175話 叱責
歳を取ると、叱責してくれなくなるんですよね。
竜脈と外の領域の境界を通過すると、魔導波が消失してしまう現象があることは分かった。
これを境界問題と呼ぶことにした。しかし、脳内ドキュメントや、図書館の書籍を読みあさってみたが、そのメカニズムはわからなかった。
僕が、開発しようとしている技術が暗礁に乗り上げてしまった。
ならば電波でどうだろうと思ったが、同じように消失した。そんなことがあるのだろうかと思ったが、残念ながら事実だ。
やろうとしているのは、無線通信だ。
もし無線通信ができれば、通話することでアデルの里心が緩和できると思うし、僕もうれしい。
そう思っていたんだけれど。
この世界には、ごく短距離の無線魔導通信は存在する。有効距離は、精々100メトで、例の書類複写魔導具にも使われている。古代エルフの遺産らしい。
狙いはそんな短距離ではない。
同じ技術との組み合わせでは中継をする必要がある。たぶん怜央の記憶にあった携帯電話と同じしくみとなる。短距離の無線通信と、長距離の有線通信の組み合わせだ。
だが、王都のまわり数百キルメトにかぎるとしても、必要な中継箇所が多すぎて短期間では実現不可だ。
よって、魔導波の減衰を抑制するために、周波数を下げることが前提だ。地球の技術では、電波であるが短波通信がそれに当たり、アマチュア無線というものに使われていたらしい。通信をする人間は端末機械を持っていて、端末間は完全に無線で空間しか通らない。
それを実験してみて、数十キルメトまで通信はできた。
単純な距離だけなら、なんとかなる。
だが、境界問題は立ちはだかったままだ。
じゃあ、あきらめるかといえば、そんなことはない。
まずはできることをやるだ。
探し物は、得てして探さなくなったときに出てくるものだそうだ。
無駄になるかもしれないが、やれることをやっておこう。
やるべきは、通信方式の決定と検証だ。
怜央が生前にやっていたロボットの制御では、プロセッサ間の通信を使っていた。もちろん無線ではなく有線通信だが。とはいえ、通信のことはそれなりに知識を持っているようで、かなり助かる。
最初はアマチュア無線で使われている方式でと思ったが、実はそうも行かないという結論に気が付いた。
その方式は簡単な振幅変調、もしくは単側波帯伝送のことだ。音声は精々20キロヘルツまでの周波数帯だ。これを同じ周波数の電波にすると極超長波とかになってしまう。いやまあ、それはいいとして、問題は送信するアンテナの大きさが周波数の逆数である波長に比例するため、電波なら数百メトから数キルメト位の超巨大になってしまう。
したがって、百倍から千倍の高周波に変調をする必要がある。
それが振幅変調であり単側波帯伝送だ。振幅変調は搬送波と呼ばれる所望の高周波を、伝送したい信号の例えば音声の波形に変調、単純に言えば掛け算をすることで、高周波のまま低周波の音声を伝送できるというものだ。これを考え付いた地球人は天才だね。
単側波帯伝送は振幅変調の応用だ。
前記の周波数の違う正弦波同士を掛け算すると、三角関数の積和公式どおり、周波数を足し算した周波数成分と、引き算した周波数成分が現れる。搬送波の方が圧倒的に周波数が高いので、搬送波の上下に信号の周波数分離れたとこに成分が対称形で現れる、これを側帯波と呼ぶ。対称形というのは、わかっているので、側帯波の半分だけ送れば良いというのが単側波帯伝送だ。これも賢い。使う周波数帯は振幅変調より狭くて良いし、送信時の電力も小さくて良い。まあ、今のところ周波数帯の幅まで気にしなくてよいかもしれないが。
だが、それらにも潜在的な問題がある。振幅変調か単側波帯伝送であることがわかっているならば、周波数さえ合わせば通信内容が受信可能なのだ。
ラジオとかの放送ならば、それで良い、というか逆にそれが良い。1(放送局)対多(聴取者)だから、誰でも聞こえる必要があるからだ。
しかし、1対1、つまりアデルと僕の通信を他人に聞かれてしまうのは、まずい。あのアデレード嬢が誰かと親しげに話しているなど知られてしまうなど問題外だ。僕ができることを、他人ができないと考えるのは危険だ。だから、実はそうも行かないというのが結論だ。
しかしながら、新しい通信方式を1から作り出すのはというのは厳しい。
じゃあ、どうするのか。
考えたのが、携帯電話の方式の流用だ。使える物は使えだ。車輪の再発明ほど虚しいことはない。方式も世代が多くて、どれかひとつに絞ることはできないが、デジタル方式で音声もパケットにしようとは思っている。
幸いなことに、シスラボ・シムコネには、通信モデルがふんだんに用意されている。よって、それらを組み合わせることで、僕1人ではあるが、それほど時間を掛けなくてもシステムを開発できることを期待している。
ただ、やはり無線通信は傍受の危険と隣り合わせだ。それについてもなんとかしないとな。
