokujuさん ありがとうございます)
2025/04/24 誤字訂正 (希羅 大和さん ありがとうございます)