171話 疑惑と危機の予兆
遠距離恋愛は、万病の元!(いや、知らんけど)
「おかえり、アデル」
「ただいま。レオンちゃん」
扉が閉まり切る前に、抱き付かれた。
12月に入った早々、アデルが地方公演から帰って来たのだ。今日戻るからと手紙をもらって、彼女の住居の下まで来て、魔導感知で存在を確認してから来た。
「早かったね。王都に戻ってくるの」
「全然早くないもん。レオンちゃんは私に会いたくなかったの? 私は指折り数えて急いで帰ってきたのに」
そう言いながら、がっちり腕を取られて、奥の居間に直行した。そのまま2人でソファーに座る。様子が少し変だな。
「僕だって、アデルとずっと一緒が良いに決まっているよ」
「本当に?」
「もちろん」
アデルは、かわいく唇を尖らせると、顔を背けた。
「ええぇぇ」
「ん?」
「だってさ、レオンちゃんは王都で、かわいい子に囲まれて、楽しいだろうけど。私はさ……」
「かわいい子……ねえ?」
うーむ。
「心当たりがないや」
「ほら、執事喫茶で……」
「執事喫茶? オデットさん?」
「じゃなくて」
「バルバラさんでもない?」
”ル”辺りで首を振られた。
「ほら、後から手伝いに来た」
「ああ、ディアとベルか」
「呼び捨てなんだ」
「友達だからね」
「でも、かわいいでしょう?」
「否定はしないけれど、最近はそういう目では見てないなあ」
素直な思いだが、アデルはやや不満そうだ。
「僕がアデルを好きなのは、外見が綺麗でかわいいからだけじゃないよ」
「えっ?」
「優しくて頼りになって強いのに、実はかよわいところもあって、守ってあげたくなるところかなあ」
ああ、口にしてみるとはっきりする。わかっていたけれど。
「かよわい?」
「うん。なんかアデルは背伸びしてるなあって」
おおっ、がっつり抱き付かれた。
「レオンちゃんはお見通しか」
「そうだと良いけれど」
「さっきの2人は?」
「どうなんだろう。自然体だね。まあディアには、最初妹か弟に思えるって言われたなあ。今でもそう思っているんじゃない? あははは」
アデルは微妙な面持ちになった。
「もうひとつ」
「おお?」
「王立美術館に展示されている、レオンちゃんのあられもない姿の絵はどうなの?」
「あられもないかどうかは、わからないよ。見たことがないし」
「えっ、そうなの?」
「芸術学部のイザベラ先輩の絵だけれど。執事喫茶をやった、建物は立派で綺麗だったでしょ?」
「ああ、そうね」
「あそこを使えるようになったのは、僕が絵のモデルなるならって交換条件だったんだ。断ったんだけど、オデットさんに無理やりやらされたんだよ。酷い話でしょ」
「本当に?」
「ああ、執事喫茶をやっていたみんなだったら、誰に訊いてもらっても、知ってるよ」
「でも、レオンちゃんのそんな姿を見られるのはいやだなあ」
「僕もいやだよ、恥ずかしい。でも大学を代表した作品だそうだから、芸術性はあるんじゃない?」
「ううう。じゃあ見に行って来ようかな。レオンちゃんも……」
「いや」
「ええ……」
「いやなものはいやだ。第一、この男がモデルだあとか騒ぎになっても困るし」
執事喫茶の時の二の舞は、絶対避けたいからね。
「わたしが、いっしょでもいや?」
「いっしょだったら、余計まずいと思うけど」
「へっ?」
「超人気男役アデレード嬢と一緒にいる男は誰? 絵のモデルでは?」
「そういうことね」
「アデルだけなら見咎められても、それだけだけど」
上目遣いになって、何か訴える表情。
僕が首を振ると、アデルは立ち上がった。部屋の端まで歩くと、チェストから箱を取り出して持ってくる。
「レオンちゃん、下向いて」
「あ、うん」
言う通りにすると、僕の頭に触った。何だろう? 僕の頭に何かを巻き付けた。
「55セルメトかあ。私といっしょだわ。やっぱり小さいわね」
そうか、頭囲を測ったのか。
「ちょっと待っていて」
アデルは巻尺を箱に入れると、チェストに入れて廊下へ出ていった。箱は裁縫道具入れだったようだ。
数分待っていると、アデルは縦長の大きめの箱を持ってきた。
「それ、重くない?」
「うん。大丈夫」
箱の下の方にある留め金を外すと、ガワが持ち上がった。
「むっ、ああ、カツラだ」
一瞬首のような物が見えて、ちょっとびっくりした。よく見るとヒゴで作った骨組みに紙を貼った物だった。それにカツラを被せていた。
女優さんだからな、ここに有っても不思議じゃないか。
黒い髪で、肩まで届く長さがある。
「うん。これは私のなんだけどね。頭の大きさが私と同じだから、レオンちゃんも被れると思うのよね」
「僕が被るの?」
「そうよ」
僕の頭囲を測ったのだから、まあそうだよな。
「被せるわよ」
「ああ、うん」
何を考えているかよく分からないけど。被された。
「うん。これでいいわ。あらっ、似合ってるわねえ。ふふふ。自分でも見てみて。はい。レオンちゃんにもらった手鏡」
「ああ」
「化粧士のみんなにすごく評判が良いのよ」
「ん? ああ、鏡か」
「みんなが、いいな、いいな。欲しい、欲しいって言うのよ」
「ふーん」
じゃあ、作り増ししようかとは間違っても言ってはならない。せっかく彼女は少し優越感に浸っているのだ。増やしたいなら、先にそう言うはずだ。
