174話 研究中断
研究でも開発でもよく中断することがあるんですが。今も昔もお金の問題と偉い人が干渉してきたりが多いです。が、最近コンプライアンス観点(今はやったらダメ)が増えてきているような。
アデル達が王都を後にした翌日。曇天の午後。
「まあ、座りたまえ」
ジラー先生に相談したいと申し込むと、65号棟の2階にある先生の私室へ案内された。
「失礼します」
この部屋に来るのは2回目だが、なぜか落ちつくな。置いてある物が魔導具や魔石ばかりだからだろうか。なにより、普段強面の先生が、温和な表情ということもあるな。
「それで、相談とは?」
「現在やっている研究を、一時中断したく思っています。理由ですが、実は大事な人が厳しい状態に陥っていまして」
「ふぅむ」
お怒りのことだろう。先生の顔をまともに見られず、胸の辺りに視線が行く。
「本当は、一緒にいるべきなのでしょうが、そうもいかない状況で……」
「その大事な人というのは、どこにいるのかね?」
「年末になったら、王都に戻ってくるのですが。今は───」
「遠くに居るということか?」
「はい。それなりに」
「ふむ。それで? その大事な人と研究の中断はどうつながるのかね?」
「研究とは別に、僕がやれることをやろうと思うのですが」
「ほぉぉ、その別のことも、どうやら魔術関連らしいが」
「はい」
なんとか先生の顔を見る。なぜか無表情に見える。
「いかがでしょうか?」
「ん? いかがとは? まさか私の許可を得ようと思っているのか?」
うっ。
「はっ、はい」
それはそうだ。今は2人の先生を巻き込んで、研究を進めているのだ。しかも、学科長、それに学部長から、良きにつけ悪しきにつけ、目を付けられているのだ。責任は重い。だが───
僕にとっては、最優先事項だ。
「なぜかね? 私の許可など必要はない」
「はっ、はい?」
「その大事な人のためにやることが、あるのだろう? 存分にやりたまえ」
「はっ、はあ……よろしいのですか?」
「よろしいもなにも。ここ半年は、他の学生数年分を凌ぐであろう業績を上げているのだ。それに魔術ならば、刻印魔術の向上の糧になる可能性があるしな。ああ、学科長のことなら、私が食い止めよう」
おお。
「ありがとうございます」
「そうか。それで、レオン君。歳は16、15だったか?」
「15歳です」
もう秒読みだが。
「ふむ。私が同じ頃は工房に入っていたが、ぽーーと生きていたからな。20歳前など、そんなものだ。ちゃんと、事前に言いに来るのだから、立派なものだ。大学……いや、経験していない私が言うのはどうかと思うが。今はいくらでもやり直しが利く時期だ」
「では、年内は研究を止めてさせていただいて」
「年内? 年内と言ったか。はぁぁ、なんだ。1年くらい休学する勢いに聞こえたぞ」
「えっ? 休学」
それは考えてなかった。
そこまでしたら、かえってアデルが負担に思ってしまいそうだ。
「あと3週間、いや休みに入るから正味2週間じゃないか。学科長は何か言い始めるかもしれないが、問題ない。リヒャルト、ターレス両先生には私から言っておく」
「いいえ。僕から話します」
その後、リヒャルト先生とターレス先生にも話した。ふたりとも、論文も出したし、研究が一区切り付いているので、良いんじゃないかと同意してくれた。実はターレス先生は、本来の業務がたまってきているそうだ。
†
夜も更けてきた。
食堂でおいしい夕食をいただいたので、普段なら研究を進めたり、脳内のドキュメントを読んでいる時刻だが。今夜はやることがある。
≪銀繭 v2.1≫
廊下の壁に掛かった鏡を見ると、僕の姿が映ってはいなかった。代わりに、なにやらモヤのようなものが見えるような見えないような。
ローブの前留めを掛けて、部屋の魔灯を消す。
窓を開けた。
≪黒翼 v2.3≫
設定0.0。
窓枠をつかんで引っ張ると、身体が浮かび屋外へ出た。月は雲に隠れて王都は暗い。
身を翻して鎧戸を閉める。
斜め上方を意識すると、風が髪をたなびかせた。飛び立ったというよりは墜ちるような感覚で、町の魔灯や燭火がすっと足元のさらに下方に追いやられる。
行くか。
下宿から南南東へ、10キルメトばかり飛び、降下した。
荒れ地だし、問題ないだろう。
≪ストレージ───出庫≫
ガッ。地面に転がった。
昼間、大学の購買部で買ったシャベルだ。端を持ち上げると、足掛けを踏んで体重を掛ける。ざくざくと、深さ30セルメト程度まで掘る。
1番と。
魔石を穴に落として、埋め直した。
次へ行こう。
†
下宿の部屋に文字通り舞い戻った。もう夜半はとっくに過ぎた。
