176話 焦りは目を曇らせる
投稿が遅くなりました。
人は夢を見ていると、これは夢だと気付くことがある。
今晩もそうだった。
「怜央。バリコンを、基板に挿して」
「バリコン?」
ああ、怜央の記憶か。
彼に指示しているのは、大人の男性。声がひどくなつかしい気がした。
「可変コンデンサと言ってな。その四角い箱みたいなやつだ」
「これ? おとうさん」
その指が細く弱々しいから、まだ怜央が子供の頃なのか。
「そうそう、それだ」
教材用の部品なのだろう、透明なプラスチックのケースの中に半円形の金属板の内部部品が見える。反対側はDカットした軸と金属ピンが4本出ている。
このピン側をプリント基板の穴に挿して、ピンをハンダ付けするんだ。
「その印を合わせてな、そうだ」
僕は小さい手でハンダコテを握ると、コテ先と糸ハンダを突き出たピンに近付けた。白い煙が上がり独特な匂いがする。
「よし。じゃあ、ケースに収める前に、電池をつないで鳴らしてみよう」
「うん」
「おっと、その前に」
「えっ?」
「軸に、バリコンとボリュームの軸にダイヤルをはめてな。その黒い丸くてギザギザの……」
「ああ」
そうそう。それだ。
基板の両端にダイヤルをはめこむ。
「よし」
「どうやったら鳴るの?」
「ボリュームのダイヤルを回すんだ」
「うん」
カチッと音がしてダイヤルの近くの発光ダイオードが点灯した。
そして、ジージーガガガーと音がした。
「あれ?」
「バリコンのダイヤルをゆっくり回すんだ」
その通りにやっていると、突然。
「時計は14時32分を回りました。では次の曲は……」
そして、弦楽器の曲が流れ始めた。
「できたあ!」
「よくやった」
僕は、怜央の父とハイタッチをした。しかし、なぜか、その顔はぼやけていて、判然としなかった。
†
はっ。
夢か。はあぁぁ。
怜央の思い出らしい。ここ何年もその手の夢は見ていなかったのに。
ラジオか。
そう。夢の中の幼い怜央は、おそらく彼の父親に勧められて、キットの電子工作をやっていたのだろう。きっとうれしかったんだろうなあ。
うらやましいなあ。
この世界では、あのラジオの同じ機能を魔導具で作ったとしても、その魔導具は話しかけないし、音楽も流さない。放送局もないし、放送もしていないからな。
それに、竜脈の結界で変な障壁もないし。
そういう徒労感が、夢を見せたのかなあ。
でもまあ、あのラジオとファクシミリ魔導具と受信部分はよく似ている。
アンテナに検波回路、そして増幅回路。あとは音にするか、コードを復号化して画像にするかの違いだ。
バリコン。
妙になつかしい。あの半円の金属板は複数あって、軸のダイヤルとともに半分が回って、重なっている部分の面積が変わる。面積によって、静電容量が変わるから、LCR回路の固有周波数が変わり。その周辺以外の周波数成分が減衰して、特定のチャンネルの音が聞こえるというのがラジオだ。
なかなか良く考えたもんだ。
多くの放送局が存在しても、バリコンのダイヤルを回すだけで選局できるのだ
それが検波回路。
ん?
特定の周波数成分以外を───
何か引っ掛かるな。
待てよ。消えてないのでは?
もちろん受信はできていないのだが、それは消えたのではなく、自分で排除しただけということは?
目を閉じる。
シムコネを立ち上げて、魔導波受信モデルをロードする。
あわてて、モデルを疑似クリックするとサブモデルレイヤが表示される。
「やっぱり」
当然だが検波回路が入っている。
だが、この世界で、当該の周波数帯の魔導波は使われていなさそうだ。にもかかわらず付けたのは、受信機には付き物とほぼ何も考えず付けたのが真相だ。
上位レイヤーに戻って、伝達回路図のアンテナと検波回路の間にモニターを付けて、波形を見る。
ポゼッサーサブセットを有効化して、シミュレーションでなく魔術を連動させるように変えると、焦りつつ起動した。ノイズは出まくっているが。信号がある。
それに周波数分析を掛けると……。
「ああ……」
存在していた。
意中の周波数と、だいぶ離れた周波数帯に特有の高調波成分を持つピーク群が立っていた。
そうか。違う周波数帯に変調していたのだ。
これは。はぁぁ……見逃していたのは、相当恥ずかしい。我ながら焦っていたんだろう。
そうか。これじゃあ、昨日コルネウス先生に軽蔑されたのもわかるなあ。
僕が境界で魔導波が消えたと告げたとき、確認していないのか。魔導工学を志すヤツの風上にも置けないと斬って捨てられたのだろう。
ううう。
いや、自己嫌悪に沈んでいる場合じゃない。
やるべきことを、やらねば。年末まで、そんなに時間はない。このまま作業に移りたかったが、その前に。
ベッドから這い出して、身支度を調えて下に降りる。
「おはようございます」
「おう、おはよう」
リーアさんの機嫌が良い。朝食に降りないとご機嫌斜めなのだ。
「おはようございます」
「まあ。おはよう、レオンさん」
食堂に入ると、テレーゼ夫人も笑顔で迎えてくれた。
なんか、じっと僕の顔を見ている。
「ふふふ。今日は晴れやかね」
窓から差し込む陽光は、12月にしては力強いが。
「えっ」
「昨夜はずいぶん落ち込んでいたようだけど」
やはり僕のことか。
「そうですね。何を食べているかわからなさそうなぐらい。レオンは、しょぼくれてましたね。ほい、スープ」
「面目ない」
「眠って切り替えたか」
「まあ、良い夢が見られたので」
「「夢!」」
夫人とリーアさんの声がそろって、顔を見合わせた。
「まあ、なんでも良い。男はウジウジしているのが1番ダメだからな」
「そうね。レオンさんは若いのだから、空元気でも溌剌としている方が良いわ」
2人の言う通りだ。おいしい物を食べて、ちゃんとおいしいと感じられるようにしないとダメだ。
「今日は大学へ行くのか?」
「ええ」
†
「おお、おはよう。早いな」
ジラー研の部屋に行くと、ミドガンさんが、ニヤニヤ笑っている
別に早くはない。1限目に間に合うぐらいの時間だ。最近ゆっくり来ていたことに対する当てこすりだ。
「おはようございます。ちょっとお礼を言いに行かないとダメなので」
「礼?」
「行ってきます」
61号棟を出て60号棟に向かう。
行き先は理学系の先生方の準備室だ。
「おはようございます」
一瞬、コルネウス先生が、こちらに無表情に目線を向けたが、再び何か作業に戻った。
中に入って先生に近寄る。
「先生。昨日はご指導ありがとうございました。魔導波は消えていませんでした」
先生は顔を上げて、数秒僕の顔を見ていたが、居住まいを正した。
「指導? 何のことを言っているかわからない。私は指導などしていないが」
すげなくおっしゃったが、一瞬口角が吊り上がった。
「失礼します」
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2025/04/07 誤字訂正 (長尾 尾長さん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)