魔石に触ると、僕の? 顔が映った。
「ねえ。髪色が変わっただけでも、感じが変わるでしょう。特に黒髪はねえ」
たしかに。なんとなく。頬が隠れ気味になって……
「女っぽい?」
ぐう。言われてしまった。自分でもちょぴり思ったけど。
「でも、眉の色が」
「これを着けて」
眼鏡だ。
「おおぅ」
「これなら、レオンちゃんって、わからないでしょ」
「そう、だねえ……」
「美術館へ行けるわよね? 私も変装していくから」
「うっ、ううう。仕方ないなぁ」
「明日、時間は取れる?」
「大丈夫だよ」
「ああ、起きたらいっしょに行きましょう」
押し切られてしまった。
「わかった。他に行きたい所もあるんだけど」
「どこ?」
「それは……」
†
「まあ、おはようございます」
「おはようございます」
アデルの部屋で起きて、トイレに行って出てきたら、ユリアさんが居た。
洗濯物のカゴを抱えているから、取りに来たのだろう。
僕とアデルの関係は知っているから、今さらだけど。何だか恥ずかしい。
アデルはまだ寝ている。
「「あの」」
なんか、声がそろった。
「なっ、なんです?」
促された。
「昨日、アデルの様子が少し変だったんだけど、なんかあったんですか?」
「ああ。やっぱり」
「やっぱりって?」
「アデルさん。地方公演先で、里心が付いちゃって」
「里心……」
「王都に帰るって、それは大変だったんですよ。歌劇団の人となんとかなだめすかして」
「ああ」
「今までは、そんなことはなかったんですけどねえ。それに王都から出るときは元気だったし、機嫌も悪くなかったのだけど。私とふたりの時は、レオンちゃんの……あなたの声が聞きたい、聞きたいって。何度もね」
「僕の声」
「だから、私ではなんともね」
「じゃあ、早く王都に帰って来たのは?」
「ええ。別の公演先に直接向かう予定だったのだけど、出演者のうち、アデルさんだけ王都へいったん帰って来ることになったんです」
王都に寄って、回復する可能性に賭けたわけだ。
「そういうことだったんですね」
「レオンさん、何か原因に心当たりがありますか?」
睨んでるなあ。原因が僕だろうと、踏んでいるようだ。
「ええと、化粧士のマルガリータさんは、いっしょに公演へ行きました?」
「え?」
なぜ、マルガリータさんという顔だ。
「いいえ、彼女は別行程だったわ。別に用があって、合流したのは公演4日目で……あれ? そう言われると、ちょうどマルガリータさんが着いた日の、すぐ後からご機嫌斜めになった気がするわ。ちょっと、どういうことなんです?」
「声が大きいです。起きちゃいますよ」
「ああ、すみません」
ユリアさんが口を押さえた。
なんとなく、推理が成り立ち始めた。
「たぶん。原因は僕というか、僕のことを誤解させる話題を、マルガリータさんがアデルに伝えてしまったんですよ」
「えっ? ガリーさんが」
「いや、彼女も悪気があってではないはずです。そもそも僕らの関係は知りませんからね」
「ああ……むう。それで、昨夜は機嫌が直ったんですか、あなたと会って」
「いやあ。改善はしてきてると思うけれど」
「なるほど。確かにきっかけはレオンさんとのことかと思いますが。根本的な理由ではなさそうですね。それでなくともアデルさんは、何かと無理を重ねて、不満がたまってきてるように思えるし」
「ああ……」
アデルは初演から1年足らずで、看板女優になってしまったからな。
僕には想像のできない生活を過ごしているに違いない。
「うまく行っている時ほど、自分で気が付かないうちに重圧が積まれていくと聞いたことが……アデルはどうなんだろう?」
「どうやら、同意見のようですね。アデルさんは、強い子だから、いずれ乗り越えられると信じてはいます。ただ、そこへの道程によっては、大丈夫とは言えません。私もできることはしますが。レオンさん、破綻するかどうかは、あなたにも掛かっていることは忘れないでください。では」
ユリアさんは、踵を返して部屋を出て行ってしまった。
寝室に入ると、まだアデルは寝息を立てていた。横に滑り込むと、一瞬眉根を寄せたが僕の腕を取って表情を緩めた。
僕の声か。
いずれにしても、僕が時々会いに行ければ良いのかもしれないけれど。地方公演先だとなあ、距離はともかく。
いや、そんなことはないかもしれない。
あの問題があるから、今すぐは無理だけど。なんとかしなくては。
決意を固めると、僕の吐息もアデルに同調し始めた。
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2025/04/02 誤字訂正 (Paradisaea2さん ありがとうございます)
2025/04/07 誤字訂正 (三条 輝さん ありがとうございます)
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)
2025/04/11 誤字訂正 (むむなさん ありがとうございます)
2025/06/05 誤字訂正 (bookman's bookmarksさん ありがとうございます