ローブを脱ぐと、蒸気暖房が暖かい。
人知れず魔石を計12カ所に埋めてきた。誰に訊いても不審と言われそうな行動をしたのは当然理由がある。トードウ商会に設置したファクシミリ魔術不具合の原因解明に向けた手掛かり探しだ。
早速検証しよう。椅子に座って目を閉じる。
脳内システムが浮かび上がった。シムコネが開き、アプリケーションの簡素なパネルが表示された。
さて、どうかな……。
むう。
パネルの中程。円の外に上下左右に4角形が張り出したような形が線で描かれている。この象徴的な形は、住民の全てがわかる王都の外縁を示している。
さらにその外側───
▼形の小さなマーカーが12個表示されている。さっき魔石を埋めてきた地点だ。それをつなげるとやや歪な円となる。当然そうなるように埋めてきたのだ。
円の直径は30キルメト。
埋めた魔石は、いくつかの周波数で魔導波を発生するものだ。
予想どおり。
マーカーは、赤と灰色で色が点滅するように遷移するものと、灰色のままのものがある。これは、受信出来る8カ所とできない4カ所があることを示している。
予想どおりとは、その分布だ。受信できているマーカーは、王都の中心から見て東西南北の軸線上に近い地点だ。逆にできていないマーカーは、東南、南西、西北、北東に位置する地点だ。
「竜脈か」
分布から導かれるファクシミリ魔術不具合の端的な原因だ。
王都を、国内最大級の竜脈が東西と南北に貫いている。マーカーの受信の可否は、その下に竜脈があるかないかの差だったわけだ。
不具合とは、受信障害だ。
一度東南の森で狩りをしていたときに思い付いて、トードウ商会に文書を送ったのだが、後で商会に行った時に受信できていなかったのだ。
確認をしたが、アリエスさんのせいでも、複合機魔導具の問題でもなかった。それまで王都内ではあれば、魔導波の発信点高度を高めれば受信できていたのだが。
最初、高周波の魔導波は減衰が激しいので、そのせいかと思ってたが、そうでもなかった。どうも距離ではなく、王都の内外らしいとまでは気が付いたのだが、魔導技師学内検定の準備やら何やらで今日まで手が付いていなかった。
王都の外と内で何が変わるのか?
別に城壁があるわけではない。中央区の王宮にはあるが、ここ南区にはない。じゃあ、何が? 悩んだ末に、ふと思い付いたのは竜脈だ。それで、12カ所に魔石を埋めて検証してみたのだ。その結果は思いつきが正しいと出た。
もちろん現象論であり、犯人の目星が付いただけで、依然として真因はわかって居ない。
それを理解できなければ、ファクシミリ魔術の不具合も解消できない。王都を離れ、竜脈を外れたところで、まあ現状はさほど支障はない。
ならば、なぜここまで必死に対策を考えているのかというと、別の応用技術に支障があるからだ。研究を一時中断してもやる価値があると考えている。
話を不具合の真因に戻そう。
竜脈とは何かというと、一言で言えば魔界という力場だ。魔導波が大地内を通る経路から一部が漏れ出てくる場所。竜脈は複数あって、その交差点が竜穴とも呼ばれ、より強力な魔界が発生している。
魔導波障害を考えると竜脈の上の方が起こりそうなものだが、そうではない。ファクシミリ魔術というか、魔導波通信が問題なく動作するここからトードウ商会までは、全て竜脈の上だ。マーカーが発する魔導波も竜脈の上なら問題はない。
だからと言って竜脈の外が問題ということではない。1つめのマーカーがしっかり発振しているかどうか確認しつつ、同じく竜脈の外の2番目のマーカーまで10キルメト弱までは受信できていたのだ。
ならば。竜脈とその外の境界ということになるが。
言われてみれば、僕を含め魔術士は、竜脈の境界を越えるときに違和感を感じる。もしかして同じ理由なのか?
それはともかく、不自然ではある。綺麗に受信できていないことがだ。こういった現象では、信号(S)とノイズ(N)が混在して伝播するのが一般的だと思うのだけれど。つまりSN比が悪化することで、受信できないというのが相場なのではないのか?
端的な原因はわかったが、真因があいかわらず霧の中で見えなかった。
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訂正履歴
2025/01/22 誤字訂正
2025/03/27 誤字訂正 (ついたちさん ありがとうございます)
2025/04/02 誤字訂正 (Paradisaea2さん ありがとうございます)
2025/04/27 誤字訂正 (十勝央さん ありがとうございます)




