172話 露見
なかなか隠しおおせないですよね。他人の隠し事を見て見ぬ振りはつらい。
「一緒に出かけるのは、夏以来ね」
「そうだね」
にっこり笑いかけると、アデルの顔もほころんだ。彼女も黒髪のカツラを被り、変装しているので、何か変な気分だ。
辻馬車を拾おうと思ったのだけど、馬車鉄が良いと彼女が言ったので乗っている。
一度乗り換える必要があるが、南区の中央部、やや中央区寄りの場所に向かっている。
「そうだ。また例の所から、保養施設の案内が来たんだ。新年になったら一緒に行く?」
「ええっ!」
アデルの声が大きかったので、何人かの乗客がこっちを見た。
しかし、すぐ視線が戻って行ったので、アデルとは見抜かれていないはずだ。
「もう。もちろん行くわ。すごくうれしいけれど。昨夜に言ってくれたらよかったのに」
「ごめんごめん」
「でも、もう奨学金は終わったって?」
「ね」
彼女の言う通りだ。奨学金はトードウ商会の立ち上げとともに打ち切ってもらった。財団から封書が届いた時は、間違いかなと思ったけれど。わざわざ、レオンさんもぜひご利用くださいと書いた紙が入っていたから問題はなさそうだ。キアンさんが、厚意で送ってくれた気がする。
「じゃあ、ウチに帰ったらくわしい話をしましょうね」
そんな話をしているうちに目的の停留所で乗り換えると、車窓に白亜の建物が増えてきた。王立の組織、団体の建物だ。図書館、博物館、余り行きたくない王立美術館もこの一角に建っている。図書館には行ったことがあるが、その他は外から眺めるだけだ。
アデルもそうらしい。
「スォード街一丁目、スォード街一丁目です」
ひづめの音が不規則に間延びして途切れた。
「着いたあ」
アデルは身が軽い、停留所の石段の上に舞い降りた。
眼鏡を掛けているので、よく人相がわからない。
「美術館は?」
「こっち」
「行こう」
腕を組みたそうだが、手をつなぐだけにした。
人からはどう見えているんだろう。僕も男にしては長い髪というかカツラを被っているから、残念ながら仲の良さそうな女友達2人かなあ、やっぱり。でも、今回はアデルが男連れと見られない方が優先だ。
「ここかあ、立派だねえ」
「確かに、立派だなあ」
素直には感心できない。
この辺の建物は、骨石と火山灰を主成分とする建材で作られた殿堂と聞いている。4代前の建設狂……じゃなかった建設王と悪名高い、国王クラウディウスが作った建築の一部らしい。通りに並んでいる立派な建物群のほとんどはそうで、なかでも白い建物はまず間違いなく彼の遺物らしい。
しかし、その結果、多くの建設に国庫の逼迫を招き重税を課したため、彼はすこぶる評判が悪い。40歳代で急死して、後継者が幸い建設狂を継承しなかったため経済破綻には至らなかった。が、彼が大規模な新規建設計画を発表直後であったことと、後継者が前王の従弟だったため、死後120年以上を経た現在も、自然死だったのかという疑惑が拭い切れていない。
ともかくも、王宮としても離宮としても使われなかった、なまじ立派な建物が多く残ってしまった。その維持費だけでも、どうするかと言う話となり、王都に分散していた文化施設を破却してここに集約した。そのおかげで、諸外国から後進国と見られていたセシーリア王国が面目を施したとは国史で習うところだ。そういったわけで、王立美術館も目の前にある。
入場料は、大人1人1セシルだ。中に入ると、たぶん大理石だろう石材の床が広がる。
「綺麗なホールねえ、赤味がかった石? が、かわいい」
「かわいい……か」
良い色味とは思うけど。
「えぇぇ。うふふ。あっ! 右みたい」
腕を引っ張られる。
職員が立っていて、手に持った看板には矢印と第98回サロメア芸術展開催中と書いてある。覚悟は決めたはずだが、直前となっても余り行きたくはない。しかし、アデルの牽引に従わざるを得ない。
短い廊下を通り抜けたところに、大ホールが待っていた。閑散としているように見えた玄関ホールと違い、暗騒音というかざわざわとしたそれぞれは小さい声が無数に重なった独特のにぎわいが迫ってくる。
「はいはい。入るわよ。ええと絵画は右ね」
「おおぅ……」
「大きい。マルティン1世だって」
迫力があるなあ。独立軍の旗が横でたなびく、いまだ暗い野にあって、大勢の人々の中でひときわ朝日を浴びた国父の姿がある。
その顔は紅く、眼が爛々と輝いて、とても力強い。
しかし、彼だけではない、その周りに居る人々も、希望に満ちあふれた何とも言えない良い笑顔だ。
「絵画部門、最高金賞ねえ。さすがルーシャス師」
すぐ傍に居るご婦人のささやきが聞こえてくる。
「ルーシャス師だって」
「知らない」
「もう。レオンちゃんは、すごく物知りなのに、興味ないことはバッサリだからねえ」
「ア……アーちゃんは知ってるの?」
危ない、アデルと言いそうだった。
