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173話 間際

締め切りに次善を持っていくと、予想外によろこんでもらうことが。間に合わせるのは重要だなあ。

「レオンさん」

 2日ぶりにアデルの部屋に行き、扉を開けるとユリアさんが居た。


「こんにちは」

「はい……えっ。あのう。もう1時間もしたら出発するんですが」

 そう、今日は、アデルたちが次の公演先に旅立つ日だ。


「聞いてる」

「はあ。アデルさんは、寝室です」

 うなずいて、中に入る。


「あれ? レオンちゃん」

「やあ」

「ぇぇええ、どうしたの? 眼の周りくまが。寝てないの?」

「ちょっとね」


「もう。また無理したんでしょう。そんなんじゃ、心配で公演に行けないわ」

「大丈夫。下宿に帰ったらしっかり寝るよ」


「もう。ここに来て」

 ベッドに座って、抱き付かれる。


「会いに来てくれてうれしい」

「年末まで、また会えないからね」

 アデルの眉が下がる。


「うふふ、レオンちゃん。このまま、ふたりでどこかに逃げようか?」

 もちろん本気ではないことはわかる。

「それも悪くないけど。これを渡すために来たんだ」

「本?」

「開けてみて」

「えっ。何も書いてないけど?」

「うん」

「これに何か書けってこと? なんか模様があるけど」

「それには、この魔石を使うんだ」

「へえ、魔石。青くて綺麗ね。でも鎖がついてる」

  

「魔石をなくさないためにね」

「そうなんだ」


     †


───ユリア目線


「出します」

「はい」

 御者台へ続く小窓が閉まると、鞭が石畳を叩く音がして馬車が走り始めた。

 先行する馬や車には歌劇団の人が乗っているが、この馬車には私とアデルさんだけだ。


 奥の席を見る。うん。元気だ。

 昨夜から朝までやや沈んだ面持ちだったが、明らかに機嫌が良くなっている。今のところ、レオンさんが来てくれた効果てきめんだ。

 ん?


「あのう……」

「何? ユリアさん」

「その本は? 随分大事そうですけど」

 アデルさんが、胸にしっかり抱いている。


「ああ、これ。さっき、レオンちゃんにもらったの」

「へえ。でも読むなら、休憩時間にお願いしますね。酔っちゃいますよ」

 この馬車は、バネがよく効いているから、前に乗った駅馬車に比べれば揺れないけれど。

「うん。でも、これを使っても酔わないけどね」

 使って?

 あれ。随分うれしそうだ。


「ところで、何の本なんですか?」

 まあ、愛しい人からもらう物なら、何であってもうれしいだろうけど。それにしても。贈り物なら、もっと気の利いた物はないのだろうか? でも、このよろこびよう。よほど、良い物なのだろう。

 恋愛小説とかだろうか。


「知りたい?」

「えっ、ええ。まあ」


 ふふんと息を吐き、本を膝に乗せると広げた。

「あれ? 何も書かれていませんね」

「そう思うでしょう」

 いや、思うというか実際に書いてない。何か、細かい点がたくさん集まって帯のように長い模様はあるけれど。


「えっと。このページは恥ずかしいから……」

 何が?


「ここだったわ」

 何ページかめくったが、さっきのページと違いがあるようには見えない。


「魔石?」

「そう」

 アデルさんは、いつの間にか、金の鎖がついた青い魔石を持っていた。

「静かにしてね」

「はあ」

 一応うなずく。蹄の音が耳を突いてきた。

 ん? 何をしているのかしら?

 アデルさんは、よく分からない模様の上、帯の左端にその魔石を置くと、右へと滑らした。


「おはよう。アデル。朝だよ。起きて」

 はっ?

 アデルさんとは全く違う声がした。驚いた。声が出そうだったけれど、なんとか我慢した。もうしゃべってもいいわよね。


「あのう。これは、なんなんです?」

「じゃあ、もう1回やるわよ」


「おはよう。アデル。朝だよ。起きて」

 これは。

「魔道具ですか。レオンさんの声ですよね」

 さっきも話したのだ、間違うはずはない。


「うふふ、いいでしょう。これ」

「はあ……」

 いやまあ、声が聞こえたこと自体は、すごいとは思うけれど。正直……いや、そりゃあ、彼女にとっては特別な声なのだろうけど。それはともかく。


「もしかして、その魔石を模様の上で滑らせると、声が聞こえるんですか?」

「へへぇ。さすが、ユリアさん。その通り。ああ、これは最初に作った試作品なんだって」

「いやあ、すごいですね」


「でしょ。すごさがわかった? まだ特許出してないから、誰にも言わないでねって、レオンちゃんが言ってたよ」

「はい」

 しくみはわからないけれど。これで、アデルさんのご機嫌が続くのなら。


「レオンちゃん、多分徹夜したと思う。これを作ってくれるために」

「そういえば」

 そうか。アデルさんが、レオンさんの声が聞きたいと言っていたと告げた結果だろうか。なかなか洒落たことをする。


「ふーむ。ちょっと、見直しました」

「ん?」

「レオンさんのこと」

「ふふふ、遅いわよ」


 でも、声が聞こえるのは良いけれど。同じ言葉だけだと、効果がそんなに長続きしないわよね。ん?

「あのう。もしかして、別のページの模様でやると、別の言葉をしゃべるんじゃ?」

「あっ、ばれた」


「ちょ、ちょっと。やってみて下さいよ」

「だーめ。はずかしいからね」


 どんなことをしゃべっているのだろうか?


     †


───レオン視点


「はぉぁああああ」

 眠い。

 2徹はダメだな。


 ふう。アデルと別れて帰って来た。次に会えるのは、月末かあ。

 下宿の玄関を開けると、リーアさんが居た。


「ただいま」

「おお、おかえり。まだ昼前だけど、大学は?」

「今日は休みました」

「むぅ……どうしたんだ、今朝は朝食にも来なかっただろう」

「すみません。でも、今日はどうしても必要なことがあったので」

 ん?

 顔が近付いて来た。


「どうやら、うそじゃないようだな?」

 そういえばリーアさんは、眼を見てうそをついたかどうかわかるそうだ。

「ええ」

「じゃあ、腹が減ってなかったら、寝ろ」

「そうします」


 3階に上がって部屋に入り、ローブを着たままベッドに倒れ込む。

 ふう。

 どうだろう、アデルはよろこんでくれているかな?

 やり方を教えたときは、うれしそうにしていたけどな。眠いんだけど少し興奮して寝付けない。


 あの、2次元のドットコードを読み取って音にする製品は、怜央の地球にあったそうだ。その記憶に基づいて、それを魔術に変えたものだ。本当なら、もっと別の物を作りたかったのだけど、あの問題が解消できていないからな。

 とはいえ、あれはあれでなかなか悪くない。拡声魔導具の術式と組み合わせて魔道具を作ってみたけれど。それは、さほどむつかしくはなくて、現に魔石の方は昨日の昼にはできていた。

 それでも昨夜徹夜になったのは、さまざまな声を記録し、ドットコードに変換して紙に印刷していたからだ。


 ふう。あれって、誰か別の人が特許を出してないかな?

 ありそうだけどな。

 なさそうだったら、別の派生品を作るのが良いかもしれない。

 何が良いだろう……うぅぅ……すぅすぅ……。


お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


Twitterもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya


訂正履歴

2025/04/02 誤字訂正 (笑門来福さん ありがとうございます)

2025/05/14 誤字訂正 (ムーさん ありがとうございます)

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