†
「よう!」
「おはようございます。ミドガンさん」
「ひさしぶりだな」
ジラー研究室の部屋で、本を読んでいたら、先輩がやって来た。
「ああ、はい」
実は2日大学を休んだ。まあ、受ける必要がある講義はなかったのだが。
下宿にいるとリーアさんが良い顔しないし、昼食は出ないので、大学に出ていても取れる時間はさほど変わらないことに気が付いた。
「ふむ」
「なんです?」
「病気ではなさそうだし、問題はなさそうだな」
「ああ、すみません。心配を掛けましたか?」
ミドガンさんは面倒見が良い。
「いやあ、まあ。魔導技師の学内検定も終わったから、気が抜けたかな位には思ってたが、そんな雰囲気でもないな。で、それは何の本だ?」
「これですか。魔導波通信についての本です」
「ふーん、純粋光の研究を中断したというのは本当らしいな」
「えっ? 誰に訊いたんですか?」
「ターレス先生が、ここに来る頻度が減ったからな」
「なるほど」
ターレス先生は、魔導工学系ではあるが、魔石・魔導具関連技術が専門ではない。つまりジラー研所属ではないのだ。
「魔導波通信で知りたいことがあるなら、コルネウス先生に訊いたらどうだ?」
「コルネウス先生ですか」
理工学科所属の講師だから一応は知っているが、理学系だからほぼ面識はない。
「ご専門なんですか?」
「ああ、学内では権威だな」
†
6024教室で待っていると、鐘が鳴って教員が出て来た。
「コルネウス先生」
「ほう」
酷薄そうな30歳代の男が、虚を突かれたような表情をした。
「少しお時間をいただけますか?」
「ああ」
「突然で恐縮ですが、魔導波通信について質問があるのですが」
「ほう。ジラー研の奇才が、私に質問かね?」
「あっ、はい」
たまにそういう呼ばれ方をしているとは聞く。
「ふむ。では準備室へ行こうか」
数分歩いて60号棟の部屋に案内された。彼は椅子に掛けた。
「それで、質問とは?」
「はい。竜脈とその外の境界と、魔導波あるいは電波の伝播についてです」
「ふむ」
上目遣いに、何事か探るような面持ち。
「もっと具体的に言いたまえ」
「申し上げた境界で、魔導波が消える現象についてです。その原因としくみについて知りたいのですが」
「消える? ……君は、純粋光と刻印魔術専攻ではないのかね。なぜそんなことを知りたい」
「はい。王都の竜脈の境界付近で、魔導波の伝わり方を実験したのですが、そのような現象が起きまして。その原因を知りたいと思いまして」
はぁぁと先生が長嘆息した。
「私に訊きに来る前に、自分で調べてみたのかね? 文献とか」
「はい。十分調べたとは言いがたいですが、いくつか図書館の書籍を読んで見ました」
「では、調べ方が悪いな」
「はぁぁ」
ふむ。なんとなくだが、素直に教えてくれなさそうな気がする。
「純粋光を発振して見せた、君にしては随分お粗末だな」
やはり先生は僕のことを知っているようだ。
「残念だ。帰りたまえ。私から言うことはない」
心底厭わしいそうに、扉を指し示した。
「はい。失礼します」
部屋を出て扉を閉めたとき、先生はこちらを見てもいなかった。
†
「ん?」
ああ。ミドガンさんだ。
「どうした? 元気ないな。学食には行ったのか?」
「いえ」
時刻はもう1時前になっていた。食事もしないで、ジラー研の部屋でうだうだしていた。
「そうだ。コルネウス先生には会えたのか?」
「はい。1限の終わりに相談したんですが」
「ん?」
「教えてくれるどころか、叱責されてしまいました。いや、軽蔑されたかな」
「ははっ。それで落ち込んでいるのか」
「正直言って、その通りです。おかしいですか?」
「そうだなあ。俺なんざ、叱責されまくりだが。レオンは慣れてなさそうだよな」
むうぅ。
「レオンは、それだけ優秀ってことだ。ふむ、しかし」
「えっ?」
「確かにコルネウス先生は、気難しいところがあるので有名だが」
「はあ」
「意地悪ではないんだがなあ……」
「ミドガンさんは、親しいんですか?」
「いやまあ、それほどでもないが。ちょっとな」
ふむ。確かに悪意は余り感じなかったが。
「それはともかく。先生は何か考えが有るようだな」
「考え?」
先生が、何か新しい発想の端緒でもくれないかと期待したが。考えが甘かった。
努力が足らないということだろう。
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訂正履歴
2025/03/26 誤字訂正 (ビヨーンさん ありがとうございます)
2025/03/27 誤字訂正
2025/03/30 誤字訂正 (リュカさん ありがとうございます)
2025/04/07 誤字訂正 (長尾 尾長さん ありがとうございます)
2025/04/14 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)