「名前ぐらいはねえ。確か結構年配で、有名な画家さんよ」
「ふーん」
さっきのご婦人の口ぶりと併せると、最高金賞を獲っても当然のようだ。
「次、行こう」
「うん」
あれ? 結構な人集りができている。最高金賞より多いんだけど。
近くに寄ると変装がバレる可能性があるので、遠巻きにして少し待つ。5分以上たって、半分ぐらいの人数がさばけたので、絵が見えてきた。
「うっ!」
「ふゎぁぁぁぁあ」
僕だ───
ふたりで手をつないで、前に出る。
言葉が出ない。
僕が、白い薄衣を身に着けて、宙に浮かんでいる。
確かに、身体のほとんどは露わで、あられもないといえばあられもないが。
伸びやかな四肢が、背景上部の蒼さに映える。
思わず隣を見る。
固まっていた。眼鏡の奥で大きく目を見開き、口も半開きだ。
後ろから、溜息とも悲鳴ともつかぬ声が、いくつも上がる。
「これは……」
「麗しの君だって。やっぱり蒼のイザベラだわ」
最小限の角度を振り返ると、やはり中年の女性。
そうか。そうだよな。先輩の異名だ。本当に有名なんだなあ。
絵の下に。その名がある。
金賞───注目若手作家選かあ。
すごいな。なんだか、本人の姿を見ていると、似つかない。いや僕の前以外では、結構誇り高いとは聞くが。これは少しは尊敬した方が良いかな。
「あっ! えっ」
美術館に似つかわしくない音量。音源の主と眼が合ってしまった。
げっ。
「えっ、何々?」
アデルの腕を引っ張って移動。だが逆の腕を、がっつりつかまれてしまった。
「そんなに急ぐことはないのでは、オーナー」
†
王立美術館を出ると、まだ昼には早いが、個室のある店に入った。
テーブルに着いて向かい合う。注文を終えるとアリエスさんが口火を切った。
「オーナー。この店は、大丈夫です。眼鏡とカツラを取ってください」
結構豪華な店のようだが、彼女の行き付けらしい。
「ふう」
言われた通りにする。
「アデレードさんも」
見抜かれているよなあ。
「アデル。紹介するよ。トードウ商会のアリエス代表だよ」
「やっぱりね」
彼女も元の姿に戻った。まあ、母様に結構似てるからわかるよな。
「これは、初めまして。アリエスと申します」
「どうも、初めましてアデレードです」
「はい。あのう、オーナーにいくつかお訊きしたいことがあるんですが」
「はぁぁ、アリエスさんには隠す意味がないので言うけど。アデルとは、あなたが思っている通りの関係だから」
なぜかうれしそうに、アデルが僕の腕を取って組んだ。
「うっ、ううう。そうなんですね。サロメア歌劇団の看板俳優と、こういう形でお目に掛かれるとは思いませんでした。ともかくよろしくお願いします」
「こちらこそ」
ふたりは、微妙によそよそしい感じだ。一族とわかると、うち解けるものだけど。
「アリエスさん。悪いけど、他の人には」
「それは、承知しております」
「うん、うん」
それは良かった。
「ちなみにアンリエッタ姉様には?」
「母様ね。知らない知らない」
小声で横から姉様と聞こえてきた。
「そちらも内密と……」
「もちろん」
「はぁぁ。まあ姉様の霊感は並々ならぬところがありますから、早晩……ともかく承知しました」
「もうひとつ、あの絵は何なんですか?」
「それは私も訊きたかった」
「うん。まあ、モデルは僕だけど、あんな風にはね。アデルには話したけれど、あの作者は大学の先輩でね、ちょっと変な人なんだよね。ほら、絵を見てわかったと思うけど、僕も思い知ったよ。天才ってああいう人なんだね。普通の人間とは、考え方がずれているというか」
ふたりは顔を見合わせる。
「うーん。わからないでもないけど、レオンちゃんが言うとね。うっふふふ」
「確かに、説得力が逆にありますね。ふふふ」
女子ふたりが笑い合っているけど。よく状況がわからない。
「でも絵を見て分かった」
「ん?」
アデルがうなずいた。
「これを描いた人、純粋だわ。レオンちゃんのこと、人間とは思ってないわ」
「はっ?」
「確かに、神……は、おおげさとして、天使かエルフか。ともかく、あの絵の通りに見えて居るのだと思います」
いやあ。年下なのに、レオン様って呼ばれているけど、そういうことなのか?
「ん。アデル、カツラと眼鏡!」
あわてて変装を戻すと、ノックが来た
「失礼します。お待たせいたしました」
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訂正履歴
2025/01/15 誤字訂正
2025/01/17 誤字訂正、微妙に書き足し(ナマケモノ三田さん、1700awC73Yqnさん ありがとうございます)
2025/03/30 誤字訂正(n28lxa8Iさん ありがとうございます)
2025/04/07 誤字訂正 (よろづやさん ありがとうございます)